第7話

 休アミューズメント施設やショッピング施設が立ち並ぶ休日のイーストエリアには、休日を友人たちと過ごしたり、買い物をしたりするアカデミーに通う生徒たちや、アカデミー都市外部から来た観光客たちで賑わっていた。


 特に、バレンタインデーが目前と迫るだけあって、イーストエリアには多くの恋人たちが集まり、甘く、熱々な空気に包まれていた。


 恋人たちが待ち合わせ場所として使っているイーストエリアの駅前噴水広場――待ち合わせの時間よりも少し早めに待ち合わせ場所に来た幸太郎は、ベンチに座って先程コンビニで買った新商品である『明太イクラ数の子オニギリ』を食べながらリクトを待っており、恋人たちが多くいる空間で男一人の幸太郎は一際目立っていた。


 オニギリを食べ終えた幸太郎は、近くにある小さな時計台に視線を向けて時間を確認する。


 時刻は十時半。待ち合わせの時間なので、そろそろリクトが来るはずだと思っていると――


 駅からリクトが自分に向かって歩いて来ているのに幸太郎は気づいた。


 幸太郎の視線の先にいるリクトは、落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見回していた。


 自分を探しているのだろうと思った幸太郎は「おーい」と声を上げて、リクトに向かって手を振ると、それに気づいたリクトはパッと表情を明るくさせて幸太郎に駆け寄った。


 傍目から見ると、少女と見紛うほどの外見のリクトと幸太郎は待ち合わせ場所に合流した恋人同士のように見えるが、リクトは男である――漢である。


 幸太郎と会えて嬉々とした顔を浮かべているリクトだが、若干落ち着いていない様子だった。そんなリクトに「おはよう、リクト君」と幸太郎は挨拶をすると、一瞬遅れて彼は反応する。


「おはようございます、幸太郎さん。もしかして、お待たせしましたか?」


「そんなに待ってないよ。それじゃあ、最初はどこかから行く?」


 さっそく買い物に向かおうとする幸太郎だったが、「あ、あの……」とリクトが申し訳なさそうに彼を呼び止めた。


「その……勝手に決めてしまって申し訳ありませんが、もしかしたら、幸太郎さんが知らない僕の友人が来るかもしれないんですけど……大丈夫でしょうか」


「別に気にしないでいいよ。どんな人が来るのか楽しみ」


 自分の知らないリクトの友人が現れることに、幸太郎は興味津々な様子で期待していた。


 土壇場で決まってしまったのに文句を一つ言わない幸太郎に感謝をしつつも、神妙な面持ちのリクトは「いや――」と首を横に振った。


「……やっぱり来るわけがありません。あそこからここまで相当距離があるんだし、第一、教皇庁に何の報告もなく来れるはずがないんだ……そうだ、きっとあの連絡は冗談なんだ……でも、彼女なら冗談じゃないような気がする……」


 焦燥感に満ちた表情で自分に言い聞かせるように独り言を連呼するリクトを幸太郎は不思議そうに眺めていると――


「何を一人でゴチャゴチャと言っているのだ、リクト。君が悪いぞ」


 リクトに対して辛辣であり、尊大で古風な雰囲気の喋り方の幼い声がどこからかともなく響き渡ると――リクトは素っ頓狂な声を上げて驚いていた。


 リクトは恐る恐る、幸太郎は好奇心旺盛な様子で、声のする方へと視線を向けると――


「久しぶりだな、リクト! 会えて嬉しいぞ!」


「ぷ、ぷ、プリムさん!」


 視線を向けた先にいる、安物の帽子を被りながらも、高そうな生地で作られたフリフリのドレスのような服を着て、腕を組んで仁王立ちをしている尊大な態度の少女の姿を見て、リクトの表情は驚愕に染まる。


