第3話
「依然アルトマンの行方は不明です」
「七瀬幸太郎に関しても、特段目立った情報はありません」
「
「風紀委員の活動に関してですが――精力的な活動のおかげで、アカデミー都市内の犯罪率が大幅に低下しているようです」
「アルトマンが動き出しているような不審な動きはありませんが……風紀委員の活動を一目見ようと、いや、彼女たちの姿を写真に収めようと大勢の野次馬が集まっています」
「今はまだ不審な動きはありませんが、もしも、伊波大和の言う通り、アルトマンたちが目立つために風紀委員を襲うのであれば、野次馬が大勢いるのは少々危険かと……」
「それに、露出も増えて少々過激になっているようだ。少し抑え込んだ方がいいのでは?」
「半分同意で半分反対だ。抑えてしまってはコスプレの意味がない!」
「同感だ」
「お前たちは何を言っているんだ」
アカデミーの校舎など重要施設がある、アカデミー都市内でも中央部に位置するセントラルエリアのホテル内の大宴会場に、アカデミーを運営する組織の教皇庁、鳳グループの幹部が集まり、会議を行っていた。
議題は主にアルトマンについて、そして、風紀委員の活動についてだった。
精力的に風紀委員が活動してくれているおかげでアカデミー都市内の犯罪率が大幅に低下しているのだが――大勢の野次馬が風紀委員に集まっている状況で、大和の言う通り、自分たちの存在をアピールするためにアルトマンが暴れたらと考えたら素直に喜べなかった。
「大和の推理には確証はありませんが、現状それに縋るしかアルトマンたちの尻尾を掴むことができません。なので、このまま引き続いて風紀委員に活動してもらった方がいいのではないでしょうか? それに、風紀委員の活動のおかげでアカデミー都市内の犯罪率も低下しているのです。推理が間違いでも無駄になることはありません」
風紀委員の活動が抑えられそうな雰囲気になりそうになる中、スーツを着た一人の女性――艶のある長い黒髪を後ろ手に結った、大和撫子と表現するに相応しい容姿の
「制輝軍やガードロボットにフォローしてもらっていますが、このまま野次馬が増え続ければ、対応できなくなります。――なので、アルトマンの行方を追うのに忙しいのは理解していますが、教皇庁、鳳グループにも協力をしていただきたいのです。そうしていただければ、万が一の場合でも確実な対応ができます」
そう言って、巴は議長席に座る鳳グループトップ、教皇庁トップである教皇に視線を向ける。
巴の視線の先にいる、長い髪を後ろ手に撫でつけた、無表情で冷たい雰囲気を身に纏うスーツの男、鳳グループトップである
「一理あるというだけで、大和の推理には確証はない――そのことを忘れるな」
「しかし、小父様。先程の報告でありましたが、現状何もアルトマンたちに関する情報はありません。大和の計画に縋ってみるのもいいかと思います。活動を続けても無駄にはなりませんし」
「風紀委員の行動が無駄になるとは思ってはいない。だが、良くも悪くもこの一週間で風紀委員の注目はアカデミー内外からかなり集まった。これ以上目立てば、今までにないほどの盛り上がりを見せる可能性が十分にありえる――それも、この前の煌石一般公開以上に盛り上がり、それ以上の混乱が発生する場合もある」
「それは、その……そうなれば、アルトマンたちも動き出す可能性が高くなります。それに、仮に何も起きなくとも風紀委員の活躍が世界に知れ渡り、世間がアカデミーや、輝石使いのことをよく知る機会になると思います。それに、もしもの場合でも、アカデミーが一丸となれば必ず対処できるはずです」
現時点でかなりアカデミー都市内だけではなく、アカデミー外部にも風紀委員の活躍が目立っているので、これ以上騒ぎ立てれば、二週間前の煌石一般公開以上の盛り上がりが見せることが容易に想像できた大悟は、これ以上風紀委員が目立つことを渋っていた。
煌石一般公開以上の盛り上がりと、混乱が起きるだろうとの大悟の予測に、巴は痛いところを突かれて答えに窮してしまうが、すぐに反論した。
取ってつけたような巴の反論だが、大悟の表情は険しいままだった。
それでも、上手く反論できていない大悟にこのまま巴は一気に攻めようとするが――
「お前の言い分は理解できるから、大悟もキッパリと反論できないんだ。だが、お前は決定的なことを忘れてる、というか、誤魔化してるな」
大後の近くに座る、よれよれのスーツを着た若々しい外見の目つきの悪い男――大悟の秘書を務める、巴の父である
「確かに大和はどう転んでもアカデミーが得するように考えて風紀委員を動かしているが、問題は周囲への――風紀委員の活躍を一目見るために集まった野次馬たちだ。煌石展示会場のように厳重なセキュリティが施された場所にいるわけでもないんだからな。アルトマンが大暴れした場合、一番被害を受けるのはそいつらだろ?」
「そのためにもちゃんとどう警備をするのか、明日にでも制輝軍に話をつけるつもりよ。だから、そうならないためにも鳳グループと教皇庁の力を借りたいの」
「大勢を動かすには相応の時間と費用と大きな手間がかかる。それに、前の騒動の混乱がまだ続いている状況ですぐにまた大騒動を起こして何かあったら一大事だ。それよりも、アイツらのバカ騒ぎを抑える方が何倍も楽だ。お前の言うことなら聞くんだから、言ってやってくれ」
「わ、わかってるけど……でも……」
「何を企んでるのか知らねぇが、少しは落ち着け。お前らがでしゃばって後先考えない勝手な真似をされたらこっちが困るんだ。厄介事はこれ以上ごめんなんだよ」
