第19話
「良いにおいがする――セラさんの手料理以外に、セラさんの部屋、良いにおい」
「よ、余計なことは言わないでいいので、ちゃんと待っていてください!」
揚げ物料理をしている最中、後ろから変なことを言ってくる幸太郎に怒るセラ。
今日の夕食は明日の決戦に備え、ゲン担ぎのためと、脂っこいものが食べたいという幸太郎の要望を受けてトンカツだった。
明日が決戦――いや、久しぶりに幸太郎のために食事を作るのでセラは気合を入れており、いつもよりも料理に集中していた。
「何か手伝う?」
「気を遣わなくても大丈夫ですよ。今日は色々とあって疲れているでしょうし、明日は決戦なのでゆっくりしていてください」
「でも、何か手伝いたいよ」
「それでは、お皿を用意してください。私と、師匠と、優輝、ティア、幸太郎君の分を。いつもの食器棚のところに入っていますのでお願いします。後、ついでにサラダを取り分けてください」
セラの指示に、幸太郎は「はーい」とさっそく皿をテーブルに並べる準備をはじめる。
……何だか、今の幸太郎君と私……
ふ、夫婦? ――あ、い、いや、そんなことはないか!
そ、そもそも、そういう関係じゃないんだし!
「セラさん、もう油から出しちゃっていいんじゃないの?」
「ふぇ? あ、は、はい、そうですね!」
「わ、きれいなきつね色。ちょうどいい感じ。さすがはセラさん」
「そ、そうですね! ちょっと狙いました!」
自分と幸太郎のやり取りに何か思うところがあったセラは一人で勝手に盛り上がってしまい、危うくトンカツを焦がしかけるが、幸太郎に指摘されてギリギリセーフだった。
「優輝さんたち、遅いね」
「明日の準備で忙しいのでしょう。でも、そろそろ来ると連絡がありましたよ」
「よかったけど、ちょっと残念。セラさんの手料理、独り占めできると思ったから」
「ありがたい言葉ですが、食い意地を張ると体調を崩してしまいます。それと、ティアが夕食を楽しみにしていたので、食べると後が怖いですよ」
「……うん。そうだね」
食べ物の恨みで怒れるティアを想像し、アルトマンや賢者の石よりも恐怖する幸太郎は大人しくなった。
「それにしても、お腹空いた」
「お昼にあれだけ食べたのに、本当に幸太郎君は燃費悪いですね」
「何だか照れる」
「あれだけ食べて太らないのは私としては羨ましいですよ」
「あ、セラさん、半年前と比べてちょっと太った? あ、筋肉質になったのかな……それと、お尻と胸のあたりが……」
「だから余計なことは言わないでください!」
まったく、幸太郎君は……いつだってそうだ。
正直なことは良いと思うけど、正直過ぎるんだ。
口は災いの元って知らないのだろうか……まあ、今更だけど。
本人は悪気なく余計なことを言い放つ幸太郎の性格にセラは心底ウンザリしたように、しかし、それ以上に諦めたようにため息を漏らした。
幸太郎の正直な性格は時として、というか結構苛立つ時はあるが、本音を包み隠さずに嘘偽りなく告げるからこそ彼の言葉は信用できて、何度もその言葉に救われた。
だからこそ、セラは幸太郎の言葉が聞きたかった――決戦を明日に控え、今までにないほどの強大な敵と戦い、不安に苛まれる自身の心を軽くするために。
「……明日、決戦ですね」
「そうだね」
トンカツを揚げながら、明日のことを話題に出すセラ。
不安に押し潰されそうなセラとは対照的に幸太郎は呑気な様子でいた。
「不安ではありませんか?」
「不安だよ」
「そうは見えません。いつも通りの幸太郎君です」
「セラさんたちを信じてるから。いつもみたいに」
「そうですか……それなら、私も期待に応えないとなりませんね」
「僕も頑張るからドンと任せて」
「ええ、ドンと任せますよ。でも、無茶は禁物ですからね」
いつものように自分を信じてくれるからこそ不安はないという幸太郎に、不安に押し潰されそうだったセラの身が引き締まった。
「博士からショックガンを特別製に改造してもらったから、大丈夫」
「特別製というだけで不安しかないんですけど。それでも、無茶はダメですからね。幸太郎君、いつもいつも無茶をして心配させるんですから」
「何だか照れる」
「照れないでください! とにかく、無理して賢者の石の力を使えば体力を消耗して、今度は命に関わるのかもしれないんですからね」