 情けなく大口を開けて驚いているリクトを呆れたように見ているプリムと呼ばれた少女は安物の帽子を脱ぎ捨てると――長めの髪を煌びやかな装飾がされた髪留めツインテールにして、高圧的だが真っ直ぐとした純粋な光を宿した目、溌剌として勝気な表情は幼いながらも美しく整っていた。


 指輪や髪飾りには煌びやかな装飾が施されていたが、もっとも目立っていのは彼女の首に下げられたペンダントにつけられた、淡く青く光る石だった。


 同い年の同性の平均身長と比べてだいぶ小柄なリクトよりも、プリムは小柄な少女だったが、全身から滲み出る高圧的な威圧感はリクト以上で、幸太郎の目にはリクトよりもプリムの方が大きく見えるとともに、どこなく鳳麗華と雰囲気が似ていると思っていた。


「何を驚いているのだ。先程お前の元へと向かうとケータイで連絡したばかりだろう。この場所を探すのは苦労したが、ガードロボットに案内してもらって何とか到着したぞ! 最近のガードロボットは喋って人を案内することができるのだな! 驚きだぞ」


「ぷ、プリムさんは教皇庁旧本部に――……」


「私がアカデミー都市に来たいから来ただけで、お前に会いたかったからこうしてお前に会った、それだけのことだ。だから、細かいことは気にするでない!」


「で、でも、どうしてプリムさんが……アリシアさんはこのことを――」


「細かいことを気にするなと言っただろう。それとも、この私がここにいるのが不満なのか?」


「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」


「それなら、細かいことは気にするでない!」


 色々と疑問があるリクトを、細かいことは気にするなの一言でプリムは黙らせた。


 そして、プリムは今まで自分とリクトの会話をボーっと眺めていた幸太郎に視線を向ける。


 視線を向けられ、幸太郎は「はじめまして」とフレンドリーな笑みを浮かべてプリムに挨拶するが、プリムは挨拶を返すことなく、彼のことを値踏みするように眺めていた。


 脳天から爪先までジッと眺めた後、プリムは納得した様子で何度も頷いた。


「なるほど、お前がナナセコータローだな! リクトに見せてもらった写真の通り、いや、写真で見るよりも平凡な顔つきだな!」


「ちょ、ちょっと、プリムさん! す、すみません幸太郎さん」


「ぐうの音が出ないほどの事実だから気にしてないよ」


 容赦のないことを平然と言い放つプリムに、彼女の友人であるリクトは慌てて謝るが、幸太郎は特に気にしている様子はなく、ただ呑気に笑っていた。


「私の名はプリメイラ・ルーベリアだ! 次期教皇最有力候補であるが、私はお前のような平凡な人間でも公平に接する広い心を持っている。なので、気軽に『プリム』と呼んでくれ。よろしく頼むぞ、コータロー」


 尊大すぎるプリムの自己紹介だが、幸太郎は特に気にすることなく「よろしくね、プリムちゃん」と能天気に挨拶を返すとともに、プリムがリクトと同じく次期教皇最有力候補であることに驚くと同時に、プリムが首から下げているペンダントについた淡く青く光る石がティアストーンの欠片であることに気がついた。


