第18話


「ヴィクターさんから新しいショックガン貰ってすごくカッコいいよ」


「そうですか」


「ノエルさん、見てみる?」


「アリスさんから危険物と聞かされているので、結構です」


「そういえば、これからセラさんと一緒に晩御飯食べるけど、ノエルさんもどう?」


「忙しいので遠慮します。ティアリナさんと優輝さんが後で合流するそうです」


「それじゃあ、また今度の機会だね」


「わかりました。都合が合えば」


 ヴィクターとの話を終えた幸太郎は、新たに手に入れたショックガンが入ったアタッシュケースを持ちながら躍るような足取りで、護衛として迎えに来たノエルとともに夕食を食べるためにセラが暮らす部屋がある高層マンションへと向かっていた。


 強化された自身の武器をキラキラと目を輝かせながら自慢げに説明する幸太郎に、ノエルはいつものように無表情で淡白な反応を返していた。


 コミュニケーション……失敗。

 上手く会話を繋げることができない。


 ティア以上に口数少ないノエルは、幸太郎が進んで話しかけても一言二言で済まして、会話を長続きさせることはしなかった――というか、できなかった。


 イミテーションでありながらも人間らしい感情が芽生えたことで、他人とコミュニケーションを円滑に図るために美咲から教えてもらったり、本を読んで努力してきたのだが――いざ本番となると、まるきり実力を出すことができなかった。


 そんな自分に、ノエルは心底呆れて心の中で深々とため息を漏らしていた。


「あの、七瀬さん」


「どうかしたの?」


「……私と一緒にいて楽しいですか?」


 今後の参考にするためにノエルは単刀直入に、そして、無表情ながらも僅かに緊張で上擦った声で幸太郎にそう尋ねた。


「楽しいよ」


「本当ですか?」


「うん。頑張って話を繋げようとするノエルさん、面白いし、かわいい」


「……そうですか」


 ……不覚。


 幸太郎に自分の努力が見破られてしまっていたことに、ノエルは無表情ながらも胸から顔にかけて熱いものが湧き上がり、恥ずかしがっていた。


「コミュニケーションは難しいです」


「でも、ノエルさんが本を読んで勉強してるってみんな知ってるから」


「……そうですか」


「美咲さんと刈谷さんが、ノエルさんが本屋から大量のコミュニケーションに関する本を買って出てるのを見てたんだよ」


 ……不覚。


 幸太郎のみならず全員に自分の努力が気づかれてしまっていることに、無表情ながらも僅かに顔を紅潮させてノエルは明確に恥ずかしがっていた。


 咄嗟に話を替えようと試みるが、乏しいコミュニケーション能力ではそれができず、ただただノエルは黙って紅潮した顔を隠すように俯くことしかできなかった。


 しかし、沈黙は長く続くことなく「そういえば――」とすうに幸太郎は沈黙を打ち破る。


「ノエルさん、ヘルメスさんと話した?」


「ええ、何度か」


 幸太郎の質問に、ノエルはすぐに気を取り直して淡々と、しかし、僅かに表情を暗くさせて答えた。ノエルの答えを聞いて幸太郎は「よかった」と微笑んでいたが、ノエルは暗澹たる気持ちだった。


 自分とクロノを生み出した父とも呼べるヘルメスと協力関係を結んでから一週間以上経過し、何度か話をしたのだが――改めて、彼は自分たちのことを子供とは思ってはいないことをノエルは思い知らされた。


 もちろん、元々自分のことを娘とは思っていなかったと前から言っていたので、期待はしていなかったし、ある程度は受け入れることができたのだが、それでもノエルは心の奥底ではショックを受けており、今でも引きずっていた。


「半年間一緒にいたけどヘルメスさん、何だかんだ言って良い人だよ」


「そうなのでしょうか」


 理解不能――だが……

 良い人と言われて、悪くないと思っている自分がいる……不思議だ。


 アルトマンに駒にされていたとはいえ、アカデミーを混乱の渦に陥れた人物を良い人と判断する幸太郎に呆れるノエルだが、ちょっと嬉しいと思っている自分もいた。


「うん。半年間一緒にいた時、僕と宗仁さん、そんなに料理が得意じゃなかったから、それなりに作れるヘルメスさんが主にご飯係だったんだよ。最初は嫌々やってたんだけど、少しずつ上達してるんだよ」


「……意外です」


 幸太郎よりも長年ヘルメスの傍にいたというのに、自分には知らないヘルメスを知る幸太郎の話を聞いて、心から意外に思っていた。


 同時に、自分の知らない父を知る幸太郎を羨ましいと思い、ヘルメスについての話をもっと聞きたいと思ってしまった。


 そんなノエルの気持ちに応えるように、幸太郎は楽しそうに話を続ける。


「炊事洗濯なんでもござれで、結構きれい好きみたい」


「そうなのでしょうか。隠れ家として使っていた部屋は汚かったのですが」


「その反動があったんだって」


「言われてみれば確かに、隠れ家に向かうと不機嫌そうにしていました」


「それから、買い物もよく言っていたから、八百屋さんやお肉屋さんに顔を覚えられて、お店の女将さんからオマケしてもらってたんだよ。ヘルメスさん、顔は良いから」


「ええ、確かに顔は良いですね。顔は」


「うん。性格はツンツンデレデレなんだけどね。それから、ヘルメスさん、ファントムさんが女の子になった時に、ファントムさん用の服を身繕ってきたんだよ。ノエルさんがいたから、女の子の服には精通していてすごく詳しかった」


