第20話
「……本当なのか?」
セラたちの援護に向かうために急いでいたティアたちだったが、イヤホンから届いた周囲を警備していた制輝軍の一人からの報告を聞いて、思わずティアはら立ち止まってしまった。
風紀委員たちに向かって煙幕を投げている七瀬幸太郎を見つけたという報告がされたからだ。
しかし、聞き返しても返答は同じであり、七瀬幸太郎の姿を確認し、現在数人で囲んで、指示があればすぐにでも捕らえるという話だった。
幸太郎を見つけることができたのは偶然なのか、監視カメラの映像や、野次馬たちの目撃で幸太郎が煙幕を投げられた瞬間をバッチリと見られていたからだ。
その話を聞いて、襲撃された風紀委員たちとパニックになっている現場の指揮は大和たちに、セラを襲う何者かの対応は優輝たちに任せ、ティアは七瀬幸太郎の元へと向かっていた。
「……罠、だろうか」
「それを疑って手を出さずに様子を窺っているそうだ」
報告を聞いて、相手は輝石を扱えない人物ではあるが、周囲を警戒することなく囲まれている幸太郎の隙の多さに何か仕込んでいるのではないかと、罠を疑う大道にティアも同意を示す。
「いやー、単純に周りに目が行ってないだけなんじゃねぇの?」
「ありえるかもしれないが……しかし、仮にもアルトマンの協力者。我々を翻弄しているのかもしれない」
「買い被り過ぎなんじゃねぇの? アイツからそんな計算高い感じはしなかったけどなぁ」
刈谷の呑気な意見に否定的な大道だが、アルトマンの協力者であるというのにあまりにも薄れている幸太郎の警戒心にそれも十分にありえると思っていた。
「何であろうと、アルトマンの協力者であるならば捕らえるべきです」
「お、貴原ちゃんったら珍しく良いこと言うねぇ♥ 一応罠かもしれないって考えて待機させてあるけど……どうしようか、ティアちゃん♪」
『いいか、彼と会うんだ。何としてでも、彼と会って思い出すんだ』
美咲に質問されると同時に、頭の中に昨夜の宗仁の言葉が蘇り、ティアは押し黙る。
罠が待っているかもしれないが、周囲の被害を与えるかもしれないこと、逃げられてしまえば元も子もないと考え、捕らえるように指示を出すべきだとティアは思っていた。
しかし、七瀬幸太郎と会いたいという気持ちも存在していた。
「私たちが向かうまで待機させてくれ」
……すまない。
数瞬の沈黙の後、幸太郎を囲む制輝軍たちを待機させることにするティア。
感情をいっさい感じさせない冷たく感じられるほどの無表情のティアだが、逃げられてしまうかもしれないのに、周囲に被害が及ぶかもしれないのに、七瀬幸太郎に会いたいという私情を優先させてしまったことに関して罪悪感を抱いていた。
そんなティアの罪悪感を、それ以上に、美咲たちも七瀬幸太郎に会いたいという気持ちを宿しており、彼女の意見に文句を言わずに目的地へと急いだ。
数分後、目的地である風紀委員が襲われた大通りに繋がる通りに辿り着くと――
周囲の物陰に大勢の制輝軍たちがいるにもかかわらず、それに気づくことなく呑気な様子で幸太郎はメロンパンを食べながら、混乱している赤い煙に包まれた大通りの様子を眺めていた。
あれが、七瀬幸太郎か……
……報告書と写真通り、特筆すべきものは何も感じられない。
だが、なんだ、この感覚は……どうしてだ……どうして私は……
奴と会って、こんなにも嬉しいと感じてしまっているんだ?
目の前にいる幸太郎から特に特筆すべきものを感じられなかったが、間近で彼を見て嬉しいという感覚に襲われてしまい、彼の元に駆け寄りたい衝動に駆られた。
輝石の力を扱えないのに煌石を扱える不思議な力を持ち、何も接点がないはずなのにアルトマンと協力しており、人嫌いの師匠にしては珍しく一目置かれている存在に興味はあったが、会えて嬉しくなるの程の興味は抱いていなかったからだ。
自分を襲う不可思議な感覚を抑えながら、ティアたちは幸太郎を囲む制輝軍たちに目配せをして、手を出すなと無言で指示を送った。
そして、ティアは刈谷たちを引き連れて一歩前に出て幸太郎に近づく。
さすがの幸太郎もティアたちの気配に気づいたのだが――
「あ、ティアさん、それに刈谷さん、大道さん、美咲さん」
アルトマンの協力者であるのならば、普通はアカデミーの人間が来て自分を捕えに来たのだと思って身構えるか、逃げようとするはずだと誰もが思っていたのだが、幸太郎の反応は違った。
現れたティアたちを嬉々とした笑みを浮かべて歓迎した。
敵意のないただの無邪気で能天気な幸太郎の笑みにティアだけではなく、刈谷たちも理解不能な感覚に襲われるが、すぐに我に返る。
「七瀬幸太郎だな」
「ティアさん、どうも」
妙にフレンドリーな態度の幸太郎に一瞬脱力感に襲われるが、すぐに気を引き締めるティア。
「……何をしている」
「煙幕を投げました」
「自供したな――なぜ煙幕を投げた」
「僕の役割だからです」
「なるほど……それで、どうしてここにいる」
「宗仁さんの指示です」
師匠の? ……まさか、私たちと接触させるために彼を?
