第24話

「アルトマン・リートレイド、覚悟!」

「今の貴様なら、私たち相手でも十分だ!」


 全身で息をして満身創痍の身でありながらも、アルトマンは先へと進んでいた。


 連戦に次ぐ連戦で消耗しているのに加え、巴たちという障害を突破するために使用したアンプリファイアの力がアルトマンの身体を確実に蝕んでいた。


 そんなアルトマンに容赦なく襲いかかるアカデミーが用意した壁――ここまで来ると追手や警備も輝士や聖輝士という実力者ばかりであり、満身創痍のアルトマンは一人一人に苦戦していた。


 だが、目的達成を目の前にしてアルトマンは引き下がることなく、襲いかかる輝石使いたちの相手にし、避けられる戦闘はできる限り避けるようにして慎重に先へと進んだ。


 ――何とか目的地の前まで来たが……

 やはり、立ちはだかるのは最大の戦力……

 それも、全員敵意と、怒りに満ちている――最高のシチュエーションだろう?


 そんなアルトマンの前に現れるのは無常な最後の関門だった。


 最上階にあるスイートルームに続くエレベーターホールには、ティアリナ・フリューゲル、久住優輝、鳳麗華、伊波大和、リクト・フォルトゥス――ホテルの入り口で戦った巴たちという障害よりも、更に強大な障害が立ちはだかる。


 ある意味願ってもない状況だが、自身の前に現れた目的達成を阻む最大最後の障害を目の前にして、アルトマンは思わず諦めたような笑みを浮かべてしまった。


「お姉様たちを打ち倒したようですが――ここで年貢の納め時ですわ!」


 連日アカデミーで騒ぎを起こしただけではなく、友人たちを傷つけたアルトマンに激情を宿した目で睨み、武輝である豪勢な装飾のされたレイピアの切先を向けて気炎を上げる麗華。


「いやぁ、まさか巴さんたちを倒すなんて大したものだよね。すごいすごい」


「大和! これはお姉様やサラサ、沙菜さんの敵討ちでもあるのですわ! 容赦無用ですわ!」


「もちろん、わかってるよ。でも、あんなに傷だらけの人を他人数相手にボコボコにするっているのも、どうにも気が引けちゃうよ」


「問答無用ですわ!」


「これじゃあ、どっちが悪人なのかわからないね――ということだから、ごめんね?」


 やる気満々といった麗華とは対照的に、やる気のなさそうな大和は億劫そうに武輝である大型の手裏剣を担いだ。


「アルトマン・リートレイド――お前の目的もすべて、ここで終わりだ……すべてを終わりにさせる。お前の手によって傷つけられたみんなのためにも」


「ファントムから続く因縁、ここで断ち切らせてもらおう」


 過去の事件、そして、沙菜を倒したことに対して静かに怒りの炎を滾らせ、武輝である刀を手にした優輝は自身の周囲に無数の光の刃を生み出す。


 そんな彼の隣にいるティアはファントムから続く因縁に終止符を打つために武輝である大剣を両手できつく握り締める。


「僕が――僕たちが絶対あなたをここから先へは行かせません」


 一歩も退かぬ覚悟を宿す、静かな威圧感を放つリクト。


 ……これは無理だ。


 五人の決意と怒りを受け止めたアルトマンは他人事のようにそう判断し、手にしていた武輝を輝石に戻して近くの壁に寄りかかって、呑気に一息ついた。


「私たちを目の前にして、随分余裕な態度ですわね!」


「余裕? 違う。これは諦めだ。今の私では君たちには敵わないだろう」


「そう言って不意打ちをするつもりですわね! 卑怯ですわよ!」


「満身創痍の私を相手に他人数で挑もうとする君たちに言われたくないのだが、この先にいる鳳大悟とエレナ・フォルトゥス、そして、この建物内にいる君たち大勢の輝石使いたち――それらが私の目前までに揃った時点で、私の目的はもう果たされたも同然だ」


「何を企んでいるのかはわかりませんが! あなたの目的など今この場で私が問答無用に潰しますわ!」


 怒りで我を忘れている麗華を「まあまあ」と制した大和は、ティアたちに視線を向けて話を進めるように促した。


 キーキー喚いている麗華の対処を大和に任せ、ティアは敵意と警戒に満ちた目をアルトマンに向けながら話を進める。


「お前の目的は一体何だ」


「私の目的は賢者の石だよ」


「だが、お前は幸太郎を目の前にして逃がした」


「あの時はまだタイミングが早かったのだ――真実を伝えるタイミングが」


 真実を伝えるのが目的であると言ったアルトマンをリクトは怪訝そうに睨む。


「それなら、こんな大騒動を起こさないで早々にそれを伝えるべきだったんじゃないんですか?」


「少人数に伝えたところで潰されるのが目に見えている。だからこそアカデミー中から狙われることを承知で連日事件を起こして私に大勢の注目を集めたのだ――私の今までの行動が注目を集めることだったというのは君たちでも理解しているだろう?」