「その言い方をすると、少々語弊がありますが……そうですか、意外ですね。私はあまり目立つ服を着させてもらえなかったので」


「ノエルさんやクロノ君を地味な服装じゃなくて、周囲に合わせた服にしていれば、周囲に溶け込んで上手く情報収集できたんじゃないかって反省があったみたいだよ」


「そうですか……」


「ヘルメスさんってかなり几帳面というか完璧主義というか、かなり口うるさくて結構真面目だから――きっと、ノエルさんとクロノ君の良いお父さんになれるよ」


 そうか……そうだったのか……

 ヘルメスという人はそうだったのか……よく、わかった……


 半年間ヘルメスと一緒にいた幸太郎が語る、自分が知らないイミテーションではなく、一人の人としてのヘルメスを聞いて、ノエルは納得し、知らないヘルメスの姿を知れて無表情ながらも喜んでいた。


 だが、同時にわからなくなってしまっていた――ヘルメスのことを知ったところで、自分はどう彼と接すればいいのかを。


 ノエルとしては心の奥底ではヘルメスを父として接したかったが、当の本人に拒絶されてしまっていたからだ。


 それ以前に、ヘルメスは人間らしくなった自分やクロノの存在を認めていないような気がノエルにはしていた。


 自分は父のために頑張ってここまで来たのだが、本人には認められず拒絶され、ここに来てこれからノエルは何をすればいいのかまったくわからなくなってしまった。


「……私はこれからどうすればいいのでしょうか」


 何もわからなくなったノエルは、縋るように幸太郎にそう尋ねた。


 ノエルにとってはかなり真面目な質問だったのだが――


「ノエルさんはノエルさんのままで、ヘルメスさんはヘルメスさんのままでいいんだよ」


 幸太郎は特に何も考えている様子なく、軽い調子でそう言い放った。


「ヘルメスさんも何だかんだ言ってノエルさんとクロノ君のことを思っているよ。麗華さん以上に素直じゃないところがあるから、わからないかもしれないけど」


「……そうなのでしょうか」


「大丈夫。絶対、そうだよ」


 先程ハッキリと自分とクロノを子として認めず、拒絶したヘルメスの姿を思い返したノエルは幸太郎の言葉にピンと来なかったのだが、半年間ヘルメスと行動をともにしていた幸太郎には謎の根拠があるようだった。


「それに、ノエルさんは簡単に諦めないよね」


「それは……」


 そうだった……確かに、そうだった……


 幸太郎の言葉に、ヘルメス――父に立ち向かった時のことが頭に過る。


 アカデミーの、世界の敵と判断され、大勢の人間から狙われていた時、ノエルだけは父を信じようとした。


 そのために、大勢の人に迷惑をかけたが、ノエルは決して諦めなかった。


 そんなノエルの姿勢に関係がないのにしゃしゃり出てきた幸太郎やセラ、父に対して複雑な思いを抱いているクロノ、そして、制輝軍を束ねている身として厳しい態度に出なければならなかったアリスたちなど徐々に仲間が増え、彼らとともにヘルメスと真正面からぶつかった。


 結果的にはまだヘルメスに自分たちのことを認められていないが、それでも、あの時の諦めなかった気持ちは自分を更に強くするとともに、自分は一人ではないということを思い知らされたので無駄ではないとノエルは今でも思っていた。


「僕はヘルメスさんとここまで来れたのは、ノエルさんが一人になっても頑張る姿を見てきたからだよ。だからありがとう、ノエルさん」


「……そう言われると、何だか照れてしまいます」


 心からの感謝を述べる幸太郎に、ノエルは先程羞恥した時に湧き出た熱とは違う、ポカポカするような優しい熱が胸の奥から全身にまでジンワリと広がっていた。


「だから、ノエルさんも一緒に頑張ろうよ」


「そうですね……わかりました」


 淡々としながらも、幸太郎の言葉に深々と頷くノエル。


 ヘルメス、アルトマン、賢者の石――様々な不安がノエルの胸の中に抱えていたのだが、幸太郎が『一緒に頑張ろう』と言ってくれて、それらすべてがどこかに吹き飛んでしまう。


 軽くなった心のままに、ノエルは口元を緩めて微笑んでしまう。


「ノエルさん、かわいい」


「……からかわないでください」


 常に浮かべている無表情を弛緩させたノエルに、正直な感想を述べる幸太郎。


 そんな幸太郎の感想に、ノエルは無表情ながらもハッキリと頬を紅潮させて照れていた。


 そして、同時に胸の中に存在していたポカポカした熱が、今度は全身に広がるような気がした。


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