第21話

 イミテーション――……ノエルさんが、私から生まれた存在。

 ヘルメスの正体が、あのアルトマン博士。

 昔何度か会ったことがあるけど……まさか、あの人が黒幕だったなんて。


 アルトマン博士が優輝を利用してあのファントムを作り出した……

 伝説上の存在である賢者の石をアルトマンは持ち、賢者の石を再び作ろうとしている。


 大悟さんとエレナさんが周囲には秘密で協力し合っていた。

 エレナさんがアルトマンとつながりがある可能性が高い……


 ……もう、わけがわからない。


 ヘルメスの正体、ノエルとクロノの正体、ファントムの正体、アルトマンの目的、大悟とエレナのつながり、エレナが裏切者――それらを聞いたセラは、今までの常識を覆す衝撃の事実の連続で頭の整理ができなくなり、一旦セントラルエリアのマンションにある自室に戻って、混乱している頭をスッキリさせるためにシャワーを浴びていた。


 だが、結局情報を整理できずに混乱の極みにいたが、混乱している頭の中でもハッキリと理解できることがあった――


 決着をつけよう。

 アルトマンも、ノエルさんも――私が決着をつけないと。


 アルトマン、そして、白葉ノエルと決着をつけなければならない。


 それを理解したセラはシャワーを止めて、脱衣場に戻ると――濡れたセラにバスタオルを差し出すティアが出迎えた。


 幼馴染であるティアと優輝には合鍵は渡してあるので特に驚くことなく、ティアに差し出されたタオルをもらってセラは濡れた身体を拭きはじめる。


「ここに来てたならティアも一緒に入ればよかったのに」


「お前を一人にした方がいいと思ってな」


「気を遣わないでもいいのに――でも、ありがとうティア」


 混乱している自分に気を遣ってくれたティアにセラは心から感謝した。


「それよりも、よくここに私がいるってわかったね。誰にも言ってなかったのに」


「昔から考え事があるとお前は風呂場に向かっていた。それを考えれば容易に想像ができる」


「あまり自分で意識してないんだけど――そうなのかな?」


「私だけではなく、優輝もわかっていたぞ」


「それじゃあ、もしかしてここに優輝も来てるの?」


「ああ。居間でお前を待っている。……今回の件について少し話をしておきたい」


「それなら、ちょっと待ってて。すぐに――」


「バカモノ。まだ濡れているだろう。ちゃんと身体を拭くんだ」


 まだ身体が濡れているというのに、構うことなくすぐに服を着ようとするセラをティアは強引に後ろから強く抱き止めると、濡れている彼女の肢体を荒々しく拭う。


「んっ! ちょ、ちょっと、ティア! 強いよっ! ああぅ、そ、そこはもっと優しく……」


「大人しくしろ。これから重要な戦いが控えているというのに風邪を引いたらまったく笑えん」


 身体に跡が残らないように手加減はしているが、それでもセラの濡れた身体を拭うティアの力は強く、無遠慮に彼女の全身を這っていた。


 頭からはじまり、手に収まらないサイズの双丘、鋭敏な感覚を持つ腋の下、引き締まった腹部の鳩尾から臍部に走るライン、滑らかな曲線を描く臀部――敏感で、デリケートな場所を荒々しく強い力でありながらも、優しくなぞるように触れるティアの手の感触に、思わずセラは身体をよじって抵抗するがティアは許さない。


