第22話

 美咲との戦闘後――気づいたらアリスは鳳グループ本社内で目覚めた。


 簡易ベッドの上に寝かされていた身体をゆっくりと起こすと、横には意識不明のまま眠っている美咲と、対面にあるベッドの上に座っている無表情だが気まずそうな顔のクロノ、そして、美咲が横になっているベッドの隣にある椅子で、見舞いの品だと言って持ってきたお菓子を食べている七瀬幸太郎がいた。


 目覚めた自分に呑気に挨拶をする幸太郎を無視して、アリスはクロノと現状と美咲について一言二言会話をした。


 戦闘後、美咲はノエルたちに襲撃されるかもしれないことを考慮に入れてクロノやアリシアと同じく鳳グループ本社で保護することになり、アリスは軽傷だったのでクロノと美咲と同じ場所で寝かせておいたとのことだった。


 その後、鳳大悟と教皇エレナが古くからの付き合いであり、二人が裏でつながっていたこと、そして、鳳大悟がエレナとアルトマンがつながっていると確信していると説明を受けた。


 淡々とした話し合いが終わると同時に、沈黙が訪れる。


 響いているのは幸太郎がスナック菓子を咀嚼している小気味いい音のみだった。


 まだクロノとは気まずい関係であり、先程まで戦っていた美咲もいるのでこの場から離れたいアリスだが、負傷した身体は動かなかった。


 気まずい沈黙が流れる中、アリスは対面のベッドにいるクロノをジッと見つめ、軽く深呼吸をした後、意を決して「……ねえ、クロノ」と緊張で少し上擦った声で話しかけた。


「どうして、前の事件でクロノは私たちの味方になったの?」


 聞こうにも、衝撃の事実の連続と美咲の襲撃のせいで聞けなかった疑問をアリスは口にした。


 アリスの疑問に、僅かな沈黙の後クロノは意識不明でありながらも気持ちの良さそうな顔で眠っている美咲に視線を向けた。


「オマエやリクト、美咲――そして、オレの周りにいてくれた人間たちのおかげだ」


 感情を宿していないながらも晴々とした口調でそう答えたクロノは美咲から、迷いのない瞳をアリスに向けた。


「任務を果たすのが存在意義で、胸の奥に眠っていた意思を無理矢理抑え込み、忘れようとしていた――だが、美咲の支えのおかげで自由に自分の意思を選択する決断ができた。そして、オレの心がオマエたちの――仲間の味方をしろと訴えた」


「……後悔はしてないの?」


「しないと決めた」


 ――イミテーション。

 輝石から生み出された存在であり、姿形は同じだが、人間ではない。

 ――でも、クロノは自由に選択する意思と、心が芽生えたんだ。

 それはもう、『人間』だ。

 ……もしかしたら、ノエルも――


 イミテーションと呼ばれる存在でありながらも、心や意思が芽生えたクロノは人間と同じであるとアリスは判断すると同時に、ノエルに対しての期待感が芽生えてしまう。


「ノエルもクロノのようになれるの?」


「……正直、難しい。イレギュラーな存在であるオレと、欠陥があったファントムとは違い、ノエルは完璧なイミテーションだ。父であるアルトマンの命令には絶対に従う」


「……そう」


「悪い……その、気を遣えなくて」


「不可能じゃないってわかったからいい。それに……その、と、友達だから気遣わないで」


 一縷の希望に期待したアリスの質問に、間を置いて申し訳なさそうにクロノは答えた。


 正直なクロノの返答に落胆を隠せないアリスだったが、『不可能』とは言っていないので、まだ希望は捨てなかった。


 照れた様子で自身を友達だと言ってくれたアリスに、クロノは無表情だが気恥ずかしそうに顔を俯かせた後――顔を上げると、アリスに現実を教える。


「ノエルを止めるのは至難の業だ。アンプリファイアを使ったのがその証拠だ」


「セラたちも言ってた。ノエルほどの実力者がアンプリファイアを使うのは、本気の証拠って」


「それだけじゃない。オレたちイミテーションにとって、輝石の力を極端に増減させるアンプリファイアの力は毒だ。命を縮める結果になる――そのことをオマエはよく知っているだろう」


