第5話
すっかり空が暗くなった頃――制輝軍を率いている短めの白髪の髪を赤いリボンで結い上げた、透き通るほどの白い肌を持つ、神秘的でありながらも絶対零度の冷たさを併せ持つ無表情の少女・白葉ノエルは、信用できる部下を制輝軍本部内にある仕事部屋兼自室に集めていた。
一人は、ノエルの弟である、姉と同じく無表情の白葉クロノ。
もう一人は、プラチナブロンドの髪をショートボブにした、西洋人形のような美しさを持ちながらも、冷めた空気を放っている、制輝軍の中でも一番の年下で、この場にいる誰よりも身長が小さく、折れそうなくらい華奢な体躯の少女、アリス・オズワルド。
最後の一人は、制輝軍の協力者である、手入れのされていないボサボサロングヘアーで、春が近づいているとはいえまだ寒いというのに薄手のシャツとホットパンツを履いて、防寒性のないボロボロのロングコートを着た、この中で一番年上の無駄に美人な女性・
この三人が、能力、輝石使いとしての実力、多くの事件を解決した実績ともに制輝軍内でもトップであり、ノエルが信用できる数少ない部下だった。
「それでは、今日の巡回の報告をお願いします」
感情がない機械的なノエルの声が室内に響くと、「はいはーい!」と、明るく元気で軽薄な美咲の声が響いてさっそく報告をはじめる。
「今日も相変わらずアカデミー都市内は平和だね♪ 天下泰平天晴☆ 善哉善哉」
今日の巡回の結果を適当に説明するこの中で一番年上の美咲に、アリスは呆れたように一度ため息を漏らすと、彼女の代わりに報告をはじめる。
「小さな諍いはあったけど、特に問題はなかった。今のところ悪い噂もないみたいだし、美咲みたいにバカみたいなことを言うわけではないけど、問題はない」
容赦のないアリスの毒舌に、美咲は「ひどいなぁ!」とおどけたように笑ってショックを受けていたが、聞きたいことの要点だけを話したアリスにノエルは無表情だが満足そうに頷いた。
「報告ありがとうございました。後は夜勤の人たちに任せて二人はゆっくり休んでください。お疲れ様でした」
アリスと美咲に労いの言葉をかけるノエルだが、感情が込められていないせいで労いの気持ちはまったく伝わってこなかった。しかし、彼女の性格を理解しているアリスと美咲は、特に気にしている様子はなかった。
ノエルがアリスと美咲に労いの言葉をかけた後、しばらく室内に沈黙が流れる――しばらく経って、ノエルは話が終わったのに部屋から出ないアリスと美咲を不思議そうに眺めていた。
「……まだ何か用があるのですか?」
ゆっくり休めと言ったのにまだ部屋を出ないアリスと美咲に、ノエルはまだ何か報告があるのかと思っていた。
「別にないんだけど……あれ? もしかして今日の制輝軍の活動はもう終わり? せっかくみんな集まったんだからもっとお話ししようよ~☆ おねーさん寂しいぞ❤」
「時間の無駄です。それに、これからクロノと話したいことがあるので」
「姉弟水入らずもいいけど、おねーさんも仲間に入れてよ♪」
「拒否します」
「もー! ウサギちゃんは冷たいなぁ!」
「ウサギちゃんはやめてください」
気色が悪いほど甘ったるい声を出して、おねだりする動物のように腰をくねらす美咲に、ノエルは無表情だが呆れているようだった。
「そうだ! 弟クンが海外出張からアカデミーに戻って一か月経ったのに、お帰りパーティーやらなかったから、今からやっちゃおうか!」
「拒否します」
「断る」
美咲の提案に、姉弟揃って感情のない声で拒否した。
そんな冷たい姉弟の態度に、美咲は「ひどいよー!」とプンプン怒っていた。
「ほら、美咲。さっさと帰ろう」
「ウサギちゃん姉弟が仲良くコソコソやってるならアタシはアタシで、お嬢ちゃんとイチャイチャラブラブチョメチョメしちゃうからね! アリスちゃん、おねーさんとこれから――」
「嫌」
「えー! せっかくおねーさんが大人の階段の一歩を踏み出させてあげようとしてるのにー!」
「面倒だし、眠いし、お腹が空いたからもう帰る」
眠そうに一度欠伸をしてから、アリスはいい歳して子供のようにギャーギャー喚いている美咲を放って、部屋を出た。美咲もすぐに「待ってよー」とアリスの後を追って部屋から出た。
