第四章 蒼の奇跡
第24話
「いやぁ、張り切ってるみたいだね。さすがはアカデミー最高戦力だ」
全身に輝石の力によって生み出された光を纏わせて、上空に浮かんでいる自身が輝石の力を操って生み出した光の刃をいつでも発射できるよう集中している優輝を、人を小馬鹿にするような声で誰かが話しかけてきた。
その声に反応した優輝は視線だけを声のする方へ向けると、輝動隊隊長である伊波大和が貼りついたような笑顔を浮かべて近づいてきて、「やあ」と呑気に挨拶をした。
大勢の輝士団がいる状況に一人で来たと思いきや、大和の後に続いてぞろぞろと輝動隊の隊員たちが現れた。
輝士団と輝動隊は好戦的な目で互いを睨んでいた。
「輝動隊隊長が、隊員たちを引き連れて何をしている。この状況でお前は無用な争いを起こすつもりか? お前の軽挙な行動に混乱がさらに広まるぞ」
「混乱? いいじゃないか、楽しくなりそうだ!」
「冷やかしに来ただけなら即刻帰れ――お前に攻撃目標を定めるぞ?」
「随分と問答無用だ……だから怪我人が出たんじゃないの?」
「あれは事故だ。すべてが終わった後、俺直々に謝罪をする」
「事故ねぇ……」
混沌とした状況を心底楽しみ、そうなることを期待している大和に、優輝は明らかな軽蔑の眼差しを向けて脅すような言葉をかけるが、大和は意に介していなかった。
優輝と大和、二人は何も言わずに睨み合い、二人の間に不穏な空気が流れる。
治安維持部隊のトップと同じように、輝士団と輝動隊たちもお互いに睨み合い、合図があればすぐにでも抗争が起きそうな一触即発な雰囲気だった。
「一体これはどういうことだ!」
怒声を張り上げながら、クラウスは睨み合っている大和と優輝に近づいてきた。
計画の最終確認をするために、一旦この場を優輝に任せ、クラウスは高峰の同志とリクトを捕えた後についての話をしていたが、伊波大和が輝動隊を引き連れて現れたことに気づいて慌てて話を切り上げて駆けつけた。
「そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃないか。僕たちはただ破壊活動を行っている風紀委員からセントラルエリアを防衛するために隊を動かしたら、風紀委員は高等部校舎に籠城しているというじゃないか。学校が破壊されないかと不安で駆けつけたんだ――もっとも、学校を破壊しようとしていたのは輝士団団長様のようだけどね」
「リクト様の保護及び、風紀委員の処遇も我々に一任され、この事件のすべては我々に一任された。輝動隊隊長ともあろうお前がそうまでして鳳グループと教皇庁の関係を悪化させたいのか!」
「悪化? 不当に輝動隊メンバー、鳳グループに所属しているボディガード兼使用人を不当に拘束し、理由を聞こうにもあろうことか面会を謝絶しているという、不誠実なあなた方の態度が悪化の一途を辿らせているんじゃないの?」
脅すようなクラウスの口調に、大和はまったく気にしていない様子でケタケタ笑っている。クラウスが一言一言言葉を発する度に、大和は楽しそうに笑っていた。
輝動隊の動きは封じたはず――なぜだ……
高峰の立てた計画では現れるはずのない輝動隊の登場に、クラウスは焦る。
計画では、輝動隊の動きは完全に封じた。
封じたからこそ、風紀委員が教皇庁本部へ接近、到着しても対応できるはずだった。
順調だった計画にはじめて齟齬が生まれてしまったことに、クラウスは動揺を隠し切れなくなり、それを勝手に動いている輝動隊への怒りという感情で誤魔化し、隠していた。
だが、そんなクラウスの心中を見透かしたように、大和はクスリと薄い笑みを浮かべる。
大和のその意味深な笑みを見て、クラウスは背筋に冷たいものが走る。
まさかこいつ……すべてわかっているのか……
心の中で浮かんだクラウスの疑問に答えるようにして、大和は不敵な笑みを浮かべる。
その笑みを見て、クラウスは総毛立つ。
