第33話

 アンプリファイアが積んだトラックを止めて、気絶している運転手も拘束した幸太郎と進藤は、騒ぎを聞きつけて駆けつけてくる制輝軍とセラたちを待っていた。


 待ちながら、進藤は嬉々とした顔で気分良さそうに幸太郎と雑談を交わしていた。


「これだけのことをしたんだ! 明日はきっとすごいことになってるぞ」


「そうなるかな?」


「当然だろ! これで風紀委員も俺たちももっと有名になれるぞ!」


「……あ、鳳さんにやっと会えるかも」


「おいおい、そんなことよりも今は有名になったことを喜べって! 俺たちのおかげでアカデミーが変わるかもしれないんだぞ! 風紀委員の目的だって達成したんだ!」


 風紀委員の目標が達成されていることと、自分たちが活躍して有名人になれるということに喜んでいる進藤だが、幸太郎は麗華に会えるかもしれないということに喜んでいた。


「きっと、セラのようにファンクラブができるかも――でも、俺たちセラみたいに華がないな」


「ぐうの音も出ない」


 気分良さそうな進藤と呑気に幸太郎は話していると――慌てたようにこちらに向かってくる足音とともに、背後から「幸太郎君!」と呼ぶセラの声が響いてきた。


 名前を呼ばれて幸太郎は振り返ると、全速力でセラがこちらに向かっていて、あっという間に幸太郎たちの傍に到着した。


「セラ、やっぱり無事だったか。それで、貴原はどうなったんだ? 七瀬の疑いは?」


「……貴原君に関しては問題ありません。無事、幸太郎君の疑いも晴れました」


「マジか! よかったなぁ! これでホントに一件落着だ!」


 傍に到着するや否やの進藤の質問に、一拍子遅れてセラは答えた。


 幸太郎の疑いが晴れたということを聞いて自分のことのように進藤は喜び、ようやく騒動が終わったことに安堵していた。


「そちらもアンプリファイアの拡散を止めることに成功したようですね。お疲れ様です」


「ちょっと派手になっちまったけどな」


「ほとんど博士と進藤君のおかげだけど」


「ともかく、二人とも無事で何よりです」


 大した活躍をしていないことに自嘲気味に笑いながらも、幸太郎は得意気に胸を張った。


 そんな幸太郎を見て、セラは安堵の表情を浮かべているが――その表情には微かな警戒と不安が残っていた。


「今回の騒動、風紀委員が解決したようなもんだし、七瀬と俺も活躍できたんだ。今回の騒動はかなり騒がれてたから、きっと明日になったら騒がれるんだろうな――なあ、セラ」


 嬉々とした表情で明日のことを期待している進藤に、セラは笑みを浮かべて頷く。


 ……あれ?

