第16話

 空が茜色に染まりかけた頃、プリムのアカデミー都市観光ツアーに一日中付き合い、一日中歩き回ってアカデミー都市を案内していた幸太郎は、さすがに疲れていた。


 そんな疲れ果てている幸太郎にトドメを刺すように、プリムはイーストエリアで買った大量のお土産が入っている重い袋を二つ持たされていた。


 本当ならプリムはもっと幸太郎に荷物を持たせるつもりだったのだが、さすがに無理だと判断してサラサに持たせた。


 サラサも幸太郎と同様に両手にプリムの土産が大量に入った袋を持たされているが、幸太郎のように疲れ果てて、歩みが遅くなっているわけでもなく平然としていた。


「あ、アリスちゃん、一つ持って」


「嫌」


 幸太郎に助けを求められるアリスだが、即答で彼を突き放した。


「大丈夫、ですか? 私がもう少し持ちましょうか?」


「調子に乗るから甘やかさない方がいい。大体、大した重さじゃないのに大袈裟。あなたと同じ量の荷物を持って平然としてるサラサを見習いなさい。情けないわね」


「ぐうの音が出ない」


 慈母のように幸太郎を気遣うサラサと、鬼のように容赦がないアリス。


 容赦のないアリスの一言だが、サラサは自分と同じ量の荷物を持って平然としているので、幸太郎は苦笑を浮かべて何も反論ができなかった。


 年下のアリスに容赦のない言葉を投げかけられ、同じく年下のサラサよりも体力のない幸太郎の情けない姿を、三人より後ろを歩いているプリムは呆れ果てた様子で眺めていた。


「まったく……本当に情けない奴だな」


 へとへとに疲れ果てている幸太郎を見て、プリムは辛辣な感想を吐き捨てるように述べた。


「輝石を扱えぬ落ちこぼれであっても七瀬幸太郎は骨があるとお前から聞いていたが、あの姿を見ていると、お前の目が曇ってるとしか思えないな」


 隣に歩いているリクトを、プリムはじっとりとした目で一瞥してため息交じりにそう言った。


 海外出張でリクトが教皇庁旧本部に訪れた時、プリムはリクトと出会い、それから様々な事件を通じて彼と交流し、友情を育み、密かな想いも育んできた。


 そんな中で、リクトから七瀬幸太郎の話を何度かプリムは聞いていた。


 リクトに幸太郎の話を聞くまでは、アカデミー設立以来の落ちこぼれだと話に聞いていたが、リクトを変えたという七瀬幸太郎という人物に会ってみたいという気持ちが生まれた。


 しかし、実際会ってみて、セラたちのような覇気があるわけでもなく、平々凡々な特筆すべき点のない一般人であり、空気を読まない人の神経を逆撫でする発言を繰り返し、年下に何を言われても怒ることなく、人を苛立たせるほど情けない男であることを早々に悟ったプリムは、期待して損して心底ガッカリしていた。