「さてと――茶番はそろそろ終わりにしてそろそろ解決編に……って、あれ?」
冷たい薄い笑みを浮かべる大和だが、突然素っ頓狂な声を上げてある一点を見つめた。
大和の後に続くようにして、優輝、クラウス、そして輝士団と輝動隊たちも大和の視線の先に視線を移した。
視線の先には――
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホ! 皆様、ごきげんよう! さあ、ここにお集まりの皆様! 大人しく道を開きなさい!」
邪悪な顔で気分良さそうに高笑いをしている鳳麗華。
「え、えっと……道を開けないとどうなるかわかっているのかー」
複雑そうな表情を浮かべて、あらかじめ決められていた台本を棒読みするかのようにして言って、ある人物に自身の武輝である剣を向けているセラ・ヴァイスハルト。
「どうなるかわかっているのかー!」
タバコ――ではなく、シガーチョコを咥え、麗華と同じく邪悪な顔で三下以下の悪役のようにふんぞり返っている、制服に血がべったり付着している七瀬幸太郎。
「み、みなさんここは大人しく道を開けてください!」
そして、そんな三人の前に立つのは、セラに武輝である剣を、彼の細くて白い首筋に押し当てられ、棒読みで助けを求めたリクト・フォルトゥス。
――明らかに風紀委員がリクトを人質に取っているという図だった。
風紀委員がリクトを人質に取っているという図に、治安維持部隊の面々は驚き、そして、主に輝士団の団員たちは悔しそうな顔をして手も足も出せないという雰囲気だった。
優輝は小さく嘆息して武輝を輝石に戻すと同時に身体から纏っていた光が消え、上空に浮かんでいた無数の光の刃も消えた。
大和は腹を抱えて大笑いしていた。
「アーッハッハッハッハ! 麗華、それが君の目的か! それならわかった――輝動隊の諸君! 風紀委員たちはリクト・フォルトゥスを人質に取っている模様。軽はずみに手出しをするのは危険――ということで、風紀委員に道を開けるように!」
「輝士団もここは風紀委員の言う通りにするんだ」
笑い過ぎて涙さえ浮かべながら、大和は輝動隊隊員たちにそう命令すると、輝士団団長である優輝も輝士団団員たちに静かな口調でそう命令した。
二人の命令を受けて、輝士団と輝動隊たちはお互いを睨みながら風紀委員に道を開ける。
「待て、なぜお前が勝手に命令をしている! 風紀委員は目と鼻の先、早く捕えろ!」
風紀委員に道を開ける判断をした優輝に、クラウスは掴みかかる勢いで詰め寄った。
「リクト様が人質である以上、我々輝士団は不用意に手を出すことはできません。無茶をしてしまった水月の一件があるからこその判断です。今は要求に従い機を待ちます」
「ふざけるな! 私の命令は教皇エレナの命令と同等だと言ったはずだ!」
「エレナ様の息子であり、次期教皇が人質に取られている今。リクト様の保護と安全を最優先に考えての判断だ……確かに、あなたの言う通り奇襲を仕掛ければリクト様を保護できるかもしれない。だが、また怪我人が出る恐れがある――今度は風紀委員ではなく、リクト様が怪我をする可能性もある」
水月沙菜の一件で不用意な行動ができない輝士団に、クラウスはついさっきまで計画が順調で呑気に舞い上がっていた自分自身を呪った。
怪我人が出た時点で、風紀委員たちが降参するのは秒読みだと考えていたが、それは間違いだった……逆にこちら側の首を絞める結果になってしまっていたのか……
怪我人が出てしまえば、これ以上被害を出さないために教皇庁の動きが鈍くなってしまい、不測の事態が発生した時にこちらの動きも鈍くなってしまう。
……まずい事態だ……いや、待て……風紀委員の目的地は確実に教皇庁本部……
自身と高峰の計画の達成に陰りが見えはじめたが、高峰が不測の事態に備えての行動を思い出し、クラウスは余裕と平静を取り戻し、心の中で安堵したように笑う。