 どうしたんだろう、セラさん。


 事件が終わって安堵しているようだが、作り笑いのようなぎこちない笑みを浮かべているセラに幸太郎は違和感を覚える。


「セラさん、どうしたの?」


 セラを見つめながら疑問を突然口にする幸太郎に、不思議に思った進藤はセラを見る。


 進藤と視線が合ったセラは、幸太郎の手をきつく握って進藤から遠ざけ、幸太郎の前に庇うようにして立った。


「……今回の騒動、進藤君はどう思いますか?」


「どう思うって――……七瀬が貴原に嵌められて、制輝軍がそれに乗じて風紀委員を潰そうとして泥沼化したって感じか?」


 突然意見を求めてきたセラに戸惑いながらも、進藤は今回の騒動で感じたことを答えた。


「だけど、風紀委員が今回の騒動を解決したんだ。周囲を煽るだけ煽っといて、失敗したんだから制輝軍も自業自得だよな?」


「……セラさん、どうしたの?」


 質問の意図がわからない進藤と幸太郎は、不思議そうにセラを見つめていた。


 セラは幸太郎の手を掴んでいる自身の手の力を少しだけ強めた。


 自分の手を掴んでいるセラの手が強くなったことを感じ取ると同時に、セラの手が微かに震えていることに幸太郎は気がついた。


 どうしてセラの手が震えているのかよくわからないが、取り敢えず幸太郎はセラの手を優しく握り返した。


 すると、セラの手の震えは消え、同時に覚悟を決めたような力強い目で進藤を見つめた。


「制輝軍は学内電子掲示板でも情報収集をしていたようですが、それらの情報に踊らさているようだとノエルさんは言っていました」


「根も葉もないネットの情報に踊らされるのが悪いんだろ? ホント、自業自得だよ」


 真偽が不明な情報に踊らされた制輝軍を心底バカにしたように進藤はせせら笑った。


「ティアたち幸太郎君の協力者の名前、ティアの訓練場の位置が正確だったそうです」


「そりゃあ、ティアさんと水月先輩が助けてくれて、ティアさんの訓練場に向かう時、誰かに見られたんだろ?」


「あなたたちを助けたのはティアと沙菜さん。車椅子の優輝は訓練場で待っていた――どこの誰が優輝の姿を確認したのでしょう」


 ようやくセラの言わんとしていることを理解した進藤は驚きの声を上げる。


「そ、それってもしかして――俺たちの中に情報を漏らした奴がいるってのか? そんな奴俺はいるとは思えねぇ、というか信じたくねぇ! そ、そうだ、制輝軍が今回の騒動を煽るために出した情報とも考えられねぇか?」


 驚いている進藤を無視して、セラは淡々と話を続ける。


 徐々にセラの声からは優しさが消え、冷たくなってきていた。


「不必要に周囲を煽れば、今のように自業自得の結末になるかもしれない。そんな不用意な判断、制輝軍――いいえ、ノエルさんはしないでしょう」


「それじゃあ、一体何が目的なんだよ」


「この騒動を万人の目に触れさせること――進藤君はどう思いますか?」


「ど、どう思うって……せ、セラ、俺に何を言わせたいんだよ」


 余裕がなくなってきた表情の進藤に、いっさいの逃げ道を与えないようにセラは鋭い眼光を飛ばし、「話を替えましょう」とセラは言った。


――貴原君はことあるごとにそう言ってました」


 ついさっき終えた貴原との戦いを頭に浮かべながら、アンプリファイアが生み出した力と狂気に呑まれている貴原の言葉をセラは頭に浮かべた。


「あ、アンプリファイアでおかしくなってる奴の言ってることなんて意味ないだろ!」


「ええ――ですが、刷り込まれたかのように『保険』と連呼をしている貴原君の姿は妙で、まるで、自分が誰かの『保険』にされているように私は見えました」


「だ、だから、意味がわからねぇことを考えても仕方がないだろ!」


 アンプリファイアを使って理性を失っていた貴原を擁護しているようなセラに、苛立ったように進藤は声を荒げた。


「もしも、貴原君が本当の黒幕の『保険』にされているのだとしたら?」


「そ、それじゃあ、貴原は誰かに利用されてるって、セラは考えてんのか?」


 冗談交じりで進藤はそう尋ねると、セラは力強く頷いた。


「本部で大量のアンプリファイアを見つけた時の状況を教えてください、幸太郎君」


 ティアの訓練場での会話を思い浮かべながら、セラは進藤から幸太郎へと視線を移す。


「お菓子を食べようと『本格チーズケーキの憂鬱』の袋を出したら、たくさんアンプリファイアが出てきて、それからすぐに制輝軍の人たちが校舎を囲んで、その後脱出方法を考えてたら博士が来て、すぐに本部を出たよ」


「どうして、そのお菓子を食べようと思ったのでしょうか」


「進藤君がウジウジしてるから、この間進藤君と協力して買った最近はまってるお菓子でも食べて元気にさせようと思って。進藤君もお菓子を食べたいって言ったし」


 幸太郎の答えに漠然としていなかった真実が徐々にセラの中に形になってくる。


「幸太郎君は誰にそのお菓子のことを詳しく教えました? ――


「……それは――」


「そ、そんなこと七瀬に聞いても意味がないだろ! あのお菓子にアンプリファイアが入ってたのはただの偶然だろ!」


 セラの質問に幸太郎は胸の中で重い何かがのしかかったような錯覚を覚えた。


 進藤を信じているのに僅かな疑問が浮かんでしまった幸太郎は困惑しきっており、セラの質問に答えられないまま、口を閉ざしてしまう。


 そんな幸太郎の気持ちを察しながらも、セラは止めない。


 風紀委員本部に落ちていたチョコのお菓子の空袋をセラは頭に過らせる。 おそらく、そのお菓子を食べながら幸太郎たちは脱出方法を考えていたであろうとセラは想像していた。