「そ、そんな言い方はひどいわ! 大和だってちゃんと考えて行動してるんだから」
「それが困るって言ってんだよ。というか、第一お前はどうしてそんなに――」
「はいはい、ストップストップ。今は仲良く父娘喧嘩してる場合じゃないでしょうに」
不穏な空気が流れている巴と克也、二人の親子の間に割って入るのは、染み一つない白衣と、扇情的な黒のストッキングを履いた艶めかしい脚を強調するようなミニスカートを履いた、かわいいリボンで長い黒髪をポニーテールに結った美女――ではなく、美男子の
萌乃が間に入り、克也は居心地が悪そうに忌々しく舌打ちをして引き下がり、巴は何も言わずにただただ俯いていた。
「確証がないことに貴重な人員は割けないのはよく理解しているし、まだ騒動が起きていないのに、過剰なまでの応援を求める巴ちゃんの頼みも時期尚早――だからこうしましょう。もしも、アルトマンちゃんたちが、それか、風紀委員の周辺で何らかの不審な動きがあったら、全面的に大和ちゃんや風紀委員をフォローするって」
場をまとめる萌乃の言葉に、上層部たちのほとんどは納得していたが――大悟と克也の表情は芳しくなかった。
明らかにまだ何か納得していない二人を見て、小さくため息を漏らした萌乃は、自分の言葉に上層部たちが乗り気な勢いに乗じて、大悟の隣に座る教皇庁トップの教皇――栗色の長い髪を三つ編みに束ねた、大悟と同じく無表情で冷たい、それ以上に神秘的な雰囲気を放つ、エレナ・フォルトゥスに視線を向け、話を替えた。
「大和ちゃんの頼みなんだけど、リクトちゃんの力を貸してくれないかしら?」
「教皇の息子を利用すれば、宣伝効果も更にアップってことかしら? 相変わらずあの小娘は抜け目がないわね」
萌乃の頼みに、出入り口の近くで今までのやり取りを他人事のように眺めていた、厳粛な雰囲気のこの場に似合わない、胸元と足元が大きく開いたドレスを着た妖艶な雰囲気の美女――アリシア・ルーベリアは吐き捨てた。
「でも、あの小娘の言う通りアルトマンが目立ちたいのなら、必然的にリクトも危険に巻き込まれるリスクも高くなる――どうするつもりなのかしら?」
「いいでしょう」
「は、早いわね!」
挑発するようにアリシアはエレナにそう質問し、彼女の反応を見て楽しもうとしたのだが、思った以上にエレナの素早い、というか、無表情ながらもやる気満々といった様子で下した判断に、思いきり意表を突かれてしまった。
もちろん、アリシアだけではなく、この場にいる全員も同じで、エレナの即断即決にどよめきが走り、唯一表情を変えていない大悟でさえも、怪訝そうに隣にいる彼女を見つめていた。
「ちょ、ちょっと、よく考えてみなさい! リクトが、アンタの息子が危険な目に巻き込まれるってことを! 今の私の言葉を噛み締めて、もう一度考えてみなさい!」
「ええ。百も承知の上で許可しました」
「アンタはよくてもリクトはどうなのよ!」
「もちろん最終的にはリクトの判断に委ねますが――私は構いません」
「も、もちろんそうだけど……あ、アンタ、何か企んでるの?」
あまりにも早いエレナの判断に、何か裏があると疑うアリシアを「そういうわけではありません」とエレナは軽く流し、無表情ながらも若干興奮した目を萌乃に向けた。
「萌乃さん、リクトが着る衣装は用意しているのですか?」
「え、ええ。すぐにでも用意するつもりよ」
「指定はできるのでしょうか」
「もちろん、言ってもらえれば何だって用意するわ。安物じゃなくて、ちゃんとした衣装をね」
「わかりました。いくつか希望をリストアップして後でお渡しします」
「一つ聞きたいんだけど……リクトちゃんに何を着せるつもりなのかしら?」
「普通では面白くないので女性物にしましょう。例えば、フリルのついたドレスなんてどうでしょう。いいえ、それでは面白くないですね……リクトは傍目から見れば清純派なので、大人っぽいドレスなんてどうでしょうか」
萌乃の質問に、当然だと言わんばかりにエレナは答え、息子の女装姿を想像して無表情ながらも興奮しきった様子で捲し立てる教皇庁トップ。
珍しく興奮している様子のエレナに上層部たちは若干引いていたが――少し冷静になった上層部たち――主に教皇庁の幹部である枢機卿は徐々にエレナと同様の熱が入ってくる。
少女と見紛うほどの華奢な体躯と可憐な容姿、父性ではなく母性溢れる懐深さを持つ、エレナの息子であるリクト・フォルトゥス――そんな彼の女装姿に、枢機卿たちは今まで引き締められていた表情を若干弛緩させてしまっていた。
「アリシア、あなたとジェリコにメイクを頼みたいのですが、よろしいでしょうか」
「任せなさい。とっておきのかわいいメイクを施してあげるわ」
エレナの指示に素直に従うアリシア。
かつて次期教皇の座を争い、エレナが教皇になった後も執拗に教皇の座を狙い続け、その挙句にアルトマンに利用され、教皇庁の枢機卿を追いやられ、色々あって鳳グループの一員となったアリシアはエレナに対して憎たらしくも複雑な感情を抱いており、そんな彼女の言葉に従うことは滅多にないのだが――
リクトのかわいい姿が見たい! ――その一心で、エレナとアリシアは手を取り合った。
そんな二人と、熱が上がった枢機卿たち、リクトの女装姿に少し興味を抱いた鳳グループたちの様子と、すっかり会議がわき道にそれたことに大悟と克也は深々と嘆息する。
そして、二人は目配せをして、今は風紀委員の好きにさせる――そう決めた。
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