第11話

 外は雨が降りしきって凍えるような寒さだというのに、外にいるセラは屋根の下にあるベンチに座って、近くにあるセントラルエリアの大病院を眺めていた。


 私も、みんなも、見事に御使いの術中にはまってる……

 ……あの放送のせいでみんな疑心暗鬼になってるし、暴走している。


 先程から多くの怪我人が集まってくる病院を眺めながら、セラはここ数時間で起きた出来事を回想した。


 ――セラたちが御使いに敗北して、去り際に杖を武輝にした御使いが無数の光弾をセラたちに向けて落としたが、寸でのところで遠くから制輝軍のアリスが、武輝である大型の銃から放った光弾で御使いの放った光弾を撃ち落とした。


 そして、すぐにアリスが引き連れてきた制輝軍の応援と、サラサを背負った幸太郎が現れ、セラたちは病院に運ばれることになった。


 セラ、ドレイク、サラサ、麗華は擦り傷や打ち身などの軽傷で済んだが、同じく軽傷のはずのノエルだけは理由は不明だが苦しんでおり、今は病室で安静にしていた。


 セラたちが病院に運ばれてすぐに、御使いが煌王祭で使われる撮影機材を使用して、アカデミー都市内の放送システムを乗っ取って輝石使いを煽り、無窮の勾玉の力でアカデミー都市内の輝石の力を弱めた。


 無窮の勾玉の力がアカデミー都市全体に作用して、アカデミー都市内にいる輝石使いの実力の差が縮まったことで、多くの事件が発生していた。


 アカデミーに広まっていた実力主義のせいで、実力がないせいで落ちこぼれと呼ばれていた輝石使いたちが、今まで自分を疎んでいた輝石使いに復讐をしたからだ。


 特に、徹底的な実力主義を掲げている制輝軍の被害が多かった。


 もちろん、果敢にも御使いに反抗しようとしてガードロボットに返り討ちにされて怪我をした輝石使いもいるが、ほとんどは復讐をされて怪我をした輝石使いばかりだった。


 良いように御使いに利用されているにもかかわらず、暗い復讐心を満たすために行動する輝石使いに、ある程度の理解をしながらもセラは呆れていた。


 このままじゃダメだ……何とかしないと。

 何をすればいいかまだわからないけど、それでも何か行動しないと!


 現状を思い返してどうにかしなければならないと決めたセラは、ベンチから立ち上がろうとすると――「ここにいたんだ」と、ビニール傘を差した幸太郎が小走りで近づいてきて、ベンチに座っているセラの隣に座った。


 普段と変わらない幸太郎の姿にセラは安堵の笑みを浮かべた。


「ええ。大した怪我ではないのに病院内にいれば、他の人の迷惑になると思ったので」


「怪我は本当に大丈夫?」


「心配していただいてありがとうございます。でも、何も問題はありません。私とサラサちゃんやドレイクさん、それに鳳さんもほとんど怪我をしていませんから」


「それじゃあ、白葉さんだけが調子が悪いんだ。白葉さん、大丈夫かな」


「大丈夫です。あのノエルさんなら何も問題はありませんよ」


 何気なく呟いた幸太郎の言葉に、病院に運ばれてもずっと苦しみ続けていたノエルの姿がセラの頭に過る。


 病院に運ばれる前に苦しんでいるノエルの姿を見てしまったので、ウマが合わないと思っている人物ではあるが彼女をセラは心配していた。


「大変なことになってるね」


 次々と怪我人が大病院内に入ってくる様子を眺めながら幸太郎は何気なくそう呟いた。事態の重大さを理解しているようだが、彼の身に纏っている空気から緊張感はまったく感じられなかった。


「ええ。そのために今から何か行動を起こそうと思っています」


「僕もセラさんを手伝う」


「ありがたいのですが――取り敢えずは動いてみようと思っただけで、情けないことに何も解決策が浮かんでいないのが現状です」


 自嘲を浮かべた後に、セラの表情は不安げな面持ちになる。普段の凛々しく、大人びた雰囲気のセラからは信じられないほどの弱々しい表情だが、歳相応の少女の顔をしていた。


 確実に追い詰められているこの状況で、セラはほんの少しだけ休憩時間が欲しかった。


「御使いたちの復讐心が多くの人に影響を与えるほど根深いものだとは思いませんでした。――正直、怖いです」


 御使いに対して抱いている感情を、セラは正直に幸太郎に話した。


 多くの人に影響を及ぼしている御使いの復讐心と、御使いに煽られて復讐心のままに行動する人がセラは怖かった。


 だから、御使いたちの復讐心が多くの人に影響している中でも普段と変わらない幸太郎の姿を見て、セラは心から安堵していた。


「きっと、御使いたちは何年も練りに練った計画を実行に移しています。そんな彼らの計画を止めなければならないとはもちろん思っています。でも……正直、長年の時間を費やして完成させた彼らの計画を止められるのか不安です」