「すまない。少し取り乱してしまった。君の判断は確かに正しい……今は大人しく従おう」
「ありがとうございます」
優輝の判断を素直に認めるクラウスに、優輝は胸に手を当てて深々と頭を下げる。
「オーッホッホッホッホッホッホ! 話はまとまりましたか? それでは失礼しますわ」
気分良さそうに麗華はそう言って、リクトを先頭にして風紀委員たちは輝士団と輝動隊が開けた道のど真ん中を闊歩する。
……好きにしていられるのも今の内だ……
憎々しいくらい闊歩する風紀委員たちを見て、心の中で憎悪の炎をクラウスは燃やした。
――――――――――
高等部の校舎を出た瞬間、走り出す風紀委員。
幸太郎はリクトに支えてもらいながら走っていた。
しかし、まだ完全に怪我が癒えていないので、時折顔をしかめていたが教皇庁までは後は真っ直ぐ走るだけなので我慢をしていた。そんな幸太郎をリクトは心配そうに見つめる。
「幸太郎さん、大丈夫ですか?」
「痛いけど大丈夫……絶対に事件が終わったらステーキ食べよう。ファミレスのステーキとハンバーグセット食べよう。リクト君も一緒にファミレスで食べようよ」
「え、えっと……はい、喜んで」
自分を鼓舞するように、事件が終わった後に肉厚のステーキを食べることを想像しながら、幸太郎は教皇庁へと向かう。
こんな状況で食べものことを考えている呑気な幸太郎だが、こんな時だからこそリクトは微笑ましく思い、焦燥感で溢れている心の内に余裕のようなものが生まれた。
「オーッホッホッホッホッホッホ! 大成功でしたわね、セラさん! さすがですわ!」
「すみません、あんな危険なことを思いついて本当にすみません、リクト君」
「そ、そんなに何度も謝らなくても大丈夫ですよ、セラさん。ああするしかなかったんですから、気にしないでください」
校舎からかなり離れると、急に麗華は走りながら気分良さそうに笑った。
麗華の言葉にセラは走りながら何度もリクトに向かって、心からの謝罪をする。
気にしていないと言っているリクトだが、その顔は若干の恐怖で引き攣っていた。
「でも、セラさんの作戦はすごいよね。恐れ入った」
「……皮肉にしか聞こえませんよ」
素直にセラの発想力を感心する幸太郎だが、当の本人は複雑な心境だった。
セラの作戦は――リクトを人質にして校舎を抜け出すとのことだった。
前に幸太郎が人質として取られた時、麗華が彼に人質としての価値がないと言ったことを思い出して生まれた作戦だった。
次期教皇最有力候補、そして何より教皇庁に所属し、教皇エレナを敬愛している輝士団だからこそ、リクトは人質としての価値があり、存分に利用できるとのことだった。
しかし、発案者のセラはあまりにも卑怯で、リクトの身の安全を考えないで利用するこの作戦に乗り気ではなかったが、リクト自らが自分でやると言い出したので、採用された。
作戦は見事に成功したが、セラの心境は複雑で、若干の後悔をしていた。
自分が発案した作戦のことを思い出したくなかったので、話を替えることにした。
「それにしても、どうして大和君が来たのでしょう……輝動隊の動きは封じられたのでは」
「それについては大体予想ができますわ……あれは屁理屈を述べるのは昔から憎々しいほどの天才なのですわ」
セラの純粋な疑問に、麗華は心底不愉快そうにそう答えた。
「それでも、随分とタイミングが良く――!」
いまだに疑問を抱くセラだったが、目の前に立ち塞がるようにして立っている水月沙菜を見て、頭の中にあった疑問を捨てて、輝石を武輝である剣に変化させて構える。
立ち止まったリクトは沙菜の姿を確認すると、幸太郎に肩を貸したまま周囲をキョロキョロと見回して、光球が浮かんでいないか確認をした。
「……安心してください、トラップは仕掛けていません」
沙菜の言葉にリクトは安堵の域を漏らすが、怯えたような目を彼女に向けていた。
リクトを庇うようにして、彼の前に麗華は立つ。
