第29話

「ここ数年アカデミー都市内で発生した大きな事件の裏には賢者の石の力が関わっている」


「事件を引き起こすのが賢者の石の力? バカバカしいな」


 風紀委員として、ここ数年アカデミー都市内で発生した大きな事件のほとんどに関わってきたセラだからこそ、アルトマンの言葉を信じることができなかった。


「事件を引き起こすのではなく、事件を含めたすべてを引き寄せる――と表現した方がわかりやすいだろう」


「意味がわからない。一体賢者の石の力は何なんだ!」


「すべてを支配する力だ」


「もっとわかりやすく言ったらどうだ!」


「これほどわかりやすい説明はないと思うだが?」


 漠然としない、わかりにくい説明を受けて声を荒げるセラ。そんなセラの気持ちをヘルメスは手に取るように理解していた。


 風紀委員として多くの事件に幸太郎とともに関わったからこそ、心の底では自分の説明に納得しており、それに気づかないふりをしている滑稽なセラの姿を見てヘルメスは嘲笑を浮かべた。


「そんなの曖昧過ぎる! そもそも、どうしてお前はすべての事件に幸太郎君が関わっていることに気づいた。どうして、賢者の石の力が事件を引き寄せていると気づいたんだ。仮にお前の言うことが事実として、そんな力を幸太郎君は一体どこで、どうやって手に入れたんだ」


「それを説明するには、『祝福の日』の真相について話さなければならない――これもまた、ヴィクターが襲われた原因の一つだ」


 思わせぶりな態度のヘルメスに焦燥感にも似た苛立ちを抱きつつも、セラはグッとそれを抑え込んで彼の話を聞くことに集中する。


「祝福の日をどうしてアルトマンが引き起こしたのか、その原因はわからないが――奴はその事件で賢者の石を手に入れ、賢者の石を研究する過程で私を生み出し、賢者の石が持つ力の正体に気づき、祝福の日によって世界中で大勢生まれた輝石使いたちの真実にも辿り着いたのだ」


「……ま、まさか……」


 祝福の日で生まれた大勢の輝石使いの真実――ヘルメスの思わせぶりなその言葉を聞いて、賢者の石の真実に辿り着いたヴィクターの娘・アリスは何かに気づき、驚愕する。


「そう、祝福の日によって生まれたのは輝石使いではない――賢者の石を持つ者たちだ」


 当時の教皇庁と鳳グループが利己的な目的のためにティアストーンと無窮の勾玉の力を暴走させた結果、世界中で大勢の輝石使いが生まれた大事件である祝福の日――


 それによって生み出された輝石使いたちが全員賢者の石の力を持っていることを知り、セラはもちろんノエルとクロノも衝撃が走る。


 驚愕で呆然としているセラたちの代わりに、アリスが話を進める。


「納得できる部分はあるけど、そうじゃない部分もある。どうして七瀬だけが賢者の石の力を持っているの? 今も輝石使いは増え続けているのなら、七瀬以外に力を持つ人間はいるはず」


「今新たに生まれている輝石使いたちは、祝福の日で世界中に散らばった力の残滓から生まれた存在で、賢者の石の力は持たないだろう――運が良いのか悪いのか、七瀬幸太郎はその身に賢者の石の力を宿すことができた唯一無二の成功例だ」


「祝福の日が起きた日に近ければ近いほど、賢者の石を持つ可能性が高いということ?」


「私はそう判断している」


「それでも、祝福の日で世界中で輝石使いが生まれたのだから、七瀬以外にも賢者の石の力持った人もいたはず」


「七瀬幸太郎は煌石を扱える資質を持っている――それを思い出せば自ずと答えは出るだろう?」


「――そうか! 煌石を扱う力は自然と消滅するから!」


 アリスの閃きに、ヘルメスは満足そうに頷いた。


 煌石を扱う資質は時間が経つにつれて自然消滅することがあった。


 賢者の石の力も煌石を扱う資質と同じく自然消滅したと考えると、祝福の日によって賢者の石の力を与えられ世界中にいる大勢の人の中で、幸太郎が力を持っている理由も納得できるアリスだが――幸太郎というのが納得できなかった。