 荒々しくも、味わうように這うティアの手の感触に思わずセラは鼻に抜ける蠱惑的な声を漏らしてしまい、腰砕けになりそうなところで、ようやくセラの身体を拭き終えた。


「早く着替えろ」


 目的を終えてさっさと脱衣所から出て行ったティアを名残惜しそうに見ていたセラだったが――すぐに我に返り、すぐに着替えて優輝とティアが待っている居間に向かった。


 居間に入ると、待っていたのは腕を組んで椅子に座っているティアと、今に入ってきたセラを見て「お邪魔してるよ」と一言挨拶するソファに座っている優輝がいた。


「何か飲み物いる?」


「ああ、いいよ。話し終わったらすぐに出るつもりだから――それよりも、どうしたんだ? 随分顔が赤いけど……もしかしてのぼせるのか?」


「あ、い、いや……別にそう言うわけじゃないんだけど……」


 脱衣所の出来事を思い出し、セラは僅かに頬を赤らめてお茶を濁した。


「それならいいけど――じゃあ、今回の件について一度ちゃんと話し合わないか?」


 フレンドリーな笑みから、神妙な面持ちに変化させる優輝の言葉にセラは頷く。


 ファントムの正体が明らかになった時点で、今回の事件は自分たちに深く関わっているので、セラも一度ティアたちと話をしたかった。


「ヘルメスの正体だけど――アルトマンで間違いない。この前の事件で見た顔、どこかで見覚えがあると思ったら、若い頃にアルトマンが出版した古い書籍の中にあった顔写真の顔とそっくりだ。さっき確認したから間違いない。それにあの強さ……彼なら納得ができる」


 一週間前の事件でヘルメス――アルトマンと交戦し、彼がつけている仮面の下の素顔を見た優輝の断定的な言葉に、ヘルメス=アルトマンだとセラは認めざる負えなかった。


「確か、アルトマンは研究者でありながらも輝石使いの実力が高いって師匠が昔言っていたね」


「ああ。あまり公表されていないが、アルトマンはかつて聖輝士せいきしの称号を授与されそうになって、自分の研究に称号は必要ないと言って断った。教皇庁の力を世間に知らしめるために数ばかりが多くなって中身の伴わなくなった今の有象無象ばかりの聖輝士と違い、昔の聖輝士は厳正の審査の上で授与される称号で、持つ者はほんの一握りだった――それを考えればアルトマンはかなりの実力者だ」


「父さんとは古い付き合いだったから、何度か家に来たことがあったけど――今思えば、あの時点でアルトマンは俺たちを選定して、イミテーションを作ろうとしていたんだな」


 ティアと優輝の説明を聞いて、セラはヘルメスと対峙した際に感じた重圧感に納得ができるとともに、まだ小さい子供だった自分たちを利用する彼の狡猾さに怒りを感じていた。


「それにしてもイミテーション……にわかには信じ難い存在だけど、俺の遺伝子から生まれたとするなら、ファントムが俺と同じ顔だったことは説明ができるな。何だか、瓜二つの外見で俺に成り代わろうとしていたファントムが憐れに思えるよ」


「かといって、同情する気にはならないがな」


 数年間自分を薬漬けにして監禁し、自分に成り代わって輝士団団長として活躍していた、自身と同じ顔を持って生まれた仇敵であるファントムのことを思い浮かべる優輝の表情は、ファントムへの憐れみに満ちていたが、ティアは同情する気はいっさいなかった。


「賢者の石――輝石を使ってイミテーションと呼ばれる生命を作り出し、アルトマンを若返らせる力を持つとは、伝説と呼ぶにふさわしい力を持っているようだ。それが作られた十数年前の祝福の日からはじまり、数年前のファントムが引き起こした事件、そして、今回の事件――今までのすべてがアルトマンの思い通りに進んでいるような気がするよ」


「二年前のファントムとの戦いで、因縁はすべて断ち切ったと思ったけど――まだ、何も終わってなかった。だから……これで全部終わらせよう」


 優輝の言葉に改めてすべての元凶がアルトマンだと思い知り、決着をつけるべき相手が一人増えたのでセラは決意を固くした。


「前にも言ったが、気負い過ぎるな。お前一人で戦っているわけではない」


「わかってるけど、アルトマンのせいで私たちを含めた大勢の人の人生が狂わされた。それに、私から生まれた存在なら私がノエルさんと決着をつけなければならない」


 決意を固くするセラに忠告するティアだが、わかっていると言いながらもセラは祝福の日を発生させた元凶であり、自分たちを含めた大勢の人間の人生を狂わせ、世界中に混乱を招いたアルトマン、そして、そんな彼に協力している自分の遺伝子から生まれた白葉ノエルという存在と決着をつけることに使命感を燃やしていた。


 一人で勝手に熱くなって、周りを見ていないセラに厳しい視線で睨むティア。


「お前の気持ちは理解できる。しかし、アルトマンの目的を思い出せ。アイツの目的が達成されれば世界はさらに混乱する。決着をつける前にやるべきことをやれ」


 ……ティアの言う通りだ。


 熱くなる自分を一気にクールダウンさせるティアの言葉に、セラは自戒する。


「まだ出撃まで少し時間はある…少しは熱くなってるその頭を冷やせ。そうしなければ、今のお前は足手まといだ。もしも、次会った時に反省していなかったら、お前を戦力外と見なす」


