第34話
豪華絢爛な自室で麗華は不満そうな顔を浮かべていた。
半年ぶりに着る制服が少しキツイと感じたことも不機嫌の理由だが、それ以上に、従者であるドレイクが勝手な約束をしたことに不満を抱いていた。
そのせいで、麗華は大して会いたくない七瀬幸太郎に会わなければならないからだ。
ずっと不満気な顔を浮かべながらも、数時間前から準備をしている麗華に、彼女の様子を数時間前からずっと眺めている大和は心底愉快そうな笑みを浮かべていた。
「まったく……そんなに嫌なら行かなければいいのに」
「おだまり! これは私のプライドの問題なのですわ!」
やれやれと言わんばかりにわざとらしくため息を漏らす大和に、八つ当たり気味に麗華は怒声を浴びせた。
ヒステリックな麗華の怒声を浴びて、大和はクスクスと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「こうなるなら最初に会いに行けばよかったのに。会いたかったんだろう? 幸太郎君に」
「シャラーップ! 私は別にあんな凡人になんて会いたくありませんわ!」
「それなら、行かなければいいだろう?」
「うっ……だ、だから、これは私のプライドの問題なのですわ! あのバカドレイクが勝手な約束をしていなければ、私は会うつもりはもう毛頭ありませんでしたわ!」
「はいはい、そういうことにするよ。ホント、素直じゃないなぁ、麗華は」
「シャーラップ! 一々一言余計なのですわ」
一々ちゃんと反応してくれる麗華を愉快そうにからかっている大和だが、これ以上はさすがにキレると思ったので、からかうのは中断した。
からかうような意地の悪い笑みから、意味深で薄気味悪い笑みに大和は替えた。
「それにしても……風紀委員は――いや、幸太郎君は活躍しているみたいだね」
「私からすれば、あんなものは活躍とは言えませんわ! 結局、今回は手柄のほとんどを制輝軍に譲ったのですから。まったく……何を考えているのか理解不能ですわ」
二日前に起きた大きな騒動の結末に不満な麗華はプリプリして怒っていた。
「まあ、それでもいいじゃないか。一応制輝軍に大きな借りを作ったんだし」
「一応ですわ! すべてはセラさんたちの力のおかげですわ!」
「……君の切り札が役に立ったおかげで、ようやく君はゲームに勝てた。今まで引き分けが精一杯だったのに、はじめて君に軍配が上がったんだ。喜ぶべきことじゃないか?」
大和が言い放った『ゲーム』という単語に、麗華の顔が真剣なものへと一変させる。
顔色が変わった麗華を大和は楽しそうに、そしてまだまだ余裕そうな表情で眺めていた。
今回『ゲーム』に負けたというのに悔しい素振りを見せないで、余裕そうに、心底愉快そうに、そして嬉しそうな笑みを浮かべている大和を、麗華は忌々しそうに睨んでいた。
「最初は正直血迷ったかと思ったんだけど、君の切り札は勝利を招いたようだ」
「ただの偶然ですわ――それで? あなたの仕組んだ次のゲームの内容は?」
「……近いうち何かが壊れると思うから、楽しみに待っててね」
意味深な笑みを浮かべている大和に、麗華は不安を覚えながらも頭の中でセラたち風紀委員や、ティア、そして不承不承ながらに幸太郎の姿を思い出して不安を消し去った。
「さて、麗華。そろそろ時間だ。ずっと会いたかった幸太郎君に会ってきなよ」
「仕方がなく会いに行くのですわ! それでは失礼しますわ!」
最初から最後まで騒がしい麗華は、ドスドスと大きな足音を立てて部屋から出た。
一人麗華の部屋に残された大和は、高い天井を仰ぎ見た。
「七瀬幸太郎君か――……」
幸太郎の名前を呟き、一瞬浮かんだ気持ちに自嘲的な笑みを大和は浮かべた。
すぐに淡い気持ちを消し去った大和の顔から笑みがなくなった。
笑みを消した大和の表情はゾッとするほど冷酷で、瞳の奥には憎悪の炎が滾っていた。
――――――――――
事件から二日後――セラと巴は朝から二人揃って制輝軍本部で二日前の騒動についての事情聴取が行われた。
騒動当日のセラたちの行動と、今回の騒動を裏で手を引いていた進藤新についての詳しい説明を求められ、すべての説明が終わる頃にはもう時刻は放課後になっていた。
ようやく堅苦しい場から解放されたセラと巴は、長時間の事情聴取に疲れている様子だったが、それ以上に暗い表情を浮かべて風紀委員本部から出ようとしていた。
二人の頭の中にいるのは今回の騒動を計画した進藤新の姿だった。
幸太郎と同様に今後のアカデミーにとってはなくてはならない存在だと思っていたが、裏切られたことを、事情聴取中に改めてセラと巴は思い知らされた。
――そして、改めてセラは自分の無力さを思い知らされた。
「今回の騒動……幸太郎君がいなかったら何の解決にもならなかったと思います」
「いてもいなくても、結果は変わらなかったわ。新たに、悪しきアカデミーの思想による被害者が一人増えたのを思い知らされただけよ」
「そうかもしれませんが――最後の最後で幸太郎君は進藤君を救ったのかもしれません。私たちではできないことを、幸太郎君はやり遂げた」
差し伸べようとした手を振り払われても、問答無用に進藤の手を掴んだ幸太郎の姿をセラは思い返した。
