第36話

 エリザたち脱獄囚が捕まってから一週間後の訓練日。


 すっかり力を取り戻したティアに、幸太郎はいつも以上の厳しい訓練を受けていた。


 その辺に落ちていた手ごろな枝を振り上げて、「やあー」と、緊張感のない声を上げて丸腰のティアに飛びかかる幸太郎。


 ギリギリまでティアに接近して「てやー」と、締まりのない気合とともに枝を振り下ろす幸太郎だが――


「遅い」


「イデッ!」


 それよりも早く、ティアは幸太郎の脳天に軽くチョップをした。


 軽めに放った一撃だが、それなりの衝撃が脳天を襲い、幸太郎は舌を噛んでしまって悶絶する。


 そんな様子の幸太郎を、ティアは冷めた目で見下ろしていた。


「まったく、情けない奴だ。今のままでは立派な輝石使いになれんぞ」


「で、でも……いきなり戦うのはきついです」


「甘ったれたことを言うな。さあ、来い」


「いい加減にしなよ、ティア」


 ティアにとっては軽い戦闘訓練だが、幸太郎にとっては厳しい訓練を見かねて、二人の様子を観戦していたセラが間に入ってきた。


「邪魔をするな、セラ」


「前にも言ったけど、幸太郎君には幸太郎君のペースがあるんだ」


「理解している。だからこそ、一歩前進して戦闘訓練をしている」


「基礎も何も教えていない状態なのに、一歩も前進できないよ」


「……見取り稽古というものがある」


「誤魔化さないでよ。明らかに今気づいたよね」


 セラとティアの口論を眺めながら、幸太郎は一休みついでに事件が終わってから一週間の出来事を回想していた。


 ――あの事件から一週間で、アカデミーは結構変わった。


 大きく変わったこととして、学生連合のことがあった。


 エリザさんたちに協力してたってことになったいる学生連合は、鳳グループと教皇庁の判断で、事件の後すぐに白葉さんたち制輝軍の手で無理矢理解散させられた。

 学生連合に関わった人間は今後厳しく取り締まり、特区送り、最悪の場合アカデミーから永久追放処分を下されることになるとのことだった。


 何の確証がないまま下された処分だったので、納得できない人たちが反抗して大きな戦いになるかもしれないって、セラさんたちは不安だったようだけど、ほとんどの人が特区送りにされるのは嫌だったので、抵抗はほとんどなかったから解散は順調に終わった。


