第22話

 ――攻撃が止んだ?

 だが、まだ油断はできない……

 どこだ――……どこにいる。


 周囲を巻き込まないために狙われている自分自身を野次馬たちから遠ざけるために、彼らから離れながらも、襲われた場合、事前に決めていた場所へと向かっていたセラ。


 相手が自分を狙っているのならば、必ず自分を追ってくるとセラは思っていた。


 そして、事前に決めていた場所で相手を待ち、自分を狙う人物と対峙して戦い、捕らえるというのが計画だったのだが――野次馬たちから離れてからも続いていた、激しく、執拗だった攻撃が急に止んだ。


 人気のない通りの中央でセラは一旦立ち止まって注意深く周囲の気配を探り、いつでも相手が飛びかかってきていいように持っている武輝である剣をきつく握り締めて襲撃に備える。


 ――何も感じない……どういことだ?

 さっきまでは明らかに自分を狙っていたのに。

 ……もしかして、誰かが現状を何とかしてくれているのか?


 しばらく経って人影どころか、気配も殺気も何も感じられない状況に、セラは警戒心をそのままにして、あれだけ執拗に自分に仕掛けられていた攻撃が急に止んだことに疑問を抱く。


 現場付近にいるティアたちが何とかしてくれているのではないかという希望的観測を抱くが、それでもまだ油断はできなかった。


 ……ここで立ち止まっていても仕方がない。

 ティアたちの連絡を待ちたいところだけど、まだ、相手はどこかにいるかもしれないんだ。

 不用意に連絡を取ればどこかで見ている敵が警戒心を抱いて、誘き出せくなるかもしれない……今は前に進もう。


 先程までの喧騒が嘘のように不気味なほどの静寂に包まれた周囲に不安と疑念を抱きながらも、セラは手筈通りに相手を誘き出すために先に進む。


「セラ! セラ! 無事でしたのね!」


 麗華――無事だったんだ!


 先へ進み、目的地であるイーストエリアの裏通り付近にある広場付近に到着すると、分かれて行動していた麗華の声がどこからか響いてくる。


 元気そうな麗華の声を聞いて安堵するセラは、声のする方へと向かおうとする――


 その一瞬だった。


 用心深いセラが仲間の声を聞いて安堵した一瞬の隙をついて、その人物は現れた。


「油断したな、セラ・ヴァイスハルト」


 この声は……――


 背後から自分をせせら笑う聞き覚えのある声が耳に届くと同時に、背中に強い衝撃を受けたセラは声なき声を上げて地面に突っ伏した。


 油断した……アルトマン・リートレイド……

 ダメだ……しばらく、動けない……


 薄れゆく意識の中、耳に届いた声がアルトマンであることに気づき、麗華の声を聞いて安堵して僅かな隙を作って不意打ちを上kた自分を恨んだ。


 自分自身への怒りで何とか意識を途切れさせるのを耐えるセラだが、それでも動くのにはしばらく時間がかかりそうだった。


「鳳麗華が近くにいてくれて助かったよ」


 安堵しきった様子でそう言い放ったアルトマンに、薄れていた意識を一気に覚醒させるセラ。


 しかし、強烈な一撃を食らった痛みでまだまともに動くことができなかった。


「……麗華に、何をするつもりだ……」


「喋ることができるとはな……まあ、それでもしばらくは動けないだろうがな」


 いまだに意識を手放さずに喋ることのできるセラに驚きつつも、突っ伏したまま動けない彼女を見て気分良さそうに、嫌らしく笑うアルトマン。


「セラ! セラ? どうしましたの? セラ!」


「安心したまえ。彼女のことは丁重に扱うと約束しよう」


 狙いは麗華なのか?

 ダメだ、麗華は近くに……


 そう言って、アルトマンはセラから離れる。


 アルトマンが向かうのは倒れたセラを心配している麗華の元だった。


「れ、麗華……ダメだ、ここに来ちゃ……ダメだ、麗華……」


 声を発する度に背中に痛みが走るが、それでも構わずにセラは声を出して麗華に警告する。


 しかし、痛みでまともに声を張り上げることができなかった。


 何度もセラは痛みを堪えながら麗華に警告を促すが、アルトマンが麗華に近づいてしばらくした後、鈍い音ともにどさりと誰かが倒れる音がする。


 ――ダメだダメだ! このままじゃ、麗華が攫われてしまう。

 動け、動いてくれ、私の身体! 動けよ!


 誰かが倒れる音――麗華だと思ったセラは焦燥感と怒りに身を焦がすが、不意打ちをまともに食らってセラは動くことができなかった。


「――どうやら、無事に終わったようだな」


「随分と弟子たちに手ひどくやられたようだな」


「ああ。思いの外逃げるのに手こずってしまった。だが、問題ない」


「当然だ。これからが本番なのだからな」


 ……師匠……

 どうして、麗華を……


 意識が刈り取られるのを怒りで何とか持ちこたえさせているセラの耳に届くのは、聞き親しんだ師匠・久住宗仁の声だった。


 尊敬する師匠だからこそ、アルトマンの協力者であっても師匠を信じたい気持ちを抱いていたが、友である麗華を巻き込んだことへの怒りが湧き上がっていた。


「安心するのは早いぞ! このバカが大勢の警備の人間を引き連れやがったんだからな」


 誰だ、この声は……

 いや、この気配、まさか……


 宗仁の次に聞き慣れない少女の甲高い切羽詰まった声が響き渡る。


 聞き覚えのない声だが、声と同時に全身から感じた肌を刺すような圧倒的な力の気配に、頭の片隅にファントムの姿が過った。


「無駄話は後だ。すぐにこの場から立ち去るぞ」


「あ、待ってください」


 ――この声……

 何だろう、どうしてだろう……

 聞き覚えがないのに。

 麗華が攫われるっていうのに。

 どうしてこんなにも安心できるんだ?


 早急にこの場を去ろうとするアルトマンに待ったをかける、呑気な声。


 今にも麗華が連れ去らわれようとしている緊急事態だというのに、その声をはじめて聞いたのにもかかわらず、セラは不思議と痛みと焦燥を忘れて安堵感を得てしまった。


 それ以上にその声の主の姿を一目見たい、そんな衝動に駆られてしまうセラ。


「悠長に待っている時間はない! 七瀬幸太郎! 君が宗仁たちの手を煩わせたせいで、計画に大きなずれが生じたのだぞ!」


「ぐうの音も出ませんけど……」


「ならば言い訳無用! 早くこの場から逃げるぞ!」


「わかりました……――ごめんね、セラさん」


 待って……


 この場から去ろうとするアルトマンたちを止めようとするが、もうセラは声を出す気力がなくなってしまい、油断をしてしまったせいで何もできずに目の前で麗華を攫われてしまったことに後悔する間もなくそのまま意識が途切れてしまう。


 しばらくして――


「セラお姉ちゃん、しっかりして、セラお姉ちゃん!」


 今にも泣きだしそうなサラサの必死な声が耳に届き、セラは目を覚ました。


 目を覚ますと同時に――


「むーっ! むーっ! むーっ!」


 この声、もしかして――

 じゃあ、あの時攫われたのは……


 何かの、それ以上に怒りに満ち満ちた唸り声がどこからともなく響き渡った。


 その唸り声を聞いて一気にセラは意識を覚醒させるとともに、疑問が噴き出した。


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