二人が部屋を出た瞬間、ノエルの部屋の扉がカチャリという音を立てて鍵がかかった。
アリスはその音を聞いて自分とノエルとの間が大きく距離が開いているのを感じてしまい、一抹の寂しさを芽生えてしまうが、すぐにそれを振り払った。
「相変わらずウサギちゃんと弟クンは秘密主義で仲良しだなぁ……あ! もしかして、姉弟イケない関係とか? ウサギちゃんってちょっとだけ弟クンに甘いところがあるから、お姉ちゃんのウサギちゃんから? いや、弟クンもああ見えてガツガツしてるところがあるから、意外に力押しで攻めちゃった? んー! もう捗るぅううううううううううう!」
「……ウザい」
一人興奮の極致にいる様子で恍惚な笑みを浮かべている美咲を放って、暗い表情のアリスはノエルとクロノについて考えていた。
白葉ノエルと白葉クロノ――二人の姉弟は輝石使いとして高い実力を持ち、ノエルに至ってはクロノ以上の実力を持って高いカリスマ性で制輝軍を率いており、ノエルに対して制輝軍に所属している多くの輝石使いたちは憧れを抱いていた。
アリスもノエルには憧れを抱いており、そんな彼女の弟であり、彼女のことを良く知っているクロノのことを嫉妬することがたまにあったが、それでも任務を忠実にこなして実力もあるクロノを認めていた。
しかし――最近アリスは二人に対して疑問を抱いていた。
クロノに対して嫉妬して邪推しているわけでも、美咲のように変な妄想に浸るわけでもなく、ただ、何となくだが最近の二人は自分たちに何かを隠していると感じていた。
二人とも感情の起伏が乏しく、何を考えているのかわからないが、それでも何かを隠しているということだけは何となくアリスは感じていた。
――いや、もしかしたらずっと前からノエルたちは何かを隠していた?
さすがに考え過ぎか。私も美咲のことはバカにできないのかな……
……本当に考え過ぎなのかな?
先程改めて感じたノエルとクロノに対しての疑念に、アリスは考え過ぎだと自分に言い聞かせるが――一度生まれてしまった疑問は中々頭の中から消し去ることができなかった。
「そんな暗い顔してどーしたの、お嬢ちゃん」
「別に、何でもない」
暗い表情を浮かべているアリスに、美咲は心配そうでありながらも軽い調子で話しかけた。
一瞬、芽生えてしまった疑念を美咲に相談したい衝動に駆られるアリスだったが、根拠のない憶測を並べたら彼女に迷惑がかかるし、組織の不和につながることも考えてそれを堪えた。
「そっか……それなら、子供はちゃんとスマイルしなくちゃ☆ スマイルスマイル❤」
「ウザい。子供扱いしないで」
「手厳しいなぁ、相変わらず♪」
ウザい美咲の言動にアリスは呆れつつも、変わらぬ彼女のウザさに少しだけ安堵していた。
「そうだ! そろそろバレンタインデーが近いんだけど、お嬢ちゃんは誰かに、心と情熱と愛情とその他色々なほとばしるほど熱々な感情を込めたチョコあげるの?」
「別に、興味ないし」
「ダメだよ! そんなんじゃダメだよ! ダメダメ!」
心底どうでもいいと言った様子のアリスに美咲は猛烈にダメ出しをする。
この後、美咲は小一時間ほど青春とバレンタインデーの因果関係についての説明をアリスにしたが、アリスはほとんど聞き流して家路についた。
――――――――――――――
「……今美咲の声が聞こえなかったか?」
「気のせいでしょう。……聞こえても放っておきましょう」
「そうだな」
「それでは、報告をお願いします」
アリスと美咲が部屋から出てすぐに、部屋に残ったノエルとクロノは淡々と話を続けていた。
ノエルクロノ――お互い無機質な声で事務的に接しているせいで、姉弟という間柄にはまったく見えなかった。
「一通りリクトの周辺を調べたが、いまだに気になるところは見つからない」
要点だけを話すクロノの淡々とした報告を聞いて、ノエルは「そうですか」と無表情で頷いていたが、微かに落胆していた。
「だが、選択肢は絞られている。見つかるのは時間の問題だ」
微かにノエルが落胆したのを察したクロノは無意識にそう口に出した。
クロノの無意識のフォローに特に感謝をするわけでもなく、ノエルは「そうですね」と軽く受け流した。クロノが報告を終えた次は、ノエルが報告する番だった。
