第24話


 ――いよいよ、か……

 でも――


 鳳グループ本社のエントランスにいるセラは目前に迫る決戦に静かに闘志を漲らせていた。


 張り詰めた緊張感を身に纏って殺気立っているセラに、彼女の前を通り過ぎる通行人たちは息を呑み、早歩きで彼女の前から立ち去っていた。


 輝械人形たちに襲われた教皇庁内に残った人を救助するグループと、アルトマンの元へとグループに分けられことを聞いているセラは、もちろんアルトマンの――ノエルの元へと向かうつもりだった。


 しかし――今のままでは足手まといになるとセラは自分でも理解していた。


 まだ、セラは心の整理がついていなかった。


 大勢の人を裏切り、傷つけたノエルへの怒りがセラの中で渦巻いていた。


 そして、自分以上の力を持ちながらもアンプリファイアの力を使う覚悟もしているノエルに、勝てるかどうか不安だった。


 怒りと不安のせいで、身体に余計な力が入っていた。


 ……このままじゃ、ノエルさんには勝てない。

 ――いや、その前にティアに戦力外通告される。

 ただでさえ人員が少ないのに、それだけはダメだ……

 それに――私から生まれた存在のノエルさんは、私が決着をつけないと――って……

 ダメだ、また気負い過ぎてる。


 自分一人で戦っているわけではない、気負い過ぎるな――そう自分に言い聞かせても、焦燥感にも似た苛立ちがセラの中で渦巻き、怒りと不安は募る一方だった。


 苛立った気を静めるために、セラは全身に入り過ぎた力を抜くように深々とため息を漏らすと――眼前に冷たい缶ジュースが手渡された。


「幸太郎君……」


 自分に缶ジュースを手渡した人物――相変わらず呑気な表情の幸太郎の姿を見て、セラは固かった表情を僅かに柔らかくする。


「それ、『スタミナ汁』ってエナジードリンク。グイッと飲んで」


「ありがとうございます――……変な味ですね」


「それを飲めば元気溌剌、色気抜群、ファイト一発、精力絶倫になるって」


 微妙な味と効能のドリンクだったが、せっかくの幸太郎の厚意を無駄にしないため、我慢してセラは飲み干すと――身体の中、特にお腹の部分がカーッと熱くなったような気がした。


 ドリンクのせいで身体の中から力がわき上がると同時に、何だか身体中がムズムズした気分になり、ほんの僅かに頬を紅潮させているセラを、幸太郎はまん丸の目でジッと見つめていた。


 幸太郎に見つめられ、脈拍が僅かに早くなるセラ。


「やっぱり、セラさんとノエルさんってそっくり」


「……そうでしょうか」


「セラさん、機嫌が悪くなった」


「別にそんなことありません」


 自分から生まれた存在であるため似ているかもしれないが、それでも嫌悪感と対抗意識を抱いている相手とそっくりだという幸太郎にぶっきらぼうな態度を取るセラ。


 機嫌が僅かに悪くなったセラを見て幸太郎は楽しそうに笑う。


 何気ない調子でからかってくる幸太郎に、ムッとした表情を浮かべるセラ


「セラさん、かわいい」


「もう……こんな時にからかわないでください」


「セラさんとノエルさんって変なところで子供っぽくて意地っ張りな部分があるよね。だから、ノエルさんって嫌いになれない」


「別に、子供っぽく意地を張った覚えはありません」


「だって、二人とも会うと露骨に機嫌が悪くなって言い争いするし、辛い時でも絶対に負けを認めないし、実は気が合うのに絶対に認めないし――二人とも仲の悪い子供同士が喧嘩してるみたい。今もセラさん子供っぽくムッとしてる」