「取調べ中、彼は一言も反省の弁を述べようとはしなかった――私はそう思えないわ」
「でも、彼は隠すことなくすべてを話しました。最後の最後で救われたと私は信じたい」
「希望的観測にしか過ぎないけど……私もそう思いたい」
根拠も何もない希望を持っているセラだが、巴も彼女の希望に縋りたかった――その希望に縋らなければ、前を歩けないと巴は思っていたからだ。
前を進もうとしている巴とは対照的に、暗い表情のセラは立ち止まりそうになっていた。
セラの頭の中に何度も進藤の言葉が過る。
「アカデミーを変えるために努力をしたつもりでしたが、進藤君のような歪んだ感情を持つ人を生み出した……結局、私たちがやってきたことは無駄だったのでしょうか」
憎悪に歪ませた表情で進藤が吐き捨てた『風紀委員はこの一年間何もできなかった』という言葉が過る度に、罪悪感がセラの胸を抉った。
だが、その度にセラはあの時の幸太郎の言葉を思い出して救われていた。
幸太郎の言葉で救われたセラだが、それでも胸に浮かんだ疑問は晴れなかった。
自分たちはこの一年間何をしていたのか、本気でアカデミーを変えるつもりはあったのか、幸太郎がしたように救えた人間はいたのか――そんな疑問があった。
そんなセラの中にある疑問を見透かしたように巴は優しく微笑んだ。
「少なくとも……私は君たちに救われた」
優しく言った巴の言葉が、セラの心を重くしていた罪悪感と迷いを軽くした。
「あの時、風紀委員に止められなかったら、きっと私は取り返しがつかないところにいた――だから、私は君たちに救われた」
「……ありがとうございます、巴さん」
巴の言葉で幾分楽になったセラは巴に感謝の言葉を述べると、巴は苦笑を浮かべた。
「それは私の言葉――それに、君はまた一人の人間を救ったということを忘れないで」
大袈裟過ぎる表現をする巴に、貴原のことを思い出してセラは思わず自嘲気味な笑みを浮かべてしまった。
「それこそ、根拠も何もない希望的観測かもしれませんが」
「それでも、私はそれに賭けたい――その僅かな可能性の先には必ず、私たちが求めているものがあるから」
自分のしたことが根拠も何もない見通しが甘い希望的観測で、もしかすると間違った判断をしたのかもしれないが――……それでも、セラは可能性に賭けて見たかった。
セラが賭けている僅かな可能性の先に巴は光を見出し、それに縋った。
「――人はそう簡単に変われません」
根拠がない僅かな可能性に賭けている、甘い考えのセラと巴の姿を揶揄するような声が響くと同時に、声の主である無表情のノエルが現れた。
すべてを否定して何も期待していないノエルを鋭い目でセラと巴は一瞥して、そのまま何も言わずに彼女の横を通り過ぎようとしていたが――
「『
セラと巴を呼び止めるように、二人の背中に向けてノエルは質問をした。
二人はノエルが言った『御使い』という単語に反応して足を止めたが、振り返ってノエルと視線を合わせようとはしなかった。
御使い――今回の騒動で進藤に協力した謎の人物だった。
白い服を着て、目深に被ったフードのせいで顔は確認できず、声は合成されて性別もわからない、ただ自分を『御使い』だと名乗ったと進藤は事情聴取で説明した。
御使いと名乗るその人物が、風紀委員を潰すためとアンプリファイアを拡散するために自分に協力を頼み、自分の中に燻っていた七瀬幸太郎と風紀委員への復讐心を燃え上がらせたと進藤は言った。
風紀委員を潰すことと、アンプリファイアの拡散という目的以外、『御使い』は正体不明だが――風紀委員にとって、セラと巴にとって御使いは敵であることに間違いなかった。
セラと巴は無言のままだが、御使いの名前を出した瞬間、二人から静かにわき上がる怒りを感じたノエルは、風紀委員にとって御使いは敵であると判断して「わかりました」と小さく呟いて納得した。
「制輝軍も『御使い』が敵と判断しました――捜索も開始したことも覚えておいてください」
遠回しに制輝軍の邪魔をするなと、ノエルは風紀委員に釘を刺した。
話しは終わり、早々とノエルの前からセラたちは立ち去ろうとすると「それと――」と、ノエルは思い出したかのように二人を呼び止めた。
「今回、我々の失態で罪のない七瀬さんにいらぬ疑いをかけてしまったことを、正式に謝罪します。申し訳ございませんでした」
今回の一件に関して全面的に制輝軍側の非を認めて深々と頭を下げるノエルだが――その声は事務的であり、淡々としていてまったく心が込めれられていなかった。
まるで、自分たちを挑発するようなノエルを謝罪に、セラは激情が込み上げて来そうになるが、それを堪えた。
「……謝るのなら、幸太郎君に直接言ってください」
激情を抑えたドスの利いた声でセラはそう吐き捨て、巴とともに制輝軍本部を後にした。
離れる二人の背中をノエルはジッと見つめていた。
感情がない目をしていたが、セラと巴の背中を見る目は嘲るようであり、ほんの僅かに羨望もあった。
だが、すぐに興味を失せたノエルは二人から目を離して、制輝軍本部内の奥へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます