第6話

「喜べ、セイウス君。準備はすべて整った。明日にでも我々の計画は実行に移せそうだ! ――いや、実行に移すのは明日しかないだろう!」


 自室に入ってくるや否や、嬉々とした声を上げるアルバート。


 明日にでも計画を実行するべきだと宣言するアルバートに、ソファに深々と腰掛けてワインを優雅に飲んでいたセイウスは不安しか覚えなかった。


「綿密に準備をしなければならない計画なのに、本当に大丈夫なのか?」


 セイウスは疑念に満ちた目をアルバートに向けるが、彼は「問題ない!」と自信満々に言い放つ。しかし、それを聞いてもセイウスの疑念は消えることはなかった。


 そんなセイウスの抱いている不安を、「気持ちはわかる」とアルバートは理解していた。


「どうやら相手をすぎたようだ。思った以上に計画は順調だ。まさかここまで順調になるとは想定外だった。相手は思い立ったら即日対応、有言実行するタイプだったようだ。大胆にも相手は秘密裏に動いたのだ。つい先程、この近くの空港に到着したぞ」


「ほ、本当なのか?」


「その証拠にこれを見てくれ」


 アルバートは携帯で撮った一枚の写真を見せる――写真に写っている人物を見て、セイウスは彼の言う通り、計画を実行するなら今しかないと思えた。


 どうする……本当にやるのか?

 本当にやってしまっていいのか?


 しかし、本当に上手く行くのかという疑問が浮かび、覚悟を決めたというのに今更になって怖気づいてしまった。そして、このまま時代の流れに身を任せてもいいのではないかという、諦めにも似た気持ちを抱いていた。


 今ならまだ間に合う、今なら戻れる――セイウスの中にある微量な良心がそう訴えていた。


 だが、それと同時に憎悪の炎が身を焦がし、良心の訴えを無理矢理かき消すと、尻込みしていたセイウスの全身に熱が入る。


 そうだ……アイツが悪いんだ――アイツが僕を裏切ったから悪いんだ!

 それに、今まで美味しい思いをしてきたんだ! 今更この立場を捨てられるわけがない!


 結局、セイウスのほんの僅かに残っていた良心は暗い感情の炎と醜い欲望に敗北してしまった。それを感じ取ったアルバートは想像通りだと言わんばかりの微笑を浮かべた。


「それにしても、バカな奴だと思わないか? アルバート。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことだな」


「純粋さは未来に進む原動力となるが、時として最大の失敗を招く――ということだよ」


 口角を吊り上げて嘲笑を浮かべるセイウスに、遠い目をしたアルバートは意味深でありながらも自虐気味な笑みを浮かべていた。


「それで、これからどうする。相手の周囲には実力のある輝石使い――おそらく数人の輝士や聖輝士が間違いなく護衛としているだろう」


「もちろんだ。私が観察したところ、彼女の護衛に数人の輝士と、聖輝士グラン・レイブルズ、そして、元輝動隊きどうたいのティアリナ・フリューゲルがいた」


「大物揃いじゃないか! そんな二人を相手にできるのか?」


 聖輝士の中でもトップクラスの実力を持っているグラン、そして、今は潰れて存在しないアカデミーの治安を維持していた輝動隊で辣腕を振い、アカデミー都市内でもトップクラスの実力を持つティアがいることにセイウスは驚くと同時に、強い不安を覚えた。


 しかし、セイウスは妙に自信がある様子で「問題ない」と言い放った。


「戦力も手段も考えている――もちろん、セイウス君。君も戦力の一人だぞ」


「じょ、冗談はやめてくれ! 輝石の力の使い方を忘れるほど、長年輝石の力を使っていないんだぞ! そんな僕が戦力になれるはずがないだろう」


 自分で言って改めて情けないと思ってしまうセイウスだが、事実なので仕方がなかった。


 だが、アルバートはそれでも「問題ない」と平然と言い放ち、懐からあるものを取り出した。


「これを使えば君は力を得られる。だから安心するんだ」


 そう言ってアルバートが懐のポケットから取り出したのは、緑白色に妖しく光る石だった。緑白色に光る物体を見て、セイウスは顔をしかめるとともに、力を得られると言われて少しでも期待した自分がバカバカしくなった。


「アンプリファイア……悪いがこんな危険物を使う気はない」


 アルバートが取り出した緑白色に光る石の正体は、アンプリファイアだった。


 アンプリファイアとは、鳳グループが隠し持っていた煌石こうせき・『無窮むきゅう勾玉まがたま』の欠片だった。


 アンプリファイアは輝石使いの力を増減させる力を持っており、小さな欠片一つで輝石使いの力を劇的に変化させる力を持っていた。


 しかし、アンプリファイアを使えば力を得られるが、身体に大きな負担がかかってしまうリスクもあった。半年前にアンプリファイアがアカデミー都市中に出回った際、多くの生徒が力を得るためにアンプリファイアを使ってしまい、使用後のリスクに苦しんだ。


 それを知っているため、セイウスはアンプリファイアを使う気になれない。


 アンプリファイアを見てあからさまに嫌な顔をするセイウスの気持ちを見透かしたように、アルバートはニヤリと意味深な笑みを一度浮かべた。


「今までアンプリファイアを使った人間は使い方を知らなかっただけだ。この力は応用次第では素晴らしい力――輝石以上の力に変えることができる! これぞ未来の希望だ!」


 アンプリファイアの力について嬉々と語るアルバートの表情はとても明るかった。そんな彼とは対照的に、アンプリファイアの力を信用していないヴィクターは冷めていた。


「今から君に私の研究成果を教えよう。君のような力のない人々のためにこの研究は生まれたのだ! 君に力を与えよう! 君は誇りに思っていい! 君のおかげで確実に未来をより良い方向へ向かわせているのだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 嬉々とした声を張り上げ、狂気を宿した耳障りな声を上げるアルバート。そんな彼に胡散臭さを感じつつも、セイウスは話を聞くことにした。


 アルバートはそんなセイウスに興奮した面持ちで自分の研究成果を発表する。


 アルバートの研究成果はセイウスにとって――いや、世界の常識を覆すもので驚きの連続だった。


 そして、アルバートが自分のために用意してくれた『力』に、今度はセイウスが狂喜した。


 身体中を駆け巡る快楽にも似た『力』に、セイウスは狂気の高笑いを上げた。

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