第23話

「エレナ様と鳳大悟がつながっていたとは、にわかには信じがたいな」

「しかし、それが本当ならば今の状況で鳳グループと円滑に協力関係が結べる」

「バカバカしい! どうして我々が鳳グループと協力しなければないのだ!」

「第一、アルトマンが生きているとは信じられん。それに、イミテーション? バカバカしい」

「それよりもエレナ様がアルトマンとつながっているという可能性はどうなる」

「我々を惑わせるために鳳大悟が口から出まかせを言っただけだ」

「しかし、鳳大悟はこんな状況でくだらない嘘を口にするような男ではない」

「そ、そうだ! もし、それが本当なら! 我々枢機卿を一新するというエレナ様の判断はなかったということになるのではないか?」

「当然だろう! 裏切者の言葉など何の役にも立たない!」

「今はそんなことを言っている場合ではないだろう!」


 やっぱり、こうなるんだ……


 想像通り、混沌としている教皇庁本部の大会議室の状況にリクトは心の中で深々と嘆息した。


 枢機卿たちが騒いでいる理由はもちろん、クロノとノエルの正体、ヘルメスの正体、賢者の石――そして、重要な報告があると言って会議を開いた張本人であるリクトが述べた教皇エレナと鳳グループトップの関係、そして、エレナが裏切者である可能性だった。


 その事実に枢機卿は混乱し、主に事実を受け止められない者、鳳グループへの不信をさらに強める者、自己保身しか考えていない者、必死にこの場を治めようとする者に分けられていた。


「第一、なぜリクト様は教皇庁の人間であるのに鳳グループと協力している!」

「鳳グループに情報を流しているのではないか?」

「我々の対応が後手後手だからだろう。そんなこともわからないのか!」

「エレナ様は何をしているのだ! どうしてここにいないのだ!」

「ま、まさか、本当に……」


 教皇エレナについての話で混乱しているというのに、常に議長席に座っているハズのエレナが不在ということが、枢機卿たちの不安を煽り立てていた。


 母さん、どこにいるんだ……

 ……もしかして、本当に?


 混乱している枢機卿たちを冷静にまとめる教皇エレナがいないことに、他の枢機卿たちと同様に不安を抱くと同時に、最悪な事態を想像してしまうリクト。


 他の枢機卿たちと同様にリクトも混乱の渦に巻き込まれそうになるが、それを堪えて、混乱する枢機卿たちを落ち着かせようと勢いよく座っていた椅子から立ち上がった瞬間――


 騒がしい会議室内を十分に響き渡り、揺るがすほどの轟音が響き渡った。


 室内にいる人間はいっせいに轟音の発生源――出入り口の扉に視線を向けた。


 そこにはリクトが首から下げているペンダントについたティアストーンの欠片から放たれる光と似た、青白い光を纏った人間――ではなく、人型の機械が立っていた。


 ――輝械人形、どうしてここに!


 全体的に鋭角的なシルエットで黒いボディに映える赤い瞳が印象的な、巨大なハンマーを持った機械を見て、リクトは一目で輝械人形だと判断し、ブレスレットに埋め込まれた輝石を瞬時に武輝である盾に変化させる。


「き、輝械人形だ!」

「落ち着くんだ! 下がれ! 下がるんだ!」


 一人の枢機卿の言葉で室内は一気にパニックになる。


 一部の枢機卿はリクトと同じく冷静に努め、避難するように誘導するが、パニックになっている枢機卿たちを抑えきれない。そんな彼らに向けて、輝械人形は光を纏ったハンマーを大きく振り上げ、思いきり振り下ろして光の衝撃波を放つ。



 だが、光を纏ったリクトの盾から発せられた光がパニックになっている枢機卿たちを守るように覆い、輝械人形の攻撃を防いだ。


 リクトは輝械人形に向けて飛びかかり、間合いに入ると同時に盾で殴りつけた。


 鈍い音とともに輝械人形は吹き飛び、壁に叩きつけられる。


 即座に動き出そうとする輝械人形を、武輝である槍を手にした枢機卿が真一文字に両断する。


 機能停止――したと思いきや、ボディが両断された輝械人形の全身に青白い光が纏うと、両断されたはずのボディが青白い光によってつなぎ合わさり、活動を再開させる。


 あれは、この前の事件でアリシアさんと母さんが輝械人形を操った時と同じだ。

 ……まさか、本当に母さんが関わっているのか?

 ――いや、そんなことを言っている場合じゃない!


