第30話

「も、もう決めた……今度自転車買う」


「や、やっぱり、トラック相手に人間の走力で立ち向かうのは無茶だっての……」


「やればできると思ったんだけど……」


 すっかりアンプリファイアが積まれたトラックを見失ってしまった幸太郎たち。


 幸太郎は後先考えないで無我夢中で全力で走り続けて軽い酸欠状態になりながらも、まだ足は止めていなかった。


 一方の進藤は、いくら輝石の力を使って肉体が強化されているとはいえ、トラックの速度に追いつけなくなり、軽く息を乱していた。


「やっべぇよ、このままじゃアンプリファイアが……クソッ」


 完全にトラックを見失ってしまい、進藤は焦燥を募らせていた。


「何か手を打たねぇと――そうだ、風紀委員も制輝軍と同じで、アカデミー都市内の監視カメラの映像見れるアプリがあるんだろ? 七瀬の携帯で見ることはできないのか?」


「ごめんね……風紀委員に入ったばかりでまだ携帯に入ってない」


「クソッ、このままじゃホントにヤバいぞ。七瀬の無実を証明することはもちろん、セラたちの努力も無駄になっちまう! 何か打つ手はねぇのかよ」


 打つ手が何もなくなって苛立ちの声を上げる進藤。


 体力の限界を迎えながらも、疲れた頭でどうするべきか悩んでいる幸太郎だったが――思考を邪魔するように突然携帯が震えはじめた。


 こんな時に何かと思いながらも、何か重要な連絡だと思って携帯を取り出し、液晶画面を見ると、着信相手は――ヴィクター・オズワルだった。


「――博士からだ」


「ま、マジか! で、でも、拘束されたのにどうして……」


 拘束されたはずのヴィクターからどうして連絡が来たのかという疑問を持ちながらも、取り敢えず幸太郎は立ち止まって電話に出ることにした――


『ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!』


 電話に出た瞬間、受話口から相変わらずのヴィクターの高笑いが響き渡った。


 拘束されても元気そうなヴィクターの高笑いに、幸太郎と進藤は安堵する。


「博士、元気そうで何よりです」


『無駄な心配をかけてしまったようだが、何も問題はないぞ!』


「制輝軍の事情聴取、どうでした? カツ丼は――」

「い、今は呑気に話してる場合じゃないっての! ちょっと貸してくれ!」


 呑気に会話をしそうになっている幸太郎から進藤は慌てて携帯を奪った。


 性格に難があるマッドサイエンティストだが、自分たちよりも遥かに頭が良いヴィクターからの連絡に、進藤は一筋の希望の光が見えた。


「もしもし、先生か?」


『その声はモルモット二号君か。君は相変わらず余裕がないな! もっと、私やモルモット君のように余裕を持たなければ、人生楽しくないぞ! ハーッハッハッハッハッハッ!』


「今はそんな状況じゃないっての! 今大変なんだ! 頼むから力を貸してくれ!」


『もちろん承知の上だ! 私は君たちに手を貸すため、私の巧みなトーキングテクニックとハッキング技術を駆使して、制輝軍の事情聴取を抜け出して、勝手に制輝軍のパソコンを使っているのだからな! まったく制輝軍め! 輝動隊本部をそのまま使っているのはいいが、私の手がけたセキュリティシステムをそのまま使っているとはな! 不用心な奴らだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!』


 機嫌が良さそうなヴィクターの声に交じって、けたたましいサイレンの音と、激しい足音、そして、怒号が聞こえてきて、間違いなくヴィクターは制輝軍本部で余計なことをしているのだと進藤は容易に想像ができた。


「な、何をしたのか今は聞かねぇことにする! これから俺たちはどうすればいい!」


『今、私は制輝軍のPCを使って、アカデミー都市全体の監視カメラの映像を見ていて、君たちの居場所と目的はわかっている! ノースエリアの倉庫から出たトラックを追っているのだろう!』


「ああ! アンプリファイアが積まれてるトラックだ!」


『今から私の指示通りに動くのだ! そうすれば万事解決だ!』


 解決の糸口が見えた幸太郎と進藤はお互いに目配せをして、力強く頷き、ヴィクターの指示に従うことにする。


「トラックはイーストエリアに向かっている! 先回りするため、まずは真っ直ぐ向かい、二つ目の信号がある交差点を右に曲がるのだ! さあ、早く!」


 ヴィクターの指示に従い進藤は全力疾走をする。


 進藤に続いて、幸太郎もほとんど残っていない体力を使い果たすつもりで全力疾走する。


 次々と指示を出すヴィクターに従い、車道がある広い道、車が通るには狭い道、人一人くらいの道幅しかない道を通り、植木の間を通り、塀を乗り越え、足場の悪い塀の上を通っていた。


