第21話
風紀委員に煙幕が投げられ、セラが襲われているという情報を聞いて、風紀委員の周辺の警備を行っていた優輝、沙菜、ノエル、貴原の三人は動きはじめた。
煙幕を投げ込んだ七瀬幸太郎を発見したという情報と、セラを襲っている少女を見つけたという情報を得た優輝たちは、現場と風紀委員のことは、一番近い場所にいる大和たちに任せ、自分たちが今いる場所から距離が近いセラを襲っている人物の元へと急いだ。
目的地は煙幕が投げ込まれた現場から離れた場所――周囲を巻き込まないためにセラが一時撤退した先だった。
少女を止めようとした大勢の人間が倒れ、ガードロボットの残骸が散らばっている場所に到着した優輝は、大勢倒れている中一人だけ平然と立っている可憐な少女の――いや、少女から放たれる気配に最悪な事態になったと確信し、改めてノエルも少女の正体に確証を得た。
……間違いない。
武輝の形状。
何よりもこの少女から放たれるどす黒い気配。
ノエルさんやクロノ君、そして、セラが感じた通り――
間違いなく、ファントムだ。
――だが、なんだ、この違和感は……
以前とは何か、違う気が――いや、それよりも……
目の前にいる華奢な体躯の幼い少女には似つかわしくないほど禍々しい空気を身に纏い、それ以上に見覚えがある形状の武輝・死神が持つような大鎌を手にした少女と相対して、この少女がかつて自分を含めた大勢の人間を苦しめたファントムであるという確信を得る優輝。
同時に自分が良く知る以前のファントムとは何かが違うような気がしていた。
そして、それ以上に――
「お前らが来るのを待っていたぜ……こいつらじゃあ、面白くなかったんでな」
武輝を手にした優輝たちが来たことに気づき、セラへの攻撃を一旦中断して、傷ついて倒れる大勢の警備の人間たちを見下ろしながら、実力者である優輝たちに邪悪に、それ以上にかわいらしい笑みを浮かべて歓迎する少女・ファントム。
「お、幼い割には中々やるようだな……」
少女であっても圧倒的な威圧感と存在感を放つファントムに、気圧されながらも強がる貴原だが、大した力を感じられない雑魚な彼のことなどファントムには眼中になかった。
ファントムの視界に入っているのは過去に自分を倒した二人・ノエルと優輝であり、そんな彼らに協力した沙菜だった。
「お久しぶりですね、お兄様? ――と呼んだ方がいいのでしょうか」
「『お兄様』か……好きに呼べよ」
自分よりも以前にアルトマンが生み出した自分を『兄』と呼ぶノエルを嘲笑うように、ファントムは嫌らしい笑みを浮かべた。
「それなら、オレは『お姉ちゃん』とでも呼んだ方がいいか?」
「……いいかもしれませんね」
少女の姿のファントムに『お姉ちゃん』と呼ばれて一瞬いいかもしれないと思ってしまうノエルだが、少女の放った言葉でファントムであることが明確になったので気を引き締め直す。
「本当に地獄から蘇ったんだな、ファントム」
「ああ、お前たちに散々煮え湯を飲まされ続けたままじゃ、大人しく眠れないんでね」
「……お前、本当にファントムか?」
「ああ、オレはオレだ! お前たちに三度敗れた記憶が鮮明に残っているオレだ! 負けた記憶が残るってのは正直気に入らないが、よかったって思ってるよ! お前たちに対する憎悪がオレを強くしてくれるんだからなぁ!」
「なるほど……確かに、今までのお前とは一味違うようだな」
自身が敗北を喫した屈辱の思い出が蘇るとともに、全身からどす黒い感情と圧倒的な力を放つファントム。
ティアストーンに自身の精神を潜ませ、エレナの身体を借りて復活した際は、一度目に消滅した際の記憶が部分的に失っていたのだが、今のファントムはすべての記憶を共有していることを優輝たちは察した。
積もりに積もった自分たちの憎悪で動き、それを糧にしているファントムは今まで以上に強くなっていることを悟る優輝だが、それ以上に――
「かわいい……」
「うぅ……黙れ、沙菜! こ、こんな姿でもオレはオレだ!」
ファントムなのに……かわいいな。
沙菜の正直な感想にプリプリとかわいらしく怒るファントム。邪悪な気配を身に纏っているのに、そんなファントムの姿を沙菜と同じくかわいらしいと思ってしまう優輝。