 前の事件で破壊したはずの輝械人形が気絶しているエレナとアリシアの合わせた力で自己修復して、活動を再開させた光景を思い出し、輝械人形を操る人間がかなりの力を持っていることを察したリクトは母の姿を思い浮かべ、動揺が走る。


 だが、すぐに動揺を抑え、輝械人形に攻撃される前に盾から光弾を発射する。


 リクトが発射した光弾は輝械人形をバラバラに破壊すると――今度は修復することなく、全身に纏っていた青白い光が消滅するととともに機能が停止する。


 ……どうやら、前の事件の時みたいに何度も修復できないみたいだ。

 今は取り敢えず、みんなを避難させないと――


 この場にいる枢機卿たちを避難させることを最優先に考えることにするリクトだが――会議室の前に無数の輝械人形がいることに気づく。


 ここまで輝械人形がいるってことは、教皇庁本部全体に輝械人形がいる可能性が高い。


 大量の輝械人形に襲われたら一気に追い詰められるから、助けが来るまでの籠城戦は厳しい。


 脱出しようにも、パニックになってる人たちのことを考えれば逃げきれない――

 どこか、確実に逃げ切れる場所は――

 そうだ、あそこに行けば!


「みなさん、聞いてください! 今からこの場を離れます!」


 絶望的な状況だったが、それでも諦めずに考えた末に、全員を安全に教皇庁から脱出させる方法を思いついたリクトは声を張り上げる。


「ば、バカなことを言うな! ここまで輝械人形が来たということは、教皇庁が輝械人形に襲撃されている可能性が大いにあるんだ! それなのに、逃げ切れると思うのか!」

「狼狽えるな! 我々は枢機卿であると同時に輝石使いだ! 襲いかかる敵には武輝で対抗すればいい! だが、この状況で逃げるのは厳しいぞ!」

「しかし、大量の輝械人形がいると想定すれば、救助が来るまでの籠城戦は分が悪い」

「どうして私がこんなことに巻き込まれなければならないのだ!」

「わ、私を守れ! 教皇庁にとって必要不可欠な存在なんだぞ!」


 想定外の非常事態にパニックになる者、対応策を考える者、泣き叫ぶ者――様々な枢機卿がいて、混乱している状況だが――


「静まりなさい」


 混乱している状況に凛としたリクトの声が響き渡る。


 母に似た相手を黙らせる威圧感と、すべてを委ねられる安堵感を持つリクトの声に、枢機卿たちの視線は彼に一気に集まった。


「このまま籠城しても無駄に怪我人が出るだけです。それに、大勢の輝械人形が教皇庁本部にいると仮定すれば救助に時間がかかります。だから、すぐに教皇庁本部から脱出します――そのために、近くにあるに向かいます」


 教皇の執務室に向かうというリクトの判断が理解できなかった枢機卿たちだが――すぐに理解して、パニックに陥ってた彼らの顔に僅かな希望が戻った。


「戦える人は戦えない人を守ってください――僕が先陣を切ります」


 リクトの命令に武輝を手にした枢機卿たちは力強く頷く。


 自分を守るのに精一杯の枢機卿たちも、文句を言うことなくリクトの言葉に頷いた。


 母である教皇と遜色ないほどの迫力を持つリクトに誰も文句は言わなかった。


 枢機卿たちを守るため――リクトは会議室前にいる大量の輝械人形たちに向かって疾走する。




 ―――――――――




 ……マズいわね。


 大悟に社長室まで来るようにと言われたアリシアは、大悟、克也、萌乃から状況の説明を聞いて、心の底からそう思っていた。


 今、アカデミー都市中に輝械人形が現れ、暴れ回っており、教皇庁本部にも輝械人形が襲われていた。


 幸い、鳳グループにはアルトマンを止めるために集められたティアや優輝たちという高い実力を持った輝石使いたちがいたから対処できた。


 アカデミーを運営する二つの組織が陥落する最悪の事態は防げたが、制輝軍や風紀委員の戦力が大幅にダウンしているせいで、アカデミー都市中で暴れる輝械人形の対応に遅れていた。