「他のお菓子以外にはアンプリファイアは入っていませんでしたか?」


 首を横に振った幸太郎の答えを聞いて、得心したようにセラは頷いた。


「幸太郎君が買ったお菓子だけに、アンプリファイアが入っていた――ということですね」


「だ、だから、偶然だっての!」


「……僕も偶然だと思う」


 追い詰められた進藤を信じているために、幸太郎は彼をフォローした。セラの考えていることが事実だとしても、幸太郎は偶然だと信じたかったからだ。


 幸太郎の気持ちを十分に理解しながらも、セラは残酷な真実への追及を止めない。


「それでは進藤君。七瀬君のお菓子のことを他に誰に教えたのでしょう。ぜひ教えてください。複数あるお菓子の中で幸太郎君のお菓子だけにアンプリファイアを入れることができた人物、つい最近幸太郎君がそのお菓子を買ったということを知っている人物も教えてください――その人物を辿れば、何か重要な手掛かりになると思うので」


「そ、それは……」


 厳しいセラの追及に、顔を青白くさせた進藤は答えに窮して押し黙ってしまう。


「振り返れば今回の騒動……すべてあなたに導かれていたような気がします」


 セラの言葉に幸太郎は騒動がはじまってからの進藤の言動が頭に過った。


 最初にお菓子を食べようと言った進藤、貴原の居場所を探している時にわざとらしくお菓子を食べたいと言った進藤――その言葉に幸太郎は誘導されているような気になった。


 何気なく言った進藤の言葉だが、それらがすべて重要な意味を持っている気がしてきた。


 強い疑念が生まれた頭を幸太郎は思いきり振って疑念を霧散させ、進藤の次の言葉を、できればすべてが考え過ぎであるということを証明できる言葉が欲しい幸太郎は縋るような目で彼を見つめていると――


 突然、進藤の表情に感情が消えた。


「……まったく、欲張り過ぎて失敗しちまったよ、クソ」


 進藤は低くくぐもった声でそう呟いた。


 無表情の進藤だが、内から滲み出ているどす黒い感情は隠せなかった。


 本性を見せた進藤の姿に、セラは驚きつつも警戒と緊張を高まらせた。


 一方の幸太郎は自分のよく知る進藤新とは別人のような雰囲気を纏っている進藤新本人を呆然と眺めていた。


「確実に疑いの目を向けさせるため、あのお菓子にアンプリファイアを入れたが――あからさま過ぎたか」


「一体何のためにこんなことを……」


「お決まりの台詞だな、セラ……説明してやるよ。お前らにも関係する話だからな」


 自分たちを騙していた進藤にショックを受けているがそれ以上に、幸太郎を危険な目に遭わせて静かに怒るセラを見て、進藤は気分良さそうな笑みを浮かべ――全身に憎悪と殺気を纏った。


 ため込んでいたどす黒い感情を一気に爆発させて、それを身に纏わせた進藤に、セラは薄ら寒いものを感じた。


「お前らへの復讐だよ」


 昂るどす黒い感情を必死に抑えた震える声で、短くも淡々にそう告げた。


「アカデミーに入学してから、輝石使いとしての能力が低い俺はいつも底辺にいた。でも、ある時俺以上の落ちこぼれが来た。そいつは入学式に遅刻して、輝石の力もまともに扱えなくて武輝も出せない落ちこぼれだったんだ……俺はそいつが来て震えたよ――虐げる側に回ったことの喜びでなぁ!」


 抑えきれなくなったどす黒い感情を爆発させ、憎悪に溢れている表情の進藤は歓喜の声を張り上げ、気分良さそうに笑っていた。


「俺は落ちこぼれの根も葉もない噂を流した。その情報をほとんど奴らは鵜呑みにして、落ちこぼれを蔑み、虐げた――愉快だったよ! 俺の一言一言を全部鵜呑みにするバカどもの姿と、落ちこぼれの姿はなぁ!」


 アンプリファイアを使っていた貴原よりも、狂気に満ちた表情を浮かべて進藤は笑いながら、声を弾ませて愉快な日々を語っていた。


「そいつの周りにはなぜか人が集まったが、そんなのは僅かだ! そいつらに力があろうが、数の暴力には勝てねぇ! 嘘で塗り固められて浸透したレッテルをそいつらでも簡単にはがすことはできねぇからな! だから、どんなに人が集まっても俺はそいつのことを気分よく見下してた……見下してたんだよ! あの時までは!」