「それで? あなたはどうするつもりですの?」
「命令通り、リクト様を保護します」
短くそう答え、チェーンに繋がれた輝石を武輝である杖へと変化させる沙菜。
「団長から連絡がありました――輝動隊と輝士団が一触即発な状況で、彼らを鎮めるために動けないので逃げ出したあなた方を頼むと。私は大きな失態を犯しました、そんな私に団長は許してくれてチャンスもくれた……私は名誉挽回のためにリクト様を保護します」
恍惚の表情を浮かべる沙菜を見て、話し合えないと判断した麗華は深々と嘆息した。
麗華はクルリと身体を半回転させて、リクトと向き合う。
そして、麗華は膝をついて、仰々しくリクトに深々と頭を下げた。
「数々の無礼をお詫びします――申し訳ありませんでしたリクト様」
「きゅ、急にどうしたんですか、麗華さん」
急に猫を被り、頭を下げて丁寧に謝罪をした麗華に、リクトは呆気に取られていた。
謝罪を終えた麗華は優雅に立ち上がり、立ちはだかる沙菜に身体を向ける。
そして、ポケットの中にあるブローチに埋め込まれた輝石を取り出し、武輝であるレイピアに変化させ、力強い目で沙菜を睨んだ。
「ここは私が引き受けますわ」
短くそう言って、麗華はレイピアを構える。
そんな麗華から、リクトは自分の母親のような誇り高い覚悟を感じ、思わず彼女に見惚れてしまったが、すぐに不安げな面持ちで彼女を見つめた。
「わかりました。ここは鳳さんに任せます」
「それじゃあ早く行こうか、リクト君……リクト君?」
ここは引き受けると言う麗華に、セラと幸太郎は多くを語らずに先に向かおうとする。
麗華の強さを十分に理解しているリクトだったが、不安そうに麗華を見つめていた。
リクトの不安げな視線に気づいた麗華は振り返り、自信に満ち溢れた目を彼に向けた。
そして、すぐに視線を沙菜に移した。
「リクト様、私を――いいえ、風紀委員を信じなさい! さあ、先へ急ぎなさい!」
「そうはさせません……」
風紀委員の道を阻むために、沙菜は武輝である杖に光を纏わせると同時に、自分の周囲に浮かぶ光球を作り出し、それを先へ急ぐセラに向けて飛ばそうとする――
麗華は力強く一歩を踏み込むと同時に、勢いよく地を蹴り、沙菜に向かって突進するかのような勢いで、麗華は疾走する。
咄嗟に沙菜はこちらに向かってくる麗華に攻撃目標を変更して光球を飛ばすが、麗華は一つ一つを避け、そして武輝で斬り落とし、沙菜の攻撃は掠りもしなかった。
一気に沙菜に肉迫し、自身の武輝の間合いに入った瞬間、力強い突きを放つ。
常人はもちろん、並の輝石使いでは対応できないスピードで放たれる攻撃。
避けきれないと判断した沙菜は、輝石の力で宙を飛んでその一撃を回避する。
二人の一瞬の攻防に、幸太郎は観戦者気分で呑気に感嘆の声を上げて拍手をした。
「鳳さんを心配する必要はありません――……先を急ぎましょう」
「私を信用なさい! 水月さんは私が何とかします。――あの豊満わがままボディを弄り回しましてやりますわ!」
一瞬の逡巡の後、リクトは力強く頷く。
自分の前では猫を被っていて、自分を守ろうとするのは何か別の目的があってのことで、自分を利用しているが――リクトは麗華に詰問された時のことを思い出した。
僕のことを利用しているとしてもあれは本心からの言葉……怖かったけど。
人を信用するのは怖い……高峰さんのようにまた裏切られるかもしれない……
でも、麗華さんは――いや、僕のために諦めないでここまでしてくれる風紀委員の人たちなら信じてもいいかもしれない。
リクトは麗華たち風紀委員を信じることに決めた。
「……僕、残ってもいい?」
男子の欲求にも正直な幸太郎は、是非とも麗華の戦いを観戦したい気分になったが、麗華を信じると決めたリクトの耳には届いてはいなかった。
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