しかし、優輝は容姿のことを指摘したわけではなかった。
確かに自分にそっくりだった容姿が愛らしい幼い少女の姿に変化したのは驚きだったが、それ以上に驚いたのは身に纏っている雰囲気だった。
相変わらずどす黒い感情を身に纏っていたのだが、その雰囲気が若干和らいでいるような気がしたからだ。
そして――
「……お前、ラーメンの匂いがするぞ」
「やっぱり、優輝さんもそう思いますよね」
「沙菜さんもか……中々強烈な香りだね。良い匂いだけどさ」
「私は何だかお腹が空いてきました」
「それじゃあ、これが終わったらラーメンを食べに行こうよ」
不意に放たれた優輝の言葉に、沙菜も同意を示す。
「醤油ラーメンの香りがしますね」
「やはり、死神・ファントムと言えど腹が減っては戦ができぬということでしょうか」
「なるほど、貴原さんの言葉は一理ありますね」
「しかし、戦いの前にラーメンとは呑気なものです」
「美咲さんや刈谷さんたちは、戦う前にステーキを食べると言っていました」
優輝の言葉を受け、ノエルと貴原はひそひそと話し合っていた。
人が気にしていることを好き勝手に言って呑気に会話を繰り広げている優輝たちに、ファントムは瞳に悔し涙を浮かべて「ぐぬぬ……」とかわいらしい唸り声を上げて怒りのゲージを高め、すぐに爆発させる。
「お前ら! 好き勝手言いやがって! もう許さん! 絶対に許さんからな!」
爆発させた怒りとともにどす黒い感情と力を一気に解き放つファントム――凄まじい力を放っているのだが、幼い少女という外見でいまいち迫力が足らなかった。
しかし、それでも圧倒的な力は優輝たちを警戒させるには十分だった。
「計画なんざどうでもいい! お前たちに新しくなったオレという存在を刻んでやるよ!」
来る――
随分と雰囲気が変わったが、おそらく実力は何一つ変わっていないはずだ。
勝てるか? ――いや、勝てる。
みんながいるんだ――だから、絶対に勝てる。
嬉々とした笑みを浮かべるファントムに、戦いは避けられないと感じる優輝。
自分に多くのトラウマを刻んだファントム相手に気圧されるが、それでも、自分の周囲には沙菜をはじめとした仲間がいるので、何も問題はなかった。
「さあ、さあ! ぶっ潰してやるよ!」
自分に屈辱を与えた優輝たちへの怨嗟の声を上げながら、ファントムは武輝である大鎌を振り上げて襲いかかってくる。
優輝は沙菜たちの前に立ち、襲いかかるファントムを迎え撃つ。
ファントムと優輝、因縁ある二人がぶつかり合う――ことはなかった。
「ファントムさーん、助けてくださーい!」
こちらに近づいてくる切羽詰まった、それでいて呑気な声が響き渡り、ファントムは動きを止め、優輝もどこかで聞いたことがあるその声に思わず動きを止めてしまった。
声とともに響き渡るのは、大勢の足音だった。
声のする方へ視線を向けると――
「お前、どれだけ大勢を引き連れてんだ!」
「すみません、気づかれてしまいました」
あれが、七瀬幸太郎君……
報告通りでイメージ通り? いや……何だろう、どうしてこんなにも……
こんなにも、彼に会えて嬉しいと思ってしまっているんだろう。
大勢の制輝軍や警備の人間、警備用ガードロボットから追われている七瀬幸太郎が、こちらに向かっており、厄介者を大勢引き連れてきた幸太郎にファントムは激高する。
一方の優輝たちは初対面であるにもかかわらず、どこか見覚えのある幸太郎の登場に、頭や胸の中で生まれた違和感に混乱していた。
「ふざけんな! 良いところだったのに邪魔をしてんじゃねぇよ!」
「勝手な真似をしたらまた怒られますって」
「うるせぇんだよ! オレの復讐を邪魔するな!」
「せっかく蘇ったんですから、今度はみんなで仲良くしましょうよ」
「できるかぁ!」
……あのファントムと対等に接している。
それ以上に、ファントムだ……
やはり、以前のファントムと比べ、何かが違う――決定的に。
駆け寄ってきた幸太郎に詰め寄るファントムと、そんなファントムの圧力に恐れることも屈することもしない幸太郎を眺めていた優輝は、幸太郎の呑気さに驚くよりも、彼と接しているファントムを見て、出会った時から感じていた漠然としなかった雰囲気の変化がここで明瞭になり、ファントムの変化に驚きを隠せなかった。