「そんなことはないよ。幸太郎さんはプリムさんが思っているよりもすごいよ。……確かに、普段は情けなく見えるかもしれないけど」


「あの情けない男をお前がそこまで気にかける理由が私にはわからん。クロノ、お前はどうだ?」


「同感だ」


 幸太郎に対して辛辣なプリムとクロノに、リクトは落胆したように深々とため息を漏らした。


 しかし、何を言われてもリクトは幸太郎が素晴らしい人物であると思っていた。


「今日、プリムさんが出会った方々は、幸太郎さんの友人の方々でもあるんだよ」


「多くの人と出会い過ぎて、誰があの男の友人なのかわからんな」


「セラさんや、麗華さん、大和君、優輝さん、貴原さん、刈谷さん、共慈さん、ヴィクターさん――みなさん、幸太郎さんの友人だよ」


 アカデミーから遠く離れた場所からでも活躍譚が轟いているセラたちと幸太郎が友人であることに、プリムは納得していない様子だった。


「わからんな。どうしてあんな情けない奴に人が集まるのだ?」


「それが理解できれば、きっとプリムさんやクロノ君も幸太郎さんを見る目が変わるよ」


 きっとクロノやプリムなら幸太郎の良さを理解してくれると思い、期待に満ちた笑みを浮かべているリクトだったが、二人はパッとしていなかった。


 幸太郎にまったく興味のないクロノは、「それよりも――」と、話を替える。


「プリム、いい加減オマエがわざわざここに来た理由を話してもらおう」


 言い逃れをいっさい許さないクロノの鋭い威圧的な眼光に、プリムは気圧されてしまった。


 今日何度も自分がアカデミーに来た目的を聞かれて、その都度プリムは逃げてきたが、クロノに威圧されてプリムは上手い言い訳を口に出すことができなかった。


「オマエがアカデミー都市に来ているということは、噂が出回り過ぎて最早周知の事実になっている。こうして悠長にオマエと歩き回っているのもそろそろ限界だし、オレたちもオマエのわがままに付き合うほど暇じゃない」


「あ、相変わらずお前は失礼なほど遠慮のない奴だな」


 次期教皇最有力候補である自分にいっさいの容赦のないクロノの厳しい言葉に、プリムは不機嫌そうな表情になるが、反論できないので不満を呑み込んで深々と嘆息して立ち止まった。


 諦めたかのようにため息を漏らしたプリムは、今まで溌剌とした表情が曇り、彼女の全身から発せられる明朗なオーラが弱まった。プリムの様子の変化に気づいたリクトは立ち止まって、彼女が話すのを待っていた。


 離れて歩いていた幸太郎たちもプリムの様子に変化に気づいて、彼女に近づいた。


「……前回の事件で私はリクトにだいぶ迷惑をかけてしまった」


 沈んだ表情でプリムが言った前回の事件とは、海外出張からアカデミー都市に帰ってきたリクトの命が狙われるという事件だった。


 事件の首謀者は、アカデミーに戻るリクトのためにプリムが護衛としてつけた聖輝士だった。


 事件は無事に解決して、首謀者である聖輝士も捕えられたが――聖輝士を裏で操っていたのは、プリムの母・アリシアではないかという話が出回っていた。


「詳しいことはまだわからないが、私は母様を信じている。周りがどんなことを言っていようが、そんなことは関係ない」


 自分に言い聞かせるように、そして、母を疑う周囲の人間に宣言するようにプリムは力強い言葉でそう言った。


「だから私は母様に直接前回の騒動について詳しい話を聞くためにアカデミー都市に来た。本当にリクトの命を狙ったのかを」


「……聞いてどうする」


 鋭い目を向けるクロノに、今度は気圧されることなくプリムは純粋な光を宿した目で見つめ返した。


「もしも、前回の事件に関わっているなら、無論周囲に公表して母様を裁きの場に連れて行く。リクトは大切な私の友人だ。理由があろうとも友人の命を狙ったことはいくら母様でも許されない」


 強い覚悟が込められた言葉でプリムは力強くそう宣言する。


 母であるアリシアに対してプリムがどんな思いを抱いているのか理解しているリクトは、相当思い悩んで、覚悟を決めた末に出た言葉だろうと感じ、母に対して厳しい態度を取っている彼女にかけるべき言葉が見当たらなかった。


 神妙な面持ちのリクトとは対照的に、アリシア・ルーベリアがどんな人間なのかを知っているクロノは、楽観的過ぎる世間知らずのプリムに対して軽蔑するような目で見ていた。


「プリムちゃんって、お母さん大好きなんだね」


 何気なく幸太郎は、プリムたちの会話を聞いて、そして、今日一日彼女と一緒にいて自分の思ったことを口に出した。


 不意打ち気味の幸太郎の言葉にプリムは一瞬戸惑ってしまうが、すぐに照れ笑いを浮かべた。


「大好きというよりも、尊敬しているのだ」


 そう言って、プリムは曇っていた自身の表情を元の溌剌としたものへと変えた。


「強引で、周囲の人間を平気で切り捨て、裏切り、利用する母様が周りからよく思われていないのは十分に理解している。私でさえもやり過ぎだと思うことが多々あるし、尊敬できない部分も多々ある。だが、現教皇エレナは慎重すぎる傾向がある。母様の強引さと冷酷さがあってこそ、今の教皇庁が存在しているのも事実だと私は思っている。そして、これからの教皇庁で必要な人間であると私は信じている」