 自信が抱いている恐怖と不安を正直に説明したら、張り詰め続けていて疲労していたセラの心がだいぶ楽になり、御使いと立ち向かう強い勇気も芽生えてきた。


「……すみません、これからという時に弱音を言ってしまって。黙って聞いてくれてありがとうございます、幸太郎君」


「もう大丈夫?」


「はい、これ以上弱音は言っていられませんから」


「ホント?」


「もちろんです」


「ホントにホント?」


「い、意地悪です……」


 もう! どうして幸太郎君はいつもいつも……

 意地悪だ……本当に意地悪だ。

 ……バカ……


 大丈夫だと言っているのに、何度も確認してくる幸太郎をセラは恨みがましく睨み、心の中で恨み言を漏らした。


 せっかく正直に自分の気持ちを聞いてもらって改めて気合を入れなおしたのに、そう何度も聞かれると、セラはつい幸太郎に甘えたくなってしまった。


「少しは甘えていいんだよ?」


「……あ、ありがとうございます――……そ、それじゃあ……」


 頼りないほど華奢な胸を得意げに張る幸太郎に、セラは苦笑を浮かべながらも隣に座る幸太郎にほんの少し近づいた。


 本当はもっと幸太郎にくっつきたかったが、人目が多い外だし、今はゆっくりしている暇はないのでセラはそれを堪えた。


 雨が降りしきって外の気温はぐんぐん下がっている中、セラは幸太郎と一緒にいて体の内側から温まるような気がしていた。


 幸太郎から伝わる安堵感に身を委ねているセラに、幸太郎は「大丈夫」と、呑気な口調だが、力強さを感じさせる声でそう言った。


「追い詰められるのはいつものことだし、いつもここからが本番だから」


「そうですね……そうですよね」


 楽観的な幸太郎の言葉に、今まで多くの事件に巻き込まれて、追い込まれながらも急場凌ぎの考えで乗り越えてきたことをセラは思い出した。


 改めて、セラは隙のない計画を実行に移している御使いと立ち向かう勇気を得たような気がした。


「そういえば、こんな時に一番燃える鳳さんはどこにいるのか知ってる?」


「鳳さんですか? えっと……鳳さんなら病院に到着した後、治療を受けずにどこかへ行ってしまいましたが……」


 突然麗華の居場所を尋ねられて戸惑いながらもセラは答えると、幸太郎は呆れたように小さくため息をついた。


「今日一日薄気味悪いほどしおらしくて様子がおかしかったけど、こんな時は一人で燃え上がって一番暑苦しくて、うるさいくらいの高笑いを浮かべて立ち向かおうとするのに……どうしたんだろう、鳳さん」


 悪気なく正直に散々なことを言った幸太郎に、苦笑を浮かべたセラは何も言わなかったが、心の中で同意していた。


「前の事件で鳳さんが幸太郎君に八つ当たりしたことを気にしているんじゃないかと」


「あの図太い鳳さんがいつまでもそんなこと気にするのかな」


「それは、その……それなりに気にしていると思いますよ」


「……そうなんだ」


 容赦がないが的を射ている幸太郎の言葉に一瞬同意をしてしまいそうになったが、すぐにセラは堪えて麗華をフォローした。


 取り繕ったようなセラの答えに釈然としていない幸太郎だったが、納得することにした。


「鳳さんに会って、御使いの人たちに立ち向かうために協力してもらいたいけど、前のことを気にしてるなら、僕よりもセラさんが鳳さんに会って話した方がいいかも……セラさん、雨が降ってる中頼むのは申し訳ないんだけど、鳳さんを探して話してきてもらえる?」


「別に構いませんが……鳳さんの力がそんなに必要ですか?」


 麗華のことを頼りにしている幸太郎だが、正直セラは今の麗華を当てにしていなかった。


 今日の麗華の態度を見ていたら、本当に麗華が頼りになるのか甚だ疑問だった。


「やっぱり、追い詰められれば追い詰められるほど、一人で勝手に燃え上がって、盛り上がる人がいないと、こっちも盛り上がらないと思うから」


「確かに、鳳さんのような勢いがあれば、士気に影響しますよね……わかりました」


 釈然としない気持ちを抱きながらも、幸太郎の言葉を受けてセラは納得することにした。


 同時に、麗華を深く理解している幸太郎に、セラの心がざわついた。


 事件のことと関係なく、セラの心がざわざわしていた。


 焦っているような、羨ましいような、不安なような、とにかく説明できないモヤモヤがセラの心をざわつかせていた。


 ざわついた心を押さえて、セラはベンチから立ち上がる。


「僕はその間に、協力してくれるかもしれない人に連絡するね」


「お願いします。鳳さんの居場所がわかったら連絡します」


 今するべきことを決めて、この場から離れようとするセラだが――「ちょっと待って」と、幸太郎が慌てて呼び止めた。


「風邪引いちゃうから、傘持ってって」


「……ありがとうございます」


 自分を気遣ってビニール傘を差し出してきた幸太郎の優しさに、セラは照れたように一度微笑み、麗華を探すために全力疾走する。


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