 落ちこぼれを見下す日々を嬉々と語っていた進藤だが、ここで声のトーンが屈辱と憎悪に満ち溢れ、悔しそうに歯噛みしていた。


「落ちこぼれは急にいなくなった! アカデミーを退学になったんだ! 落ちこぼれから矛先は俺に変わり、底辺に戻った俺は情けねぇ自分に戻っちまった! ここまで言えばその落ちこぼれが誰だかわかるだろう? ――七瀬! 何もかもお前のせいだよ! お前が全部奪った! お前が俺の全部を終わらせた! お前のせいで辱められたんだ!」


 完全なる逆恨みだが、幸太郎への怨嗟の言葉を進藤は吐き続ける。今までため込んでいた鬱憤を晴らすように、力強く、ドスの利いた声で、息切れを起こすほど。


 息切れを起こした自分を息を整え、昂った気分を落ち着かせるように軽く深呼吸をして、進藤は不気味なほど落ち着き払った穏やかな声で話を続ける。


「でも、ある日突然そいつは戻ってきた……そして、運良く俺と出会った。この時はホントに運が良いと思ったよ……お前の近くで復讐できると思ってな。俺はすぐにお前に接触して、信頼を得て、お前と一緒に行動した。お前と一緒に行動すれば、いつでもお前を近くから見下すことができるからな――でも、ある時考えが変わっちまったんだ」


 口角を限界まで吊り上げて狂気に満ちた笑みを進藤は浮かべた。


「あの時――ホント気分が良かった……今までゴミとしてしか見なかった俺を、周囲が憧れの目で見てきたんだ。その快感を味わったら、俺はもう戻れなかった。だから、俺は提案を持ちかけた。名誉を得るために、今回の騒動を大きくしてくれって。名誉を得て、お前らの信用を得たところでタイミング良く裏切れば、心のダメージは大きいって言ったんだ。奴は二つ返事で協力してくれて、貴原の拉致と監禁に手を貸してくれたよ」


 興奮して捲し立てるように早口になってくる進藤。


「見物だったぜ! いつも人をゴミ扱いしている貴原が、わけもわからず監禁されて、戸惑っている姿はなぁ! 『保険』としてゴミのように奴に利用されて良い気味だったよ! それに、アイツは風紀委員と俺をハメるために、偽の情報を流して俺たちを躍らした――犯人に仕立てるには十分だ! そのために、俺は偽の情報とわかっていながら、アイツの掌で踊ってやったんだからな!」


 いつも自分を蔑んでいた貴原を十分に利用して気分良さそうに進藤は笑った。


「だが、名誉を取って復讐もする――結局、欲張り過ぎてそれが仇になるとはな、クソっ!」


 幸太郎の次に自分自身への怨嗟の言葉吐き捨てる進藤。


 憎悪に憑りつかれている進藤の姿に、セラの中で怒りは消え去り、進藤に対しての呆れと憐れみが強くなっていた。


「何もかもを幸太郎君のせいにして、無様だな」


 キッパリと、吐き捨てるように言ったセラの言葉に進藤は狂ったように哄笑する。


「俺からしてみれば、お前ら風紀委員の方が無様だよ!」


 笑いを堪えながら、進藤はセラを指差してそう言い放った。


「お前ら風紀委員は何をしてた? 確かに、細かい事件も大きな事件も解決して、周囲に認められた。風紀委員の力が及ぶ範囲が広くなったし、今まで見れなかった監視カメラの映像も見れるようになって、できることも増えた――でも、お前らは何をしてたんだ? 制輝軍が来て変わったアカデミーで、お前ら風紀委員は何をしていた?」


 自分を無様と言い放ったセラに、進藤は挑発するようにそう尋ねた。


 進藤の問いかけにセラは何も答えられず、拳をきつく握り締めた。


 進藤の言いたいことはセラにはわかっていた。


 自分でもそう思っていたからだ。


 だからこそ、最終手段として幸太郎の力に頼らざる負えなくなった。


「お前たち風紀委員は一年間、何もできなかった! 口では大層なことを言っておきながら、結局アカデミーを変えるために何もできなかった! 俺はそれをよく知ってる! 俺は身に染みてわかっている! ずっとこの一年蔑まされて虐げられてきたんだからな! 一年間何できなかったのに、お前ら風紀委員は、元々アカデミーにあった実力主義の思想が、制輝軍が来たおかげで完全に定着しちまったのに、それを今更変えようとしている。それも、自分たちじゃ無理だって言って、俺たち弱い奴らの力に縋って――これがホントの無様だろ」