「お母さんのこと信じているんだ」


「無論だ!」


 幸太郎の言葉に弾けるような笑みを浮かべて当然だと言わんばかりに力強く頷いた。


 盲信しているわけではなく、母の持つ負の面に嫌悪感を露わにしながらも、それを受け入れて信じているプリムを、リクトは感心したように、それ以上に尊敬したように見つめていた。


「だからこそ、周囲に疑われながらも、黙秘を続ける今の母様の姿を黙って見てはいられない」


 そう言って、明るい表情から陰りのある表情へと一変させるプリム。


「聞けば、前回の事件の影響で今の母様は教皇庁内で相当立場が悪くなっているらしいではないか。周囲からの信用を落とし、自分に付き従っていた部下たちに逃げられ、孤立無援の状況になっていると聞く」


 母の近況を話すプリムだが――ここで、リクトは違和感を覚えた。


 確かに、前回の事件で、首謀者が自分を雇ったのはアリシア・ルーベリアであると答え、アリシアに疑惑の目が向けられたが、結局何も決定的な証拠は見つからなかった。


 そのため、疑いの目は向けられているが、プリムが言うような切羽詰まっている状況ではなかった。


「私はそんな母様の傍にいて味方でいたいし、疑いの目を向けられたまま黙っている母様の情けない姿を誰かに見てもらいたくないのだ。だから、私はアカデミー都市に訪れたのだ」


 自分の立場を悪くしてでも、プリムが教皇庁に無断でアカデミー都市に訪れた目的は、すべては尊敬する母のためだった。


 決して自分勝手な理由でアカデミー都市を来ていないという事実に、リクトとサラサは感心し、幸太郎は感激したように拍手を送り、クロノとアリスは相変わらず冷めた態度だった。


 プリムの話が終わると同時に、プリムたちの前に一台の車が急停止した。


 慌てたように急停止した車のタイヤから、悲鳴のような甲高い音が鳴り響き、周囲の注目を集めてしまう。


 突然目の前に停車した車に即座に反応したクロノとアリスは警戒心を高め、遅れて反応したリクトとサラサは幸太郎とプリムの前に庇うようにして立った。


 急停止した車の助手席から現れたのは、タキシードを着た青年――枢機卿セイウス・オルレリアルだった。フォーマルな服を着ているため、表面上はまともに見えるセイウスだが、様子がおかしかった。


 全身から殺気にも似た溢れんばかりの熱気と闘志を放ち、瞳は暗く淀んでおり、嫌味なほど整った顔立ちは狂気が浮かび上がっており、口角は限界まで吊り上がっていた。


 車から降りたセイウスは淀んだ瞳をプリムに向けて安堵した後、クロノとリクトに視線を向けると――最初は小刻みに、そしてすぐに身体を大きく振わせて笑いはじめた。


 大勢の人から注目を集めても気にすることなく、全身から狂気を放って笑っていた。


 ひとしきり笑い終えると、淀んでいたセイウスの目には激情と憎悪の炎が滾った。その瞳を見て、リクトたちの警戒心が限界まで高まり、いつでも輝石を武輝に変化させる準備を整えた。