「ここ最近セイウス・オルレリアルの周囲が不自然なほど静まり返っています。前回の騒動で周囲の信用を完全に失い、失うものが何一つない彼は何をするのかわかりません。彼一人で大事を起こすとは考えにくいですが、我々にとって邪魔者になりうる存在なので一応気をつけてください」
「了解」
ノエルの忠告に、教皇庁の中でも教皇に次いで権力があり、教皇庁内の幹部でありながらも、好き勝手に自分の権力を使うセイウス・オルレリアルのいけ好かない顔を思い出すクロノ。
前回の事件でリクトを利用して周囲からの信用を得ようとしたが、最終的に失敗し、結局元々低かった信用が地に堕ちてしまっていた。
そのせいでセイウスは枢機卿としての発言力をいっさい失い、ただ『枢機卿』というだけのお飾りに成り下がっていた。
しかし、教皇庁はそんなセイウスから枢機卿という資格を簡単に剥奪することができない。先代教皇が教皇庁の利益優先のために、有力者や大企業と太いつながりがある人間を枢機卿として選んだ、教皇庁の利益を考えてセイウスをやめさせることができないからだ。
セイウスという教皇庁にとっての癌を切除することができない教皇庁の状況は自業自得であり、今まで好き勝手やってきて信用を失ったセイウスは因果応報だとクロノは思っていた。
セイウスと教皇庁について考えていたクロノだったが、「それと――」とノエルが話を進めたので、クロノは彼女の話を聞くことに集中する。
「アリシア・ルーベリアにも注意してください。僅かにですが彼女の周辺が騒がしくなっています。あなたの任務に支障を与える可能性があります」
「……了解」
アリシア・ルーベリア――セイウスと同じく枢機卿であり、その他大勢の枢機卿やセイウスと同じく黒い噂が絶えない人物だった。しかし、セイウスとは違って強かな女で自分の不祥事を巧妙に隠しており、セイウスとは比べ物にならないほどの大物だった。
前回の騒動で娘が用意した聖輝士がリクトの命を狙ったせいで、疑惑の目が向けられているが、それでも本人はあまり気にしていない様子だった。
アリシアは現教皇エレナ・フォルトゥスとは過去に次期教皇の座を争った関係であり、因縁があるのかエレナに対して強い恨みのような感情を抱いていた。
そんな人物の周辺が騒がしくなっているということに、エレナの娘であるリクトの身の回りに何か起きる可能性があるかもしれないと考えて、クロノは気を引き締めた。
「私からの報告は以上ですが――もう一つ聞きたいことがあります」
「何を聞きたい」
「リクト・フォルトクスについてです」
ノエルの言葉に、クロノは胸の奥に重苦しい不快な何かが沈殿するような気がしたが、すぐに気のせいだと自分に言い聞かせた。
「最近の彼の様子はどうですか?」
「普段と変わらない。明日の休日に七瀬と買い物に行くそうだ」
「なるほど――それで? 信用は得られましたか?」
リクトが明日の休日に七瀬幸太郎と買い物に行くことなどまったく興味がない様子で、ノエルはそう聞いてきた。
再び、胸の中に先程同様の何かが沈殿するが、クロノは見て見ぬ振りをして、「……ああ」と一瞬の間を置いて頷いた。
暗い面持ちのクロノが頷いたのを確認すると、ノエルは満足そうに頷いた。
「そろそろあなたには本格的に動いてもらうかもしれません。もちろん、私も」
いっさいの躊躇いがないノエルの言葉を聞いて、見て見ぬ振りをしていた胸の中に沈殿していた何かが、クロノに何かを訴えかけるように激しく暴れ回った。
自分の中にある何かを口に出さないよう、クロノは必死に堪えながら「……了解」と頷いた。
「話は以上です。身体を休めていただいて結構です」
「了解」
報告が終わり、リクトは足早にノエルの元から立ち去る。
今すぐクロノはノエルの前から立ち去りたかった。
早く立ち去らなければ、自分の中で暴れ回っていた何かが口に出そうだったからだ。
……何なんだ、この気持ちは。
一体何なんだ……
意味不明な気持ちが胸の中を支配して、無表情だがクロノは心の中で混乱の極みにいた。
自問自答を繰り返しても、胸の中に抱いた気持ちの正体を掴むことができなかった。
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