第30話

 賢者の石がすべてを支配する力で、簡単に表現すると運がついているという説明を聞いても、幸太郎は首を傾げるだけで納得しなかった。


 そして、制御できていないとしてももしも自分が豪運の持ち主であるのならば、セラや麗華たちという美少女たちのラッキースケベ的な展開を拝ませなかった賢者の石に対して僅かな恨みも抱いていた。


「運がついてるって言われても、あんまりパッとしないです」


「それはそうだろう。目には見えないものだからね」


「賢者の石で運がついてるって――雑誌の最後のページにある胡散臭い通販みたいです」


「まあ、そう言われても仕方がないが、事実なのだよ」


「どうやって気づいたんですか?」


「北崎雄一が見た光景について、君は知っているかな?」


 北崎雄一――つい先日の一件で幸太郎を誘拐し、アカデミーを脅して自身が発明した『兵輝へいき』と呼ばれる輝石を扱える素質がなくとも輝石を扱えるようになる装置を世界中に宣伝しようとした人物だった。


 苦境に立たされながらも何とか北崎を捕えることができたのだが――意識不明の幸太郎を利用して、幸太郎から賢者の石の力を引き出し、その力を身に纏った北崎は相手の行動を予知する輝械人形・メシアの動きに追いつき、メシアと同じく未来予知ができた――と、カップラーメンを食べながら聞いていた麗華の話を思い出す幸太郎。


「未来が予知できるって話ですけど――あ、それで賢者の石の力に気づいたんですか?」


「賢者の石に気づいたのはそのおかげだが、あれは予知とは少し違うのだ。予知ができれば未然に防ぐことができるが、あれは、賢者の石の力によってもたらされる確定された未来を見せるものであり、賢者の石によって確定された未来は誰にも覆すことはできない」


「とにかく、すごいってことですよね」


「簡単にまとめれば、まあそういうことになるだろう」


 賢者の石が持つ力の素晴らしさをまったく理解していない幸太郎を適当に流し、アルトマンはやれやれと言わんばかりにため息を漏らして話を先に進める。


「元々私は祝福の日で賢者の石を生成するつもりはなかったのだ。賢者の石を調査する過程で、賢者の石は教皇庁が作り出したおとぎ話であるということを知っていたからね。祝福の日で私が研究したかったのは、輝石使いの誕生の謎についてだった。現存する煌石である輝石を生み出すティアストーン、輝石の力を増減させる無窮の勾玉。輝石を生み出し、輝石の力に影響を大きく及ぼすそれら二つの煌石を調べれば、輝石使い誕生の謎が解明できると思ったのだ。だから私は教皇庁と鳳グループを煽り、自身の研究に勤しんだ――しかし、結果として生まれたのは大勢の輝石使い、そして、赤い光を放つ賢者の石だった」


「偶然の産物だったんですね」


「その通りだが、当初は生み出されたわけのわからない赤く光る物質を『賢者の石』とは名付けなかったよ。ただの研究材料として扱っていた過程でその物質に触れた時、私は北崎と同じく約束された未来を見たのだ――生み出された大勢の輝石使いたちの中に眠る赤く光る種子、それらが次々と消える中唯一残る燦然と赤く光る種子、古い体勢を崩す新たなアカデミーの門出、様々なイメージが飛び込んできたのだ。最初は幻覚かと思ったよ、なんせ栄養ドリンクを飲むだけで腹を満たして三日三晩徹夜していた時期だったからね」


「それはもう幻覚というか、走馬灯だと思います」


「まあ、ともかく、そのイメージを見てから目の前にある赤い物質がただの物質ではないことに気づきはじめたのだ。そして、ハッキリとそれがわかったのが、それからだった。当時私は先代鳳グループ社長の鳳将嗣おおとり まさつぐと、先代教皇から祝福の日を起こした責任を擦りつけられそうになっていたんだけど、都合良く現鳳グループ社長の鳳大悟、現教皇エレナ・フォルトゥスが二人を追いやってくれたおかげで私への疑いは有耶無耶になったのだ。そして、その一件こそが私が見た古い体制を崩したアカデミーの門出のイメージにぴったりと当てはまったのだよ」


 賢者の石の力に気づきはじめていた頃を思い出してアルトマンの声に興奮の熱が入るが、そんな彼の説明を聞いて「へぇー」と、幸太郎は他人事のように大きく口を開けて感心していた。


