第28話
身体が消滅しかけている――
無理もないだろう、アンプリファイアの力を無理矢理発動させられたのだから。
しかし、あの男が表に現れたということは、それほど追い込まれということ。
ヴィクターの一件から、奴の思い通りに動いていた歯車が壊れかけている。
――そう思えば、悔いはない。
薄れゆく意識の中、消滅しかけている『彼』は満足感を得ていた。
自身の本懐を遂げることはできなかったが、それでも、裏でずっとコソコソしていた影がようやく表に現れたのでそれだけで十分だった。
後は残った連中に任せるだけで、彼の計画はほとんど終わっていた。
元々何もなかった自分の想いが受け継がれるだけで、『彼』はそれでよかった。
「しっかり! しっかりしてください! お願いします、消えないでください!」
このまま消滅してもいいと思っていた『彼』だが――そんな彼を呼びかける、薄れゆく意識の中でも十分に響く、しつこいくらいに必死な声が安らぐことを許さない。
……うるさい。
「ここまで来て、黙って消えるのは許されない!」
後は任せたんだ。もう、いいだろう。
「ここまで来たのに、消えさせるわけにはいきません」
それはお前の都合だ。
「お願いします……諦めないでください、消えないでください……お父さん」
「オマエを父とは呼びたくない……だが、ノエルのためにも消えるな」
愚かだ。実に愚かだ。
まだこの私を父と呼ぶとは。
ただの偽物で、何もないというのに……
どうしてお前たちはそこまで偽りを、幻想を追い求めるのだ。
まったく理解不能で、愚かだ。
いまだに自身を父と呼ぶことに『彼』は心の底から嘲笑を浮かべた。
しかし、同時に何もない自分をいまだに父と呼び続けてくれることに、不思議と胸が熱くなってしまう自分がいた。
そして、徐々に彼の意識が覚醒をはじめる。
目の前には全身にヒビが入って消滅しかけている自分を泣き出しそうな表情で抱えている、愚かにもいまだに自身を父と呼ぶ白葉ノエルがいた。
そんな彼女の横にいるのは、消えかけている自身の手を掴んでいる白葉クロノがいた。
「愚かだな……この私の姿を見ればわかるだろう。お前たちが父と慕っていた存在は最初からただの人形、イミテーションだ……」
どうしてだ……
どうして、お前たちはそんな目で私を見ることができるのだ。
……理解不能だ。
開き直った笑みを浮かべて父と慕い続けた存在は、自分たちと同じイミテーションであると告げるが――ノエルとクロノは衝撃を受けることも、別に何かを言うわけでもなく、ただ消えかけている父を心配そうに見つめていた。
そんな二人を『彼』は心底理解することができなかった。
「……あなたは一体何者なの?」
「私はヘルメス――お前たちと同じ操り人形であり、最初に生み出されたイミテーションだ」
倒れている『彼』を冷たく見下ろしながらアリスが質問をすると、イミテーション・ヘルメスは自虐気味の笑みを浮かべてそう答えた。
「最初に? どういうことなのか、説明してもらいたい」
「もう私の役目は終わった――後は先へ進めばわかるだろう。すべては仕組まれていたと」
「そうやって逃げるつもり? 自分の役割が終わったからって、後のことを全部他人に押しつけて、ノエルやクロノがいるのにすべてを放って逃げるつもり? そんなの許さない」
「私にできることは何もない」
「ふざけないで! ここまで来るのにどれだけノエルとクロノが傷つき、悩んだと思ってるの? 何の説明もなく逃げるなんて絶対に許さない」
……そんなもの、私には何も関係ない。
関係ないというのにどうしてこんなにも胸が熱くなる。
自身の運命に抗いたくなる……――そうか、これももう一つの――
……どうやら、最初から私の計画は破綻していたのか。
ノエルに計画を潰されるよりも、ずっと前に。
すべてを投げ出して消滅しようとしているヘルメスにアリスは怒声を浴びせる。
ヘルメスのために悩み、傷ついてきたノエルとクロノを傍で見続け、支え、時には敵対したからこそ、何の説明もなく消えようとするヘルメスをアリスは許せなかった。
そんなアリスの言葉に、自身の運命を黙って受け入れるつもりだったヘルメスの胸が熱くなると同時に、自分の失敗に気づいたヘルメスは心の底から嘆息して――
湧き上がる衝動のままに話をはじめる。
「……何を聞きたい」
「知ってること、すべて」
