第27話

 雷鳴ってる……雨降ってきそう。

 帰り、車出してくれないかな。

 それにしても、お腹空いた。

 事件が終わったらがっつり食べよう。

 あ、その前にショックガンを当てた人に謝らないと。


 エレナと大悟がいる部屋に続く長い廊下を走りながら、呑気に幸太郎はそう思っていた。


 目的地の重厚な扉の前まで来ると――その扉は開いていた。


 やっぱり、アルトマンさん先に来てたのかな。

 みんな、大丈夫かな……

 よし、一応気をつけよう。


 能天気でありながらも開かれた扉から何か嫌な気配を感じ取った幸太郎は、唯一の武器であるショックガンを手にして部屋の扉を開く。


 不気味なほど部屋の中は静まり返っており、明かりもなく暗かった。


 全員疲れて眠ってるのかな?

 ……でも、ちょっと不気味で怖い。


 ちょっとしたお化け屋敷気分を味わいつつ、幸太郎は居間へと向かうと――


 大人数で集まってパーティーができそうなくらい室内の面積が広く、天井も高く、大きな窓を開けると室内の面積以上の広い庭園がついている豪勢なスイートルームだが――惨憺たる状況が広がっていた。


 入り口付近には襲撃者をいの一番で迎え撃ったであろう克也が倒れており、抵抗する間もなくソファに座ったまま大悟は項垂れて気絶しており、少しは抵抗したジェリコとエレナが倒れ、二人の背後には倒れているプリムを庇うようにして、娘の身体に折り重なるようにして倒れているアリシアが倒れていた。


「みんな、大丈夫ですか?」


 居間で発生している惨状にさすがの幸太郎も能天気になることなく、倒れている大悟たちに駆け寄り、声をかけて容態を確認する。


 意識は失ったままだが、目立った怪我もなく、呼吸もしているので大事には至っていないことを確認して幸太郎は安堵の息を深々と漏らした。


「な、七瀬、さん……」


「エレナさん、大丈夫ですか?」


 安堵の息を漏らす幸太郎の耳に弱々しいエレナの声が聞こえたので、すぐに彼女の元へと駆け寄って、そっと抱き起した。


「すぐに人を呼びますね」


「そ、それよりも、逃げて、くだ、さい……」


「ダメです、エレナさんたちの傍からは離れませんから」


 憔悴しながらも必死にこの場から逃げるように促してくるエレナの手を、そっと握り締める幸太郎。


 自身の手から伝わる幸太郎の体温と優しさに、一瞬エレナは寄り添いたくなってしまったが、それを堪えて自身を抱えている幸太郎を突き放した。


「ここは、危険です……ま、まだ、か、彼が……」


「どういうことですか?」


「本当の――いえ、真の……――クッ――」


「エレナさん、大丈夫ですか? エレナさん」


 何かを説明しようとしたエレナだが、突然彼女の身体が赤い光に包まれて小さく苦悶の声を上げ、光が収まると同時に気絶してしまった。


「――さすがは教皇。やはり、彼女のような煌石を扱う高い資質を持つ人間には、ある程度の抵抗力はあるようだ」


 倒れたエレナに声をかける幸太郎の耳に、冷静に分析する老いた声が届く。


 立ち上がって声のする方へと身体ごと視線とともに、ショックガンも向ける。


 庭園へとつながる窓の前には長身の誰かが立っていた。


 部屋が暗闇に包まれているためにハッキリと顔はわからないが、声と、僅かに届く外光で見える背格好でその人物が男であることは認識できた。


「こうして相まみえることになるとは、思いもしなかったよ七瀬幸太郎君。この出会いはお互いにとって、何よりも世界にとって重要な瞬間になるだろう!」


「はじめまして。……えっと――どなたでしょうか」


 かなり熱が入った相手の挨拶に気圧されながらも、幸太郎は挨拶を返す。


「お互い初対面だが、誰よりも理解しあっている間柄だよ」


「何だかちょっとエッチに聞こえます」


「それは気のせいだ」


 能天気な幸太郎の反応に、闇に包まれたフランクな態度の人物は楽しそうに笑う。


 呑気に会話を繰り広げている内に、徐々に暗闇に目が慣れてくる。


 闇に包まれた人物の輪郭が徐々にハッキリして――ようやく、相手を幸太郎は認識できた。


 その人物に気づいた時、「あれ?」と素っ頓狂な声を上げる幸太郎。


 その人物を幸太郎は良く知っていた。


 何度か会ったこともあったからだ。


 しかし、妙だった。


 アカデミーに入学する前に輝石についてある程度の知識を得るために、その人物の書いた本を何冊か読んだことがあり、掲載されている著者近影を見たことがある幸太郎にとっては見覚えのある顔だったのだが――それが妙だった。


 その人物は若返ったはずなのに、老いていたからだ。


 そして、何よりも妙なのは、その人物の相手は今セラたちがしているはずだからだ。


「アルトマンさん?」


「そう、私はアルトマン・リートレイドだ。よろしく頼むよ、七瀬幸太郎君」


 暗闇と同化する黒い服を着た男はアルトマン・リートレイドだった。


 だが、セラたちが相手をするアルトマンとは違い、今この場にいるアルトマンは老いていた。


 白髪の髪、歳を感じさせながらも端正な顔立ちをしており、それ以上に鋭い彼の双眸は老いても尚ギラギラとした光を宿していた。


 数年前の事件で命に関わる怪我を負い、その怪我を治療するために賢者の石の力を使った結果、若返ったと幸太郎は聞いているのだが――目の前にいるアルトマンは、しっかり老け込んでいた。


 もう一人のアルトマン・リートレイドの登場に、ただただ幸太郎は困惑することしかできない。


「えっと……どういうことでしょうか」


「話せば色々と長くなるのだ。ここでは落ち着かない。外でゆっくり話さないか?」


「いいですけど……雷鳴って雨降りそうなんですけど」


「何よりも天気を心配するとは、やはり君は面白い――大丈夫、雨は降ることはないだろう。私がそう望んでいるからね」


「ありがとうございます?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る