「連続して都合が良いことが発生し、イメージに見た通りのことが発生した――これで、研究対象である赤く光る物質は普通ではないと確信した私は、その物質を使って様々な実験を行った。その物質の近くに輝石を近づかせてみれば、その輝石は反応し、ティアストーンの欠片や、アンプリファイアも同じく近づかせたら反応した。それだけではなく、機械をもおかしくさせる力を持ち、自身の思い通りに他人が動く力をも持っていた。そして、数多くの研究過程で生まれたのがイミテーション・ヘルメスだったのだ。新たな生命を生み出した赤く光る物資を私は数多くの文献に記されている伝説の煌石・『賢者の石』と名付けたのだ」


 賢者の石の誕生を熱く語ったアルトマンに、「おー」と幸太郎は拍手を送った。


「賢者の石の研究が進んであらかた力についての解明ができたのだが、私は満足できなかったのだ。賢者の石には私に未来のイメージを見せた時のように、私に都合の良い展開を用意してくれたように、もっと特別な力が秘めているというのにそれを完全に活用できないことが――だからこそ、私は自分以外に賢者の石を持つ者の登場を待った」


「それが僕だったんですか?」


「ああ、その通り。祝福の日で世界中に散った賢者の石の力は大勢の人間に宿ったが、君以外の人間は賢者の石の力はすぐに消えて輝石使いとして覚醒してしまった。しかし、唯一私と同じ賢者の石を持つ人間がいるというイメージが、賢者の石に触れた際に私の頭の中入ってきたのだ。だから、そんな彼――君の力を高めるとともに、私が賢者の石の力を存分に観察するために、私はファントム、ヘルメスという試練を用意したのだが――……」


 ここでアルトマンは深々とため息を漏らし、仰々しく肩をすくめた。


「先程も言った通り、あの二人は私の意に背いてばかりで制御することができなかった。ヘルメスは私を表舞台に引きずり出したし、ファントムは私の命を奪おうと考えて実行に移した。まったく、あの二人には本当に参ったよ。ファントムに関しては危うく命を落としかけたからね――だが、まあ、あの二人のおかげで私は君の力を存分に観察することができたのだから、よかったよ」


「僕の力、そんなにすごいんですか?」


「ああ、もちろんだよ――と言いたいところだけど、輝石の力をまともに扱えない者がアカデミーに入学してきたと聞いた時からまさかとは思っていたのだが、実はまだその時点では半信半疑だったんだ。君が賢者の石の力を持っていると確信したのは北崎雄一が最初に起こした事件を解決した時からなんだ。見事にあの事件した君は天晴だったよ」


「何だか照れます」


「そして、その事件以降君は賢者の石の力で事件を解決するとともに、大勢の人間を集め、彼らの持つ力に触れて賢者の石の力が徐々に成長したのだ。まだまだ成長途上で、成長が楽しみだというのに――今回の騒動でヘルメスが私を引きずり出してくれたおかげで、私の計画が滅茶苦茶になってしまったよ、まったく」


「心中お察ししたいんですけど、未来を予知できなかったんですか?」


「残念ながら、今は君と私の持つ力がぶつかり合っているせいで今は何も見えないせいでヘルメスの企みに気づけなかったのだ。ファントムの一件は――裏切りを予期していたのだが、まさか本気で命を奪ってくるとは思いもしなかった。慢心が生んだ結果だったが、まあ、そのおかげで表舞台から姿を消せて観察に専念することができたから結果オーライだ」


「ちょっと言い訳っぽいです」


「それは言わないでくれよ……ちょっと恥ずかしい」


「アルトマンさん、かわいいです」


「この歳になってそう言われると、照れてしまうよ」


 年甲斐もなく幸太郎の一言に頬を染めるアルトマン。


 そして、今までアルトマンの話に余計な水を差さずに集中して聞いていた幸太郎は「一つ、質問良いですか?」と質問をする。


「もちろんだ。この際何でも聞いてくれ。答えられるものなら答えよう」


「どうして、僕に賢者の石の力が手に入ったんですか?」


「それに関しては運が良いとしか言えない。祝福の日で生み出された大勢の輝石使いは全員賢者の石をその身に秘め、誰もが賢者の石を持っていたのだ。だが、君は運良く――というか、他に余計な力を持たなかったために、運良く賢者の石の力を長年その身に抱えられたのだ」


「どうせなら、その運で宝くじを当てたり、ラッキースケベ的な展開に持ち込むのに使えたらよかったです」


「それなら、今日からはいつでもその願いを叶えようじゃないか」


 そう言って、優し気な、それ以上に邪悪な笑みを浮かべてアルトマンは自身の欲求を正直に口にした幸太郎に手を差し伸べた。


 差し伸べられた手を何も考えていなさそうなボーっとした瞳で幸太郎はじっと見つめた。


「君はその力で神にも悪魔にもなれる。私の協力があれば、意のままにその力を操ることができる。君の周囲にいる女性たちも好きにできるし、今まで自分をバカにしてきた連中も全員見返せるし、この世のあらゆるものを支配できるのだ――そして、私もその力を君がどう振るうのかを見てみたい」