「今、ウチの輝石使いたちをアカデミー都市中に散らした。アカデミーの学生たちにも協力を募っているところだ」


「リクトちゃんが機転を利かせて、教皇専用の秘密の抜け道を使って枢機卿たちと脱出したわ。もちろん、話し合いをするために鳳グループに退避させるわよね?」


「萌乃、枢機卿たちを鳳グループに受け入れる準備をして会議室に集めろ。克也、お前はアカデミー都市中で暴れている輝械人形たちを処理する輝石使いたちの指揮を頼む」


 慌ただしくも冷静に輝械人形への対応を報告する克也と、枢機卿とリクトの状況を報告する萌乃に、大悟は素早く的確に指示を送る。


 指示を出されてすぐに克也は現場の指揮に向かうために部屋を出た。


 さすがは鳳大悟、御柴克也、萌乃薫……

 名ばかりの枢機卿たちとは違って、よく機能しているわ。


 ソファに座って一歩引いた場所から三人の様子を眺めているアリシアは、今の混乱しているアカデミーの状況を他人事のように思っていた。


「すぐにでもアルトマンの元へと向かってもらいたいところだが、教皇庁本部には逃げ遅れた人間が大勢いるとのことだ。戦力が少ない状況で少々不安だが、アルトマンの対応と教皇庁本部にいる人間の救助に分けることにして、最優先事項である救助に人員を割く」


「さすがに厳しいとは思うけど――今の状況で文句は言っていられないわね」


「――オレも協力させてくれ」


 人員が少ない状況で、教皇庁本部に取り残された人間の救助に人員を割くと決めた大悟の判断に仕方がないとは思いつつも、彼らを見捨てられないので反論できない萌乃。


 不安げな萌乃だったが――突然社長室の扉が開かれると同時に現れるのは白葉クロノだった。


 突然のクロノの登場に大悟は意外そうに見つめていた。


「うーん……協力ありがたいけど、クロノちゃんはまだ本調子じゃないんじゃないの?」


「まともに動けないアリスと美咲たちに比べたらマシだ」


「あなたの身体を診察した身として、あんまり巻き込みたくないんだけどなぁ」


「足手まといになるのはわかっている。だが、こんな状況になったのはオレの責任でもある。だからこそ、父であるアルトマン、姉であるノエルを止めたい――頼む」


 そう言って、深々と頭を下げるクロノの責任感と、肉親を止めたい理解した萌乃は複雑そうに見つめ、大悟は試すような鋭い目でジッと様子を窺っていた。


 しばらくクロノを見つめた大悟は、揺るがない彼の意思と、中途半端ではない覚悟を感じ取り、納得したように頷く。


「こちらとしては猫の手も借りたい……白葉クロノ、アルトマンたちを任せた」


 クロノを信用することに決めた大悟はクロノに協力を求めた。


 自分に対しての信用を感じ取ったクロノは力強く頷く。


「教皇庁本部での指揮は萌乃、枢機卿たちを会議室に集めた後のお前がやってくれ。お前が来る間の指揮は巴に任せる」


「了解❤ 何だかゾクゾクしてきたわね」


 萌乃への指示を終えた大悟は、他人事のような態度を取っているアリシアに視線を向ける。


「アリシア、お前もいい加減覚悟を決めろ。呼び出した理由はわかっているだろう」


 うるさいわね……そんなことわかってるわよ。


 自分を厳し目で睨む大悟の視線を感じ取った仏頂面のアリシアは、忌々しく舌打ちをする。


 リクトと同じく、大悟は自分に鳳グループに避難させた枢機卿たちをまとめる役割を求めているのだとアリシアは理解していた。


 教皇になることが、復讐が存在意義だったのに、エレナへの復讐が失敗した時点で、自分の生きる意味はもう見失い、今のアリシアにとってもうアカデミーはどうでもよく、どうなろうが知ったことではないという気持ちもあった。


 こんなに追い詰められた状況で今更起死回生の一手を打っても無駄だと思っていたが――


『アリシア・ルーベリア! お前はその程度の人間だったのか?』


 すべてを投げ出そうとすると、頭の中に響くのはそんな自分に喝を入れる娘の怒声だった。


 娘ではなくずっと道具として扱っていたのに、自分の命令に従わず役立たずと突き放したのに、醜態を晒したのに――それでも、自分を見捨てない娘の姿がアリシアの頭に浮かぶ。


 そして――アリシアは腹をくくった。


 ――わかったわよ。

 ……アンタがそこまで言うなら、私も覚悟を決める。


「いつまでもウジウジウジウジ悩んで――アンタはそんなタマじゃないでしょ。それとも、一度の失敗で尻尾を巻いて情けなく逃げる女なのかしら?」


「……うるさいわね、タマつき」


 わかりやすい萌乃の挑発に、妖艶で野性味溢れる微笑を浮かべて言い返すアリシア。


 自分の知るアリシア・ルーベリアに戻ったことを感じ取った萌乃は安堵したように、それでいて、彼女の言葉にご立腹な表情を浮かべていた。

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