第32話

 ティアと美咲――お互い、自身の身長をゆうに超える大きな武輝を軽々と振いながら、激しくぶつかり合っていた。


 美咲の重く、速度のある強烈で荒々しい一撃を、片手で持った武輝でティアは容易に受け止め、軽々と彼女を押し返す。


 押し返すと同時に、武輝である大剣を片手で軽々と振ってティアは攻撃を仕掛ける。


 ティアは武輝を思いきり振り下ろすが、美咲の武輝である斧に受け止められる。


 受け止められた瞬間、ティアは体勢を低くして美咲の足を払う。


 足を払われてバランスを崩した美咲に間髪入れずにティアは武輝を薙ぎ払う。


 バランスを崩しながらも、美咲は身体を思いきり捻ると同時に武輝を振い、ティアに攻撃を仕掛ける。


 美咲の攻撃は簡単にティアに回避されるが、回避している隙に美咲はバランスを立て直し、一旦間合いを開ける。


 十分以上、休むことなく激しくぶつかり合い、拮抗状態が続く二人だが――


 ティアとの戦いはじめた当初は、嬉々とした笑みを浮かべて余裕だった美咲だが、笑みを浮かべていても最初のような余裕はなくなっていた。


 ティアは大きく身体を回転させると同時に武輝を片手で軽々しく薙ぎ払うように振う。


 大振りだが素早いティアの動きに回避できないと察した美咲は武輝で防御するが――間髪入れずに、再びティアは身体を回転させて武輝を大きく薙ぎ払う。


 大きな遠心力が加えられて威力と速度が上がったティアの一撃を、何とか美咲は武輝で受け止めるが、攻撃の衝撃に耐え切れずに美咲は吹き飛んだ。


 空中で体勢を立て直せないほどの勢いで吹き飛ぶ美咲は、アスファルトの地面に数回バウンドした後にようやく勢いが止まり、美咲は仰向けに倒れた。


 美咲が倒れて静けさが周囲を包むが――これで終わりだとは思っていないティアは緊張と警戒を解いておらず、倒れたまま動かない美咲をジッと見据えていた。


 倒れたまま動かない美咲だが――突然緊張感のない発情している猫の鳴き声が響くと、仰向けに倒れたまま美咲は着ているコートのポケットから携帯を取り出し、携帯に出た。


 美咲が携帯に出ると同時に、発情している猫の鳴き声が止んだ。


「ん――あ、ウサギちゃんか――うん……そっか、お疲れー、え? あ、もう、終わり? はーい、わかったよん❤ もう、今日はすごい激しいプレイ――って、切るの早いなぁ」


 短い会話の後に携帯を切って、のそのそと美咲は立ち上がった。


「今回の騒動の黒幕――貴原君って子を捕まえたってさ。幸太郎ちゃんは無実だね」


「そうか……それで、お前はどうする」


 幸太郎の無実が証明されて取り敢えずは安堵するティアだが、まだ目の前に元気な美咲がいるので警戒と緊張は解いていなかった。


「――負け、だよね」


「随分潔いな」


「それ、嫌味にしか聞こえないよ!」


 素直に負けを認めた美咲をティアは意外そうに見つめていた。


 今の状況を知っておきながら意外そうに見てくるティアに、美咲は苦笑を浮かべた。


「ティアちゃん、すごい強くなってて全然歯が立たないし、それに――こんな状況じゃね?」


 こんな状況――美咲の周囲には多くの制輝軍たちが倒れていた。


 アカデミーでもトップクラスの実力者が集まる場所にこれから殴り込みをかけるということで、大量の制輝軍と美咲を送り込んで万全を期したが――


 普段車椅子に座っているにもかかわらず圧倒的な力を振う優輝と、元輝士団トップクラスの実力を持った沙菜には無意味だった。


 大勢いた制輝軍たちは全員一人残らず沙菜と、大きく息を乱している優輝の手で倒されており、全員気絶して戦闘不能状態になっていた。


 今、車椅子に座って優輝はティアと美咲の戦いを離れた場所から観戦しており、傍らでは沙菜が激しく身体を動かした彼を心配そうに見つめていた。


 そんな状況で終始美咲はティアに圧倒されていたので――勝敗は明らかだった。


 敗北を認めた美咲は武輝を輝石に戻し、残念そうで悔しそうでもあったが、それ以上にスッキリした表情を浮かべていた。


「それにしても、ホント強くなってるねー……ねぇ、それって幸太郎ちゃんのおかげ?」


「……どうだろうな」


「もしかして、ティアにも遅れて春が来ちゃった? 年下好み? ショタスキー? おねショタ? ショタおね? ンホォウ! 最高!」


「意味がわからん」


「もう! 相変わらずクールというか、初心というか――まあいいか!」


 生唾を垂らして意味不明な単語を連呼する美咲に、ティアは冷たい視線を送りながら、武輝を輝石に戻した。


「今日は負けたけど、次は負けないからね☆ ティ~アちゃん❤」


「……お前とはもう二度と戦いたくない」


「つれないこと言わないでよ――どうせ、戦うことになるかもしれないんだから」


「――どういうことだ」


「アタシが制輝軍にいる限り、戦う機会はたくさんあるってことだよん」


 思わせぶりな笑みを浮かべて、美咲はティアに背を向けてこの場から離れようとする。


 何かを確実に知っているような美咲の態度に、去ろうとする彼女を呼び止めようとしたが、聞いても何も喋らないとティアは判断して何も聞かなかった。


 ただ無言で去る美咲の背中にティアは鋭い視線を向けていると――美咲は振り返っていたずらっぽく笑った。


「気をつけた方がいいよ、ティアちゃん……案外、敵は近くにいるかもしれないから」


 そう言い残し、今度は振り返ることなくティアの前から立ち去った。


 新たな戦いの予感がしながらも、今はそんなことを考えている暇はなかった。


 「……こいつらはどうする」


 美咲が置いて行った倒れている大勢の制輝軍を見て、疲れたようにティアは小さくため息を漏らした。


 仕方がなく、ティアは沙菜と優輝と手分けして、倒れている制輝軍の介抱に回った。


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