 今のセラの表情を見てへらへらと楽しそうに笑う幸太郎に、セラは慌てて顔を隠すように俯かせ、気恥ずかしさと苛立ちで無言になる。


 ――別に、私とノエルさんは似てはいない。

 ノエルさんみたいに仲間を裏切らないし、傷つけない。

 嫌いなのは事実だけどそれを顔に出していないし、対抗してないし、潔い方だし……

 それに、勝敗にこだわっているわけじゃ――いや……――


 幸太郎の指摘に心の中で猛反発するセラだが――勝敗をこだわっていることを否定しようとした時、セラは一気に冷静に戻ると同時に今の自分を客観的に見ることができた。


 今の自分はノエルとの勝敗にこだわり、幸太郎の言葉に子供のように反発している自分がいることに気づいた。


 それに気づいた時、俯いていたセラは降参と言わんばかりに力のない笑みを浮かべた。


「それとセラさんとノエルさんのスタイルって同じだよね。前に美咲さんとハンバーガー屋に行った時、その話で盛り上がったんだ」


 何気なくセクハラ発言をする幸太郎に呆れながらも、セラは自分の中にたまっていた焦燥感にも似た怒りと苛立ちが徐々に消えてくるような感覚を覚えた。


 俯かせていた顔を上げて、幸太郎をジッと見つめるセラ。


「でも、美咲さんはノエルさんのウェストの方が細くて、セラさんはちょっとだけお尻が大きいって言ってた。胸は――甲乙つけがたいって」


 セラの視線の先にいる幸太郎は特に何も考えていない様子で他愛のない話しを続けていた。


 そんな幸太郎に縋りたい気持ちが芽生え、本音を口にしたい衝動に駆られるセラ。


 突き動かされるまま、セラはゆっくりと口を開く。


「これからノエルさんと戦うことになります。いいえ、私が戦わなければならない。だって、彼女は私から生まれた存在で、私も同然なんです……だから、私が決着をつけなければならないと思っています。でも――正直、勝てるかどうかわかりません。ノエルさんは強い……私よりも、ずっと」


 認めたくはないが、正直に口に出してノエルの実力を認めるセラ。


「正直不安です。アカデミーの、世界の危機なのに、私よりも強いノエルさんと戦うことが。戦って負ければ、きっと取り返しがつかなくなるかもしれない……そう思うと、不安です」


 ……そうだったんだ。

 私はその不安を誤魔化すためにノエルさんへの怒りを抱いていたんだ。


 ノエルを倒さなければならないという使命感と、重圧を抱えていた本音を口にすることによって、セラは今まで気づけなかった自分のことを理解してくる。


「もちろん、一人で戦っているわけではないと理解しています。ティアや優輝だけじゃなくて、リクト君たちも、巴さんも、克也さんも、萌乃さんも、みんな戦っているんです。――でも、そう思っていても、不安はどうにも消えないんです」


 自虐気味で力のない笑みを浮かべて自分の弱さを認めたセラは、縋るような目で幸太郎を見つめる。相変わらず幸太郎は特に何も考えていない様子でセラの話を聞いていた。


「セラさんはノエルさんに勝つのが目的なの?」


 何気ない幸太郎の質問に頷こうとするセラだが――答えが出なくなる。


『決着をつける前にやるべきことをやれ』――ティアの言葉が頭に浮かんだからだ。


 アルトマンの目的は祝福の日の状況を再現することであり、それを止めなければ世界はさらに混乱するのも、それを止めなければならないことも十分に理解していた。


 だが――子供のように負けず嫌いな自分の性格が、何よりもノエルとの決着を最優先に考えていることにセラは気づいた。


 ――結局、私は幸太郎君の言う通り子供だったんだ。

 重要なのが何かを理解しながらも、それを自分のわがままで後回しにしていた。

 バカみたいだ――でも、これで本当は何がしたいのか、理解できた。

 それがわかったなら、もう迷う必要はないだろう?


 ……セラ・ヴァイスハルト――お前の目的は何だ。


「私はアルトマンやノエルさんを止めます」


「僕も同じ。アリスちゃんや、美咲さんとクロノ君も、ノエルさんを止めたいって思ってるから、僕もノエルさんを止めるってそう決めた」


 ニッコリと笑いながら、何気ない調子で幸太郎は自分の固い決意を口にする。


 自分と同じ考えの幸太郎に安堵して、ノエルを止めたいと思うアリスたちの思いを知り、改めてセラは気合が入ると――ドリンク剤の影響で早くなっていたセラの鼓動がさらに早まる。


 もっと、もっと――セラは幸太郎の言葉が聞きたい衝動に駆られる。


 呑気で無神経で無遠慮で特に何も考えていない幸太郎の言葉を――聞くだけで力がわき上がるような、彼の言葉が聞きたかった。


 わがままだと理解しながらも、本音を口にした勢いのままセラは自分の気持ちを口にする。


「……幸太郎君、その……変なことをお願いしても良いですか?」


「ドンと任せて」


「え、えっと……『大丈夫』って言ってくれませんか?」


 ……わ、私は何を言っているんだ。


「や、やっぱり、今のは――」


 頼んですぐに後悔し、恥ずかしさでいっぱいになるセラは前言を撤回しようとするが――そんなセラの手に、幸太郎は自分の手を重ねた。


 幸太郎の掌の温かく、柔らかい感触が伝わり、声が出なくなってしまうセラ。


「セラさんなら大丈夫」


 幸太郎のその言葉が、セラの耳に届き、その言葉が全身に甘い電流となって全身を駆け巡る。


 その言葉一つでセラの中に深く沈殿していた不安の塊が一気に消え去った。


「あ、ごめんセラさん。つい勢いで手を握っちゃった」


 無意識に重ねたセラの手に触れている自分の手を、慌てた様子で幸太郎は話そうとするが――離れる彼の手をセラはそっと掴んだ。


「……もう少し、掴んでいてくれますか?」


 俯き加減に放ったセラの言葉に、幸太郎は戸惑いながらも頷く。


「セラさん、爪汚れてる」


「……そういう余計なことは言わなくていいですから」


 思ったことを口にする幸太郎に呆れながらも、セラはしばらくの間彼の手の感触を味わった。


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