「酷な話だ。こちらは消滅しかけているというのに――まあいい……そうだな、私のはじまりは数か月前の出来事、君たちも記憶に新しいと思うが、七瀬幸太郎が賢者の石の力を使って白葉ノエルを消滅の危機から救ったことだった」
アリスに促されて、ヘルメスは淡々と話をはじめる――『アルトマン・リートレイド』ではなく、『ヘルメス』として再出発した日のことを。
「賢者の石の力を熟知しているはずの私が匙を投げたのに、彼が消滅しかけたイミテーションを救った時、私には賢者の石について、自分自身について疑問が浮かんだのだ――長年賢者の石の研究をしていた『私』ならば、賢者の石が持つ力の他の可能性について考えなかったのか、と」
幸太郎の中に秘めていた賢者の石の力を見た時に感じた焦り、戸惑い、衝撃――それらを思出すとともに、アルトマン・リートレイドと思い込んでいた自分の滑稽な姿も思い出してしまい、ただただヘルメスは乾いた笑いを浮かべていた。
「そして、浮かんだ疑問を解決すべく、協力者であったアルバートたちから離れ、七瀬幸太郎、賢者の石、過去の自分の研究資料を調べた――調べるにつれて私の中に封印されていたイミテーションであったという記憶が徐々に蘇るとともに、ヴィクターと同じ結論に至った」
「あの男とあなたは一体何に気づいたの?」
「誰もが見落とし、誰もが見ようともせず、見る気もなかった真実だ」
平静を装いながらも興味が抑えきれないといった、何も知らない、何も気づいていない様子のアリスの質問に、ヘルメスは煽るような笑みを浮かべてそう答えた。
「調べても賢者の石のことはわからず、七瀬幸太郎について調べても賢者の石に繋がるものは何も出ず、調査は暗礁に乗り上げていた頃――暗記暗唱ができるほど何度も読んだ資料を再び読み込んでいると、ある見落としに気づいた。それはヴィクターも同じだっただろう」
遠い目をしながら賢者の石の真実を知る切欠を思い返し、改めてアルトマン・リートレイドになりきっていた自分を心の底から嘲た。
「七瀬幸太郎を調べる上で、彼が関わってきた事件について調べた。グレイブヤード侵入事件、リクト・フォルトゥス襲撃事件、嵯峨隼士の事件、ファントムが引き起こした騒動、鳳グループと天宮家の騒動、教皇エレナの精神を乗っ取ったファントムが引き起こした騒動――アカデミーでも転換期となった事件の数々の中心には様々な人物がいたが、その中心人物を七瀬幸太郎に置いた時、解けなかった謎が一気に解明できたよ。そして、その事実に気づいたからこそ私は『アルトマン』であることをやめ、ヴィクターは襲われたのだ」
アカデミーで発生した多くの事件の中心を、輝石を扱える力もない、目立った過去もない一般人も同然の幸太郎に置いてみる――ヘルメスの言う通り、その発想をこの場にいる全員は考えもしなかった、というか、考える気もなかった。
もちろん、理由はこの場にいる全員、七瀬幸太郎が平々凡々の一般人であることをよく知っているとともに、事件の原因に彼がまったく関係ないことも明らかだったからだ。
「それなら、あの人を襲ったのは一体誰なの?」
「大体想像できるだろう? ――偽物がいるのならば本物がいる。つまり、本物のアルトマン・リートレイドだ」
父を襲った本当の黒幕を尋ねるアリスに、ヘルメスは忌々しく自身の創造主の名前を答えた。
ヘルメスがアルトマンのふりをしていた時点でセラたちは想像ができたのだが、いざその事実を告げられた時、アルトマンだと思っていた人物がヘルメスというイミテーションであるという事実を知った時以上の衝撃が全員を襲った。
「数年前、ファントムが起こした事件から、あの男はずっと我々の傍にいて、ずっと我々を見ていたのだ、すべてを『観察』するために――今は、おそらく、七瀬幸太郎の元にいるんじゃないのか?」
ヘルメスの言葉に、今まで黙ってヘルメスの話を聞いていたセラは即座に反応して、焦燥に満ちた表情情を浮かべてすぐに幸太郎の元へと向かおうとするが――「安心しろ、何も問題はない」と意味深に放ったヘルメスの言葉にセラは立ち止まり、倒れている彼に詰め寄った。
「どういうことだ! 本物のアルトマンは何が目的だ!」
「言っただろう? すべてを観察するためだと――あの男は見たかったのだよ。いつか必ず現れる、賢者の石を持つ人間がどう動くのか、どう変えるのかを。だから、あの男は七瀬幸太郎を傷つけるつもりはない。あの男にとって彼は最高のモルモット。あの男はただ、見たかった――グッ!」