――いや、今はとにかくそれよりも。
「自供は取れた。拘束させてもらおう」
「いつの間に……全然気づきませんでした」
ティアの言葉を合図に、幸太郎を拘束しようと物陰に隠れていた制輝軍やガードロボットたちが一斉に現れ、囲まれた状況に幸太郎は呑気な様子で驚いていた。
様々な疑問はあるが、今はこの騒動の混乱を収めることをティアは優先させるが――ここで、美咲が割って入ってくる。
「まあまあ、ちょっと待とうよ。無害そうだし、何よりも面白そうだし♪ もう少し話してもいいんじゃないの? 幸太郎ちゃんだっておねーさんと話したいよね?」
「僕も美咲さんたちとゆっくり話したいです」
「うーん、嬉しいなぁ❤ でも……もしかして、罠とか張ってたりしちゃうのかな?」
裏のない幸太郎の態度に興味を抱いて腰をくねくねさせる美咲だが、探るように幸太郎を見つめる目は鋭かった。
美咲の質問に痛いところを突かれたと言わんばかりに幸太郎はハッキリと表情を気まずそうなものへと変化させる。
「その……こうなった場合、逃走用の煙幕を用意していたんですけど……勢い余ってセラさんたちに投げちゃいました」
正直な態度と、正直に自分のミスを告げるバカ素直な幸太郎に、一瞬の沈黙の後――美咲は咳を切ったように笑う。
「面白いなぁ、幸太郎ちゃんってば☆」
「また怒られそうです」
「それなら、おねーさんたちと来ない? 悪いようにはしないからさ❤ 来てくれたら、おねーさん的には嬉しいんだけどなぁ♪ サービスしちゃうよん?」
「ごめんなさい、美咲さん。それはできないです」
「そうみたいだね……じゃあ、言うことを聞いてくれるのは無理そうかな?」
……雰囲気が変わった。
美咲の誘いを幸太郎は丁重に、強い意思を込めて断った。
相変わらず呑気で馴れ馴れしい雰囲気を放っていたが、美咲の誘いを断った一瞬だけ鋼の意志のようなものをティアは、美咲たちも敏感に感じ取っていた。
「こんな状況だ。大人しく我々に捕らえられた方がいいだろう」
「ごめんなさい、大道さん。まだやることがいっぱいあるので捕まれないです」
「……君は悪い人ではなさそうだ」
「ありがとうございます」
確証はないが、アルトマンの協力者であっても目の前にいる無邪気で能天気な幸太郎が自分たちの敵であると大道は思えなかったからこそ、穏便に解決したかった。
「美咲の言う通りだ。アルトマンの元にいるよりも、我々の元にいる方が安全だ……身の安全のためにも、どうか我々の元へ来てくれないだろうか」
「……それはできないんです」
「どうしてだ。何かアルトマンに弱みを握られているのか? それなら、我々が全力を持って君を守ろう。約束する」
「そういうことじゃないんです。僕はやらないいけないことがあるんです」
「それはアルトマンたちに協力し、我々と敵対しても果たさなければならない目的なのか?」
「大道さんたちと戦うのは嫌ですけど、覚悟はしてますし、僕が決めたことですから」
自分の決めた目的に突き進む幸太郎の姿が一瞬嵯峨に見えてしまう大道だが、すぐに嵯峨の幻影は消えた――刈谷の言った通り、邪魔者は誰であっても、友であっても容赦なく、躊躇いなく排除する嵯峨とは決定的に違うものが幸太郎には存在していたからだ。
「確かに、似ているな。しかし、決定的な違いがあるな……」
「似てるって……もしかして、嵯峨さんにですか?」
幸太郎から感じ取った強固な意志に、嵯峨のことを思い浮かべながら大道はそう呟く。
大道の呟きに幸太郎は反応し、何気ない調子で嵯峨隼士の名前を出すと、誰よりも早く刈谷は反応して幸太郎に詰め寄った。
「お前、嵯峨のことを知ってんのか?」
「もちろんですよ。忘れるわけないじゃないですか」
下手なことを言ったら許さないと言った雰囲気を放つ刈谷に気圧されることなく、呑気に、そして、若干の後悔を滲ませて幸太郎は頷いた。
「……お前、本当に一体何者だよ」
