第44話

 制輝軍本部――ノエルは自分が制輝軍をまとめていた頃に使っていた自室兼仕事部屋にいた。


 事件が終わって二日間、制輝軍本部内でノエルは精密検査を受けながら、この部屋にいた。


 クロノも制輝軍本部内にいるが、彼は別室にいた。


 取調べと検査を受ける時以外、この部屋から出られない軟禁状態だったが――意外にこの部屋は利便性が高く、シャワー等が完備されているので生活には困らなかった。


 自由に外に出られないのに加え、PCや携帯などの電子機器も使用禁止であり、取調べや検査の時以外で人と接触することもなかったのだが――不思議とノエルは退屈しなかった。


 アカデミーに来て、用意された寮の部屋に戻らず、ほとんどの時をこの部屋で過ごしたが、漠然としないながらも感情や意思が芽生えたノエルの目には、不思議と見慣れた部屋でも新鮮に見えた。


 部屋の雰囲気、部屋に置かれた調度品、部屋の中の細かい傷――それらすべてがノエルの目には新しく映っており、それらを見ているだけで退屈はまったくしなかった。


 二日間長時間行われた取調べも一段落して、ノエルは夕日に染まった部屋の中で今日もまた新しい発見を探すために部屋の中を見回していると――扉が開かれた。


 部屋に入ってきたのはクロノだった。


 クロノが部屋の中に入ってきて何と声をかけていいのかわからないノエルは沈黙してしまい、しばらくの間沈黙が流れていたが――意を決したようにクロノは「ノエル」と話しかけた。


「何でしょう」


「元気そうだな」


「ええ」


「……オレも取調べが終わった」


「そうですか」


「オマエと会ってもいいと許可された」


「そうですか」


「処分は保留らしい」


「私もそう言われました」


「アカデミーとしては、アルトマンやイミテーションについての情報を聞き出したいんだろう」


「そのようですね」


「それを聞き出したら……永久追放だろうな」


「確実にそうでしょう」


 一言二言の短く、淡々としたぎこちない会話をして、再び沈黙が訪れる。


 一分以上の短くも長い沈黙の後、今度はノエルが話をはじめる。


「不思議です」


「何がだ?」


「消滅を免れ、こうして普通にあなたと話しているのが」


「オレもそうだ」


「では、クロノも同じですか? 胸が澄み渡り、気持ちのいい気分になっているのが」


「それは、多分……『嬉しい』んじゃないのか?」


「……なるほど、私は『嬉しい』のですね」


 クロノと出会えた感情が嬉しさであることに納得したノエルは、満足そうに頷き、自分の中に生まれた『嬉しい』という感情を味わった。


「七瀬の力、どう思う?」


「……何とも言えません」


「そうだな……条件が整い過ぎていたからな」


「無窮の勾玉、ティアストーンの力が充満している状況で、それら二つの力を七瀬さんは無理矢理集め、疑似的に賢者の石の力を生み出したというのが取調べて述べた私の推論です」


「運が良かったということか」


「そういうことです」


 輝石の力をまともに扱えず、取り柄であるのは煌石を扱う素質のみであり、その素質も今にも自然消滅しそうなほど低い幸太郎が今回自分を助けられたのは運が良かったというのが結論だった。


 しかし、幸太郎が自分を助けたというのは十分にノエルは承知しており、同時にティアストーンと無窮の勾玉の力を集め、莫大なエネルギーを生み出して、操作した幸太郎には何か秘めた力があるのは確実だった。


「アイツにあんな力が秘めていたのか?」


「彼の力を調査するため、アカデミーに通うのを再開しましたが、まったくそんな力は感じられませんでした。クロノはどうですか?」


「リクトといた時、何度か一緒にいたこともあるがオレも何も感じなかった」


「謎の力ですが……彼が私を助けというのは事実、ですね」


「ああ。常に呑気で緊張感のない男の力を認めたくはないが、アイツには驚くべき力が秘めている。それを肌で感じた」


 落ちこぼれと評されている幸太郎だが、リクト、プリム――そして、教皇エレナ、御子である大和を超える力を持つかもしれないことをクロノとノエルは認めざる負えなかった。


 幸太郎の力をクロノとともに改めて認めた時――「そういえば」とノエルはほんの僅かに頬を紅潮させて、あることを思い出した。


「あの時……七瀬さんの意識が流れ込んできました」


「七瀬の思いは伝わったな――お前を随分助けたいと願っていたな」


「……それだけ、ですか?」


「随分余計なことを考えていたようだ……まったく、バカらしい……」


「例えば?」


「オレについてだ」


「何と思っていました?」


「その……かわいいとか、カッコイイとか、良いにおいがするとか……バカバカしい」


「他には?」


「い、いやらしいことだ……これ以上は言わせるな」


「そう、ですか……」


「もしかして、ノエルもアイツがオレをどう思っているのか、伝わったのか?」


「……ええ」


 自分たちを幸太郎が放つ赤い光で包んだ時、幸太郎の意識がノエルの中にドッと流れ込んでおり、クロノも流れ込んでいたようだった。


 クロノは恥ずかしそうに、幸太郎の意識が自分に流れ込んだ時、自分に対して幸太郎がどう思っているのか、その想いがドッと押し寄せてきたことを説明した。


 クロノの説明を聞いて、自分も同じだと言うようにノエルは頷くが――実は違った。


 父性を感じさせる力の本流とともにノエルに胸の中にダイレクトに流れ込んできた幸太郎の意識は、自分に対しての感情、どう思っているか、そして、いやらしいことであり、クロノのことなどまったく伝わらなかった。


