第25話
麗華と別れ、教皇庁までは目と鼻の先の距離まで来ていた。
その間に輝士団の襲撃も、高峰の同志の襲撃もなく、不気味なほど順調だった。
このまま順調ならいいけど……でも、何かがおかしい。
不気味なほど順調なペースに、セラは妙な胸騒ぎがしていた。
セラは走りながらクラウスと高峰のことを思い出す。
二人は仕事柄感情を抑制させる場面が多いため、あまり感情を露わに出さない。
高峰はそれが特に顕著で、セラは感情を読み取れなかった。
だが、クラウスは別だった。
クラウスは外面こそ感情を抑制させているように見えるが、リクトに対しては違う。
純粋な殺意、そして、どす黒い恨み、憎しみのようなものを確かにセラは感じ取った。
聖輝士は教皇庁に実力を認められた輝士。
教皇からも、枢機卿からも一目置かれ信用される聖輝士。そんな聖輝士から感じ取ったリクトに対しての感情は、明らかに聖輝士が纏うものではなかった。
二人は何か因縁があるんだろうか……ッ!
リクトとクラウスについて思案しているセラだったが、それを邪魔するかのように進行方向から強い殺気を感じて足を止めた。セラが足を止めて、リクトと幸太郎も立ち止まる。
「急に止まってどうしたの、セラさん? もしかしてトイ――」
「違います」
幸太郎の言葉をセラは問答無用にぴしゃりと断ち切る。口調は丁寧なものだが、身に纏う雰囲気が一気に変化したセラに、リクトだけではなく、幸太郎も思わず息を呑んだ。
……囲まれている。
周囲を囲まれていることに気づいたセラは、チェーンに繋がれた自身の輝石をポケットから取り出し、武輝である剣に変化させる。
「いるのはわかっている――出てきたらどうだ」
脅すような低く、くぐもったセラの声が周囲に響く。
すると、周囲の物陰から十人以上のスーツを着た男がセラたちを取り囲むようにして現れ、そして、進行方向から聖輝士クラウス・ヴァイルゼンが不敵な笑みを浮かべて現れた。
「よく気がついたな……さすが、旧育成プログラムを久住優輝、ティアリナ・フリューゲルとともに受けただけある」
自分のことを調べ上げているクラウスに、セラは明らかな不快感を覚える。
そんなセラにクラウスは勝ち誇ったような笑みを一瞬だけ見せると、すぐに幸太郎の身体を支えているリクトに視線を移し、彼に向かって射抜くような視線を向ける。
リクトを睨むクラウスの目には、どす黒い感情の塊が宿っていた。そんなクラウスと目を合わせたリクトは小さく喉の奥から振り絞った悲鳴を上げる。
「リクト・フォルトゥス……ようやくお前を断罪できる日が来た――待っていたぞ! 私はこの時を数年前からずっと前から待っていた!」
狂喜の雄叫びのような声を上げ、クラウスは軍服のような服の胸元ついた、勲章についている輝石を引き千切るようにして取り、武輝であるハルバードへと変化させる。
「お前の存在が私にとって邪魔なんだ……リクト・フォルトゥス……」
「リクト君には指一本触れさせはしない!」
庇うようにしてリクトの前に立ち、勇ましく声を上げ、武輝を構えるセラ。
そんなセラを見てクラウスはせせら笑う。
「勇敢なことだ! だが――高峰が集めた数多くの同志たち! そして、聖輝士であるこの私を一度に相手すると言うことを知っても尚、その勇敢な態度は保てるかな?」
「人数がどうであれ、お前がどんなに大層な称号を持っていようが私には関係ない」
クラウスの脅すような言葉に、セラは気圧されることなく真っ直ぐと彼を睨む。
「立ちはだかる敵はすべて倒す――それだけだ」
いっさい退くことをしないセラの態度に、クラウスは忌々しそうに端正な顔を歪めた。
幸太郎は堂々と啖呵を切るセラに「カッコイイー!」と拍手と声援を送る。
そして、リクトは人数的に圧倒的不利だというのにもかかわらず、堂々と相手を威圧するようにして啖呵を切り、気後れすることなく勇敢な態度を取る彼女に見惚れていた。
「勇敢なことは結構だ――だが、それが無謀だと理解した時、すべては――」
「無謀ではない。私もいるからな」
クラウスの言葉を遮るようにして、一人の人物が現れ、セラに近づいた。
その人物の登場に、リクトは驚き、幸太郎はその人物に呑気に挨拶をして、セラは驚きながらも何も言わず、ただ嬉しそうな笑みを浮かべてその人物の登場を出迎えた。
「ティアリナ・フリューゲル――輝動隊の貴様がなぜここにいる!」
忌々しげに、そして、表情に焦りを出しているクラウスは現れた人物――武輝である身の丈をゆうに超える大剣を片手に持ったティアリナ・フリューゲルを睨む。
「友の加勢に来ただけだ――もっとも、いらぬ心配のようだがな」
「何だと……?」
「わからんか? 貴様ら如き、セラ一人で十分だということだ」
ティアの言葉に不審がるクラウス。そんなクラウスに、ティアは思いきり彼に対してバカにするような、そして、余裕さえも窺わせる小さな笑みを浮かべた。