は焦ったが見つかってよかったよ、プリム様……そして、君たちが揃ってくれるなんて、なんて僕は幸運なんだろう!」


 狂喜の声を上げる様子がおかしいセイウスを、怯えが混じりながらも力強い光を宿した目でプリムは真っ直ぐと睨んで、敢然と立ち向かう。


「お前は枢機卿のセイウス・オルレリアルだな。突然私の前に現れて何の用だ」


「何の用? ……何の用? 何の用? 何の用だと……」


 呟くような声でプリムから発せられた言葉をオウム返しするセイウス。


 何度かオウム返しをした後、気丈な目でこちらを睨むプリムを溢れんばかりの憎悪と激情が込められた目で睨む。そんな彼の目に一瞬気後れしてしまうプリムだが、すぐに力強い目で睨み返す。強気に睨み返してくるプリムを見て、セイウスは忌々しげに大きく舌打ちをした。


「その目、その態度――さすがはあの忌々しい女の娘だ……反吐が出るんだよ!」


 プリムの気丈な態度から母であるアリシアの面影を感じ取ったセイウスは、憎悪の炎を全身から滾らせると同時に、彼を中心として正体不明な大きな力の流れが渦巻きはじめる。


 激情と憎悪で身を震わせたセイウスは、プリムからリクトとクロノに視線を移した。


「お前たちだ! お前たちさえ……お前たちさえいなければ僕はすべてを失うことはなかった! 追い詰められることはなかった! 許さない――許さん、許さん! 絶対に許さない!」


「そういえば、前回の事件でお前の信用は地に堕ちたのだったな。なるほど、単なる逆恨みというわけか。自分勝手な恨みをリクトたちに向けるなど、情けない奴め!」


 リクトとクロノに対して自分勝手な怨嗟の言葉を吐き続けるセイウスを一喝するプリム。


 痛いところを突かれて一瞬怯むセイウスだったが、すぐに自分勝手な憎悪の炎を全身にたぎらせると、彼の身体に異変が起きる。


「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ! 絶対に、絶対にお前たちは許さない!」


 セイウスの全身が淡い緑白色の光に覆われ、彼を中心として力の渦が突風として発生する。


「あの光はアンプリファイア――クロノ、問答無用よ」


「了解」


 セイウスの全身に包む緑白色の淡い光を見て、彼がアンプリファイアを使用していると判断するアリス。


 二人の短いやり取りの後、アリスは自身の輝石を武輝である身の丈をゆうに超える銃剣のついた大型の銃に変化させ、クロノも輝石を武輝である鍔のない幅広の剣に変化させた。


「幸太郎さん、プリムさん、二人は下がっていてください――僕が守ります」


 自分に言い聞かせるようにリクトが幸太郎とプリムにそう言うと、クロノたちに遅れてリクトも輝石を自身の武輝である大型の盾に変化させ、リクトの言葉に同調するように頷いたサラサも輝石を武輝である二本の短剣に変化させた。


 リクトたちが輝石を武輝に変化させたのを見て、ようやく危機的状況であることを察した呑気な幸太郎は、懐から白銀色に輝く、輝石を武輝に変化することができない自身にとって唯一無二の武器である、電流を纏った衝撃波を発射する装置・ショックガンを取り出した。自分が考案したカッコイイショックガンの構え方を披露しているが、誰も幸太郎を見ていなかった。


 リクトたちが輝石を武輝に変化させたのを見て、周囲にいる通行人たちはとばっちりを受けないように彼らから遠ざかって、野次馬根性丸出しの様子で観戦していた。


「……セイウスさん、どうしてアンプリファイアに手を出したんです」


「アンプリファイアのような欠陥品とは違う……これは素晴らしい『力』だよ」


 リクトの言葉に、意味深な笑みを浮かべて全身から強い緑白色の光を迸らせた。


「お前たちに復讐できる素晴らしい力なんだ!」


 全身に駆け巡る力に、狂喜の声を上げると同時に、セイウスはアスファルトを砕くほどの力強い一歩を踏み込んでリクトたちに襲いかかってくる。


 武輝を持たずに襲いかかってくるセイウスに向けて、躊躇いなく引き金を引いて武輝である銃から光弾を連射するアリス。


 今のセイウスの身体にはアンプリファイアの力が駆け巡っており、それがセイウスの身体能力を極限まで高め、アンプリファイアから放たれる力がバリアのように全身を包んでいると判断したからこそ、武輝を持っていないセイウスに躊躇いなくアリスは攻撃を仕掛けた。


