第11話

「白葉クロノの始末に失敗したようですね」


「鳳グループに上手く乗せられたよ。まさか、後先考えないで大胆な手に出るとはね」


「私も想定外でした」


 自身の協力者の手引きがあって教皇庁本部に潜り込んだヘルメスは、本部内にある豪勢な一室でその協力者――エレナ・フォルトゥスと話をしていた。


 不測の事態が発生してクロノの始末に失敗したことについての詳しい報告をするために、エレナはヘルメスを呼び出していた。


 つい先程任務に失敗したノエルから詳しい報告を聞いていたが、エレナから詳しい話を聞くことによって、意外な事実が判明した。


 鳳グループと、制輝軍のアリス・オズワルドが密接に協力していたこと。


 そして、クロノが移送されたのを教皇庁は知らなかったことだ。


 鳳グループは独断で大病院に入院中のクロノをどこかに移送していたらしく、その報告を受けた教皇庁は重要な証拠を握っているクロノが安全であることに安堵するとともに、情報の共有を約束していたのに、さっそく裏切られたことで鳳グループへの不満が爆発していた。


「意識不明のままですが――白葉クロノが目覚めた場合あなたはどう出ますか?」


「私の計画や正体を知られるだろうが何も問題はない。それに安心したまえ。君とつながっていることを知っているのは、今のところ私だけだからな」


「そうですか。それはよかったです」


 自分との関係を知られずに済むということを聞いてエレナは安堵することはなく、相変わらずの無表情を浮かべていた。


 本来であるな安堵するはずなのに、そんな素振りを見せないエレナの反応にヘルメスは疑問と不審を抱きつつ、話を続ける。


「鳳グループが勝手な真似をした結果、教皇庁との関係がさらに悪化した。それに加えて、ノエルだけではなく制輝軍の主力である銀城美咲も私とつながっていることを知った制輝軍たちの士気は益々下がって弱体化しており、好き勝手に動いて予測ができない厄介な風紀委員にも負傷者が出た――これで私たちはさらに動きやすくなった。クロノの始末に失敗したのは痛手だが、運はまだまだ味方してくれているようだ」


「……それは強がりではありませんか?」


「そう言われると何も反論できないな」


 心の奥底を見透かすような透明感のある目でジッと見つめられながらのエレナの一言に、ヘルメスは降参と言わんばかりに自虐気味な笑みを浮かべた。


 鳳グループと教皇庁の対立が深まり、アカデミー都市全体が混乱に陥っている状況だが、冷静に状況を分析したヘルメスは少々自分の状況が悪くなってしまったと判断していた。


 その大きな理由としては、クロノだった。


 どこに移送されたのか、おおよその見当はついているが、意識不明のクロノが目覚めた場合、自分の目的が知られると同時に自分の正体も知られてしまうからだ。


 前者の方はいつか目的が気づかれるかもしれないので問題はなかったが、後者の方――自分の正体を知られるのには問題があった。


 今まで正体を隠してきたが、周囲に正体を知られればその分動きにくくなってしまうからだ。


 それだけは何とか避けたかったが――自分との関係が気づかれる前はいつでも裏切者のクロノを始末する機会があったのに、自分との関係を周囲に悟られないために始末をする判断を遅らせたのは自分のミスなので、甘んじて受け入れることにした。


 自分の状況が悪いのを素直に認めるヘルメスだが――状況が悪いのは自分だけではないとヘルメスは思っており、嫌らしい目をエレナに向けた。


「状況が悪いのは君も同じだろう。今回の鳳グループの行動は教皇庁内に裏切者がいると確信してのことだ――彼らは君が私とつながっていることに気づいているのではないかな?」


「そうかもしれませんね」


 追いこまれているかもしれないというのに、相変わらず機械のように無表情なエレナは動じていなかった。そんなエレナを見てヘルメスの不審はさらに強くなる。


 自分に協力しているのは芝居であり、隙を見てエレナは自分を捕えようとしているのではないか――と、ヘルメスは感じていたが、すぐにその疑いは晴れた。


 口角を僅かに吊り上げて、不敵に微笑むエレナの顔を見たからだ。


 そんなエレナから僅かながらも確かな執着心と狂気をヘルメスは感じ取った。


 多くの人間に慕われ、尊敬を集める教皇の内に秘めるどす黒い感情は、過去にヘルメスが利害の一致で協力し合った人間たちを遥かに超えており、それを垣間見たヘルメスは自分を捕えるために自分に協力しているわけではないとを確信する。


「あなたが言った通り、悪いことばかりではありません。鳳グループ、教皇庁、制輝軍、風紀委員が混乱している状況で、我々が動きやすくなったのは事実――それを利用しましょう」


「それでは、君はどうするべきだと思う」


「簡単なことです。あなたが派手に動けばいいだけです。派手に動けば動くほど、今の混乱しているアカデミーでは対応が遅れ、さらに混乱するでしょう。それに乗じて動けば、お互いの目的を達成するのに苦労しないと思いますが?」


「確かにそうだが……クロノが目覚めて重要な情報を流す可能性も、鳳グループが君と私の関係を察している可能性もある。それを考えれば、派手に動けばこちらの隙を見せる可能性も高いということだ」


 不敵な笑みを浮かべながら今の悪い状況を逆にチャンスだと捉えるエレナに、ヘルメスは心強いと感じつつも、不審を抱く。


 確かにエレナの言う通りだった――対立が深まっている鳳グループと教皇庁、士気が乱れている制輝軍、負傷者が出ている風紀委員と、アカデミーを支える重要な組織は現状すべて満身創痍になっており、今派手に動いて、更なる混乱を招けば、対応が後手後手になってしまい、その隙に目的を果たすこともできた――が、もちろんリスクも孕んでいた。


 今までもアカデミーは運良く逆境に打ち勝ってきたこともあり、鳳グループと教皇庁の関係が急に修復することも、制輝軍の士気が上がることも、風紀委員が予測不能の動きを見せることが十分にありえるからだ。だからこそ、一旦姿を消すべきだという考えもあったが、目的達成を目の前にしてここで退けないという気持ちが強くヘルメスに残っていた。


「リスクが大きいのは十分に承知ですが、お互いのために私も教皇の立場を利用して裏で手を回しましょう――目的達成を目の前にした状況で退けば、今度はいつチャンスに恵まれるか、わかりませんよ?」


 煽るようなエレナの言葉に揺さぶられるヘルメス。


 確かに、ここまで来れたのは運が良かった。次にこんな幸運に恵まれるとは思えなかった。


 そう思うと、ヘルメスの中に焦燥感が芽生える。


「わかった……いいだろう教皇エレナ。君の言う通りにしようじゃないか」


 ヘルメスは不安が残るが、それを覆い隠すほどの焦燥感に突き動かされてエレナの策に乗ることにすると、彼女は満足そうに微笑む。


 そんなエレナから、多くの人に尊敬されている教皇からは信じられないほどの悪意を確かに感じたヘルメスは、「一つ、いいかな」と彼女に対しての警戒心を徐々に引き上げて尋ねる。


「エレナ、君の目的は一体なんだ?」


 今まではぐらかされてきたエレナの目的を尋ねるヘルメスだが――相変わらず、意味深な笑みを浮かべたエレナは目的を口にすることはなかった。


 しかし、隠しきれない悪意に満ちた微笑を浮かべるエレナを見て、彼女の目的がロクでもないものだとは容易に予想ができた。

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