エピローグ
張り詰めた緊張感と、殺気にも似た刺々しい殺伐とした空気が充満している薄暗い通路をアルトマンは軽快な足取りで進んでいた。
本来はセキュリティと警備がとても厳しい場所であり、容易に入り込める場所ではないが、アルトマンにとって弟子のヴィクターが施したセキュリティなど簡単に解くことができるし、たとえ誰かに気づかれて大勢に輝石使いが殺到しても切り抜けられる自信があった――もちろん、そんなヘマはしないが。
今、アルトマンがいる場所は輝石使いの犯罪者や、輝石に関わる事件を引き起こした犯罪者を収容する施設・『特区』だった。
協力者に会うため、危険を承知でアルトマンは特区に向かった。
地下奥深くにある、危険な犯罪者を収容する場所に向かい、ある人物が収容された輝石使いといえども破壊するのは難しい強化ガラスに包まれた牢の前でアルトマンは立ち止った。
「待たせたな」
「ええ、待ちましたよ」
「元気そうで何よりだ。君は結構繊細なところがあるから、慣れない場所で寝泊まりをして身体を壊さないか心配だったんだ」
「ご心配どうも。でも、子供じゃないんですからそんなに軟な身体はしていませんよ」
「私からしてみれば弟子の君はいつまでも子供のままに見えるよ」
「勘弁してくださいよ、先生。――それよりも、ここまでよく滞りなく、無事に来れましたね」
「ヴィクターの施したセキュリティなど簡単に突破できるし、特区の警備を弱体化させるために銀城美咲をノエルたちの仲間に引き入れたのだ」
「なるほど……そこまで読んでのことでしたか。さすがは先生だ」
牢の中にいる人物はヴィクターと同じくアルトマンの弟子である、長めの黒髪で長身痩躯の男――アルバート・ブライトに声をかけると、アルバートはニッコリとした笑みで師の登場を出迎える。
「聞きましたよ。先生の計画が失敗したそうじゃないですか」
嫌味な笑みを浮かべたアルバートの言葉に、苦笑を浮かべるアルトマンだが目は笑っていなかった。
「ああ、ファントムが生きていることも、忠実な飼い犬に手を噛まれることも想定外だった。私の見通しが甘かったようだ。中々思い通りにはいかないようだ」
「災難続きでしたが――これで、無窮の勾玉とティアストーンの在り処は判明しました」
「幸か不幸か、それだけはわかってよかったよ――あの強大な二つの力の塊を、いくら鳳グループと教皇庁の協力関係が強固になっても動かすのは容易じゃない。これで、我々はいつでも動き出せる」
「しかし、役に立つ駒だったイミテーションが離れてしまったのは戦力的に大きな痛手では?」
「問題ない。鳳グループに、教皇庁に、アカデミーに恨みを持つ者はたくさんいる。それに、最初にファントムに手を噛まれてから、いつかはあのイミテーション二人に手を噛まれることは想定済みだ。これでよくわかったよ。生み出すのに出費と時間がかかって苦労する割には、下手に感情や意思をを持とうとするイミテーションは危険な存在であり、役立たずであると」
大きな戦力を失ったことへの不安は特になく、ティアストーンと無窮の勾玉の在り処がわかって、準備が整えば目的のためにすぐに動き出せるので、アルトマンは満足そうに、余裕そうに笑っていた。
そして、アルトマンはフレンドリーな笑みを浮かべて、アルバートの隣の房にいる人物に視線を向けた。
アルバートの隣にいるのは、陰鬱な雰囲気の牢の中でも決して爽やかを失っていない、人の良さそうな顔をした眼鏡をかけた優男であり、彼もまたアルトマンの『協力者』だった。
話しかけられ、優男の協力者は待っていましたと言わんばかりに、そして、胡散臭さを感じるほど人の良さそうな笑みを浮かべて、強化ガラスを隔てた先にいるアルトマンに近づく。
「さて、そろそろ君の出番だ――だいぶ待たせてしまってすまない」
「いや、気にしないでくれよ。あなたの計画が大変なのは理解していたからね」
「そう言ってもらうと、ありがたいよ――
優しい笑みの裏側に冷酷な一面を窺える自身の協力者――過去に風紀委員たちの活躍によって、長い間特区に収容されていた北崎雄一にアルトマンは優しく微笑んだ。
アルバート、北崎――この二人は目的は違えどそれなりに信頼を置いているアルトマンの協力者であり、二人を脱走させるために特区の奥深くまで侵入した。
二人を牢から出すため、指輪についた輝石を武輝に変化させようとした時――アルトマンはあの時の人物を思い出す。
数日前――消滅しかけたノエルを救った七瀬幸太郎の姿が。
「そうだ……しばらくアカデミーは私を追うために全力を尽くすだろうから、それから身を隠すためと、しばらく調べ物をするためにアカデミーを離れるつもりなんだ。その間に頼まれごとをしてくれないだろうか?」
自分一人の力で解決できる知識と強さを持っているのに、自分たちに頼みごとをするアルトマンを、アルバートと北崎は意外そうに見つめた。しかし、自分たちの目的に向かって突っ走っている二人は乗り気ではなかった。
「面倒だと思うが、君たちの目的にとっては悪くないことかもしれないことだ」
その言葉に、アルバートと北崎の目が好奇心と野心で光る。
そんな二人の様子を見て満足そうに微笑むアルトマンだが――アルトマンの中にはいまだに解明できていない疑問が存在しており、それが不快感の塊となって胸の奥深くまで沈殿していた。
疑問の正体――それは、七瀬幸太郎の力のことだった。
ティアストーンと無窮の勾玉を集めた時に発せられた赤い光から感じられる力の奔流、そして、消滅しかけたノエルを助けた幸太郎の力は、間違いなく自分と同じく賢者の石の力だった。
実験のつもりで自分の力をノエルに流し込んだ時は何の反応もなく消滅が進んでいたのに、幸太郎が賢者の石の力を使った時は違い、賢者の石の力でも修復不可能だったノエルの身体を修復した。
もちろん、ティアストーンや無窮の勾玉の力のおかげもあると思っているが、アルトマンは幸太郎から感じた力が自分を超えているような気がしていた。
それ以上に気になったのは――どうして幸太郎が賢者の石の力を手にしているかだった。
輝石を使う資格を持ちながらも輝石を武輝に変化させることのできないアカデミー設立以来の落ちこぼれの輝石使いであり、煌石を扱える非凡な資質を持っているが大した力ではなく、長い間秘めた力の片鱗すら見せずに一般人として過ごしてきたのに、どうして賢者の石の力を扱えるのか、どこでそんな力を得たのか、アルトマンの最大の疑問はそこにあった。
賢者の石についてもう一つの疑問も浮かんでいた――が、それよりも幸太郎の方が気になっていたのでそれは後回しにするつもりだった。
それらの疑問を解決するためにアルトマンは七瀬幸太郎という人物と、賢者の石について調べ直してアカデミーからいったん離れるつもりだった。
そして――アルトマンは協力者たちに話をする。
七瀬幸太郎の力についてを。
アルバートと北崎には彼の力を伝えて、彼らの目的の実験台にさせて、幸太郎の力がどの程度のものか調べるつもりだった。
幸太郎を使って賢者の石の実験ができることに、アルバートは期待に満ちた笑みを浮かべてさっそく話をはじめる。
――――続く――――
次回から最終部。全6~7編?
最終部全体プロット+次回プロット+積みゲー&積み本崩し=
次回更新は八月か九月?
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