 戦力が少ない状況でも、ティアならば戦力外と見なせば平気で自分を戦闘から遠ざけることを容易に想像できたセラは、ティアの言う通り熱した頭を冷やす努力をする。


 だが――冷静に努めようとしても、自分から生まれた存在であるノエルが大勢の人間を裏切って傷つけたことを考えるとそれができなかった。


 ティアの言う通り、今の私が戦っても足手まといだ。

 今の私じゃノエルさんには勝てない。


 冷静に努めようとしても、それが上手くできない自分がいることに、セラはティアの言う通り足手まといにしかならないと認めざる負えなかった。




――――――――――




「――アリシアさん、お願いします。今の教皇庁にアリシアさんが必要なんです」


 うるさいわね……放っておきなさいよ。


 深々と頭を下げて懇願するリクトを、ソファに深々と足を組んで座って仏頂面を浮かべているアリシアは無視をしていた。


 大悟との話し合いを終え、黙々と一週間以上暮らしている鳳グループ本社の地下にある部屋に向かうアリシアに、リクトは何度も同じことを頼み込んでいるが、それらをすべてアリシアは無視をしていた。だが、それでもめげずにリクトは頼み込み、部屋までついて来ていた。


 子供のようにむくれているアリシアの様子を見て、部屋に入ってきたリクトから詳しい話を聞いた娘であるプリムは呆れていた。


「母様、状況を考えれば今は協力するべきであろう。それに、母様にとっても悪い話ではないハズだ。ここで出張れば、母様は再び教皇庁で活躍することができるのかもしれないのだぞ」


 どいつもこいつも――


 聞き分けの悪い子供を諭すような娘の言葉に、アリシアは忌々しく小さく舌打ちをする。


 言われなくとも、制輝軍と風紀委員に多数の負傷者が出ているので、鳳グループと教皇庁が協力してアルトマンという脅威に立ち向かわなければないことはアリシア理解していたが――アリシアの中にある小さなプライドと、諦観が差し伸べられたリクトたちの手を払いのけた。


 大悟とエレナの関係についてアリシアは感心していたが同時に、エレナの掌で好きなように動いていたのが気にくわなかった。


 そして、伝説の煌石・賢者の石を持ち、何十年にも渡って誰にも悟られずに暗躍を続けたアルトマンを止められる見込みは薄いという諦めが確かに存在していた。


 いまだに信じられないが、仮にエレナがアルトマンとつながっていれば、益々彼らを止められる希望は薄かった。


「それにしても、リクトよ。教皇エレナがアルトマンとつながっているというのは本当なのか?」


「信じたくはありませんが……もしも、母さんがアルトマンさんとつながっていた場合――今の教皇庁をまとめ上げられるのはアリシアさんしかいません」


「リクト……大丈夫か?」


「……非常事態なんです。立ち止まっていられません」


 尊敬していた母が裏切者かもしれない状況で凛とした佇まいのリクトに、プリムは心配そうに声をかけると、自分を心配してくれるプリムに向けて力強い笑みをリクトは浮かべる。しかし、強がっているのはアリシアから見れば一目瞭然だった。


「アリシアさん、もう一度お願いします――協力してください」


「……いい加減鬱陶しいのよ。前の事件でエレナの復讐に失敗した私にそんな力はもうないのよ。……もうアカデミーがどうなろうが知ったことじゃないのよ!」


 いい加減無視するのも嫌になったアリシアはヒステリックな怒声を上げてリクトを突き放す。


 頑なに協力を拒むアリシアに何を言っても無駄だと判断したリクトは、深々と嘆息して「そうですか……」と協力を求めるのを諦めたが――彼の目はまだ諦めていなかった。


 母であるエレナに似た静かな威圧感を宿したリクトの目に、感情的になっていたアリシアは気圧され、一気に熱くなっていた頭が冷めた。


「アリシアさん……僕はこれから教皇庁に向かって、枢機卿の方々と母さんを集めて会議を行います。そこで僕は先程得た大悟さんから得た情報を使って、母さんを追求します」


「あのエレナの無表情が崩れるのは是非と見たいけど、まあ頑張りなさい」


「その後、枢機卿の方々を説得して鳳グループと協力させます」


「エレナを追求した後に、上手く説得できるかしら? ほとんどの枢機卿は名前だけの役立たずだから、無駄に終わると思うわよ」


「それでも構いません。無事に教皇庁が鳳グループと連携させることに成功したら、僕はティアストーンの元へと向かってアルトマンさんを止めます……その間、教皇庁の指示をアリシアさんにお願いしたいんです」


