エピローグ


 人気がなくなった夜の時間のとある場所に、村雨宗太はいた。


 憔悴と焦燥が入り混じった表情をしている村雨の視線の先には、白い服を着てフードを目深に被った御使いがいた。


 御使いは周囲を圧倒するほどの、殺気にも似た重苦しい空気を身に纏っており、それが村雨の警戒心を極限までに高めていた。


「……わざわざ呼び出して、何のつもりだ」


 自分を呼び出した御使いを鋭く睨みつける村雨だが、彼の眼光は若干弱々しかった。


「お前に良いことを教えてやろう」


 加工された音声で御使いはそう告げた瞬間、村雨は腕のミサンガにつけていた輝石を武輝である大太刀に変化させ、殺気とともに鋭い切先を御使いに向ける。


「アカデミーを混乱させている奴が何を言っても信用するつもりはない!」


「それはお互い様だ」


 目深に被ったフードから垣間見える御使いの口元が、微かに嘲りで吊り上がった。


「ふざけるな! 我々学生連合を貴様らと一緒にするな!」


「同じだ。我々はともに、奴らに利用された上で捨てられた、憐れな存在だ」


 御使いの意味深な言葉が気になった村雨は、御使いに向けていた殺気が僅かに和らぐ。


「今回、お前たち学生連合は『鳳』の指示で潰されたも同然――我々はともに、『鳳』に利用されて捨てられたのだ」


 そうだとしても、村雨には関係なかった。


 今目の前にいる、先月の事件と今回の事件の裏にいる、御使いを捕えればすべてが解決するからだ。


「鳳グループに利用されていようがいまいが、関係ない。俺は貴様を捕える」


「捕えたところでお前たち学生連合の末路は変わらない。どんなにあがいたところで、お前たちが負った、不名誉な称号は消えることはない」


 痛いところをつかれてしまい、村雨は何も言えなくなってしまう。


「それをお前が一番よくわかっているはずだ。だから、今、お前は悩んでいる。自分の状況に、それ以上に、自分についてくれた仲間たちのために……」


「貴様に何がわかる!」


 自分のすべてを見透かしているような御使いの言葉に、そして、鳳グループに対しての怒りが生まれ、八つ当たり気味に村雨は御使いに怒声を張り上げた。


「理解できるからこそ、お前に良いことを教えてやろう――『鳳』の真実を」


 鳳の名を口に出した瞬間、御使いの纏っている空気がさらに重苦しくなり、肌を刺すほどの刺々しくものへと変貌した。


 雰囲気が一変した御使いが纏っているものの正体を、村雨は理解することができた。


 御使いが纏っているのは――復讐心だった。


 しかし、ただの復讐心ではない。激情、憎悪、殺意、様々などす黒い感情が、限界まで高められた上で混ざり合い、復讐を果たすためならいっさいの逡巡なく、どんなことでもするという狂気的な覚悟と、決して曲げない意思を抱いていた。


 御使いが纏うどす黒い覚悟と強大な復讐心に、思わず村雨は息を呑んで気圧されてしまうと同時に、自分の本能が目の前にいる謎の人物を信用できるなと訴えていた。


「……信用できるわけがない」


「信用するか否かはお前が決めると良い……今から説明するのは『鳳』の真実、そして、鳳大悟が隠していることの正体だ」


 そう言いつつも、村雨は御使いの言葉を耳に入れてしまった。


 『鳳』の真実。


 アンプリファイアの真実、正体。


 過去に『鳳』が行った裏切り。


 それによって大勢が不幸になったこと。


 そして、鳳大悟が隠している重大な情報。


 御使いが真実だと言って話す内容は、ありえないと思いつつも、銀行の金庫にあった大量のアンプリファイア、そして、アンプリファイアの持つ力を思い出し、あながち嘘ではないかもしれないと思ってしまった。


 御使いの言葉の一つ一つが、村雨の心の中で燻るアカデミーへの不安と、自分たちを利用するだけ利用した鳳グループへの憎しみを引き出してきた。


 巧みに誘導されていると感じている村雨は、まだ御使いのことを信じられなかった。


 しかし、確実に村雨は御使いのことを信じかけていた。


「……信用していないのなら、生き証人に会わせてやろう」


 まだ自分を信用していない村雨を信用させるため、御使いは村雨の背後を指差した。


 御使いに警戒しつつ、村雨は背後を振り返ると――


 そこには、白を基調とした巫女装束のような服を着た、周囲を静かに圧倒する神秘的な雰囲気を身に纏う、艶のある黒髪のロングヘアーの少女が立っていた。


 能面のように無表情な少女の首には、淡く緑白色に光る、勾玉の形をしたアンプリファイアがついたペンダントがかけられていた。


「君は一体――……な、なぜ武輝が……」


 一瞬だけ少女の身体が淡い緑色に光が纏うと同時に、自分の意思とは関係なく村雨が握っていた武輝である大太刀が突然輝石に戻ってしまった。


 そして、すぐに輝石は武輝に戻る――まるで、少女の纏う光と呼応するかのように。


「それが、我らが姫――御子みこの力だ」


 『姫』と呼ばれた人物が起こした不可思議な現象を目の当たりにして、最後の御使いの言葉が村雨の心に拭えぬ染みのように広がった。


 それがトドメとなり、村雨は御使いの話を信用してしまうことになった。




                ―――――――続く―――――――


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