第31話
餌に食らいつく獣のような勢いで貴原はセラに襲いかかってきた。
武輝であるサーベルの切先を突き出し、常人ならば捕えられないほどの動きの貴原だが、セラは彼の動きを完全に捕えていた。
攻撃の間合いに入った瞬間、貴原は全身のバネを使った鋭い突きを放つ。
身体を捻らせてセラは貴原の攻撃を回避すると同時に、身体を捻らせた勢いで振った武輝で、貴原にカウンターの一撃を食らわして吹き飛ばした。
吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直した貴原は空を蹴って、セラに飛びかかる。
力任せに武輝を振り下ろした貴原の攻撃をセラは容易に回避すると同時に反撃をする。
光を纏わせた武輝から放った光弾を飛ばしながら、貴原はセラの反撃を大きく後ろに飛び退いて回避する。
貴原から放たれた光弾の一つ一つをセラは武輝で撃ち落とす。
セラが光弾を対処している隙に、貴原は彼女との間合いを一気に詰める。
間合いに入った瞬間、力強く一歩を踏み込み、貴原はセラに向けて鋭い突きを放つ。
貴原の攻撃を後方に身を翻してセラは回避。
間髪入れずに貴原は空中にいるセラに飛びかかり、武輝を振う。
素早い貴原の一撃に、セラは空中にいて避けられないと判断して受け止める。
何の技術のない、力だけが込められた貴原の重く、鋭く、速い一撃にセラは吹き飛ばされるが、空中で身を翻して華麗に着地した。
着地すると同時に貴原は雄叫びを上げてセラに飛びかかり、大きく武輝を振り上げ、力任せに思いきり振り下ろした――
だが、振り下ろされた貴原の武輝はセラの眼前で止まった。
セラの武輝である剣の切先を喉元に突きつけられたからだ。
切先を喉元に突きつけられ、アンプリファイアを使用して理性を失っている貴原の表情に若干の怯えが生まれたが――すぐに狂気に満ちた笑い声を上げて恐怖を打ち消した。
貴原は大きくバックステップをしてセラとの間合いを開けるが、武輝を逆手に持ったセラが貴原に向かって飛びかかり、一瞬で間合いを詰めた。
セラの動きに対応できない貴原は、大きく身を捻らすと同時に薙ぎ払うように振ったセラの攻撃を避ける間も防御する間もなく直撃した。
直撃を食らって怯む貴原の側頭部にセラは回し蹴りを放つ。
そして、セラは後方に向けて大きく身を翻しながら、貴原に向けて光を纏わせた剣の刀身から光弾を発射する。
流線を描いて飛んだ光弾は貴原に直撃して、彼は勢いよく吹き飛んだ。
強烈なセラの連撃に貴原はボロボロになってうつ伏せになって地面の上に倒れた。
倒れたまま動かない貴原だが、セラはまだ警戒を解かず、彼を鋭い目で睨んでいた。
普通の輝石使いなら気絶するほどのダメージを与えているが、貴原はアンプリファイアを使っているため、セラはこれで終わりだとは思っていなかった。
案の定、貴原の身体にアンプリファイアから放たれた緑白色の光が一瞬だけ身体を包むと、すぐに貴原は何事もなかったかのように狂気に溢れた笑みを浮かべて立ち上がった。
「最高だ――最高だよ……あなたの攻撃の一つ一つが僕の身体と心に染み渡る」
「気持ちが悪いです」
「あなたの言葉の一つ一つが僕の心に染み渡り、快楽が生まれてしまうよ!」
「……付き合いきれません」
「つれないなぁ! ――そらなら、もぉっと僕のことを理解してもらいましょう!」
あれだけ痛めつけても、まだまだ元気でマゾヒスティックな快楽に身悶えている貴原に、心底嫌そうな表情を浮かべているセラは若干の焦りが生まれていた。
焦りの理由はトラックを追った幸太郎たちの身を案じていることもあるが、それ以上に貴原のことも心配していた。
アンプリファイアを使用して力を増幅させた貴原だが、明らかにその力は彼自身の限界を超えており、これ以上アンプリファイアを使い続ければ命に関わるからだ。
「このままでは危険です。今すぐアンプリファイアを捨ててください」
「おおっとぉ? 心配してくれるのかなぁ、セラさん。光栄だよ!」
人の気も知らないで歓喜の声を上げる貴原に、セラは心底ウンザリした。
「アンプリファイアが危険であることくらい、あなたでも理解できるでしょう」
「わかっている! よーくわかっている! これは『保険』! すべて、何もかも全部!」
「……話になりませんね」
「そう、これは保険だ! 僕は『保険』だ! 『保険』になった!」
意味不明なことを叫びながら、大きく武輝を振り上げた貴原がセラに飛びかかった。
――幸太郎君も心配だけど、このままだと貴原君が危ない……
……このまま、全力で一気に決着をつける!
