第35話
エリザたち脱獄囚を捕えて二日後――
麗華は鳳グループ本社内にある、父・鳳大悟がいる社長室にいた。
事後処理に追われていた大悟に無理を言って、麗華は話したいことがあるので時間を作ってもらったのだが――無理して時間を作ってもらった父に対して、娘である麗華は縋るようだが厳しい目で睨むように見つめていた。
父の前で必死に平静を装っている麗華だが、誰が見ても麗華が焦っていることは一目瞭然だった。
「お忙しい中、無理して時間を作っていただいて、ありがとうございますわ、お父様」
平静を装って、机を挟んで椅子に深々と腰掛けている父に、丁寧に麗華は頭を下げた。
「時間が惜しい。挨拶は結構だ。聞きたいことがあると言ったが何の用だ」
「銀行内にあった大量のアンプリファイアのことですわ!」
焦りのあまり、敬愛している父に父に声を荒げてしまった麗華は、すぐに頭を下げて「すみません」と謝罪した。
麗華は小さく深呼吸をして昂った気持ちを抑え、話を再開させる。
「調べてみましたが……あのアンプリファイアが見つかった金庫は、銀行内の中でもトップの厳重さを誇る金庫。一部の銀行員しか知らない場所にある、特別な金庫ですわ。それを利用しているのは鳳グループの人間――お父様、あなたですわ」
この二日間で調べ上げたことを、必死に感情を抑えながらも、堪えられずに不安が滲み出てしまった震えた声音で麗華は告げた。
そんな不安で押し潰されそうな娘の姿を、大悟は冷めた目で見つめていた。
「確かに、あのアンプリファイアは私の指示であの場所に入れた」
「……どこであんな大量のアンプリファイアを手に入れたのですか?」
「お前が知ることではない」
自分の指示でアンプリファイアが金庫内に保管されていることを素直に話す父だが、それ以上のことを麗華が聞いても、父はもう何も答えるつもりはなかった。
肝心なところで何も答えない父に、麗華は拳をきつく握り締めて爆発しそうになる感情を必死に抑え込みながらも、鋭い目で父を非難するように睨んでしまっていた。
大悟は何も言わずに、自分を睨む娘の鋭い眼光を受け止めているが、無表情のまま、特に動じることはしなかった。
「話は済んだのか?」
「いいえ、まだ終わっていませんわ!」
さっさと話を終わらそうとする父に、麗華は自分と父の間に置かれた机を思いきり殴りつけ、話を続ける。
「学生連合の処分についてですわ!」
今回の事件に関わっていたとされている学生連合の処分についての話を娘が持ち出すと、大悟の表情が厳しく、そして、鋭くなる。
「学生連合は脱獄囚に手を貸したという証言がある。当然の結果だ」
「あの証言にはまだ不審な点がありますわ! それに、まだ確証も得ていません。にもかかわらず、あのような処分をしてしまえば、返って争いの火種になってしまいますわ!」
「巴が率いていた時とは違い、所詮は暴れることしか考えていない、大義のない有象無象の、学生連合とは名ばかりの集団。大義のない連中は学生連合のために争いはしない」
「それでも、僅かにも巴お姉様の意思を継ぐ人間も学生連合内にいますわ」
「村雨宗太のことか……彼は巴のように人を率いる力はない。名ばかりとなった学生連合の暴走を抑えるため、学生連合が消滅するその時まで村雨に学生連合を巴は託したが――彼のせいでまとまりがなくなった学生連合がアカデミー全体を混乱させている」
「それでは良い機会ですわね、今回の一件でその混乱の要因を排除できる大義名分ができて」
「これ我々と教皇庁が話し合った末の決定事項だ」
皮肉を思いきり込めた麗華の一言だが、父は特に気にしてはいなかった。
「話は終わりか? 終わったのなら、早急に立ち去ってもらおう」
アンプリファイアについて、そして、学生連合の処分について納得できないことがあったが、麗華は父に話したいことはすべて話し終えた。
なので、忙しい合間を縫ってわざわざ時間を作ってもらった父のために、すぐにでも麗華は部屋を立ち去るべきだと思っているが――
麗華は抑えていた感情を爆発させてしまった。
「私はお父様の味方であるのに、どうしてすべてを打ち明けてくれないのです!」
悲痛な叫び声にも似た声を張り上げて、麗華は不安に満ちて今にも泣きだしそうな表情を父に向けた。
親子だからこそ、麗華は父が自分に何かを隠しているのが一目瞭然だった。
気になってはいたが、それをわざわざ聞くために忙しい父の時間を無駄にさせたくないと気遣い、そして、いつか父の口から隠していることを話してくれるのを期待して、麗華はその隠している何かを聞かないことにしていた。
だが、今回の一件でそれももう限界だった。
「今回の騒動、最初から最後までずっと鳳グループは変ですわ! すべての騒動の対応が普段の倍以上に早く、確証を得ていないのにもかかわらず早急に処分を下し、極めつけは金庫内にあったアンプリファイアですわ! 明らかに鳳グループ――いいえ、お父様は何かに焦り、そして、何かを隠していますわ!」
「……だとしても、お前には関係のないことだ」
「関係ありますわ! 私はお父様の――」
「黙れ」
父である自分のために必死で訴えている娘の言葉を、大悟は突き放すように遮った。
自分を拒絶するような父の声に、麗華は胸の中で何かにヒビが入る音がした。
「忠告しよう、麗華。お前は私を信頼するな」
「で、ですが、私はお父様を……」
「私も、お前のことは信用していない」
ハッキリとした拒絶を露わにした父の言葉に、胸の中でヒビが入っていた父との信頼関係が壊れて、バラバラに砕け散ったような気がした。
父の言葉に、麗華は何も反応できず、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「失せろ」
トドメを刺すような父の厳しい言葉が、抜け殻のようになった麗華を部屋の外まで押し出した。
部屋を出た麗華の頭の中には――何かが壊れると言った大和と御使いの言葉が頭に過っていた。
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