「僕は七瀬幸太郎です」
「そりゃ知ってるっての! お前、俺たちの何を知ってるんだよ」
「刈谷さんなら……女の人に告白する時、毎回イルミネーションがきれいなイーストエリアの夜に駅前広場で告白して、フラれると絶叫するから、周りの人によく目撃されるんですよね」
「な、なんでお前、俺のロマンティックで完璧なプランのことを!」
限られた人間にしか知らない自分の完璧な告白プランを知っている幸太郎に驚く刈谷。
「あれ、完璧だったんですか?」
「当然だろうが! イーストエリアはアミューズメント施設も飯屋も多いし、それらを経てボルテージが上がった後にロマンティックな風景に酔いしれ、昨夜はお楽しみでしたねルートだ」
「でも、毎回失敗してましたよね」
「う、うるせぇ! あー、もう、お前と話しても埒が明かねぇ! さっさとふん縛って、取っ捕まえましょうぜ、姐さん」
「わわ、ちょっと待ってくださいよ、刈谷さん」
「うるせぇ! 神妙にお縄を頂戴しろっての!」
幸太郎と再会した時から頭と胸の中から説明できないモヤモヤが生まれ、彼と話す度に大きくなってしまって苛立つ刈谷は、さっさと幸太郎を拘束するようにティアに提案する。
小さく頷いて刈谷に同感した再び制輝軍たちに目配せをして、幸太郎を捕えるようにと命じる。今度はさっきのように美咲は止めるようとはしなかった。
制輝軍の一人が拘束するために幸太郎の腕を掴もうとすると――
「離れろ!」
上から感じた力の気配に、ティアは声を張り上げた。
ティアの警告に従って全員一斉に大きく後退した瞬間――空から幸太郎を守るようにして光の刃が降り注ぐとともに、武輝である刀を手にした久住宗仁が舞い降りてくる。
宗仁の登場とともにティアたちは武輝を輝石に変化させる。
「……師匠、本気ですね?」
「何度も言わせるな――七瀬君、歯を食いしばれ!」
「ちょ、ちょっと、宗仁さん? え、え?」
「昨日のように奴が何をするのかわからん――優輝たちの元へと急いでくれ」
「わぁあああああああああ!」
改めて本気かと問うティアを軽くスルーした宗仁は、幸太郎の襟を掴んだ。
宗仁に襟を掴まれると同時に、幸太郎の全身をシャボン玉のような薄い膜に包まれた。
その状態の幸太郎をボーリングの玉のように投げ転ばし、この場から離脱させた。
素っ頓狂な声を上げて勢いよく転がる幸太郎を止めようとする制輝軍やガードロボットたちだが、宗仁が張った膜に守られているせいで、転がる幸太郎に吹き飛ばされてしまう。
それでもすぐに彼らは幸太郎の後を追おうとするが、宗仁が発射した光の刃で足止めされる。
「彼を追うことは許さん」
そう言って、全身から圧倒的な力を解き放つ宗仁。
伝説の聖輝士から放たれる力にティアを含めた全員が気圧され、息を呑んだ。
全員が気圧される中、すぐに武輝である身の丈を超える斧を担いだ美咲は興奮しきった表情を浮かべる。
「いやぁ、感激だなぁ。まさか、伝説の聖輝士様と戦えることができるなんてね♥ 感謝感激感無量の光栄だよ☆」
「銀城美咲――噂通りの人物だな」
「アタシのことを知ってくれているなんて嬉しいなぁ」
「当然だ。この場にいるほとんどの人間を私は知っているぞ」
そう言って制輝軍たち、刈谷、大道、美咲、この場にいる全員に視線を向ける宗仁。
伝説の聖輝士である宗仁に知られ、彼らは状況を忘れて若干喜んでしまっていた。
「しかし、悪いが容赦はできない――わかっているな、ティア」
「ええ、よくわかりました――行きます」
「……すまないな」
「こちらも覚悟を決めました――もう言葉は不要です」
覚悟を決めて自分たちと戦おうとする師匠に、ティアも覚悟を決める。
武輝である大剣をきつく握り締め、誰よりも早くティアは尊敬する師匠に飛びかかった。
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