第17話
セントラルエリアの駅前広場の地下にある――というか、勝手に作ったヴィクターの秘密研究所に到着した幸太郎は、ティアと別れて研究所の中に入った。
重厚な扉をゆっくりと開くと――機械や資料やドリンク剤の空き瓶などが床に散らばっている小汚い部屋の中で、不敵に微笑みながら「やあ、モルモット君!」と挨拶するヴィクターと、眠そうにかわいらしく欠伸をしながら作業台で何かの機械をいじくっているアリスが出迎えた。
「どうも、博士、アリスちゃん」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 待っていたよ、モルモット君!」
「僕も、来た理由を聞かされていなかったんで楽しみにしていました」
「そうだろうそうだろう? そうだなければ、サプライズをする意味がないのだからな! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
「サプライズをする意味がわからない……うるさいし、ウザい」
この場に来ることをワクワクしていた幸太郎に、サプライズが確実に成功しそうなことに気分良さそうに高らかに笑うヴィクター。作業に邪魔な耳障りな高笑いを上げている父を、アリスは心底迷惑そうに一瞥し、吐き捨てるようにそう呟いた。
「博士、今日すごくご機嫌ですね」
「それはそうだろう! 我が愛しのキュートプリチーな娘と共同開発をしたのだから!」
いつにも増してヴィクターの機嫌の良いことを幸太郎は指摘すると、当然と言わんばかりにヴィクターは胸を張って再び高笑いを上げた。
「さすがは我が娘! 私だけでは、こうも完璧にはならなかっただろう!」
「安全性を考慮しただけ。というか、もう少し待って。まだ実験が終わってない」
「状況を再現できないのだから、後は実践あるのみだ!」
「もっと安全性を考慮するべき」
「ハーッハッハッハッハッハッハッ! 我が愛しの娘は心配性だ。モルモット君のためを思って、こうまでやる気に満ち溢れているとは」
「ち、違うし! 別に七瀬のためじゃなくて、アルトマンを倒すためだから!」
「恥ずかしがらなくてもよいよい! いつでも赤飯を炊く準備はできているぞ! それに、モルモット君ならまあ、許容範囲内! 私は許そう!」
「ウザい!」
余計な父の一言で顔を僅かに怒りと恥ずかしさで赤くしながらアリスは吠えて一気に機嫌が悪くなり、ヴィクターを無視して作業に集中する。
喋りかけても反応しない娘に、寂しそうにため息を漏らしながらヴィクターはこれからどんなサプライズがあるのか楽しみに待っている幸太郎に近寄った。
「しかし、最初に会った時は面白いと思いながらも、非凡なものを感じられなかった少年が、まさかアカデミーに、世界にとって鍵となる非凡な存在になるとは思いもしなかったよ」
「僕もです」
幸太郎のクラスの担任となり、はじめて幸太郎と顔を合した時のことを思い出しながら、しみじみとヴィクターはそう呟き、幸太郎も同意した。
「モルモット君、君とは長い付き合いだ」
「そうですね」
「君とは色々あったし、私も色々と巻き込まれた」
「人体実験とか、研究所の掃除とか、たくさんさせられましたからね」
「そう、その通り! 本当に君には世話になったよ!」
「楽しかったです」
「私もだよ、モルモット君」
ヴィクターとの思い出を回想しながら、心から楽しかったという幸太郎にヴィクターも同意し、「だからこそ――」と、ヴィクターは柔らかな笑みを浮かべて話を続ける。
「賢者の石に作られた偽りの絆だとしても私は一向に構わない。君とともに、君自身が困難に立ち向かったという記憶と事実は何も変わらないのだ」
そう言って力強い笑みを浮かべて、作業に集中しながらも父の話を聞いていたアリスに視線を向けるヴィクター。
「アリス、聡明な我が娘なら、理解できるだろう?」
「……同感」
父と同じ意見であることが心底不承不承といった様子だが、アリスも同意した。
父のような長い付き合いではないが、幸太郎には色々と世話になり、一緒に事件を解決したことがあるアリスも、たとえ賢者の石によって引き寄せられた関係だとしても、その過程で七瀬幸太郎という人物がどんな人物であるのか、ウンザリするほど知っていたからこそ、賢者の石なんてどうでもいいと思っていた。
ただ、アリスもヴィクターも賢者の石の力を宿す幸太郎ではなく、一人の人間・七瀬幸太郎を今までも、これからも信じていた。
「ありがとうございます、博士、アリスちゃん」
そんな二人の自分への信頼を感じたからこそ、幸太郎はアルトマンを倒すための覚悟をより一層高めることができた。
「我が師との戦いは今まで以上に厳しいものがあるだろう。そして、我が師のことだから、きっと、我々の考える計画を読み、対策も練ってくるに違いない――だが、それを承知しているからこそ、我々も二の矢三の矢を考えられるのだよ」
そう言って、黙々と作業をしている娘に視線を向けるヴィクター。
急かすような父の視線を受けてアリスは小さくため息を漏らし、作業の手を止め、今までいじくっていたものを父に差し出した。
「モルモット君――これを君に授けよう。煌石一般公開の際に我々が君から奪ったものを、私と、我が愛しのプリティーな娘とともに改造したものだ。これを使えば、ある程度君の負担を減らすことができるだろう」
そう言って、ヴィクターはアリスから手渡されたもの――銀色に煌く銃、電流を纏った衝撃波を発射し、並の輝石使いならば一撃で昏倒させる武器を渡した。