「しつこいわね! 私は――」

「――アリシアさんなら、僕は来てくれると信じています」


 再びヒステリックな声を上げてリクトを突き放そうとするが、静かな威圧感が込められたリクトの声が遮り、苛立っているアリシアに向けて優しく微笑んだ。


 子供のように無邪気で優しいリクトの微笑みに、憎々しいエレナの面影を感じるとともに、子供の頃のリクトと遊んだ記憶が蘇ってくるアリシアは一気に毒気が削がれてしまう。


 自分ならきっと協力してくれる――断定的な言葉を残して、リクトは教皇庁に向かうために部屋から出て行った。


 ……バカみたい。これじゃあ、私がガキみたい。

 ――惨めね。


 リクトが部屋から出て娘と二人きりになった部屋の中で、アリシアはバツが悪そうな顔を浮かべて自己嫌悪とともに気恥ずかしい思いでいっぱいだった。


 自分よりも年下の子供に八つ当たり気味の怒声を浴びせることしかできない自分にアリシアは心底嫌になると同時に、堕ちるところまで堕ちた気分に陥った。


 自己嫌悪に陥っている母の気持ちを見透かしたように、プリムは小さくやれやれと言わんばかりにため息を漏らすと、「母様」と声をかけた。


 誰とも話したくない気分なので、アリシアは喋りかけるなと訴えるように娘を鋭い瞳で一睨みするが、プリムは構わずに話を続ける。


「リクトは強いな……尊敬していたエレナ様が疑われている状況であっても、立ち止まることなく事件解決のために前に進んでいる」


 ――言われなくともわかってるわよ。


 一々言われなくても、エレナのことを尊敬しているリクトのことを子供の頃から知っているアリシアは理解するとともに、偉大な母への劣等感で自信を喪失していた頃のリクトとは比べ物にならないほどの成長を遂げていると感じていた。


「ウジウジと悩んでいる母様とは大違いだな」


 ため息交じりに吐き捨てるように言い放った娘の言葉がアリシアの胸に深く突き刺さる。


 咄嗟に反応してアリシアは娘を激しい怒気に満ちた鋭い目で睨むが――プリムは特に動じることなく、冷め切った目で無様な母を見下すように見つめていた。


 だが、激しい怒りを宿した目で母に睨まれ、プリムは満足そうに微笑んでいた。


「仮にも母様は次期教皇として、そして、私をも利用して教皇を目指した立場だ。教皇として教皇庁の未来、アカデミーの未来を考えていたのではなかったのか! そんな中途半端な覚悟で母様は教皇を――いや、エレナ様に復讐をしようと考えていたのか!」


 悔しいが、萎びた自分の心を思いきり殴りつけるような娘の言葉に反論できないアリシア。


 先代教皇に利用されているとも知れずに次期教皇になるだけを考えとして生きてきたので、自分が教皇になった場合、そして、娘を利用して教皇と同等の権力を得た場合をアリシアはしっかり考えており、中途半端な覚悟で教皇を目指していたわけではなかった。


 しかし、状況の悪さに絶望して対抗するのを簡単に諦め、子供相手にヒステリックになっている今の自分は、真剣に教皇を目指していた覚悟を中途半端と指摘されても仕方がなかった。


「アリシア・ルーベリア! お前はその程度の人間だったのか?」


 うるさいわね……生意気なのよ。

 何でよ……

 何でアンタは私を見捨てないのよ……どうしてこんな無様な母親をアンタは……

 ――どうしてよ……今まで道具としてしか見ていなかったのに……

 どうしてアンタの言葉に縋りたくなるのよ……


 今の落ちぶれた母の姿に落胆しながらも発破をかけるプリムの言葉に、アリシアは自己嫌悪を忘れて沸々と今の情けない自分に対して怒りが込み上げてくる。


 同時に、今まで教皇と同等の権力を得るために道具としてしか見てこなかった娘の言葉に突き動かされ、その言葉に縋りたい気持ちが芽生えてしまった。

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