第34話
昨日の騒動の事後処理を終えたセラは寮に戻り、熱々のシャワーを浴びて心身ともに疲れた身体を癒し、普段よりも長くシャワーを浴びて、湯船に浸かってしまった。
疲れた身体に心地良い湯船の温度のせいで何度か眠りそうになってしまったが、リビングにいるティアを心配させないために堪え、完全に眠ってしまう前に風呂から出た。
水に濡れた身体を拭いて部屋着に着替え、リビングに戻ると――ソファの背もたれに完全に身を委ねて、舟を漕いでいた。
……疲れているんだな、ティアも。
仕方がないか、昨日からずっと働き詰めだったみたいだし……
師匠の一件もあるからな……
シャワーを浴びる前に話があると言って訪ねてきたティアだが、昨日の件があって疲れているのだと思い、話を聞くのは明日にして起こさないように寝室にある毛布を持って、ティアの身体にかけようとしたが――その前にティアは目覚めてしまった。
「……すまない、眠っていた」
「ベッド使ってよ。疲れているみたいだし、話は明日でもいいからさ」
「いや、問題ない……少し、目が覚めたからな」
「急ぐ話じゃないんだから、後にしてもいいのに」
「気分の問題だ……今後のために早急に話をしておきたいんだ」
そう言って、ティアはテーブルの前に置かれた椅子に座る。
気がかりな問題――師匠のことについてだとすぐに理解できたセラは、これ以上何も言うことなくテーブルを挟んでティアの対面に座った。
「話はやっぱり、師匠のこと?」
「ああ、だがその前に……優輝の様子はどうなってる」
「さっき沙菜さんから連絡があって、だいぶ落ち着いているらしいけど、師匠を殴ってでも止めるって息巻いているみたいだよ」
「問題なさそうだな」
「……そうだといいんだけどね」
父を止めるために気合を入れている優輝の姿を想像して、ティアのように楽観的ではなく、周囲を巻き込む激しい親子喧嘩を想像して不安しか覚えないセラは、憂鬱そうに深々とため息を漏らした。
「セラ、お前は師匠のことをどう思う」
「敵意は感じなかったから、私もティアと同じで何か理由があって動いているって信じてる」
「一日経ってもそう思えるか?」
「うん……私は師匠を信じたい」
「……私もだ」
態度や表情では表に出さないけど、ティアも内心不安なんだ。
当然か――ティアは人一倍師匠を尊敬していたんだし……
まだ師匠を信じていると言い切ったセラに、ティアは僅かに安堵の息を漏らす。
「師匠が騒動を引き起こした理由について、何か心当たりはあるか?」
「全然。元々師匠は自分のことは話さない人だったから、理由も何もわからないよ」
「同感だ……だが、アルトマンのもう一人の協力者が鍵になっているような気がする」
「七瀬幸太郎君――だよね」
アルトマンのもう一人の協力者である少年の名前を出した途端、クールフェイスのティアが僅かに動揺する――が、すぐに平静に戻って頷いた。
「師匠の言葉から推測すると、師匠が信じていると言った『少年』が七瀬幸太郎だろう」
「実際に彼の姿を目の当たりにしていないけど、私もそう思う」
「希望的観測かもしれないが――アルトマンにその男を人質に取られているから、渋々師匠が奴に協力していると考えられないか?」
「……何とも言えないけど、今はそう信じたいかな」
麗華やリクトたちから聞いた限り、アルトマンと七瀬幸太郎はかなりフランクな態度で接していたというので、人質に取られている線は薄いとセラは――もちろん、ティアもそう思っているが、師匠を信じたい二人にとってその可能性に縋りたかった。
そう信じなければ、今は不安に押し潰されそうになってしまうからだ。
「七瀬幸太郎について何かわかったか?」
「特に。優輝も彼の顔は見たことないし、会ったこともないし、名前も聞き覚えはないって言ってる。だから、何か師匠と縁があるとは考えにくいよ」
「だが、師匠は私たちが一番よく知っていると言っていた――一体何者だ?」
「私も昨日から考えているんだけど見当もつかないよ……でも――」
「懐かしい感じがする――違うか?」
「やっぱり、ティアもそう感じる?」
「ああ……おそらく、私たちだけじゃない。優輝や麗華も同じ気持ちだろう」
七瀬幸太郎――本当に一体何者なんだ?
どうして、誰もが彼の名前を聞くと一瞬動揺してしまうんだ?