逆手に持った武輝を順手に持ち替え、セラは力強く一歩を踏み込み、狂気に満ちた笑い声を上げてこちらに向かってくる貴原との間合いを一気に詰めた。
そして、武輝である剣に変化した輝石から絞り出した力を光として刀身に纏わせ、セラは貴原に向けて袈裟懸けに武輝を振り下ろした。
同時に貴原も緑白色の光を纏わせた武輝であるサーベルを振り下ろす――が、寸前に貴原は攻撃を中断してセラの攻撃をまともに受けた。
突然の行動に不意を突かれたセラは驚きながらも、異変を察知してすぐに飛び退いて貴原から間合いを取ろうとするが――
強烈な一撃をまともに受けて項垂れていた貴原は、全身に緑白色の光を纏わせると同時に、限界まで口角を吊り上げた狂相を上げ、飛び退こうとするセラの首を掴んだ。
首を掴んだ貴原の手を捻ろうと、瞬時に対応しようとするセラだが、それよりも早く貴原はセラを地面に叩きつけた。
起き上がろうとするセラだが、進藤が馬乗りになってきてそれができなくなった。
それでも武輝を持った手は自由なので、すぐさま貴原に攻撃を仕掛けようとするが、彼はそれよりも早くセラの両腕を掴んで自由を奪った。
「アンプリファイアというものは素晴らしい――限界以上の力を引き出すだけでなく、全身に膜のように纏った輝石のバリアの強度を上げることができるんだ」
自慢げに貴原はセラの攻撃をまともに受けて無事だった理由を語り、自分の眼下で仰向けに倒れて自由を奪われているセラの姿を気分良さそうに眺めていた。
「良い姿だ……僕に自由を奪われる姿を何度夢見たことか……」
「気持ち悪い――最低ですね」
心底気持ち悪いと思い、その気持ちをそのままセラは吐き捨てるように貴原を罵った。
その罵りさえも快感に思えるのか、快楽が全身に電流として流れて貴原は身震いした。
「ああ――そう、あなたに屈服させられて口汚く罵られる姿も何度も妄想しましたよ」
「……何を言っても無駄のようですね」
「こんな状況になっても相変わらず気丈な姿――素敵だよ! リビドーがいきり立ってしまいそうだ!」
鼻息荒く興奮している貴原は、セラの白く伸びた首筋に舌を這わせた。
虫のように這った貴原の舌の感触に、セラは嫌悪感で顔をしかめる。
「あぁ、これがセラさんの汗の味かぁ――そして、これが……髪のにおいと味……」
興奮でだらしなく緩んだ顔で犬のように鼻を鳴らしてセラの髪のにおいを嗅ぎ、舐める。
なすがままの状態にされているセラだが、明らかに、順調に、怒りを募らせていた。
「塩見の効いた汗の味、汗の香りの中に仄かにあるフローラルな香り……セラさんの髪、肌触りも最高ですし、口当たりも良い――食べちゃいたいくらいですよ――フゴォ!」
甘美なフェロモンのようなにおいを放つ、艶やかなセラのショートヘアーの髪を口に含もうとした瞬間――貴原は情けない声を上げてセラから飛び退いた。
いくらアンプリファイアで全身を強化していても、漢の急所だけは強化できなかった。
両手で股間を押さえて声なき声を上げて悶えている貴原の姿は滑稽で、憐れでもあった。
解放されたセラは埃を払うように汚らわしいものが当たった膝を何度も払い、ゆっくりと貴原に近づいた。
そして、男にしかわからない痛みで悶絶している貴原の髪の毛を掴み上げた。
情けない顔の貴原の目に入ったセラの表情は――激情も何も宿しておらず、無の表情をしていた。
本能的に今のセラは危険だと察した貴原だが、もう遅かった。
セラは貴原の顔面を、武輝の柄を強く握り締めた拳で殴り飛ばした。
