第43話

「まったく……こんな平平凡凡、毒にも薬にもならない凡人のくせに、お父様に気を遣わせるとは分不相応も甚だしいですわね」


「いいじゃないか。幸太郎君のおかげで大団円を迎えたんだし」


「それとこれとは話は別ですわ!」


 セントラルエリアの大病院――一人用にしては十分すぎるほどの広さを持つ病室あるベッドに、心地良さそうな寝息を立てて幸太郎はぐっすり眠っていた。


 本当ならもっと狭い部屋に入院するはずだったのだが、それなりに多くの人間が幸太郎に見舞いを来て、その都度彼のために見舞いの品を置いて行くので、すぐに病室は見舞いの品で溢れ返り、大悟の計らいでVIP患者専用の病室に移された。


 贅沢すぎるほどの待遇の幸太郎に、彼が眠るベッドの傍にある椅子に座っている麗華は不満気な表情を浮かべており、そんな彼女をベッドを挟んで対面にある椅子に座っている大和はニヤニヤと意味ありげに笑っていた。


「それにしても、午前中から不満を垂れながら麗華はここに残ってるけど――そんなに幸太郎君のことが気になるの?」


「フン! 幸太郎から目を離すなとのお父様の命令に従っているだけですわ」


「……素直に心配してるって言えばいいのに」


 相変わらず素直ではない幼馴染の態度に、大和は茶化すようにニヤニヤ笑いながらやれやれと言わんばかりにため息を漏らすと、麗華はわざとらしく「オホン!」と咳払いをして、「それで――」と話を替える。


「大和、あなたはどう思いますの?」


「僕? もちろん幸太郎君は心配だよ。それにしても、幸太郎君って平凡な顔つきだけど、寝顔はかわいいよね……頭撫でてあげよう」


「違いますわ! ――幸太郎の力のことですわ」


「それについては幸太郎君の力を目の当たりにしてないから何とも言えないね」


 幸太郎の力がノエルを救ったという話を聞いている麗華は、無窮の勾玉の力を自在に操ることのできるエレナと同レベルの煌石を操る高い資質を持つ大和に、幸太郎の力について尋ねるが、実際に幸太郎の力を目にしていない大和には何も言えなかった。


「アルトマン曰く、賢者の石の力は不老不死、生命を操る力――アルトマンの言うことが本当なら、ノエルさんの消滅――いいえ、命を救った幸太郎にはその力が宿っているのではありませんの?」


「賢者の石について詳しく知っているのはアルトマンだし、今まで伝説上の存在とされてきたものの力だから何とも言えないよ。賢者の石の力は文献によって異なるし、生命に関係する煌石は賢者の石の他にも多く文献の中に存在しているからね。それに、幸太郎君の力だけでノエルさんを救ったというのは、まだ納得できないかな?」


「リクト様や、クロノさんは幸太郎のおかげだと言っていましたが、違いますの?」


「もちろん、幸太郎君の力もあるとは思うけど――あの時、アカデミー都市中には輝械人形の動きを止めるために僕が操っていた無窮の勾玉の力が充満して、そして、幸太郎君たちの近くにはティアストーンがあったんだ。その二つの力を幸太郎君が無理矢理集めた結果、消滅しかけていたノエルさん――つまり、イミテーションである彼女を構成している壊れかけていた輝石を修復したんじゃないかって思ってる。だから、幸太郎君だけの力でノエルさんを救ったわけじゃないと思うし、賢者の石の力が備わっていると判断するのは早計。偶然が重なりあって生まれた奇跡、運が良かったんだと思う。第一、一般人として過ごしてきた時期が長かったのに、幸太郎君がどうやって賢者の石の力を手にするのさ。正直、僕は賢者の石の存在については懐疑的だよ」


「生まれも育ちも、顔も力も凡骨凡庸――認めるのは癪ですが、非凡なものは確かに存在しますわ」


「それは僕も感じるよ。それに、今言った言葉はすべて間違っている可能性もある。ノエルさんを救った時に幸太郎君が放った赤い光――この光の正体について、何もわかっていないんだからね。やっぱり、百聞は一見に如かず。実際に見ないとわからないよ。だけど――これだけははっきり言えるよ。ってね」


 長々しく幸太郎の力や賢者の石について持論を述べた後、最後に確信を述べた。


 大和の意見に麗華も同意見であり、だからこそ大悟は幸太郎から目を離すなと命令したと麗華は思っていた。


 賢者の石、もしくはそれに匹敵する力を秘めている幸太郎の力を目の当たりにしたアルトマンは、確実にこれから幸太郎に狙いを定めると麗華は確信しているとともに――


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! それにしても、幸太郎を選んだ私の目に狂いはなかったということですわね! さすがは私ですわ!」


「麗華、ここ病院」


 役立たずだと思いながらも幸太郎を風紀委員に誘ったのは宣伝効果に利用するなど様々な理由があるためだったが、そんな役立たずが意外な力を秘めていることを知り、彼を選んだ自分への自画自賛の高笑いを浮かべる麗華。


