第三章 止める思い、止まらぬ思い

第25話

 教皇庁本部の聖堂の奥にある、『祈りの間』と呼ばれる窓のない小さな個室はエレベーターになっており、室内に隠されたエレベーターの起動装置を作動させて、地下奥深くまで降りると、ティアストーンのある場所へとつながる通路に続いていた。


 薄暗く、長い通路を歩いた先にある、無機質な鉄の壁に覆われた冷たい空気が流れる広い空間は青白い優しい光が包んでいた。


 中央で室内を明るく照らす青白い光を放つのは――涙型の青い煌石・ティアストーンだった。


 ティアストーンから放たれる優しく、美しく、神々しい光にノエルは目を奪われ、ずっと昔に見たことがあるような感覚に陥り、全身でティアストーンの優しい力を肝心ていた。


 ずっとティアストーンを眺めたい気分だったが、それを堪えてノエルは警戒心を高める。


 ノエルが警戒を向けているのは――父の協力者であり、感情をいっさい感じさせないほどの無表情でティアストーンの力を使って輝械人形を操っている教皇エレナ・フォルトゥスだった。


 父の協力者をずっと知らなかったノエルだったが、ティアストーンの元へと向かう時になり、ついに対面した協力者が教皇エレナだということに、さすがのノエルも驚き、同時に彼女は自分たちを陥れるつもりで協力しているのではないかという疑念も浮かぶが――自分と同じく不信を抱きながらも父が問題ないと言ったので、ノエルは何も言えなかった。


 エレナに対して強い警戒と不審を抱いているノエルとは対照的に、ティアストーンの前に立ち、目を閉じて集中しながら膨大なティアストーンの力を自在に操るエレナの姿を、彼女の傍に立つアンプリファイアの入ったあたっしゅケースを持ったアルトマンは興味深そうに眺めていた。


「それにしても、ティアストーンの力だけでアカデミー都市中に隠していた輝械人形を操るとはさすがは教皇か――いや、さすがなのはティアストーンの力というべきか」


 輝械人形を操るためには、アルバートが開発した装置に煌石を扱える資格がある人間を繋げる必要があるが、それを必要としないで輝械人形を操るティアストーンの力に心からアルトマンは感心していた。


「まさか、あんなに大量の輝械人形をアカデミー都市に持ち込んでいたとは思いませんでした」


「鳳グループにいた協力者のおかげで、輝械人形の持ち運びは容易だったのだよ。切り札の一つとして使うつもりだったのだが――まあ、別にいいだろう」


「……なるほど、草壁雅臣くさかべ まさおみですね」


「あの男は大いに役に立ってくれたよ。あの男がアカデミー都市中にばら撒いたアンプリファイアのおかげで、アンプリファイアを使った兵器の開発は大いに進んだのだ」


 ティアストーンの力を使いながらも、顔色一つ変えずにアルトマンと世間話をするエレナ。


 そんなエレナに改めて感心しつつ、アルトマンは大いに役に立った協力者――鳳グループ№2の立場であり、アカデミーの教頭を務めていた草壁雅臣を思い出す。


「もう少し数が少なければ、輝械人形の力を最大限に発揮できたのですが……」


「十分すぎるほどの活躍をしているから問題はない。アルバートがこの場にいれば間違いなく興奮していただろう」


「満足しているようで、何よりです」


「だが、状況はいまだに悪い。おそらく、これから鳳大悟が送り込んだ人間が現れるだろう」


「そうですね」


 深々とため息を漏らしたアルトマンは、何を考えているのかわからない無表情でティアストーンを操るエレナを、不審を隠すことのない探るような目で見つめた。


 アルトマンの言う通り状況は最悪だった。


 教皇しか知らないハズなのに、ティアストーンの在り処を知っていたからだ。


 今はエレナが操る輝械人形の処理に追われているが、それが済めばすぐにでも大勢の人間がこの場所に詰めかけることは容易に想像できた。


 追い詰められている状況だというのにエレナは平然としていた。


 まったく動揺していないエレナへの不信と警戒心がさらに強まるノエル。


「……まさか、鳳大悟と君とつながりがあったとは思わなかったよ」


「ええ、誰にも言っていませんでしたから」


「協力関係を結んでいる私には言うべきだった。何も、この場所が気づかれてから説明することはなかったと思うのだが?」


 ティアストーンの在り処を大悟が知っている理由をギリギリまで自分に話さなかったエレナを、アルトマンは余裕な笑みを消して非難した。


 苛立ちと怒りをぶつけるアルトマンを見て、エレナは微かに口角を吊り上げる。


「敵を騙すにはまずは味方から――鳳大悟は私を信用していたからこそ、私が裏切者であるという確信を抱けずに後手に回っていた。返って、私たちが動きやすくなったと思いますが?」


「だが、言ってくれれば最悪の場合の対応策はしっかりと練れたのだがな」


「その点についての謝罪はします。もちろん文句も言いたいでしょうが、大量の輝械人形を操るために多くの力を引き出しているティアストーンは、もうすぐ限界まで力が高まります。つまり、あなたの目的達成は目の前です」


 目的達成を目の前にしても手放しに喜べないアルトマンとノエル。


「嬉しい限りだが――君の目的は良いのか?」


「私は結構です――


 ――警告。エレナ・フォルトゥスは信用に値しない。


 自分の目的達成は目の前だと言って妖しく微笑むエレナの表情は、大勢の人間から尊敬を集め、身に纏っている神聖な雰囲気とはまったく異なり、邪悪に染まっていた。


 頭の中の声がノエルにエレナは危険であると警鐘を鳴らし、無意識に自身の輝石を握り締め、臨戦態勢を整えるが――父の命令がないのでノエルはエレナに飛びかかるのを耐えた。


「ノエル、君は我々の計画を止めようとする不届き者を迎え撃つ準備をしたまえ」


「了解しました――……ですが、いいのでしょうか……」


「君が心配することではない。さあ、後は私に任せてくれ」


「……了解しました」


 父の命令に素直に従うノエルだが――エレナと二人きりにさせるのは危険だと判断したノエルは、失礼だと思いながらもアルトマンに一度確認を取った。


 ノエルの確認に、アルトマンはエレナに見えないように腹に一物抱えた笑みを浮かべると、後のことは自分に任せろと言った。


 その言葉で、自分以上に父がエレナを信用していないことを悟ったノエルは、安心してこの場を父に任せることにする。


 ――任務開始。


 頭の中の声が任務開始を告げ、ノエルは与えられた任務を遂行するために動きはじめる。

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