「この私が聖輝士と知っての発言か?」
「聖輝士だろうが何だろうが関係ない。事実を言ったまでだ」
クラウスとティア、二人は睨み合い、一気に一触即発の状態になる。
クラウスの注意がティアに向いている隙に、セラはリクトと幸太郎に耳打ちをする。
「二人は先を急いでください――後はお願いします」
セラの言葉に幸太郎は力強く頷く。
一拍子遅れて風紀委員を信じることを決めたリクトも頷いた。
二人の反応にセラは優しい笑みを浮かべた後、すぐに優しげな雰囲気を一変させて、厳しい目をクラウスに向ける。
「ただの輝石使いの小娘たちがいい度胸だ……現実を思い知らせてやる――行け!」
静かな怒りの炎を燃やすクラウスは、怒声を張り上げて合図を送ると一斉に数十人の高峰が集めた同志たちはセラたちに向かって飛びかかった。
「私たちが隙を作る――その隙をついてお前たちは先に行け!」
ティアはそう叫び、クラウスめがけて、光を纏う大剣をクラウスに向かって振るう。
大剣から放たれた衝撃波がクラウスに向かって飛ぶが、クラウスは涼しげな表情を浮かべて余裕でそれを回避するとともに、彼は武輝であるハルバードを構えてセラたちに――リクトに襲いかかる。
同志たちの一斉攻撃をセラは光を纏った武輝を薙ぎ払うようにして振り、それによって放たれた衝撃波で牽制すると同時に、リクトに襲いかかり、彼に向けてハルバードを振り下ろそうとしたクラウスに向かって全力疾走して、クラウスの攻撃を受け止めた。
受け止めた瞬間、セラはリクトと幸太郎に目配せをする。二人は力強く頷き、幸太郎は痛みに我慢して走る。そんな彼をリクトは支えるようにして走り出す。
そんな二人に向かって三人の男が攻撃を仕掛けるが、ティアはその攻撃を受け止めて二人を守る。
リクトたちの進路を何としても守るティアとセラ、そんな二人を相手にしながらリクトを追うことはできないと判断したクラウスたちは、目の前にいる二人を倒すことに決め、追跡を一旦中止して二人を取り囲む。
セラとティアは背中合わせになり、クラウスたちを迎え撃つ。
「ティア――……彼は私一人でやる」
「聖輝士と堂々と戦えないのは残念だが――いいだろう、ここはお前に譲ろう。その代わり、これが終わればスペアリブが食べたい」
「約束する……こんな時に食べ物の話題なんて、七瀬君みたいだね」
ティアの言葉を聞いて、こんな状況にもかかわらず思わずセラ微笑んでしまう。
だが、すぐに真剣な表情に戻して、クラウスを睨む。
「それじゃあ、ティア――」
「ああ――行くぞ、セラ!」
親友同士の短い掛け声とともに、敵は容赦なく一斉に襲いかかる。
お互いの背中を頼れる親友に任せて、二人は敵に立ち向かう。
――――――――――――
セラと別れて数分後、幸太郎たちはようやく教皇庁本部前の広場へと到着した。
教皇庁本部の入り口まで僅かの距離。
ここまで来て、恐怖で強張っていたリクトの表情も安堵感でだいぶ柔らかくなっていた。
やっと、やっと教皇庁本部に到着したんだ……。
長かった教皇庁までの道程。
ウェストエリアからセントラルエリアにある教皇庁本部まで公共の交通機関を使えば一時間もかからないで到着することができるが、それを使わずに、様々な妨害、途中休憩を挟んで、普段の倍以上の時間をかけてようやく到着することができた。
安心して緩みきっているリクトの心だったが、その安堵感はすぐに打ち砕かれた。
「ここまで到着するとは思いもしませんでしたよ、リクト様」
目の前にいる高峰広樹を見て、リクトの表情は凍りついた。
高峰はいつも学校から帰ってくる時のリクトを出迎えるような優しげな笑顔を浮かべて、幸太郎とリクトを出迎えた。
いつもなら今の高峰の笑みを見て、安堵するリクトだが、高峰に裏切られた今となってはその笑みは貼りついたようなものにしか見えず、不気味に映っていた。
「残念ながら教皇庁本部には今、あなたがもっとも信頼する母であるエレナ様はいません」
「そ、そんな……う、嘘です……」
「嘘ではありませんよ。エレナ様は教皇庁本部ではなく、鳳グループ本社にいます」
こともなげに放った高峰の言葉に、リクトはさらに凍りついた。
リクトの表情が凍りついている様子を見て、高峰は心地よさそうにしている。
「あなたなら、私に裏切られた衝撃で情けなく動けなくなると思っていましたが……まさか、自分の足でここまでくるとは思いもしませんでした。よくできましたね、リクト様」
貼りついたわざとらしい笑顔のまま高峰はそう言って、嫌味のように拍手を送る。
そして、ひとしきり拍手を送ると、今度は深々と心底失望したようなため息を漏らした。
「あなたに仕えていた十年間、一度でもここまで来るという気概を見せてくれれば……こうならなかったのに残念ですよ、リクト様……すべてはもう手遅れなんですよ」