相変わらずの圧倒的な力、どす黒い感情だが、幸太郎と接しているファントムからは以前のような刺々しい雰囲気は失っており、柔らかい雰囲気を放っていたからだ。
「ファントムさん、やっぱり良い匂いします……お腹が空いてきました」
「うるさい、うるさい、うるさーい! どいつもこいつも人が気にしていることばかり……」
「でも、ファントムさん良い匂いです。僕、ずっと嗅ぎたいです」
「少女の匂いをずっと嗅ぎたいというな! このヘンタイ!」
「ぐうの音も出ません」
「クソ……仕方がない! この勝負預けるぞ!」
優輝たちを前にしているのに加え、大勢の人間がこちらに殺到している中、幸太郎と話しても無駄に時間を費やすだけだと判断したファントムは、全身に赤黒い光を纏わせる。
「優輝さん、ごめんなさい」
「悪いがこのバカのせいでお前たちの相手をしている暇はなくなったんだ。今度じっくり相手をしてやるから、首を洗って待っていろ」
何か攻撃が来ると思って身構える沙菜たちだが、構わずに優輝は自身の周囲に武輝から放たれる溢れ出んばかりの輝石の力で生み出した光の刃をファントムに発射する。
発射された光の刃をファントムは最小限の動きで容易に回避。
同時に、身に纏っていた赤黒い光がファントム中心に地面に広がった。
ヘドロのような質感の赤黒い光は一瞬にして優輝たち、そして、幸太郎を追ってきた大勢の人間やガードロボットの足に絡みつき、動けなくさせる。
「な、なんだというのだ、これは! クソ、動けないぞ!」
「落ち着くんだ! 輝石の力を足元に集中させて拘束を解くんだ!」
突然の事態に貴原はパニックになるが、優輝のアドバイスで少しだけ平静を取り戻して、言われた通りに輝石の力を足元に集中させて拘束を解こうとする。
「ファントムさん、すごいです」
「フン! これくらいは当然だ」
一瞬にして大勢の人間の動きを封じたファントムの技を見て、感嘆の声を上げる幸太郎に、ファントムはまな板な胸を張って、得意気に鼻を鳴らした。
「こうなっちまったらアイツの思い通りに動くしかないか……行くぞ、幸太郎」
「クソ! 待て、ファントム!」
「無駄だ。その拘束はすぐに解けねぇよ」
忌々しそうに舌打ちをしながらこの場を離れようとするファントムを追うために、全身に輝石の力を纏わせて足に絡みつく赤黒い光を消滅させようとする優輝。
そんな優輝を尻目に、悠然とした足取りで立ち去るファントム。
挑発的なファントムの態度に、優輝は力を振り絞って拘束を解こうとする。
完全に拘束は解かれていないが、それでも徐々に足を動かせるようになる優輝。
完全に動けるまでもう少しなのだが――
「優輝さん、水月先輩、ノエルさん、貴原君、それと、大勢の皆さん――ごめんなさい」
呑気にも深々と一礼下げて謝罪の言葉を述べる幸太郎に、ファントムを追おうとしていた優輝の、そして、拘束を解こうと必死になっていた貴原たちの全身から力が抜けた。
もちろん、ファントムを追わなければならい――その気持ちは残っていた。
しかし、幸太郎の姿を見ていたら、自然と力が抜けてしまった。
どんな状況に陥っても呑気でいられる幸太郎の性格に当てられたわけではなく、初対面であり、まだ詳しく人となりを知らないというのに、彼にこの場を、ファントムを任せても大丈夫だという安心感と信頼感に襲われてしまったからだ。
――一体何者なんだ、彼は……
何も知らないのに、どうして彼を信頼できるんだ?
父さん、彼と会ってあなた俺たちに一体何を伝えたかったんだ?
何もわからないけど、これだけは言える。
彼は敵ではない……味方でもないけど、敵ではない。
確証がないというのに――
優輝は自身の中で強くなる違和感に戸惑いながらも、確証がないというのにもかかわらず、七瀬幸太郎はアルトマンたちの協力者であっても敵ではないということだけは不自然なほどの確証を持っていた。
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