「……そういえば、特区からの脱獄囚がアンプリファイアの力をノエルに使おうとした時と、無窮の勾玉の力がアカデミー都市中に広がった時、ノエル苦しんでた」


「命が削られるのを承知でノエルはアルトマンに忠誠を誓っている――イミテーションとして、そして、父であるアルトマンの忠実な駒として、ノエルは命を捨てる覚悟を持っている」


「そんなの間違ってる!」


「……そうだな、オレも間違っていると思ってる」


 悲鳴にも似た声で、命を捨てるつもりでアルトマンに従うノエルの考えを否定するアリス。


 少なくとも自分や美咲、そして、クロノもノエルを想っているのに、自分の命を軽々と捨てる覚悟をする彼女の考えをアリスは絶対に認めたくなかった。


「アタシも……そう思うかな?」


 アリスの言葉に同意するように意識不明だった美咲の弱々しい声が響くと、ゆっくりと美咲は上体を起こして、クロノたちに向けて弱々しくも普段通りの軽薄な笑みを浮かべた。


「ごめんね☆ ……ウサギちゃんの傍にいて、あの子の考えを変えようと思ってたんだけど、無理だった……ごめんね❤ もうちょっとだったんだけどなぁ」


「……もういいから、ゆっくり休んでいて、美咲」


 普段通りの態度で自分たちと接する美咲が痛々しくて見ていられないアリスは、美咲を休ませようと制止させるが、彼女は止まらない。


「アルトマンのオジサンはウサギちゃんを娘だって言ってるけど、違う――ウサギちゃんをただの道具としてしか見てないよ。ウサギちゃんは良いように利用されているだけなんだ……でも、今のアタシじゃウサギちゃんは止められないかな……アリスちゃんも、そうだよね」


 ノエルを止めたいと思いながらも、負傷している自分では何もできないことを悟っている美咲は自虐気味な笑みを浮かべながら、アリスの体調も見透かしていた。


 自分と戦ったからこそ、美咲はアリスの怪我の具合も理解していた。


 美咲までとはいかないが、アリスも負傷しており、ノエルを止めたいと思いながらも思うように動けないのが現状だった。


 最悪。

 ……どうしてこんな時に限って動けないのよ。


 美咲の言葉を否定し、ノエルを止めに向かうために強がって起き上がろうとしても身体が痛んで動けない自分の身体をアリスは激しく恨んだ。


「……オマエたち代わりにオレが行く」


「強がらないで。あなたもまだ怪我が完全に癒えていないハズ」


「オマエたちよりはマシだ」


 ノエルを止めたい美咲とアリスの気持ちを受け取ったクロノは、座っていたベッドから立ち上がる。アリスも続こうとするが、クロノに論破されて動けなくなる。


「アタシも行きたいんだけど――ちょっとキツイかな? ……弟クン、後は任せても良い?」


「ああ。任せておけ」


「うん……それじゃあ、アタシはもうちょっと寝てるね……」


 迷いのないクロノの返事を聞いて、美咲は安心したように一度笑った後、再び横になると――無理して起きていたのか、すぐに眠ってしまった。


 ノエルの傍にいたのに、止めらなくて、本当は美咲が一番悔しいはずなのに……


 私がここで納得できないままずっと騒いでいたら、バカみたい……


「わかった……クロノ、後は頼んだから」


 悔しさを抱きながらも大人しく引き下がった美咲を見て、不承不承アリスも引き下がる。


 二人の想いを受け取ったクロノはさっそく部屋から出ようとすると――「じゃあ僕も」と、スナック菓子を食べ終えた幸太郎が呑気な声を上げた。


「美咲さんとアリスちゃんと、クロノ君――みんなノエルさんのことが大好きで、止めたいんだね。なら――僕もノエルさんを止めるって決めた」


 ……どうしていつも首を突っ込んでくるのか意味不明。

 ――でも……頼りにはなる。あの時も、七瀬の一言で空気が変わった。

 大して役に立たないと思うけど……お願い――七瀬。

 ノエルを助けて……


 頼りないほど華奢な胸を張って、気合を入れる幸太郎にアリスとクロノは思わず脱力する。


 輝石の資格を持ちながらも、輝石を武輝に変化させられない役立たずな幸太郎だが――前の事件で彼がしつこいほど決して諦めない強い意思を持っているのを知っているアリスは、口には絶対に出さないが彼の力も当てにすることにした。


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