どうして……どうして、こんなにも……
自分を含め、周りにいる人たちが七瀬幸太郎という名前を聞いて、何か気になることがあるということに、いよいよ彼と自分たちには何か縁があると確信するセラ。
「あの師匠の信用を得るとは――七瀬幸太郎、中々興味深い男だな」
「そうだね。私も会って話してみたいよ。七瀬幸太郎君がどんな人なのか……」
「麗華とアリシアは、会うだけ無駄だと言っていたが、どうだろうか……」
「リクト君と大和君は不思議な雰囲気で面白い人だって言っていたよ」
「フム……やはり、楽しみにしよう」
珍しいな、ティア……すごい楽しみにしているみたいだ。
それに、私も七瀬幸太郎君に会うのがすごく楽しみにしている……
七瀬幸太郎――まだ会ったこともないのに、彼は敵ではないとセラは思っていた。
もちろん、目の当たりにした麗華たちから七瀬幸太郎がかなり呑気な性格だということを聞いているからそう思えているだけなのだが――それ以上に、セラの中にある何かが彼が敵ではないと訴えていた。
そして、セラはなぜか彼の名を聞く度に――七瀬幸太郎のことで頭がいっぱいになっているセラの耳に、気の抜けた腹の音がティアから鳴り響き、思考が中断された。
「お腹空いてる?」
「……ああ」
「簡単なものだけどこれから夕飯を食べる?」
「いいのか?」
「もちろん――ちょっと待っててね!」
ティア、かわいい……
今のティアが腹を空かした子犬のように見えてしまったセラは、今は七瀬幸太郎のことは置いて、軽快な足取りでキッチンに向かった。
夕飯の支度をするセラだが――気にしないように努めていても、頭の片隅には七瀬幸太郎の存在がこびりついていた。
そして、彼を想う度に不自然なほど胸の奥が熱くなり、浮足立つ気分になってしまう自分に、セラは違和感を抱くとともに、早く七瀬幸太郎に会いたい――そんな衝動に駆られていた。
―――――――――――
夜――一通りの事後処理を終えた大和は、人気のない夜の公園にあるブランコの上に座りながら、人を待っていた。
数分後――指定された通りに二人の人物が公園に訪れた。
一人は幼馴染である御柴巴、もう一人はサラサ・デュールだった。
「ごめんね、急に呼び出しちゃってさ。夜遅くなのに二人とも来てくれてありがとうね」
あざとく舌を出して小悪魔っぽい笑みを浮かべ、謝罪と感謝の気持ちがまったく伝わらない大和の態度に、巴はやれやれと言わんばかりにため息を漏らして厳しい目を向ける。
「私は構わないけど、サラサさんのことは気遣いなさい。もう眠る時間だったでしょう?」
「大丈夫、です……眠く、ないです……」
「……大丈夫じゃなさそうね」
かわいらしいパジャマの上にコートを羽織って、巴に支えられて立っている起き抜けのサラサは、今にも眠りそうなくらいうとうとしており、巴の支えがなければ立つことができない様子だった。
「じゃあ、単刀直入言うね――」
今にも眠りそうなサラサの様子を見て、大和はさっそく話をはじめる。
「ちょっと協力してもらいたいことがあるんだよね」
「……何をさせるつもり?」
「それはこれから説明するけど――その前に、これからする話はここだけの話にしてもらいたいんだ」
突然呼び出され、ここだけの話にしてもらいたいと言われ、巴は怪訝そうに大和を見つめる。
「またロクでもないことじゃないでしょうね」
「まあ、そんなところなんだけどね」
「私はともかく、そんなことにサラサちゃんを巻き込むのはやめなさい。ドレイクさんに怒られるわよ」
「わかってるけど……信用できる人は少しでも多い方がいいから」
巴の瞳に映る大和はいつものように腹に一物も二持つも抱えていそうな軽薄な笑みを浮かべており、信用できない態度なのだが――必死に縋っているように自分たちを見つめていた。
そんな大和の瞳を見て、警戒心はそのままに巴は「わかったわ」と頷いて、彼女の話を真面目に聞くことにする。
サラサも眠気が残る頭で大和が何となく必死なことを察して、頷いた。
二人が了承してくれたことに、大和は二人なら自分の話を聞いてくれると思っていたと言わんばかりの満足そうであくどい笑みを浮かべ――
二人に頼みごとをする。
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