「それにしても、プリムちゃんってすごいね。まだ小さいのに次期教皇最有力候補なんだ」


「まだ小さいは余計だが、もっと褒めても良いぞ!」


 キラキラした目で自分を見る幸太郎に、プリムは成長が乏しい胸を得意気に張った。


「さて、せっかく久しぶりにアカデミー都市を訪れたのだ! 案内を頼むぞ、リクト、コータロー。せいぜい私を飽きさせないでくれよ」


「ドンと任せて」


 プリムに案内係を命じられ、幸太郎は頼りないほど華奢な胸を張った。


 そんなやる気のある幸太郎を見て満足そうにプリムは微笑むと、リクトに視線を向けた。


「余計なことをされると困るのでな、リクト、コータロー、お前たちのケータイをよこせ。私が満足するまでケータイは預からせてもらうぞ」


「……や、やっぱり、プリムさん。あなたは……」


「いいからケータイを出せと言っているだろう!」


「あっ、プリムさん! 勝手に取らないでよ」


「私が満足するまで、携帯は没収させてもらうぞ。さあ、二人とも! 私を満足させるまでアカデミー都市を案内しろ!」


 プリムが教皇庁に秘密でアカデミー都市に来たことを悟ったリクトの顔が青ざめる。その隙をついて、プリムはリクトから携帯を没収した。


 我が強いプリムを説得することはもちろん、、携帯を奪われて教皇庁に連絡が取れなくなり、このまま放っておくこともできないので、プリムの命令にリクトは従うことしかできなくなってしまった。


 尊大な態度でリクトと幸太郎にアカデミー都市の案内を命じると、プリムは再び安物の帽子を被って力強い足取りで歩きはじめる。そんな彼女の後をリクトと幸太郎は追う。


 プリムが歩いていると、彼女の威圧感に気圧されて通行人たちは自然と道を開けていた。それを見て、幸太郎は感心したように大きく口を開けていた。


 溢れ出るプリムの威圧感に感心している幸太郎とは対照的に、自分たちの都合などお構いなしの彼女の横暴な態度に、リクトは小さく嘆息して、不満気で申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「……すみません、幸太郎さん。こんなことになってしまって」


 プリムに聞こえないように、小さな声でリクトは幸太郎に謝ったが、「別に気にしてないよ」と期待に満ちた表情の幸太郎は平然とそう言った。


「プリムちゃんのことをもっとよく知りたいし、それに、リクト君と一緒にいられることには変わりないから」


 自分の思ったことを何気なく口に出しただけの幸太郎だが――その言葉に「幸太郎さん……」とリクトは感激して、恋する少女のように頬をほんのりと紅潮させ、潤んだ目を彼に向けた。


「……はい、僕も幸太郎さんと一緒でとても嬉しいです……それだけで満足です」


 幸太郎を情熱的に見つめたまま、リクトは彼の手に自分の手をそっと絡ませようとすると――「リクト、何をしているのだ!」と、プリムが声を張った。


 幸太郎に熱視線を送ったまま頭がお花畑になっているリクトは、プリムの声に間を置いてようやく反応して、名残惜しげに幸太郎の手から自身の手を離した。


 自身の声にリクトが中々反応してくれなかったのに加え、幸太郎を見るリクトの目から何かを感じ取ったプリムは、強い嫉妬を込めた目をリクトではなく幸太郎に向けた。


「ええい!  何をしているコータロー! 早く私を案内せんか! ノロマな奴め!」


 キーキーとしたヒステリックなプリムの怒声に幸太郎は「はーい」と間延びした返事をすると、プリムの前を歩いて、アカデミー都市を案内する。


 二人の次期教皇最有力候補を先導する幸太郎の姿を、多くの通行人が目撃して、驚いていた。


 大勢の通行人たちの視線に幸太郎は気づいている様子はなく、リクトもプリムが現れた衝撃にいまだに動揺しているので気づいていなかった。




―――――――――――




 セントラルエリアにある高級ホテルのスイートルーム内で、ティアとグランは自分たちの護衛対象であるこの部屋に泊まったある人物を探していた。


 ティアやグランの他にも、グランとともにとある人物の護衛をしている輝士たちにも協力してもらい、小一時間ほどホテル内やホテル周辺を探しているが、目的の人物は見当たらない。


 もしかしたら部屋に戻ってきているのかもしれないと僅かな望みにかけて、ティアとグランは護衛対象が泊まった部屋に戻ってみるが――結果は無駄だった。


 グランは焦燥に満ちた表情を浮かべて、ティアは呆れ果ている様子だった。


「どうやら勝手に外に出たようだな……まったく、あのお転婆娘め」


 ベッドの上に腰掛けて、ため息交じりにティアはそう呟くと、護衛もつけずに勝手に行動している――プリメイラ・ルーベリアを思って、ティアは心の中で忌々しげに舌打ちをした。