 自身に迫る光弾を避けようとしないで、緑白色の光を纏わせた腕を軽く振って弾き飛ばした。


 アリスの攻撃を凌いだセイウスの背後に音もなく忍び寄ったサラサが間髪入れずに攻撃を仕掛ける。目にも止まらぬ速さでそれぞれの手に持った短剣を振うサラサだが、セイウスは咄嗟にバックステップをして回避した。


 回避すると同時に、間合いが開いているにも関わらずサラサに向けて掌底突きを放つ――すると、掌から緑白色の光が撃ち出されてサラサに襲いかかってくる。


 想定外のセイウスの攻撃に咄嗟に反応できないサラサだが、彼女に襲いかかる緑白色の光をアリスが撃ち出した光弾とぶつかり、軌道がそれてしまった。軌道がそれたセイウスが放った光は近くにある建物の壁を砕いた。


「気をつけるのだ! セイウスの使っているアンプリファイアは何か違うぞ!」


 離れて観戦しているプリムは声を張り上げてリクトたちに注意を促す。


 注意されなくとも、セイウスと対峙しているリクトたちには十分に理解していた。


 セイウスはアンプリファイアを使用した時に近い興奮状態に陥っており、身体能力もかなり強化されているが――リクトたちが見てきたアンプリファイア使用者と違うのは、興奮状態に陥りながらも僅かに理性を残しており、彼が輝石の力を使っていないということだった。


 輝石を武輝に変化させていないのにもかかわらず、セイウスは素手のまま輝石を武輝に変化させたリクトたちに対応していた。


 セイウスの異変にリクトたちは戸惑いを覚えていたが、今はそれを消して戦闘に集中する。


 クロノとサラサが同時にセイウスに向けて疾走する。


 セイウスはサラサを無視して、クロノに向かって一直線に飛びついた。


 隙の多い動きのセイウスに、両手で持った剣を勢いよく振り下ろすクロノ。


 クロノの攻撃を避けることなく直撃するセイウスだが、彼はいっさい怯まない。


 怯まないセイウスから咄嗟に距離を取ろうとするクロノだが、それを許さないセイウスは離れようとする彼の首を掴み上げた。


 首を掴まれたクロノを解放させようと無言で攻撃を仕掛けるサラサだが、セイウスにはいっさい効いておらず、ただ歯をむき出しにして狂笑を浮かべていた。


「まずはお前だ、白葉クロノ!」


 前回の事件で首謀者を倒し、事件解決に導いた立役者であるクロノに自分勝手な怒りの矛先を向けているセイウスは、彼の首を掴んだまま固いアスファルトに叩きつけた。


 叩きつけてすぐにクロノを物のように振り回し、自身の背後でチマチマと攻撃を仕掛けてくるサラサに向かってクロノを思いきり投げ飛ばした。


 勢いよく投げ飛ばされたクロノはサラサと激突して、お互いに吹き飛んでしまった。


 すぐに立ち上がろうとする二人だが、その瞬間セイウスの手から放った光弾が飛んできて、二人はそれに直撃してさらに吹き飛んだ。


「次はお前だ! リクト・フォルトゥス!」


 間髪入れずに、目標をクロノからリクトへと移した。


 利用しようとしたのに自分の思い通りにならなかったリクトを恨んでいるセイウスは、次期教皇最有力候補であり、教皇の息子であるリクトに向かっていっさいの迷いなく疾走する。