「ドンと任せて」
「本当にちゃんと理解しているんですか? 大体、幸太郎君、こっちがいつも注意しているのに、無茶をするのをやめてくれないんですけど、本当に反省してるんですか? 注意してるのに調子に乗って無茶をして怪我をするし、狙われたこともあったし、銃に撃たれて身体を掠めたし、ティアと喧嘩したし、進んで人質にされるし、教皇庁の屋上から飛び降りるし、危ない目に何度もあってその都度私たちが助けたし――もう、数えきれないほどたくさんあります」
「懐かしい。痛かったし、辛かったけど、良い思い出」
「美化しないでください……まったくもう……」
そうだ……いつだって、私の傍に幸太郎君がいた。
毎回事件に幸太郎君が関わってきた。
今思えば賢者の石の力が引き寄せたものなのかもしれないけど――……
そんなの関係ないし、どうでもいい。
幸太郎が無茶をしたことを思い出すと同時に、幸太郎やたくさんの仲間たちとともに立ち向かった事件が頭の中にハッキリと蘇ってくるセラ。
蘇ると同時に無茶をしてきた幸太郎に呆れるとともに、改めて幸太郎の中に眠る、すべてを引き寄せる賢者の石の力を実感する――だが、それ以上にすべての思い出が大切なものであると実感し、賢者の石のことなどどうでもよくなってきていた。
「……賢者の石によって作られた思い出でも、偽りの絆だとしても私は構いません」
すべての事件を振り返り、セラは本心からの言葉を呟いた。
「幸太郎君と一緒にいた思い出は楽しかったし、辛かったし、腹立たしいことも確かにあったけど、私にとっては大切な思い出――それが賢者の石によって作られたものでも、大切な記憶であることには変わりないんだ」
幸太郎に、それ以上に自分に言い聞かせるようにセラはそう言った。
「だから、幸太郎君と出会えてよかったと心から思っているし、これからもずっとそう思う。後悔なんて絶対にしない……思い出も、この想いも全部、大切なものだ」
「僕もセラさんと、みんなと出会えてよかった。賢者の石なんて関係ないから」
自分の言葉に幸せな笑みを浮かべてそう返してくれた幸太郎に、セラは揚げ終えたトンカツを皿に乗せ、菜箸を置いて幸太郎の手を握った。
「私はあなたを守ります――今も、これからも、ずっと、あなたの傍で」
ずっと幸太郎の傍にいる――まるで愛の告白のような言葉だが、そんなことなどセラは気にすることなく、誓いを立てるようにそう言い放った。
「セラさんの手、油っぽい」
「……こういう時にそういうことを言うのはやめてください」
数瞬の沈黙の後、正直な感想を述べる幸太郎の言葉に一気に現実の引き戻されたセラは、項垂れてため息を漏らした。
「――あ、サラダ、味見しよう」
「もうちょっとでご飯なのに、我慢できないんですか? ……まったく……それで、味はどうでしょう」
「うん。すごく美味しい」
……あれ?
思い立ったようにセラが作ったポテトサラダの味見をする幸太郎。
もうすぐ夕食だというのに我慢できない幸太郎に呆れるセラだが――味の感想を述べる幸太郎の言葉に、不自然なものを感じた。
その不自然なものの正体がすぐに掴めなかったが、それがいつものように『普通に美味しい』と幸太郎が感想を述べていないことに気づいた。
「『普通』じゃないんですね、今回は」
「愛情たっぷり詰まってるから、すごく美味しい」
「それじゃあ、いつも愛情詰まっていない言い方じゃないですか」
「いつも詰まってるけど、今日は特別詰まってる。やっぱり料理の基本は愛情」
「一応ありがとうございま――ふぇ?」
何となく幸太郎と自然に会話をしていたセラだったが、ここで幸太郎の言葉の意味を理解して素っ頓狂な声を上げる。
「あ、愛情って、別に、そ、そういうわけじゃあないですからね? その、えっと……」
「セラさん、かわいい」
「か、からかわないでください! もう!」
あたふたしているセラを見て、幸太郎は正直な感想を述べる。
そんな幸太郎に子供のようにむくれるセラだが――ようやく自分の料理をちゃんと美味しいと言ってもらえて、嬉しいと思う気持ちが勝っていた。
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