 どこへ向かっているのかよくわからない道を歩いていたが――


「お、おい! 今トラックがあそこを曲がったぞ!」


 アンプリファイアを積んだ見覚えのある大型トラックが数百メートル先の道を左に曲がったのを進藤の目に入った。


『ハーッハッハッハッハッハッ! 先回り成功だ! 諸君、ここからは二手に別れて挟み撃ちをするのだ!』


 自分の思い通りになって気分良さそうに笑うヴィクターは高らかにそう宣言する、進藤の携帯が突然震えはじめた。


『今、モルモット二号君にこれから先の道程を記したメールを送っておいた! その指示通りに動いてトラックを止めるのだ! モルモット君には私が直接指示をしよう! おそらく、私の指示に従えば、どちらかがトラックの前に到着するだろう! そしたらトラックに攻撃を仕掛けて止めるのだ! アンプリファイアの拡散を防ぐのだ!』


「わかった! 七瀬、俺は先に行ってるぞ!」


 道順が記されたメールを確認して進藤は前に向けてすぐに走りはじめた。


『モルモット君、君も急ぐのだ。後方にある三階建ての白いアパートの裏に回るのだ!』


 ヴィクターの指示に従うため、幸太郎も気力を振り絞っては足を動かしはじめる。


 アパートの裏に回って塀をよじ登り、足場の悪い塀の上で危ういバランスを保ちながら幸太郎はヴィクターの指示に従っていた。


 塀から飛び降りて、狭い道を走り抜けて車道のある広い道に出た幸太郎に、ヴィクターは右に向かって走るように指示を出し、数百メートル走って交差点にまで到着すると、ヴィクターはまばらに車が通り過ぎる車道に出て立ち止まるようにと指示を出した。


 幸太郎は左右を確認して、車が来ないことを祈りながら車道の中央に立った。


『どうやらモルモット君――君は運が良い。目標のトラックが君に向かっているぞ』


 ヴィクターの言葉通り、離れた位置に大型の配送トラックがこちらに向かっていた。


『モルモット二号君もここに向かっていると思うが、待っている時間はない。さあ、私の研究成果を見せてくれ、モルモット君よ』


 幸太郎はズボンの後ろに差した、ヴィクターの研究成果である新型ショックガンを取り出し、片手で持ったショックガンの銃口を若干斜めにして構え、近づいてくるトラックを幸太郎は真っ直ぐと見据えた。


 運転手は幸太郎の姿に気づいたのか、一気にスピードを上げてきた。


 獣の唸り声に似たエンジン音を上げながら、スピードを上げてこちらに向けて突っ込んでくるトラックに幸太郎は一歩も退くことはしなかった。


 迫るトラックに向け、幸太郎はショックガンの引き金を引く。


 収縮音と同時に小さな風船が割れるような乾いた破裂音が響く。


 銃口から放たれた電流を纏った衝撃波は真っ直ぐとトラックに向かい、質量のあるもの同士がぶつかる鈍い衝撃音とともに、ヘッドライトを割れ、フロントバンパーを凹ませた。


「連射をするのだ、トリガーハッピーになるのだ!」


 ヴィクターに指示されるよりも先に、幸太郎は躊躇いなく何度も引き金を引いた。


 連続して発射された衝撃波は、トラックのフロント部分をめちゃくちゃに凹まして、フロントガラスを割るが、それでもトラックの勢いは止まるどころか上がっていた。


 自分との距離が僅かになっても幸太郎は気にすることなくショックガンを連射していた。


『これ以上は危険だ! モルモット君、避けるのだ!』


 携帯からヴィクターの怒声が響き渡るが、それでも幸太郎は構わずに連射する。


 目前になってようやくトラックがバランスを崩しかけるが、トラックは避ける間を与えず、そのまま幸太郎を――


「七瀬!」


 トラックが幸太郎を轢く寸前――進藤が幸太郎に飛びかかり、二人は地面に突っ伏してギリギリトラックを避けた。


「止まれぇええええええええ!」


 進藤はすぐに起き上がり、くの時に曲がった武輝であるブーメランをトラックに向けて投げた。


 意思を持つように動く進藤の武輝は、空中で不規則な動きをしながらもトラックに襲いかかり――分厚く大きなタイヤを引き裂いた。


 タイヤが引き裂かれてトラックは大きくバランスを崩し、激しい音と立てて横転する。


 横転すると同時に、自身の武輝であるブーメランが進藤の手元に戻ってきた。


「……映画みたい」


 起き上がった幸太郎は横転しているトラックを呆然と眺めていた。


 トラックを横転させた本人である進藤も驚いた様子で口をあんぐりと開けていた。


「……あ、あそこまでやるつもりはなかった」


「進藤君、助けてくれて――」


 進藤よりも先に我に返った幸太郎は助けてくれた進藤にお礼を言おうとしたが、突然進藤は「あ!」と大声を上げて、慌てて横転しているトラックに向けて走り出した。


「う、運転手を助けねぇと!」


 進藤の言葉に幸太郎も、慌てて横転したトラックに乗っている運転手を救出するために走りはじめて、運転手の救出に向かった。


 運転手は気絶をしていたが外傷はなく無事であり、トラックの荷台のコンテナを開くと、そこには緑白色に光る大量のアンプリファイアが箱積みされていた。


 自分の無実が証明できるよりも、大量のアンプリファイアがアカデミー都市内に拡散するのを防ぐことができて幸太郎は安堵の息を漏らすとともに、ようやく足を休めて休憩できることに心の底から喜んだ。


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