 武輝に変化した輝石にアリスは意識を一瞬集中させると、アリスの武輝がほのかに輝く。


 武輝に光を纏わせたアリスは、リクトに向かってくるセイウスへ先程撃ち出した光弾よりも、遥かに大きい光弾を撃ち出した。


 自身に向かってくる巨大な光弾にセイウスは立ち止まることなく、片手を差し伸べると――アリスが撃ち出した巨大な光弾を片手で掴んだ。


 セイウスに掴まれた光弾がアンプリファイアの放つ緑白色の光が纏うと、獣のような声を上げてセイウスはアリスに向かって光弾を投げた。


 咄嗟にアリスの前に出たリクトは、自身の武輝である盾を巨大化させてセイウスが投げた光弾を防ぐが――元々のアリスの力に、アンプリファイアの力が加えられたことによって膨大な力を持つ光弾を防ぎきることができず、アリスとリクトはアスファルトの地面に何度もバウンドして吹き飛んでしまった。


 苦悶の表情を浮かべて立ち上がろうとするリクトを満足そうにセイウスは眺めた後、自身の圧倒的な力を呆然と眺めていることしかできなかったプリムへと視線を移した。


「さあ、最後はお前だ……アリシアの娘、プリメイラ・ルーベリア……」


 利用するだけ利用して、最後は裏切って切り捨てたアリシアの娘のプリムに標的を移す。


 自身に迫るセイウスに気丈な瞳を向けて、腕を組んで仁王立ちしているプリムだが――実際は圧倒的な力でリクトたちを薙ぎ倒したセイウスに恐怖感を抱いており、声を上げることはもちろん足が竦んで動くことができないでいた。


 そんなプリムにセイウスの手が伸びるが――それを邪魔するかのように、プリムの前にショックガンを構えた幸太郎が現れ、躊躇いなく何度も引き金を引いた。


 だが、今のセイウスにショックガンから放たれた衝撃波など効いてはいなかった。


「落ちこぼれの雑魚が! 僕の邪魔をするな!」


 落ちこぼれのくせに自分の邪魔をする幸太郎に苛立ちと怨嗟に満ちた声を上げると、幸太郎の顔面を一度殴って怯ませてから胸倉を掴んで投げ捨てる。


 素っ頓狂な声を上げて宙に舞った幸太郎は無様に地面と濃厚なキスをした。


「……この私をどうするつもりだ」


 自身の目前まで来たセイウスを力強い目で睨み、怯えを押し殺しながらも若干震えた声でプリムは尋ねた。恐怖を押し殺して気丈に振る舞うプリムの姿をサディスティックな笑みを浮かべて見つめていたが、笑っているのは顔だけで目は笑っていなかった。


「今すぐにでも君の小さな身体を痛めつけたい衝動に駆られているが、生憎僕はそんな加虐的な思考は持ち合わせていないんだ……それに、君は彼にとって重大な『材料』だからね」


「な、何をする! 触るな、この下郎が! クッ、放せ、放すんだ!」


 気丈に振る舞うプリムの泣き叫ぶ姿を見たい衝動を必死に抑え、プリムの腕をきつく握ったままセイウスは自身が乗っていた車に向かう。


 ジタバタともがいて自身の腕を掴んでいるセイウスから離れようとするプリムだが、決してセイウスは彼女の腕を放そうとしなかった。


「ま、待ってください、セイウスさん! ――うわっ!」


 連れ去られようとしているプリムに、リクトは立ち上がってセイウスに向かおうとするが、セイウスが緑白色の光を纏った手から発せられた光弾が直撃してリクトは吹き飛んだ。


 吹き飛ばされたリクトを見て、「リクト!」と悲鳴に似た声を上げるプリム。


 気丈に振る舞っていたプリムのそんな声を聞いて、セイウスは気分良さそうに高笑いをした。


 プリムを守れなかったリクトたちを嘲るような笑い声を残して、無理矢理プリムを車に詰め込んだセイウスはこの場から立ち去ってしまった。


 セイウスの攻撃が直撃してダメージが残っているリクトたちは、プリムが攫われるのを黙って見ていることしかできなかった。


 数分後――騒ぎを聞きつけた制輝軍、そして、ティアたちが現れ、リクトたちは制輝軍本部へと連れて行かれた。


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