「ごめんなさい、興味ないです」


 魅力的な誘いを幸太郎は特に何も考えることなく即答で断り、差し伸べられた手を掴む代わりに、持っていたショックガンをアルトマンに向けた。


「セラさんたちを好きにできたらいいんですけど、ハーレムを作るのに近道はないって読んでいた本に書いてありました」


「まったく、最近の若い者は一体どんな本を読んでいるのだ……」


 賢者の石の力を使わずにハーレムを独力で作ると言い出した幸太郎の能天気さと、素晴らしい力を持っているのにそれを使わない愚かさに、アルトマンは嘆いた。


 そして、アルトマンの表情から優しさは消え、意地の悪さと邪悪さが混同した老獪さを感じさせる表情に変化し、老いても尚威圧感のある目で賢者の石の力を利用しないだけでなく、自分に立ち向かおうとする愚かな幸太郎をせせら笑うように見つめた。


「遠慮する必要はないというのに。どうせ、君たちの周囲にいる人間は全員、私が用意した試練を乗り越えるために君が無意識に賢者の石の力を使って集められた道具、駒なのだ」


「そうなんですか?」


「当然だ。賢者の石の力を持つ以外、何の取り柄のない君が大勢の人間を集められると思うのかな?」


「ぐうの音も出ません」


「君の周りにいる人間の意志や感情すべてが、賢者の石によって都合良く作り出され、改竄された偽物――最初から自分には何もないと、知っても尚、君は賢者の石を利用しないのかな?」


 セラたちとの出会いから今に至るまでに起きた事件で抱いた感情や思い、覚悟、意志、それらをすべて否定され、すべてが偽物であると無常な現実を突きつけられても、幸太郎の瞳から光は失っておらず、「僕は違うと思います」と迷いのないハッキリとした声で反論する。


「アルトマンさんや賢者の石の力に振り回されても、たくさんの事件に本気で立ち向かって、解決するまでに抱いていた僕の気持ちも覚悟も全部、本物です」


 セラたち大勢の友人たちとの出会い、そんな彼らが自分に対してどんな感情を抱いているのか、そんな彼らとともに立ち向かってきた事件、それらすべてが偽物だと否定されても、幸太郎はセラたちへの想い、事件を解決する過程で抱いていた想いは本物であると信じ切っていた。


 そんな幸太郎の想いと内に秘めた強さを感じるとともに、自分を見つめる強い光を宿した双眸にアルトマンは思わず気圧されてしまったが、すぐに堰を切ったように笑いはじめた。


 自分の言葉に惑わされない幸太郎を称賛しているようでもあり、それ以上に幸太郎を心底滑稽だと思っているような哄笑をアルトマンは上げた。


「素晴らしい、素晴らしいよ、七瀬幸太郎君! 君は本当に素晴らしい! 実際目の当たりにしてよくわかったよ! 何を言われても惑わされず、曲げずに自分を貫こうとする意志、格上相手に恐れず立ち向かおうとするその胆力、そして、自分よりも周りを気遣うその優しさ、賢者の石に選ばれたのは運が良かったとはいえ君は賢者の石を扱うに相応しい高潔な人物だ」


「そう言われると何だか照れます。ありがとうございます」


 ショックガンをアルトマンに向けながら、自分を褒めてくれる彼に呑気にも照れる幸太郎。


「だからこそ私は見てみたい。君の持つ賢者の石と君がどんな未来を築くのかを!」


「僕や賢者の石に未来は作れませんよ」


「それなら、未来を作れるのは誰だと、何だというのかな? まさか――君の後ろにいる彼女たちだとでもいうのかな?」


 自分の言葉に反論した幸太郎の後方を、アルトマンはいやらしい笑みを浮かべて見つめた。


「セラさん、麗華さん、ノエルさんとクロノ君とアリスちゃんも――それと、アルトマンさん――じゃなくて、ヘルメスさん?」


「幸太郎君は下がっていてください」


 幸太郎は自身の背後にいるセラたちの姿を見て安堵の笑みを浮かべ、有無を言わさぬ迫力を宿すセラの指示に従って、アルトマンの元から離れた。


「君の危機的状況に都合良く現れる味方――これもまた、賢者の石の力。素晴らしい」


 自分から離れた幸太郎を引き留めることなく、アルトマンは彼の持つ賢者の石によって引き寄せられたセラたちを興味深そうに見つめていた。

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