 満身創痍でありながらも煽るような笑みを浮かべて挑発的な態度を取るアルトマンに、麗華は「そんなこと当然ですわ!」と怒りの声を張り上げる。


 ヒートアップする麗華を「はいはい、ドードー」と落ち着かせる大和。


「騒ぎだけ起こせばよかっただろう? どうして大勢の人を傷つけた」


 過去のことだけではなく、沙菜を傷つけられて頭に血が上り、今すぐにでも飛びかかりたい気持ちを抑えている優輝を煽るように、心底愉快そうで、呆れたような視線を向けて仰々しくため息を漏らすアルトマン。


「それは君たちが問答無用で襲いかかってきたからだ。避けようと思えば避けられる戦いはいくらでもあった――例えば、水月沙菜たちとの戦いは無駄だった。話を聞いてくれればお互いにとってメリットは十分にあったというのに、実に愚かだ」


「今更ふざけるな! それなら、ヴィクターさんや萌乃さんの件はどうなる! あれこそ、一番の無駄だったんじゃないのか!」


「あの一件には複雑な事情があるのだ。それを含めて説明しようと思うのだが――どうする?」


 ――さあ、どうする。


 怒れる優輝を華麗に流しながら、思わせぶりな発言でアルトマンは賭けに出る。


「この場で満身創痍の私を拘束するのは簡単だろう。私も大人しく拘束されるつもりでいるし、取調べにも素直に応じて真実を話そう――しかし、話した真実は確実に闇に葬られるだろう。確実に、だ。だが、ここで真実を話せば、まだ可能性がある」


「問答無用! 悪人との取引は応じませんわ!」


「まあまあ、いいじゃないか麗華。話を聞いてからでも遅くはないと思うよ? どうせ今の彼には何もできないんだろうからね。お互い、無駄は省こうじゃないか。ね?」


 アルトマンに対して血が上っている麗華やティア、優輝とは対照的に、アルトマンへの怒りを抱きつつも大和は僅かに冷静でいられた。


 そんな大和に「ぼ、僕もそう思います……」と、麗華たちが怒気に満ち溢れている中リクトもおずおずと同意した。


「僕もアルトマンさんを許せませんし、信用できません――ですが、今回の騒動は彼が起こした過去の騒動から鑑みるに明らかに妙です。真実が闇に葬られるというのならば今ここで知っておいてもいいかもしれません」


「そうそう、リクト君の言う通りだって。ね? だから、今は話を聞こうよ」


「……確かに、大和はともかくリクト様の言うことには一理ありますわ」


「微妙に傷つくなぁ、それ」


「ともかく、何か申し開きがあるのならば聞いてあげますわ!」


 リクトの言葉を受けてだいぶ冷静さを取り戻した麗華たちはアルトマンの話を取り敢えずは聞くことにする――もちろん、不意打ちをされないように警戒心と臨戦態勢はそのままにして。


 さすがは御子、そして、教皇エレナの息子ということか――……

 ――だとするなら、まだ手段はあるということか。


 一気に状況が変わってきたのを感じ取り、安堵するとともに御子である大和、教皇エレナの息子であり次期教皇最有力候補であるリクトの力を感じたアルトマン。


「さっそく話をはじめたいのだが――七瀬幸太郎はもうここにいるのかな? 先程、ここに向かっていると聞いていたのだが?」


「幸太郎はいない……いたとしても、お前の前には出さない」


 アルトマンの口から幸太郎の名前が出て、ティア、そして、無言の麗華から放たれる敵意と警戒心がより一層高まる。


 拒絶と警戒に満ちたティアの返答を聞いて、アルトマンは小さく舌打ちをする。


「この場所に七瀬幸太郎がいないのは想定外だが仕方がない。悠長に彼の到着を待つ時間もなければ、今のように私の話を聞いてくれる絶好の機会は二度と訪れない――まあ、今思えばノエルの一件で私の計画は崩れ去っていたようだ」


「……どういうことだ」


 一人で納得しているアルトマンを怪訝そうに見つめるティア。


 アルトマンは自分の目的達成のゴールを踏み込み、心底気分良さそうな笑みを浮かべて話をはじめる。


「すべて賢者の石の力――七瀬幸太郎が元凶ということだ」


 機嫌よく放たれたアルトマンの言葉で、ティアたちの表情が驚き満ち、空間内の空気が一気に変化する。

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