第26話

 迷いのない足取りで、セラは集合場所である教皇庁本部前へと向かっていた。


 全身から力を漲らせているセラの瞳はいっさいの曇りのない真っ直ぐとした光を宿し、さっきまで宿していた不安や怒り、焦りはまったく存在していなかった。


 迫る決戦にセラは万全の状態だった。


 集合場所が徐々に近づくと――すでに、ティアと優輝が集まっていた。


 幼馴染二人の姿を確認したセラは、小走りで二人に近寄った。


「ごめん、もしかして遅れた?」


「いや、俺たちが早いだけだよ。これからはじまる一大決戦にどうにも落ち着かなくてね」


 集合時間よりもだいぶ早く来てしまったことを、優輝は自虐気味に笑いながら説明した。


 笑っている優輝だが――セラの目には彼が緊張しているように見えた。


 もちろん、自分の感情を抑えられなかったセラとは違い、優輝は緊張感を抱きながらもリラックスした様子で上手く自分の気持ちをコントロールしていた。


 それはティアも同じであり、腕を組んで塔のようにそびえ立つ教皇庁本部の建物を眺めている彼女からも緊張感を感じられたが平静を保っていた。


 優輝に数瞬遅れてティアもセラが来たことに反応し、鋭く、厳しい目を向けるが――一目見てセラの雰囲気が変わったことを察して、すぐに満足そうに頷いた。


「どうやら、吹っ切れたようだな」


「うん……もう、大丈夫」


 厳しい口調だが、安堵した様子のティアの言葉に、幸太郎が『大丈夫』と自分にかけてくれた言葉が頭に浮かんだセラは力強く頷いた。


「お待たせしました」


 セラの到着からすぐに、リクト――そして、彼の後ろで隠れるようにして立っている、無表情ながらも気まずそうなクロノが現れた。


 クロノの登場にセラたちも一瞬どう反応していいのかわからず、沈黙が流れるが――


「……よ、よろしく頼む」


 気まずい中、リクトの背後にいたクロノはおずおずとした様子で前に出て、優輝、ティア、セラを真っ直ぐと見つめて軽く頭を下げた。


 無表情ながらも子供のように緊張しているクロノの様子に、セラたちの気まずさがほとんど消滅し、優輝はクロノをマジマジと興味深そうに眺めていた。


「それにしても、セラから生まれたって知ると段々クロノ君が昔のセラに見えてきたよ。ティアもそう見えるだろう? 特に、セラがムスッとした時の顔に」


「言われてみれば確かに。それにしても、セラから生まれたクロノは――親子関係になるのか?」


「その歳で母になるなんて、おにーちゃんは喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない! でも、おめでとう、セラ!」


「べ、別に親子って関係じゃないとは思うけど――クロノ君はどう思う?」


「……同じようなものだな。母上? 母様? 母さん? どう呼べばいい」


 淡々とした調子で頷き、自分を母と呼ぶクロノにセラはどう反応していいのかわからずに慌ててしまう。


「ちょ、ちょっと、クロノ君!」


「冗談だ。こう言えば、セラたちと打ち解けられると七瀬に教えてもらった」


「幸太郎君……余計なことを」


 昔のセラにクロノが似ているという優輝の話から、ティアの思いがけない話で飛躍して、無表情で淡々と冗談を言うクロノに、慌てるセラ


 気まずい空気からあっという間に打ち解けた空気になった四人の長年連れ添った友人たちのようなやり取りを見て、リクトは思わず楽しそうに笑ってしまった。


「よかった。みんな、集まってくれたのね」


 安堵感に溢れた言葉とともに登場するのは、萌乃が来るまでの間現場の指揮を執る巴だった。


 巴が言った『みんな』という言葉に、ティアは挨拶よりも早く反応する。


「まさか、この人数だけで教皇庁本部の輝械人形を処理して、アルトマンを止めるつもりか?」


「もちろん、鳳グループに所属する輝石使いの人たちもいるけど主戦力はティアたちよ」


「私と優輝が呼んだ増援はどうなってる」


「今はアカデミー都市中で暴れる輝械人形の処理を任せてる。アカデミーの生徒たちにも協力を頼んでいるけど、それでもまだ人員は足りない。文句を言いたいのはわかるけど、小父様とアリシアさんが何とか教皇庁を説得して、鳳グループと教皇庁と協力関係を築くまでの辛抱よ」