「まさか、何かの事件に巻き込まれているんじゃないのか?」


 最悪な事態を想像するグランに、「おそらくそれはないだろう」とティアは安心させる。


「室内を荒らされた形跡もなければ、目撃情報もない。それに、無理言って見せてもらったロビーの監視カメラに平然と外に出ている姿が確認された。単に抜け出しただけだろう」


「秘密裏に動くということで、信用できる少数精鋭の護衛でスムーズに動けるようにしたが……やはり、もっと護衛の数を入れるべきだったな」


「今更後悔しても遅い。それに、勝手に動いているわがまま娘の責任だ」


 元輝動隊であり、顔の広いティアがホテルの警備員に無理を言って見せてもらった監視カメラの映像に映っていた、変装のつもりである安物の帽子を被って少ない護衛の隙をついてホテルから悠々と出て行ったプリムの姿を思い出し、グランは護衛もつけずに一人で行動しているプリムの身を案じて不安そうに、そして、まんまと隙をつかれた自分への呆れが込められたため息を深々と漏らした。


「事態が大きくなる前に制輝軍に連絡して、捜索に協力してもらった方がいい」


「適切な判断だが……それは最終手段としてくれないか?」


「……本気で言っているのか?」


 自分の判断が適切だと認めながらも、それを許可しないグランにティアは呆れ果てた様子の冷たい目を向ける。


「今回秘密裏にアカデミーに訪れたのは、あのわがまま娘――ではなく、プリム様の命令だ。彼女は何か大切な用事があって、リスクも承知で秘密裏に動いている。だから、ギリギリまでその他大勢の人間には今回の件を黙っておきたいんだ」


「今はそんな命令に従っている場合ではないことくらい、わかるだろう」


「わかっているさ。だが、これはプリム様の命令であり、彼女も大勢の人間に気づかれることは望んでいないだろう……それに、俺も覚悟の上だ」


 プリムの命令に忠実に従い、一歩も退かないグラン。そんな彼にティアは鋭い眼光を飛ばす。


 無言で睨み合っていた二人だが、やがてティアは諦めたように深々とため息を漏らす。


 ……そうだったな。

 この男は昔から意思を曲げない頭の固い男だったな。

 そして、後々になって後悔するバカモノだったな。


 グラン・レイブルズという人物がどんな性格をしているのか思い出したティアは、「……わかった」と不承不承ながら彼に従うことにするが、交換条件を出すことにする。


「だが、私とお前と、お前が連れた輝士たちだけでは心許ない。だから、私の方で何人か協力者を用意させてもらう」


「心強い限りだ。お前の好きにしてくれていい。だが――」


「わかっている。あまり大勢の人間には知られないようにする。だが、制輝軍の人間を一人だけ呼ばせてもらうぞ。何かあった時、制輝軍に連絡していなかったと詰問され、お前はもちろん私の立場も悪くなってしまうからな」


「……お前のためだ。お前の好きにしても構わない」


「安心しろ。一応信用できて、口が堅い相手だ……多分」


「……大丈夫なのか?」


 制輝軍の人間を呼ぶことを好ましく思っていないグランだったが、一人だけなのに加えて、ティアのためと思って我慢することにした。


「感謝するぞ、ティア。俺のわがままに付き合ってもらって」


 自分の立場が悪くなるのかもしれないのに、文句を言わずに協力してくれるティアに、心からの感謝をするグランだが、「気にするな」とティアは素っ気なく答えた。


 素っ気ない態度だが、幼い頃にティアと一緒に過ごしたグランは、彼女の性格を熟知しているため、感謝の言葉を言われて照れていると察していた。


「ここまで協力してもらって、どうかと思うが……無理をして、自分の立場を悪くするな」


「ありがたい忠告、痛み入るな」


 自分を心配してくれるグランに、ティアは今更だと言わんばかりに一度大きく鼻で笑って、さっそくティアは協力者に連絡をする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る