 人によって違うのだろうとノエルは判断することにした。


 会話が一段落して再び二人の間に沈黙が訪れるが、だいぶ打ち解けた二人に今度の沈黙はすぐに破られた。


「ノエル……オレたちはこれからどうする」


「わかりません……ただ、私はあなただけはこの場所に残れるように尽力します」


 確実にアカデミーか追放されるだろうが――ノエルはクロノを巻き込みたくなかった。


 幸い、今回の件でクロノは情報提供と事件の解決に大いに役に立っており、クロノだけは条件次第では追放されずに済みそうなので、ノエルは彼の代わりに自分が全責任を取ってアカデミーから追放されるつもりでいた。


「私と違って、この場所にはあなたの友人たちがたくさんいる……だから、あなただけは絶対に守る。それが、あなたを傷つけたことへのせめてもの罪滅ぼしです」


「……ふざけるな」


 自分を庇うつもりですべてを捨てるノエルの覚悟をクロノは絶対に認めない。


 鋭く、それでいて胸の中に秘める本音を見透かした目で、クロノはノエルを睨むように見つめた。


「言っただろう、ノエル……オレと一緒に感情を理解しようと。それに、オマエはアカデミーを去りたいと本当に願っているのか? 強がるのもいい加減にしろ」


 クロノの言葉に何も言い返せないノエル。


 クロノの言う通り、本音ではクロノと離れたくない、一人になるのは嫌だ、まだアカデミーでやりたいことはたくさんある――ノエルはそう思っていたからだ。


 しかし、クロノのためを思ってそれらをノエルは我慢していた。


 だが、本音を見透かされたことで、ノエルは隠せなくなり――ノエルは微かに頷いてクロノの言葉を認めた。


「オレとオマエは姉弟だ……だから、いつも一緒だ。オマエが永久追放されそうになったら、オレもオマエと一緒についていく」


「心強いです」


「オレはオマエの味方であり続ける――姉弟だからな」


「今までは上辺だけの姉弟関係で、あなたが弟と呼ばれても特に何とも思わなかったのですが――不思議ですね、今はあなたと姉弟でいることが『嬉しい』です」


 クロノとノエル――お互いの熱いものが宿った眼差しが交錯する。


 今まで、表面上の姉弟という関係だったが、お互いの本音を口に出した時、二人は本当の姉弟になった。


 本当の姉弟になった二人の間に再び沈黙が訪れる。


 だいぶ打ち解けてきた二人だったが、姉弟という関係になったことで次にどんな話を切り出せばいいのかよくわかっていなかった。


 向かい合ったまま、熱と戸惑いが込められた目で見つめあったまま沈黙が続いていると――


「弟クン、そこでもっと攻めないと――ここで肩を優しく抱いて、グッと一気に」


「……バカじゃないの」


「アリスちゃんはわかってないなぁ! こういう禁断の関係こそが燃えるんじゃない! みんなもそう思うよね❤」


「バカらしい……というか、どうしてこんなところにみんな固まってるのよ」


「そう言うアリスちゃんこそ、どうして聞き耳を立てているのさ」


「……私はノエルたちに用があって来てるだけ」


「それなら、さっさと部屋に入ればいいのになぁ♪」


「入るタイミングが掴めなかっただけだし、美咲たちが邪魔だから入れなかっただけ――もういい加減に入る」


「わっ! ちょ、ちょっと、アリスちゃん! 今いいところだからストップ! もう少しで禁断の扉が――」


 静まり返った空間内に気の抜けた会話が扉の外から聞こえ、扉が開くと――アリスと美咲、そして、大勢の――アカデミーにいるほとんどの制輝軍の隊員たちがなだれ込むようにして、全員入るには狭すぎる部屋に入っていた。


 突然大量の人で埋め尽くされる室内に、ノエルとクロノは呆然と眺めることしかできない。


「だからちょっと待ってって言ったのにー」


「だから邪魔だって言ったの」


 地面に突っ伏してぶつくさと文句を言う美咲と、同じく美咲の隣で地面に突っ伏しているアリスは、美咲と大勢の制輝軍たちに対して一喝して、服についた埃を払いながら立ち上がり、「コホン!」とわざとらしく咳払いをして、ノエルとクロノに近づく。