殴り飛ばした貴原に向けて、セラは光を纏わせた武輝から光弾を乱射する。
乱射した光弾は全弾貴原に直撃して、彼は吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「せ、セラさん! 随分と激しく責めてくれるじゃないかぁ!」
遠慮のないセラの攻撃に嬉々とした声を上げて、マゾヒスティックな快感に酔いしれている貴原だが、セラは彼に対して余計なことを何も言うことはなかった。
セラは眩いほどの光を纏った武輝である剣を握り締め、ゆっくりと貴原に近づく。
貴原に近づく度に、セラの武輝に纏っている光が強くなり、炎のように揺らめく。
「……お前に言っておくことがある」
「愛の言葉かなぁ?」
普段の声とはまったく違うドスの利いた声のセラの次の言葉を、アンプリファイアの力のせいでハイになって状況を理解できていない貴原は期待していた。
「私はお前が嫌いだ」
「どうしてです? 僕はあなたに相応しい力を持っている! あなたに纏わりつく有象無象の人間や、あなたが気に入っている七瀬幸太郎と進藤新に比べれば――いや、比べ物にならないくらい、僕はあなたに相応しい」
ハッキリとセラに嫌いと言われても、貴原はまだ余裕な表情を浮かべていた。
「クズのことなんて放って、僕とともに高みに昇りましょう! あなたは人の上に立つべき存在、その権利と力がある! 今更風紀委員が何しても無駄! 今はあなたの周りにいる弱者を――」
「私の友達をバカにするな!」
張り上げたセラの怒声が貴原の言葉をかき消した。
セラの怒声に貴原は一瞬呆然とするが、すぐに大袈裟なリアクションで驚いて、わざとらしく肩をすくめてやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。
「僕がこんなにあなたを思い、こんなにも愛しているというのに、どうしてわかってくれないんだ! 『保険』になったというのに! セラさぁああああああああん!」
自身の武輝であるサーベルの刀身に、アンプリファイアの力と武輝から絞り出した輝石の力を合わせて、眩くも毒々しい緑色の光を放つ武輝を、ゆっくりとした歩調で近づいて間合いに入ってきたセラに向け、大きく振り上げ――感情のまま振り下げた。
貴原の攻撃と同時に、セラは神々しい光を放つ武輝を大きく振り上げ――貴原に向けて渾身の力を込めて思いきり振り下ろした。
様々な想いと渾身の力を込められた二人の攻撃がぶつかり合い、爆発音にも似た轟音が周囲に響き渡ると同時に、甲高い金属音が響き渡り――
アスファルトの地面に一本の武輝が突き刺さった。
突き刺さった武輝はサーベルであり、貴原の武輝だった。
所有者の手から離れた武輝はすぐに輝石に戻った。
「グッ……ククッ! さすがだよ、セラさん! さすが、僕の愛する人……」
アンプリファイアの影響でセラの強烈な一撃を食らっても、まだ貴原には意識があった。
仰向けで倒れている貴原は満身創痍でありながらも、狂気的な笑みを浮かべてセラへの愛の言葉を並べていたが、そんな彼をセラは冷たく見下ろし――
「迷惑です……あなたは私のタイプではありませんから」
貴原の愛の告白をセラはハッキリと拒絶した。
ずっと修行のことしか頭になく、普通の女の子として青春を味わっていなかったセラには恋愛についてまったく理解していなかったが、貴原のような他人を見下し、しつこく、強引に迫ってくるタイプは好きではないと判断した。