高峰はネクタイピンに埋め込んだ輝石を取り出し、強く握りしめる。強く握られた拳の中で一瞬輝石が発光し、光が二つに分裂する。
分裂した光は高峰の武輝である二本のトンファーへと変化した。
「あなたは教皇に――いや、エレナ様になることはできない。それは確実だ」
高峰の言葉が刃となって再びリクトの心に深々と突き刺さる。
自分でもそれを認めているため、リクトは反論できなかった。
僕は……僕はやっぱり――……
再び表情に生気がなくなり、瞳には光が失い、力なく膝をつきそうになるリクト――だが。
「別にエレナさんにならなくてもいいんじゃないの?」
いつの間にかショックガンを高峰に向けている幸太郎の声が、深みにはまろうとしていたリクトの心を引き止めた。
「二人とも親子なだけで性別も人も違うんだから、普通はその人になれないよ――あ、性別の方は何とかなるか」
「何を言っているんだ、お前は」
幸太郎の言っている言葉の意味がまったくわからないといった様子の高峰。
リクトも同じだった――しかし、なぜか幸太郎の言葉がリクトの心に響いた気がした。
「だから、リクト君はリクト君、お母さんのエレナさんはエレナさんだから」
「言っている意味がわからん。お前はリクト様が教皇に相応しいと考えているのか?」
「そんなのなってないんだから知らない」
平然とした様子で知らないと言い放つ幸太郎に高峰は呆れを通り越して、彼と話している自分がバカバカしく思えてきていた。
「お前はエレナ様の偉大さがわからないのか?」
「すごい人だってことくらいしか知らない」
「……エレナ様は偉大だ――歴代教皇の中でももっともティアストーンを制御できる力に長け、幼い頃から現在でも煌石を扱える素質は失っていない。十年前の『祝福の日』以降増え続ける輝石使いたちを統率するというカリスマ性を発揮するとともに、彼らの保護をするためにアカデミーの創立に尽力し、厳しい世間の目に真っ向から立ち向かい、ありもしないことを言われ続けながらも、ぶれない決意と真摯な態度で徐々に周囲から認められたお方だ! どんな相手にでも分け隔てなく接する彼女はまさに聖女! それでいて、御自身の年齢の倍もある枢機卿たちを相手に臆することなく厳しい態度を取る――まさに教皇として相応しい! 生まれ出ての聖女、彼女が生まれたことは奇跡に違いない!」
「……高峰さんってストーカー? うわぁ……」
エレナの偉大さを熱弁する高峰に、ドン引きしている様子の幸太郎は素直な感想を述べると、高峰は「違う!」と勢いよく否定した。
「私はエレナ様の偉大さを伝える伝道師だ! この説明を聞いて、お前はまだリクト様が教皇に相応しいと思えるか? 思えないだろう! 思えないハズだ!」
「ストーカーは自分のことをストーカーって認めないから怖い」
「人の話を聞け! お前はリクト様が教皇として相応しいと思えるのかと私は聞いているのだ! どうなんだ? お前はリクトが教皇として相応しいと思えるのか? 至高の教皇であるエレナ様の弱みであり、完璧なエレナ様の唯一に無二の汚点が教皇庁の教皇に相応しい――いや、エレナ様を不完全にする存在が教皇庁にとって必要だと思えるのか!」
あまりの熱弁で、紳士ぶるのをやめて本性を露わにしながら高峰は幸太郎に尋ねた。
激情のあまり、本性を露わにする高峰を見て、確かな狂気をハッキリと感じ取ったリクトは怯えるとともに、期待と不安が入り混じった表情で幸太郎の言葉を待った。
幸太郎は興奮している高峰を、感情をあまり感じさせないボーっとした目でジッと見据え、ショックガンの銃口を向けてすぐに口を開いて答えた――
「必要に決まってる。だって――リクト君は僕の友達だから」
まだ会って間もないのに、今日一日ずっと情けない姿を見せたのに、自分のせいで怪我を負ったというのにもかかわらず、幸太郎は迷いなくリクトを友達とだと言い放った。
情けない自分をたくさん見てきたのにもかかわらず、自分のことを友達だと言った幸太郎を不思議そうに見つめるとともに、リクトは高峰に相対し、彼の本性を垣間見て不安と恐怖でいっぱいだった心の中に、嬉しさとともに安心感が芽生えた。
高峰は幸太郎の答えを聞いて、一瞬唖然としている様子だったが、すぐに我に返り、心底幸太郎を侮蔑するかのような冷笑を浮かべる。
「お前と話しても無駄な時間を過ごすだけだ――邪魔をするお前はここで処理してやる」
高峰は武輝を構え、体勢を低くした瞬間、一気に幸太郎に間合いを詰めた。
幸太郎は一気に肉迫する高峰に、怯えることなくただジッと彼の姿を目に捕えたまま、ショックガンの引き金を躊躇いなく引いた。
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