「……最悪な状況だな」


「ティアにしては珍しく弱気ね」


「バカを言っている暇があったら、さっさと指示を出せ」


 状況が悪い中でもティアを含めて全員が逃げ出す気のない様子に、巴は安堵して心の中で彼らに感謝をした後、さっそく話をはじめる。


「まずはアルトマンの元へと向かう人を決めたいのだけど――二人は確定している。まだ本調子じゃないし、親子も同然の人物と対峙させるのは酷だと思うけどアルトマンの近くにいて、彼の考えを何となく読めると思うクロノ君に向かってもらう。それと、最悪な事態を想定して、煌石を扱える資格を持っているリクト君にも向かってもらうわ」


 クロノにとっては父親のアルトマン、リクトにとっては母親のエレナと対峙するかもしれないのに、申し訳ない気持ちを無理矢理抑え込んで毅然とした態度で巴はそう指示を出した。


 巴の気遣いを感じ取りながらも、リクトは躊躇いなく、クロノは僅かな間を置いて頷いた。


「もう一人、二人と一緒に行ってもらいたい人がいるのだけど――」


「……それなら、セラが適任だと思う」


 優輝、ティア、セラ――アカデミー都市内でもトップクラスの実力を持つ三人の内、誰か一人にアルトマンの元へと向かいたいと思っている巴だが、まだハッキリと決めていなかった。


 そんな様子の巴にクロノは遠慮がちに自分の意見を述べた。突然の推薦にセラは驚く。


 自分の言葉を遮って意見を述べたクロノを、巴は興味深そうに見つめて理由を尋ねる。


「……クロノ君がセラさんを推薦する理由を聞かせてもらってもいいかしら?」


「一か月前の事件でセラとノエルが交戦して、ノエルが敗北した時――気のせいかもしれないが、ほんの僅かにノエルに変化があったような気がした。上手く説明できないが、負けて悔しい? 対抗心? そんなものかもしれない。……ハッキリしなくて申し訳ないが、セラならノエルを止められると思ってる」


「……セラさんはどう思うの?」


 理由は漠然としないが、セラならノエルを止められると確信しているクロノの意見を聞いて、巴はセラに確認を取る。


「私に任せてください」


「わかったわ。それならティアストーンの元へと向かうのは、リクト君、クロノ君、セラさんの三人に決まりね。――異論はある?」


 セラの全身から溢れんばかりの力が漲り、いっさいの迷いと不安がないと判断した巴は安心してセラに任せることに決め、セラを妹のように接して大切にしている二人の幼馴染に、彼女を危険地帯へと向かわせてもいいのか確認を取ると――二人は何も言わず、セラを信じている様子で首を横に振った。


「……セラ――その……ありがとう」


 ノエルを止めるのを快く引き受けてくれたセラに、クロノは気恥ずかしそうにまだ口に出すのが慣れていない感謝の言葉を口にすると、セラは「気にしないでください」と笑みを浮かべる。


「だが、オマエはノエルと決着をつけたかったんだろう」


「確かに決着もつけたい気持ちもありますが――それ以上に、私もクロノ君やアリスさん、美咲さんと同じで、ノエルさんを止めたいと思っています」


「……ありがとう、セラ」


 ノエルを止めたいと思っていることが嘘偽りではないことを悟ったクロノは、再びセラに心からの感謝の言葉を述べた。


「厳しい戦いが予想できますが、教皇庁本部内に残る人の救助が終わったらすぐに駆けつけます――行きましょう」


 アルトマンたちとの激戦を繰り広げるセラたちの心配をしながらも、巴はアカデミー都市中の混乱を収めるために教皇庁本部へと向かう。


 決戦の場である教皇庁本部へと向かうセラたちの足取りに、いっさいの迷いはなかった。


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