貴原にとって一撃必殺の威力を持つセラの答えに、男としても輝石使いとしても完全に敗北をした彼は力尽きて気絶した。
ようやく決着がついて、貴原への怒りに満ちた心を鎮めるようにセラは一度大きく深呼吸をして、全身に纏っていた緊張感と警戒心を解いて、武輝を輝石に戻した。
そして、すぐに頭を切り替え、トラックを追った幸太郎と進藤を追いかけようとしたが――セラの行く手を阻むように、無表情の白葉ノエルが立っていた。
ノエルの登場に、再び緊張感と警戒心を高め、輝石を武輝に変化させようとするセラだが――彼女の興味は自分よりも倒れている貴原に向けられていることに気づいた。
「彼が今回の騒動の黒幕――貴原康、ですね」
「あなたのことです。幸太郎君が無実であるとすぐに気づいたのでしょう」
「……さあ、どうでしょう」
疑心に溢れたセラの言葉に思わせぶりな言葉でノエルは誤魔化した。
そんなノエルにセラは掴みかかりそうになる衝動を抑えて、激情を宿した目で睨む。
「この騒ぎに乗じて私たち風紀委員を潰すことが目的だったようですが――貴原君は捕えました。彼は今回の騒動のすべてを語るでしょう。すべてを語れば、制輝軍が無実の人間を追い詰めたということで周囲の信用を失うことになります……ここまで騒動を大きくしたのが仇になりましたね」
自業自得だと言うように嫌味っぽくセラは吐き捨てた。
だが、セラの話を聞いていない様子でノエルは何かを思案しているようだった。
「今回の騒動ですが――正直、私たちもここまで大きくなるとは思いませんでした」
「今更何を言っても言い訳にしか聞こえません」
「……おかしいと思いませんか?」
ノエルの問いかけに、セラは目の前のことに集中して忘れかけていた不安が蘇る。
「今回の騒動、七瀬さんを追うため、私たち制輝軍は監視カメラの映像の確認や、聞き込みをしましたが――学内電子掲示板で多くの情報を得ました。もちろん、信憑性が低く、当てにはしていませんでしたが、それでも、七瀬さんの協力者であるティアリナさんや水月さん、久住さんたちの名前や、隠れ家の場所の情報は正確だった。そして――」
「……風紀委員と制輝軍の対立が激しく煽られていた」
「その通り。まるで、何者かに情報という餌を与えられて、掌で上手く踊らされている、そんな感じがします――セラさん、あなたもそう思えませんか?」
セラはノエルの言葉に同意したかったが、心の中で同意するなと警鐘を鳴らした。
それに従って押し黙るセラだが――それでも、胸の中で浮かんだ疑問は消えなかった。
……ノエルさんの言う通りだ。
今回の騒動、途中から何かがおかしかった。
上手く誘導させられているような、そんな気がしていた。
――……いや、もしかしたら最初からかもしれない……
でも……でも、そうだとしたら……私たちは――
――私たちは間違っていたの?
胸の中のあった疑問が漠然としたものになろうとした瞬間――遠くから衝撃音が響く。
「……何か遠くの方で音がしましたね――まるで、交通事故のような……」
「――幸太郎君!」
ノエルの言葉で漠然としそうになっていた疑問の答えを放り、セラは音がした方へと全速力で向かう。
真実に到達しそうになりながらも思考を放棄して幸太郎の元へと向かったセラを、ノエルはジッと見つめていた。
ノエルの目に感情は宿っていなかったが、どこかその目はセラを憐れんでいるような、それでいて滑稽に思っているようだった。
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