 守る誓っておきながら、危険に巻き込んだ幸太郎への罪悪感が、的を射ている進藤の言葉で刺激され、セラは何も反論ができなかった。


 強い力を持ちながらも状況を何も変えることができないで、自分よりも力の劣る人間に頼らざる負えないことを、セラは心の中で申し訳なさを感じているとともに、自分自身が無様だと思っていたからだ。


 図星を突かれて何も反論できないセラを見て、進藤は気分が良さそうに、愉快そうに、見下すように笑っていた――


「進藤君は何をしてたの?」


 進藤の哄笑をふいに放った幸太郎の言葉が止めた。


 今まで黙って進藤の恨み言を聞いていた幸太郎はゆっくりと口を開く。


 まだ進藤が裏切ったことに幸太郎はショックを感じていたが、彼の目にはいっさいの迷いはなく、進藤の心の内を見透かすようにジッと見つめていた。


「何も変えられなかったけど、セラさんたちは一年間ずっとアカデミーを変えようと頑張ってたみたいだけど……?」


 幸太郎は進藤をジッと見つめて質問する。


 進藤は押し黙り、すべてを見透かすような幸太郎の目から逃げるように目をそらした。


「進藤君は――」


「だ、黙れ!」


 進藤は怒声を張り上げて幸太郎の質問を遮り、ズボンの後ろに隠すように差していた妖しく、黒光りする物体を取り出した。


 進藤が持っている黒光りする物体が銃であるということを瞬時に察したセラはチェーンにつながれた輝石を武輝に変化させようとした。


「おっと、セラ……少しでも不自然な真似をしたら俺はいつでも撃つ。お前なら無事だと思うが、幸太郎はどうかな?」


 脅すような進藤の言葉にセラは不用意に動けなくなってしまった。


 セラが動かないことを確認すると、幸太郎の前に庇うようにして立つセラと、彼女に守られている幸太郎の姿に進藤は優越感に満ちた笑みを浮かべた。


「そう、そうだ……それを見たいんだよ……七瀬。お前は庇護される存在、お前は結局何もできない、そうやって力のある者に守らなければ何もできないんだよ」


 嘲笑を浮かべる進藤の言葉に、幸太郎はもっともだと言わんばかりに頷き――


 幸太郎はセラの前に庇うようにして立った。


「幸太郎君、ダメです!」


 無茶な真似をしようとしている幸太郎をセラは制止させようとするが、不用意に動けば幸太郎に危険が及ぶかもしれないと思ってセラは動けなかった。


 セラの前に庇うようにして立つ幸太郎は、ズボンに差していたショックガンを取り出して片手で持ち、銃口と瞳を真っ直ぐと進藤に向けた。


 多少の動揺は確かに存在しているが、進藤を倒すことを決めたている覚悟をしている目を幸太郎はしていた。


「お前ならそう来ると思っていた! だが――よく見ろ、これは銃だ! 俺は『保険』のために、奴からこの銃を受け取った。最悪の事態を予想して! だが、お前はどうだ? 前にあのイカレたヴィクターから聞いたが、それは弾丸の威力を消せないんだろ? だから俺は保険として銃を選んだんだよ! どうだ? 怖いか? 逃げるなら今の内だぞ?」