約一か月前に開催された煌石一般公開にヘルメスたちとともに大暴れした際にアカデミーに奪われて失ってしまった、輝石の力を扱う資格のない幸太郎にとっては唯一の武器であり、風紀委員になってはじめて大きな事件に立ち向かった際にヴィクターから渡されて長い間愛用し続けていた慣れ親しんだ武器だった。
しかし、幸太郎が見慣れている自身のショックガンとはだいぶ形が変わっていた。
元々のサイズと形状は制服の内ポケットの中に楽々入る短銃だったのだが、改造されたショックガンはポケットには入りきれないほど大きく、ごつくなっており、特に上部と左右に穴がいた銃口と銃身と長く、そしてかなり太くなっていた。しかし、全体的にごつくなっても軽く、片手で撃っても銃身がぶれなさそうだった。
「何だかカッコよくなってますね」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 気に入ってもらえて何よりだよ」
映画の中で筋骨隆々の主人公がぶっ放す大型の銃のような形状になった自身のショックガンを、新しい玩具を買ってもらえた子供のようにキラキラした目で見つめている幸太郎に、ヴィクターは満足そうに高笑いを上げた。
呑気な様子の二人をアリスはじっとりとした目で見つめながら、呆れたように小さくため息を漏らす。
「言っておくけど、それは実験も何もしていない危険物よ」
「ショックガンとしての機能は問題ない! ショックガンとしての機能は!」
「……大丈夫ですか?」
アリスの忠告に、ヴィクターは誤魔化すようにショックガンとしては機能していると連呼するが、幸太郎の不安は拭えなかった。
「確かにショックガンとしての機能は問題ない。むしろ、非力な七瀬に考慮して軽量化と連射化に重視して、威力を考えなかった従来のショックガンとは比べ物にならない程威力も上がったし、反動もかなり抑えられて使いやすくなっている。無茶な使い方をしても壊れないようにはできている――無茶な使い方をしなければの話だけど」
そう言ってアリスは不安そうにため息を一度漏らし、説明を再開させる。
「このショックガンには対アルトマン、賢者の石用にある特殊な機能がついてる。ある意味、秘密兵器として設計した。でも、それを使ったら、多分――いいえ、確実に壊れる。かなり頑丈に設計したけど、絶対に」
「そう、つまり一発限りのとっておきの必殺技をお見舞いできるというわけだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
「確かに条件さえ上手く重なればとっておきの一撃を放てるのは間違いないけど、その条件下での発射実験を行っていないから、その条件になってとっておきを発射した時、正直、どうなるかはわからない」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 私の見立てでは問題ないだろう! おそらく、きっと、多分! まあ、我が愛しの娘との合作を信じたまえ! それに、我々の第一目標はモルモット君の負担を減らすこと! それはある意味成功したといえるだろう」
「まあそうだけど……それでも、注意して使って」
大きな不安が残るショックガンを手にした幸太郎だが――特に何も考えた様子を見せることなく、「わかりました!」と幸太郎は簡単にヴィクターとアリスを信じた。
「バカなの? どうなるのかわからないっていうのに!」
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! 素晴らしい! それでこそモルモット君だ!」
容易に自分たちを信じる幸太郎の能天気さにアリスは呆れ、ヴィクターは心底愉快そうに高らかに笑っていた。
「特殊な機能ってどんな機能なんですか?」
「ああ、それは――」
「――ストップ。下手なことは言わないで」
ショックガンに搭載された特殊な機能について、ヴィクターは嬉々として説明しようとするが、アリスは制止させた。
「七瀬のことだから機能を知ったらすぐに無駄遣いして壊す可能性が大いにある」
「ぐうの音が出ない」
「とにかく、その時になればトリガーを三回連続で引けば発射されるようになってる。片目を瞑ってよく狙って絶対に外さないこと。外したらただでさえ少ないアルトマンと賢者の石の対抗策がなくなる」
「ドンと任せて、アリスちゃん」
「……不安しかない」
対アルトマン・賢者の石用の秘密兵器を幸太郎に渡したが、アリスには不安しかなかった。そんな娘の肩をヴィクターは安心させるように優しく撫でると、馴れ馴れしく触られて娘は不機嫌になるが、僅かだか安堵感も確かに得ていた。
「不安が大いに残る武器を手渡されても、モルモット君は我々を信じてくれているのだ――だからこそ、我々もモルモット君を信じるべきだ」
「……わかった」
父の一言に、不承不承ながらもアリスは納得した。
賢者の石をその身に宿しているからこそ、幸運を味方にした幸太郎なら何とかしてくれるだろうという希望的観測がアリスにはあった。
しかし――それ以上に、アリスは賢者の石関係なく幸太郎のことを信じていた。
賢者の石によって引き起こされた騒動とはいえ、幸太郎は自分の身に賢者の石が宿っていることなど知る由もなく、諦めることなく困難に立ち向かう姿を見てきたからだ。
「モルモット君――いや、七瀬幸太郎君。君にばかり重荷を任せるのは心苦しいが、我が師のことを任せたよ」
「ドンと任せてください」
改めてヴィクターにアルトマンのことを頼まれた幸太郎は、頼りないくらいに華奢な胸を張って力強く頷いた。
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