 そんなアリスの抱いている疑問を察して、ヘルメスは話を進める。


「アカデミー入学前に大きな事件に巻き込まれたことのない経歴から察するに――彼が持つ賢者の石の力が本格的に覚醒をはじめたのはアカデミーに入学してからだろう。周りの輝石使いの力に賢者の石が反応して、徐々に力を上げたのだ。祝福の日以降、一般人は年に数回輝石に触れ、輝石使いの適性があるか否かの検査が開かれる。輝石に触れる度に彼の中にある賢者の石の力は反応し、徐々に力を蓄えた結果、輝石が反応しはじめたのだろう」


「その推測から察するに、七瀬は輝石使いではないと思ってるの?」


「輝石使いでありながらも武輝を輝石に変化させることができないことを考えれば容易に想像ができる。賢者の石の力なら輝石くらい軽く反応させることができるだろう――輝石を扱える『資格』という余計な力がなかったからこそ、今日まで彼は賢者の石をその身に宿せたのだ」


「――確かに納得はできる」


 幸太郎が賢者の石の力を持つ理由にアリスを含め、セラたちはその理由に納得できた――が、アリスとヘルメスの会話を遮るようにセラが割って入ってくる。


「確かに幸太郎君が賢者の石の力を持つ理由は理解できた。しかし、まだ力については納得できない。引き寄せるとは一体何だ? 幸太郎君が事件に何の関わりがある!」


 苛立ちとともに納得できない疑問をヘルメスにぶつけるセラ。


 ――いや、本心ではセラは納得したくはなかった。


 納得してしまえば、すべてが崩れ去ってしまうと考えたからだ。


 そんなセラの心の内を見透かし、滑稽だと思って性悪な笑みを浮かべるヘルメスだが、彼女が今何を思い、どんな感情でいるのか、手に取るように理解していた。


 賢者の石の力を知った時、自分も同じ感情を抱いたからだ。


「本人含めて大勢の人間は、彼の持つ力を、その力でどんな影響を周囲に及ぼしたのか気づいていないだろう。彼は賢者の石の力を無意識に使っているのだから。まあ制御できないのは当然だろう、力のない人間が扱うには賢者の石はあまりにも大きな力なのだから――君は不自然に思ったことはないかな? どうして力を持たない彼が毎回事件に巻き込まれ、解決するのかを」


「そ、それは、幸太郎君は風紀委員に所属しているから……アカデミーの治安維持部隊に所属しているのなら、厄介事や危険に巻き込まれるのは当然だ。それに、彼は人並み以上にお人好し、それに、自分の決めたことは曲げない人だから……」


 まるで言い訳をするように、彼とともに事件に立ち向かい、解決してきたセラは幸太郎が毎回事件に巻き込まれ、渦中に首を突っ込む理由を説明する。


「普通ならそう考えるだろうが、毎回事件に巻き込まれ、事件の渦中に進んでいく彼の姿に私やヴィクターはそうは思わなかった――もちろん、本人の性格もあるだろうが、毎回事件の渦中に進み、怪我を負いながらも状況を打破する彼の姿に違和感を覚えた結果、それが彼の――賢者の石の力ではないかと考えた」


「飛躍し過ぎだ。ただの偶然、偶然だ……そう決まっている」


「だが、アカデミー都市内で発生した大きな事件の陰に必ず彼がいるのは無視できない。実際、そう考えれば多くの疑問が解決できたのだから――偶然という必然を呼び寄せること、そして、どんな危機的状況でも打破できる幸運をもたらすことができるのが賢者の石の力――それが私、そして、おそらくはヴィクターが辿り着いた賢者の石についての真実だ」


「バカバカしい……幸運なんて目に見えない力なんて信じられない」


「賢者の石の力に関しては私もセラと同じ意見。でも、仮に幸運を引き寄せ、それをコントロールすることができるのなら、確かにあなたの言う通り、賢者の石はすべてを支配する力を持っているのかもしれない」