「お前は黙っていろ! ――幸太郎君、ここは危険です。お願いですから退いてください!」


 無様に幸太郎が逃げる様を期待している進藤だが、幸太郎は一歩も動かない。


 背後でセラが無謀な真似をしようとしている幸太郎に注意をするが、幸太郎は逃げない。


 ただ、幸太郎は何も言わずに目の前にいる進藤を真っ直ぐと見つめていた。


 幸太郎の目にはいっさいの迷いも逃げる気もない。


 逃げる気がない幸太郎に、進藤は気圧される。


 自分より明らかに格下だと思っている人物に気圧され、進藤の表情は苛立ちに歪む。


「なら、望み通り底辺の落ちこぼれに相応しい結末を用意してやるよ――」


「幸太郎君! 話を聞きくんだ!」


 銃口を幸太郎に向ける進藤。


 声を荒げるセラ。


 危険を承知でセラは幸太郎に飛びかかろうとする――


 セラが飛びかかろうとするのを合図に、躊躇いなく銃の引き金を進藤は引いた。


 同時に、幸太郎もショックガンの引き金を引く。


 乾いた銃声と、空気が一瞬膨張して破裂する音が周囲に響く。


 進藤が放った弾丸は真っ直ぐと幸太郎に向かう。


 ショックガンから放たれた電流を伴った衝撃波は真っ直ぐと進藤に向かう。


 衝撃波は弾丸と衝突して僅かに銃の威力と弾道をそらし、幸太郎の腕を掠めた。


 弾丸と衝突した衝撃波は威力が落ちることなく、そのまま真っ直ぐと進藤に向かって、彼の身体を吹き飛ばした。


 凄まじい衝撃波が電流とともに全身に襲いかかり、進藤は手にしていた銃を地面に落とすと同時に、腕に巻いていた輝石のついたバングルが解けて地面に落ちた。


 焼けるような痛みを伴って弾丸が掠めた腕からは血が滲み、幸太郎はあまりの痛みに声なき声を上げ、血が滲んだ腕を押さえて蹲った。


「幸太郎君! しっかりしてください!」


「う、腕がもげそう……」


「掠っただけです。応急処置をするので手で強く押さえていてください」


「せ、セラさん! イ、イダイ……」


 蹲る幸太郎に飛びかかるようにセラは駆けつけて、血が滲んでいる腕に自身のハンカチをギュッと強く巻いて応急処置をした。


 荒々しいセラの応急処置に短い悲鳴を上げ、幸太郎は涙目をセラに向けた。


「進藤君は?」


「……彼ならあそこに」


 セラの視線の先には仰向けで大の字になって倒れている進藤がいた。


 幸太郎は腕の痛みに堪えながら、倒れたまま動かない進藤に近づいた。


 セラは幸太郎の後に続いて、銃とその傍らに落ちていた進藤の輝石のついたバングルも拾った。


 倒れている進藤の近くまで幸太郎は寄って、進藤の様子を見ると――倒れたまま動かなかった進藤は気絶しておらず、放心状態のまま夜空を仰ぎ見ていた。


「痛ぇし、痺れて動けねぇ。どうしてお前なんかに俺が……クソッ!」


 悪態をつきながらも進藤は起き上がろうとしなかった。


 そんな進藤をセラは憐れむように見つめながら、何も言わずに幸太郎が進藤に何を言うのか黙って見守っていた。


「どうして逃げなかったんだよ……本物の銃を向けられれば普通怖いだろ? それに、輝石をまとも扱えない奴なら普通ビビッて動かなくなるだろ? 落ちこぼれは立ち向かうことなんてできねぇだろ!」


「貴原君に立ち向かった進藤君みたいに勇気を出しただけだよ」


「そんなの……お前の信用を得るための演技に決まってんだろ」


 遠い昔のような出来事を思い出させる幸太郎の言葉に、進藤は乾いた嘲笑を上げた後、「チクショウ」と小さく毒づいて、顔を腕で覆い隠した。


 覆い隠した進藤の表情は一瞬、自分がよく知る進藤新の顔になっていたことに幸太郎は気づいた。


 腕で顔隠したまま何も言わない進藤に幸太郎は手を差し伸べた。


 だが、差し伸べられた手を進藤は払った。


「同情なんていらねぇんだよ……ここでお前の手を掴んじまったら、俺が惨めになっちまう。お前の勝ちだよ、お前は俺よりも強い――だからこれ以上俺を惨めにすんなよ……」


 敗北を認めて幸太郎を拒絶する進藤だが――


 幸太郎は自身の手を振り払った進藤の手を無理矢理掴んだ。


 突然の幸太郎の行動に、進藤は目を丸くして彼を見つめていた。


「トラックに轢かれそうになってたところを助けてくれてありがとう」


「お前ホントバカだろ……それも全部お前の信用させるための行動だよ」


「嘘でも進藤君が勇気を出したのも僕を助けてくれたのも、全部事実だから」


 信じていたものが全部演技だと言われても、幸太郎は動揺しないで進藤を見つめる。


 自分を見つめる幸太郎の目が純粋で眩しすぎて、進藤は直視できなかった。


 自身の手を掴む幸太郎の手を振り解こうとしても、彼は決して手を離さない。


 裏切られても、拒絶されても、決して手を放すことなく、真っ直ぐな目を向けてくる幸太郎に、進藤はウンザリしていて、自分が惨めでむなしく思っていた。


「クソッ……なんでお前はそんなにいっぱい持ってんだよ……俺以上の底辺のくせして、なんでお前は俺が持ってないものを持ってんだよ……」


 進藤は自分にしか聞こえない声で悪態をつくと、黙ったままもう何も話さなかった。


 遠くからこちらへ近づく大勢の足音が聞こえたきた――


 進藤は幸太郎にきつく掴まれている手を振り解こうはしなかった。

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