「クロノ、ノエル――処分が決まったから、それをあなたたちに伝えに来た」


 厳しく、私情を排した淡々とした口調でアリスはそう告げると、ノエルとクロノの間に緊張感が走り、これから処分を言い渡すアリスを恐る恐ると言った様子で眺めた。


「あなたたち二人は長年アルトマンに協力してアカデミーの情報を渡していた。そして、クロノは打算的にリクトに近づき、ノエルは私たちを利用するために制輝軍をまとめていた。あなたたちはずっと私たちを利用して、裏切っていた」


 自分たちの罪を呼び起こさせるアリスの一言一言がノエルとクロノの胸に深々と突き刺さり、すべては事実なので黙って彼女の言葉を受け止めることしかできなかった。


「大勢の人を裏切って傷つけたたあなたたちの行為は決して許され――」


「前置きはいいから早く言えばいいのに。ウサギちゃんと弟クンの永久追放は免れたって♪」


「ちょっと、美咲! 先に言わないでよ」


「前置き長いんだもん。それに、無理して大人ぶらなくてもいいのに」


「別にそんなつもりはない。身内と言えども悪いことをしたのは事実だから、こういう時でも厳しく接しないと示しがつかない」


 アリスの不満を「はいはい」と軽く受け流す美咲。


 自分たちの永久追放が免れ、ノエルとクロノは驚きのあまり呆然としていた。


 そんな二人に話が長いアリスに代わって美咲が話をさっさと進める。


「今回の騒動で鳳グループと教皇庁が仲違いして、そのしわ寄せがアタシたち制輝軍に来て、そのせいで負傷者が出たの。それの抗議をして、その後、先代教皇や鳳グループ先代社長の醜聞を知ってるアタシたちはそれを利用して二つの組織を脅し――たんじゃなくて、説得したの☆ 結果は大成功!」


「それに、制輝軍は国の組織でアカデミーは安易に手を出せないから、アカデミーが独断で厳しい処分を下すのは難しいハズ。永久追放は免れたけど、多分ノエルとクロノは制輝軍を辞めてもらうことになる」


 チャーミングにウィンクしながら、巨大な二つの組織を説得という名の脅しをしたことを簡単に言ってのける美咲と、美咲にネタばらしされて不満気な表情を浮かべて結果を述べるアリスに、ノエルとクロノはもようやく事態を受け止めることができた。


 ただ――ノエルは迷う。


 最終的に味方になったクロノとは違い、最後まで大勢の人間を利用して裏切ったからだ。


 そんな自分が何の処分を受けないでいいのかという疑問と、罪悪感がノエルの胸の中に存在していた。


「……恥知らずだと思うが、オレはオマエたちと一緒にいたい」


 迷うノエルとは対照的に、クロノは申し訳なさそうでありながらも真っ直ぐと裏切ってきた仲間たちを見つめながら自分の本心を口にした。


 クロノが本心を口にすると、アリスや美咲、他の制輝軍たちの視線がノエルに集まる。


 もちろん、ノエルもクロノと同じ気持ちだったが――弟のように最後まで味方になれず、多くの仲間たちを傷つけたノエルは本心を口にすることができなかった。


 仲間たちからの視線から逃げるようにノエルは俯いてしまうが――


「……オマエの本音は何だ?」


 隣にいるクロノが声をかけ、自分の手を優しく握ってくれたので、それに勇気をもらったノエルは、厚顔無恥だと思いながらも本音を口にする。


「私もみんなと一緒にいたい……罪を犯した私がそう望むのはおかしいかもしれないけど、私はみんなと一緒にいたい! だから……ごめんなさい、みんなを裏切ってごめんなさい……」


 感情的になって本音を口にして、泣き出しそうな子供のように仲間たちに謝罪をするノエル。


「こんな私でよければ……みんなと一緒にいさせてください」


 瞳を潤ませながら、ノエルはそう懇願する。


 二人がアカデミーに残りたいという本音を口にして、室内に沈黙が流れる。


 張り詰めた緊張感が纏う室内だが、アリスたちの表情は柔らかかった。


「1、2の3で言うよ――1、2の――」


「「「「「「もちろん!」」」」」」


「合図をするって言ったのにー! あ、おかえり、ウサギちゃん、弟クン」


 美咲の合図を待たずに、アリスたちは大きな声でノエルとクロノを出迎えた。


 大勢の仲間たちに受け入れられ――ノエルとクロノは嬉しそうに、そして、楽しそうに笑う。


 子供のような笑みを浮かべた二人の笑みに、アリスや美咲を含めて制輝軍たちは全員目を奪われてしまう。


「ねえねえ、二人とも――今の顔もう一度やってよ。写真撮るから」


「今の顔、とは?」


「もう、笑顔だよ、ウサギちゃん! ほらほら、スマイルプリーズ♪」


「……どんな顔をしていたのか、わかりますか、クロノ」


「わからん」


「あーん! 二人の激レアスマイルを取り逃しちゃったよー! おねーさん、それを見てジュンジュンするつもりだったのに!」


「……バカ」


 はじめて見る二人の笑みに興奮する美咲に、笑顔についてよくわかっていないノエルとクロノ。一人で盛り上がっている美咲をアリスは冷たい目で見ていた。

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