責めるようなセラの質問に薄ら笑いを浮かべて不遜な態度で答えるヘルメスだったが、身体からガラスにヒビが入るような音が鳴り響き、説明を中断して苦痛の声を上げる。
「……大丈夫ですか?」
……愚かだ、実に愚かだ。
苦痛で顔を歪ませた自分を心配するノエルから目をそらし、ヘルメスはほんの少しだけ小休止を取った後、話を再開させる――
――――――――
「お元気そうですね」
「生涯現役バリバリだと私は決めているからね」
「ファントムさんに襲われてから今まで、何をしてたんですか?」
「ファントムに襲われた怪我を癒しながら、君をずっと見ていたよ」
「ストーカー、ですか?」
「まあ、それに近いところもあるかもしれないな。おかげで、君の色々なことを知ったよ」
「そ、それじゃあ、僕のあんなことやこんなシーンまで見られたってことですか? ……お婿に行けません」
「安心したまえ。プライベートの深いところまでは見ていない。その点のモラルは持っている」
「それなら、よかったです」
庭園に出た幸太郎とアルトマンは、ビルや建物から放たれる光が空に浮かぶ星々のように煌く、すっかり夜の闇に包まれたアカデミー都市の美しい景色を眺めながら呑気に話をしていた。
「じゃあ、アルトマンさん。えっと、僕の目の前にいるのが本当のアルトマンさんで、今までアルトマンさんだと思っていた人が実はアルトマンさんじゃなかったんですか、アルトマンさん」
「話を聞いていると、こんがらがってくるが、おおよそはその通りだ。君が私だと思っていたのは、イミテーション第一号。私は『ヘルメス』と呼んでいる」
アルトマンだと思っていた人物が実はノエルやクロノと同じくイミテーションであるということを知って、情けなく大きく口を開けて「へぇー」と驚いていた。
「しかし、ファントムだけではなく、ヘルメスも困ったものだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、二人とも元々は賢者の石の力――君の力を高めるための存在であり、君に課した試練のような存在だったのだ。しかし、ファントムは暴走し、ヘルメスは舞台裏に首を突っ込んできた――……特別製故に仕方がないとはいえ、自我が芽生える可能性のあるイミテーションは危険だな」
「特別製って、何だかカッコいいですね」
「イミテーションを作る過程で、あの二人には僅かに賢者の石の力を流し込んだのだ。普通の輝石使いを大幅に超える力を持って生まれたが、賢者の石の持つ力のおかげで二人は余計な感情が芽生えて暴走してしまった――少しでも創造主の意に反するイミテーションは失敗作だよ。私は今回の件でそれを痛感したよ」
「ノエルさんやクロノ君も同じですか?」
「あれはヘルメスが持つ中途半端な賢者の石の力で作り出されたイミテーション。偶然生まれた白葉クロノは少々イレギュラーな存在だが、特別製に比べてある程度は従順なのが特徴だ。しかし、それでも感情が芽生えてしまえば人形の意味はない――まあ、感情が芽生えたのは君のおかげでもあるがね」
「そう言われると何だか照れます」
「照るのではなく、誇っていい。君は賢者の石の新たな可能性を示したのだ!」
そう言って盛大な拍手を送ってくれるアルトマンに、幸太郎は呑気に照れながらも「ところで――」と話を続ける。
「賢者の石の力って、なんですか?」
「すべてを支配する力――簡単に言い換えると、君は他の誰よりもツイてるんだ」
「憑いてる?」
「そうじゃない、運が、ツイてるんだ」
核心を捕える単刀直入の質問に、大勢の人が長年追い求めたきた答えを、アルトマンはこともなげに言い放つのだが――幸太郎はそれを聞いてもパッとしなかった。
「そうなんですか? それなら、ラッキースケベ展開がもっとあってもいいのに……」
「自覚がないのは無理もない。君はその力を制御しきれていないのだからね。だから、ヘルメスはその力を利用して舞台裏に首を突っ込み、私を陥れようとしたのだ」
やれやれと言わんばかりに深々とアルトマンはため息を漏らし、そう答えた。
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