 事実上、これで学生連合の存在は消えたとのことだった。


 学生連合を設立した御柴さんは今回の件に関して、思うところはあるみたいだけど、僕たちには何も言わなかった。ちょっと心配。

 今の学生連合を率いていた村雨さんは、どうなっているのかわからない。噂だと、解散に猛反発したとのことだったけど、音沙汰がない。だいぶ心配。


 大きく変わったのは学生連合のことだけだけど、小さく変わったことは多かった。


 アカデミー中に生中継された事件で、ちょっとだけ活躍した僕のことを見る周囲の目は――あんまり変わってないかもしれない。


 あの事件で力が戻ったティアさんが、訓練を厳しくしたというのもあった――そのせいで、セラさんと口論しているけど。


 ――取り敢えず、無事、事件は解決したけど……気になることがあった。

 学生連合は本当にエリザさんたちに協力していたのかということと――


 今、大量のアンプリファイアを鳳グループが隠し持っているという噂が出回っていることだった。

 噂の域を出ていないけど、実際に見た御柴さんから話しを聞いて、それが真実だと知っている僕たち風紀委員は複雑な気持ちだった。


 鳳グループのトップをお父さんに持つ鳳さんからは、まだ何も連絡はない。


 一件落着? ではないけど、取り敢えず事件が解決して、ティアさんの力が戻って、よかったことにする。


 事件の回想を終える幸太郎に、「なあ」と誰かが話しかけた。


 声のする方へ幸太郎は視線を向けると――


「……あなたたちは」


 ティアとの口論を中断させて、セラは幸太郎に話しかけた三人組の男子生徒を見て、僅かに警戒心を募らせた。


 三人組の男子生徒はセラと幸太郎と同じクラスであり、先日、ティアを襲った男子生徒だったからだ。


「よくティアの前にぬけぬけと顔を出せましたね……」


 エリザたちの事件に集中していたせいで、結局は男子生徒たちの処分は有耶無耶になってしまったが、セラは大切な親友を襲った三人を許してはいなかった。


 セラに怒りをぶつけられて男子生徒たちは揃って小さく悲鳴を上げる。


 怒るセラを、襲われた本人であるティアは「もういい」と言って制した。


「こいつらはただ、追い詰められて焦っていただけだ。何も悪くはない」


「ティアがそう言うのなら……」


「それで、三人揃って何の用だ」


 ティアに用件を尋ねられた瞬間――三人の男子生徒は揃って頭を下げ、「すみません」と謝罪する。


「あの時の俺たち、どうにかしてました!」

「卑怯な真似はもうしません!」

「だから、本当にすみませんでした!」


「……私の力が戻ったということを知って、仕返しが怖いと思っているのか?」


 謝罪の言葉をそれぞれ口に出す三人を、絶対零度の凍てつく空気を身に纏ったティアは、冷めた目で三人を睨んだ。


 鋭い目でティアに睨まれた三人は、足が震えるほど情けなく怯えていたが、逃げることはしない様子で、意を決してティアの目を見つめ返した。


「そ、その……俺たち、この間の放送で映った七瀬の姿を見て、改めて思ったんです。卑怯な真似をしても自分の状況は変わることないって。状況を変えるんだったら、行動しなくちゃって思ったんです」


「自分の状況を変えるつもりなら、卑屈になって卑怯なことを考えるよりも、自分を変えるためにどうするべきなのかって考えることだと思ったんです」


「考えた結果は――自分よりも弱い人間を見下して、自分の状況に甘んじるよりも、七瀬みたいに、真っ直ぐな気持ちで自分よりも強い相手に立ち向かった方が、本当の意味で自分を変えられるんじゃないかって」


 自分を変えるために真剣になった三人の目には、力強い意思の光が確かに宿っていた。


 先日とはまったく違う様子の三人を、ティアは興味深そうに見つめ、セラは期待と喜びに満ちた表情を浮かべていた。


「だから、お願いします。俺たちも七瀬の訓練に付き合わせてください!」


 声を揃えてティアに訓練を頼んで、三人は頭を下げた。


「最初に言っておくが……私の訓練は厳しいぞ」


 脅すように三人を睨みつけるティアだが、怯えつつも三人は力強く頷いた。


 そんな三人の様子に、サディスティックでありながらも、どこか嬉しそうな微笑みをティアは一瞬だけ浮かべた。


「……幸太郎君が三人を変えたんですよ」


「そうなのかな?」


 先日とは人が違ったような三人の様子に、セラは幸太郎に向けてそう呟くが、幸太郎はあまり実感がない様子だった。


「幸太郎君には人を変えれる力を持っています。だから、きっと、弱者を排斥しようとする今のアカデミーの状況も変えることだってできます」


「何だか照れる」


「胸を張ってください、幸太郎君」


 セラの素直な一言に、幸太郎は照れ笑いを浮かべる。


 数分後――ティア指導の下、幸太郎と同級生三人の訓練がはじまる。


 いつも以上に気合が入っているティアの訓練に、幸太郎たちはついて来れなくなってしまう。


 そんな厳しいティアに、再びセラは横槍を入れて、二人は口論をはじめた。


 いつも以上に厳しい訓練だったが、幸太郎は新しい友達と楽しく訓練をしていた。


 そして――ちょっとだけ、アカデミーを変えられたのかもしれないと幸太郎は思った。


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