 ヘルメスが語る賢者の石の真実――幸運も何もかもを引き寄せる力は危険であると同時に、コントロールできればヘルメスの言う通りすべてを支配できる力を持っていた。


 しかし、ティアストーン、無窮の勾玉と違って目に見えない、幸運や、偶然という名の必然をもたらすという賢者の石の力をセラやアリス、そして、ノエルやクロノも信じられなかった。


「それなら、事件によって私たちや大勢の人が傷ついたのも賢者の石の力なのか? 敵の思い通りになって追い詰められたこともすべてが、賢者の石の力によるものなのか? そんなもの……賢者の石とは何も関係ない、関係ないはずだ」


 数多くの事件に立ち向かってきたセラだからこそ、立ち向かった事件のことを回想しながら自分に言い聞かせるように反論した。


 必死に平静を装っているセラの反論を滑稽だと思いつつも受け入れ、ヘルメスは淡々と説明を続ける。


「彼は無意識に力を行使していると言っただろう? それに、煌石を扱う修行をしていなければ、輝石使いでもないただの一般人――そんな人間が強大な賢者の石の力をまともに扱えるわけがない。その結果、制御できない力は敵味方双方に恩恵をもたらした」


「そ、それなら、すべての事件が賢者の石のせいとでも言うのか!」


「大元の原因は賢者の石ではないだろう。ファントムが原因の事件もあり、天宮家との事件は旧鳳グループが原因だ――しかし、事件の過程から結末に至るまでに起きた出来事はすべて賢者の石によるものだろう。もちろん、今に至るまでの状況がすべて賢者の石によるものではないだろうし、彼がいなくとも君たちの力ならば数々の困難を打破する力を持っていた。それこそが賢者の石が持つ力の正体を見破るのに手間取らせた大きな理由だ」


 自分を打ち破ったセラたちの力を認めたからこそ、アカデミーを変えるために様々な策を練っていた大悟やエレナたちを知っているからこそ、今の状況のすべてが賢者の石の力によるものではないとヘルメスは考えていた。


 そんなヘルメスの言葉に安堵してしまい、縋りたくなってしまったセラ。


「それなら、賢者の石がすべてを支配できる力を持っているなんておかしいじゃないか……」


「しかし、彼がいたからこそこうなった、彼がいなければこうなっていた、彼のおかげでこうなった――大なり小なり、その事実があることに付き合いの長い君なら気づいているのだろう? 私の言っていることがあながち間違いではないことに」


「ち、違う……そんなこと信じられるわけがない」


「信じないのなら勝手にすればいい。賢者の石の力に関してはあまりに突飛だから、信じられないのも無理はない」


 事件も、幸運も何もかもを引き寄せる賢者の石の力――

 確かに本当ならアリスちゃんの言う通り、すべてを支配できるかもしれない。

 でも……でも――……


 ヘルメスの言葉に惑わされながらも、セラは頑なに彼の言う賢者の石の力を認めなかった。


 認めたらすべてが無駄になる――そう自分に言い聞かせて、絶対に認めなかった。


 そんなセラの態度にヘルメスは呆れて侮蔑の眼差しを送りながらも、賢者の石の真相に辿り着いた時の自分を見ているようで自嘲を浮かべていた。


「この状況こそが賢者の石によってもたらされたものだと知ったら、どう思う?」


 意地の悪い目で自身を愉快そうに見つめながら言ったヘルメスの言葉に、彼を睨み返しながら「どういうことだ」と真意を尋ねる。


「連日騒動を起こしていた私はすべて七瀬幸太郎頼みで動いていたのだ。彼の友人であるヴィクターと萌乃が襲われた一件で、熱が冷めない内に騒動を起こせば必ず彼が首を突っ込んでくると想定していたのだ。目的は我々を裏で操っていたアルトマン・リートレイドを、衆人の目が集まる表舞台に引きずり出すことだった」


「注目を集めるような動きの通りだったのね。注目を集めるだけでは意味がなく、目的地を告げることによって大勢の人間を集めるとともに、アカデミートップの鳳大悟と教皇エレナ前で真実を打ち明けることによって話題性と信憑性を高める――といったところね」