 病院であり、傍には幸太郎が眠っているというのに病院中に響き渡るほどの大声量で笑う麗華に、大和は迷惑そうな表情を浮かべて耳を塞いだ。


 眠っている幸太郎も僅かに顔をしかめていた。




―――――――――――




 二日前、ノエルとの激しい戦闘で傷ついたセラは、事件後すぐに治療のために入院することになった。怪我自体はすぐに治り二日後の午後に退院した。


 一旦帰宅して、すぐに着替えを持って病院に戻って幸太郎の元へと向かおうと考えていたセラは、自分が暮らしている部屋に戻ると――


「やあ、セラ。退院おめでとう」


 自室の扉を開けると同時に軽快なクラッカーの音が鳴り響き、玄関にいるセラに駆け寄った優輝が笑顔で出迎えた。そんな優輝の数歩後ろには、嫌々パーティ用の三角帽子を被らされたであろう仏頂面のティアもいた。


「優輝、ティア――二人ともわざわざありがとう」


「俺もティアも見舞いに行きたかったんだけど、取調べで忙しくて時間が取れなかったんだ。その代わりに、出来合いのものだけど夕飯用に退院祝いを買ってきたよ」


「そんなに気を遣わなくてもいいのに――でも、退院祝いをするために来たわけじゃないよね」


「まあ、わかるよね。――今後について、ちょっと話をしないか?」


 あっさりと見抜いたセラに優輝はいたずらっぽく笑ってリビングに向かい、セラも後に続く。


 これから話す内容も――肉体が失って尚意識として生きてきたファントムではなく、幸太郎についてであることはセラは想像できていた。


「話については、わかっているとは思うが幸太郎君のことだ」


 ティアと優輝がテーブルを挟んで椅子に座り、二人から少し離れ場所にあるソファにティアは深々と腰掛けたると同時に、優輝はセラの想像通り、幸太郎についての話をはじめる。


 消滅しかけたノエルを救った幸太郎について、セラも詳しい話は麗華から聞いており、それを知ったセラは幸太郎に秘められた強大な力に驚くと同時に不安を感じていた。


「優輝とティアは実際に幸太郎君の力を見たんだよね……どうだったの?」


「正体は不明だが、間違いなくあれはティアストーンと無窮の勾玉とは違う、そして、その二つ以上に力を持っていたことは確かだ」


「……正直、直に幸太郎君の力を見た優輝の説明を聞いても、普段の幸太郎君を知ってるから信じ難いよ」


 不安げな面持ちのセラの質問に、実際に幸太郎の力を目の当たりにした優輝はセラ以上に不安げな面持ちで幸太郎の持つ力は本物であり強大であると評価して、険しい表情で先程から無言のティアもそれに同意するように頷いた。


 輝石をまともに扱えず、周囲からは落ちこぼれと評されている人物がティアと優輝に認められるほどの強大な力を持っていることに、セラはあまり実感がわかなかった。


「よく考えれば不自然なことじゃない。幸太郎君はリクト君とともに廃人になっていた俺を助け、つい数か月前には大和君とともに無窮の勾玉の暴走を止めたんだ。そして、今回ノエルさんを救った――秘められた力を持っているということはおかしな話じゃない」


「だが、問題は幸太郎の力ではない――その場にアルトマンがいたことだ」


 幸太郎が持つ秘められた力について何の疑問を抱いていない優輝の説明を遮り、厳しい現実を突きつけるティア。ティアの一言で優輝とセラの表情が不安で満たされる。


「今のアカデミーにとって、もっとも危険な男・アルトマンに幸太郎の秘めた力が知られたということは、私たちが想定していた中でも最悪な事態だ」


 ティアの言う通りだった。


 次期教皇最有力候補で煌石を扱う強い資質を持つ娘のプリムを道具として利用して教皇の権力を得ようとしていたかつてのアリシアのように、煌石の資格を持つ人間を利用する者は多くいた。


 そんな利己的な人間から幸太郎を守るため、そして、自分たちの代わりに責任を被ってアカデミーを一時期退学させられていた恩を返すため、セラたちは幸太郎を守ると誓っていた。


 無窮の勾玉の暴走を止めた一件で幸太郎の力は多くの人に知れ渡ったが、それは幸太郎の友人たちや味方だけであり、今回は違う。


 アルトマンのような危険人物に幸太郎の持つ力――それも、彼の秘めた能力が発揮されたシーンに立ち会ってしまったからだ。


 悪い人間に幸太郎の力が知られるのは避けたかったセラたちだが、よりにもよってアルトマンに知られてしまったことは最悪だった。


「今まで以上に気を張って幸太郎を守らなければならいことを忘れるな」


「わかってる。さっき克也さんから話を聞いたけど、ありがたいことに幸太郎君の護衛に大悟さんとエレナ様も協力してくれるそうだ。俺たちだけが幸太郎君を守っているわけではないということも忘れないようにしよう」


「だが、神出鬼没のアルトマンだ。強固な護衛の目をかいくぐってくることは大いにありえる。油断はしないことだ」


 緊張感を高まらせるティアの忠告に、神妙な面持ちの優輝とセラは深々と頷いた。


「ファントムはもういない。私たちの胸の中にずっと傷跡を残してきたファントムは今度こそもういなくなった……だから、私は幸太郎君を守ることに集中する」


 ――そうだ。

 幸太郎君を守らないと。

 いつも守っているように思ってるけど、実は違う。

 いつも、幸太郎君に力をもらって、守られているのは私たちだ。

 今回だってそうだ……幸太郎君が傍にいてくれたから、私はノエルさんに勝てたんだ。


 だから、絶対に幸太郎君を守る。


 ファントムが完全に消滅したことで、自分たちとファントムの因縁を完全に断ち切り、セラは宣言するように、そして、自分に言い聞かせるように幸太郎を守ることを誓う。


 セラの誓いに同意をするように優輝とティアは力強く頷いた。


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