 今まで裏で動いていたヘルメスが表立って動いていた理由をようやくアリスは理解し、ヘルメスは頷いて肯定した。


「だが、相手は七瀬幸太郎と同じく賢者の石を持つアルトマン。私一人が動いたところで、奴が持つ賢者の石の力によって潰されるのは確実――だからこそ、私は制御できずに敵味方双方に恩恵をもたらす七瀬幸太郎の賢者の石の力を利用させてもらった。ノエルの勝手な暴走のせい――いや、これも賢者の石の力だろうが、少々不測の事態が起きてしまっても、協力者もいない不利な状況で運良く何とかここまで辿り着くことができた。今回の騒動で私は改めて実感したよ……賢者の石の素晴らしさ、そして強大さを。ここまで来るのに私一人では到底無理だった。七瀬幸太郎の賢者の石があったからこそだ」


「幸太郎君がお前に何をした」


「わからないかな? ノエルの暴走という想定外の事態の中、ノエルの行動を君と彼が上手くコントロールしたことで、追手たちが上手く私とノエルに分散され、多少は楽に先に進むことができたのだ」


 確かに、ノエルさんのわがままに幸太郎君が首を突っ込んだことで状況はややこしくなった。

 そんな状況を私や麗華が利用してノエルさんを陰ながらフォローしていた。

 その結果、確かにヘルメスの言う通りになった……

 都合が良い――これも、賢者の石の力? ……いいや、そんなわけがない。

 偶然だ、偶然に決まってる。


 ヘルメスの言葉を心の中で否定し、偶然だとセラは言い聞かせた。


「しかし、結果は僅かにアルトマンの方が上手だった……おそらく、奴は七瀬幸太郎とは違って賢者の石の力を自在にコントロールすることができている。土壇場で私やこの場に倒れている実力者たちに不意打ちを仕掛け、私の持つアンプリファイアの力を過剰に反応させて暴走させて消滅させようとした……まったく、失敗だよ」


 この場に倒れているティア、全身にヒビが入って消滅しそうな自分の身体を見て、策士策に溺れた自分自身にヘルメスは心の底から自嘲を浮かべながらも、悔しさを滲ませていた。


 そんなヘルメスを憐れに思いながらも、セラは話を進める。


「……アルトマンは一体賢者の石の何を観察したいんだ。観察して、彼は一体何をして、何をしようとしているんだ」


「アルトマンは自分以外に賢者の石を持つ人間を知りたかった、そして、その人間が自身が与えた試練にどうやって立ち向かうのかを見たかったのだ。そのために奴はファントムや私という試練を用意した――その試練を乗り越える過程で賢者の石は強くなると信じて――ぐっ……」


 アルトマンの目的を説明し終えると同時に身体から響き渡るガラスにヒビが入る音に、ヘルメスは苦悶の表情を浮かべて呻き声を漏らした。


 そんなヘルメスを「大丈夫ですか?」と心配するノエルを無視して、苦しそうな表情でいまだに事態を収拾できていないセラを煽るような目で見つめた。


「さあ、君はこれからどうする……頑なに信じないようだが、すべては偽り。この状況も今まで抱いた感情も君たちや、私が抱えるものすべてが賢者の石によってもたらされた偽物――」


「――くだらないですわね」


 挑発的に放たれるヘルメスの言葉を、今まで気絶して倒れていた麗華がフラフラと立ち上がって一蹴した。


「私は自分自身の判断であのボンクラを風紀委員として選び、ここまでともに歩んできたのですわ! それは間違いなく、他の誰でもない、何物でもない私の意志! 賢者の石とは何も関係ありませんわ!」


「それすらも賢者の石の力だ――賢者の石は人の意志さえも動かし、操るのだ」


「シャラップ! 賢者の石なんて関係ありませんわ! 誰が何と言おうとも私は絶対に認めませんわ!」


 気炎を上げる麗華の言葉だが、それをヘルメスは消滅の危機に瀕して苦しみながらも嘲た。


 だが、賢者の石の力を頑なに否定する自分たちを嘲り、希望を打ち砕くヘルメスの言葉に気圧されることなく麗華は彼を睨んだ。


 そんな麗華の自分と同じく頑ななだが、自分以上に力強い意志を感じ取り、セラは力を得たような気がした。

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