第三章 偽りの真実
第23話
まったく、やれやれ……
本当にやれやれだよ、まったく……
何を考えているんだが……
風紀委員が襲われた現場の様子を、一人の老人がビルの屋上で眺めていた。
白髪の髪、老年だが歳を感じさせない整った顔立ちで、細身だが芯がある体格の初老の男――アルトマン・リートレイドは、仰々しく困り果てたといった様子でため息を漏らした。
混乱が収束した現場を眺める妖しく光る双眸は僅かに苛立ちを含んでいた。
自分を倒すため、新たな味方を得て半年ぶりに彼らが再びアカデミーに戻ってきた時は興奮したし、嬉しかった。
自分と同じ賢者の石の力を持ち、自分を倒すと誓った幸太郎が現れたことにより、お互いの力がぶつかり合い、賢者の石の力によって見えていた面白味のない、みんながハッピーエンドになる未来の光景がすべて見えなくなったからだ。
それ以上に、今何か想定外のことを仕掛けてくるだろうという期待感はあった。
幸太郎が今までにないほどの力を発揮してくれるだろうと待っていた。
しかし――
今回の騒動を経て、それが無駄な期待だったとアルトマンは感じはじめていた。
二週間前の騒動、そして、今回の騒動を経てアカデミー都市――いや、世界中が幸太郎の持つ、無意識に放っている力の影響を受けはじめていたからだ。
まだ影響は出ていないが、小さな波紋が後々になって大きな波になるのは明らかだった。
無意識に放たれる力とは実に厄介だ……
――いや、ファントムを蘇らせたのだから、ある程度は力を扱えているのか?
力の正体を知り、この半年間失敗作から力の扱い方を教えてもらい、ある程度コントロールしているのだろうか?
それとも、追い詰められた状況を打破したいという気持ちが力を向上させたのか?
どちらにせよ、強大過ぎる力をまともに扱えないというのは実に厄介だ。
しかし、実に素晴らしい。
強大な力を得てもまともに扱えない矮小な存在が生み出した小さな、極小な影響が大きな影響になり得るとは……これが賢者の石の力!
素晴らしい! 実に素晴らしいが、まだまだだ……まだ、その程度ではない。
そうだろう? 七瀬幸太郎君――私も君もまだ満足していないはずだ。
だというのに、まったく……
無意識に強大な力を放ち、敵味方双方に幸運と不幸をもたらす幸太郎の力を心底厄介であると忌々しく思いつつも、彼や自分の持つ力を改めて素晴らしいと思っていた。
賢者の石が持ち力の一端を垣間見ることができて嬉々とするアルトマンだが、すぐにたまりにたまった苛立ちを吐き捨てるように深々とため息を漏らした。
「邪魔だ……実に邪魔だな」
徐々に違和感が芽生えつつある眼下の邪魔者たちを冷酷な目で眺めながら、アルトマンは忌々し気にそう吐き捨てた。
やはり、半年前に消しておくべきだった――まあ、後悔しても遅いし意味がない。
すべては賢者の石の導き。
相手の思惑に乗るのは癪だが、仕方がない……これも賢者の石の導きだ。
後顧の憂いはここで断つ――それも、賢者の石の導きだ。
半年前、自分に反抗し、今尚幸太郎に協力して自分に反抗を続けている失敗作のイミテーション・ヘルメスを完全に消滅させなかったことを後悔しながらも、すべては賢者の石の導きだと思うことにした。
相手の思惑にわざわざ乗ってしまう愚かな自分も、そう思うことにした。
すべては賢者の石の導かれるままに、アルトマンは行動を開始するが――
誰にも邪魔はさせない。
それがたとえ、賢者の石の導きであっても。
たとえ、賢者の石の導きだとしても、自分と幸太郎との間の邪魔は許さなかった。
―――――――――――
良い気味だな、ホント、良い気味だ……
まさか、こんなにも上手く行くとはね、
「どうして気づいていて何も言わなかったんだ!」
「だから、待ってくださいって言ったじゃないですか」
「ど、どうしてもっと強く止めなかったんだ!」
「止めようと思ったんですけど、ヘルメスさんに急かされたので中々言えなくて」
「言い訳無用だ! 気づいていたのなら、一言でもいいから言うべきだったんだ!」
「ぐうの音も出ません」
「それに、逃げている最中でも報告する時間はあったんだ!」
「その時に行ったら、戻りますか?」
「それは、その……と、取り敢えず! 報告、連絡、相談は社会の常識だぞ!」
アカデミー都市内にある、窓一つない薄暗いとある場所で、アルトマン――ヘルメスのヒステリックな怒声が響き渡り、その怒声を一身に受けるのは幸太郎だった。
「良い気味だぜ。普段から人に説教しているお前が失敗するなんてな」
「黙れ! 私は何一つ失敗していない! すべては彼の責任だ」
「人の責任にするなよ。確かに、幸太郎が報告しなかったのも問題だが、こいつが気づいた時に話を聞かなかったお前もお前なんだよ」
だぼだぼのパーカーを着た少女――ファントムは理不尽な怒りをぶつけられている幸太郎のフォローをするが、別に幸太郎の味方をしているわけではなく、ただただヘルメスを煽りたいだけであり、彼女の言葉に何も反論できないヘルメス。
「いずれにせよ、失敗はしたが状況は一石二鳥だ」
「君の言う通りだが、なぜ鳳麗華だったのか、その理由は知っているだろう!」
パニックになっているヘルメスを落ち着かせるフォローする宗仁だが、逆効果だった。
良い気味だよ、まったく……
パニックになって項垂れるヘルメスの姿を眺めて、薄暗い室内に置かれた椅子の上で縛られているバニーガール姿の鳳麗華――ではなく、伊波大和は気分良さそうに微笑んでいた。
だが、同時にヘルメスたちから感じられる違和感に戸惑っていた。
「麗華さん、向こう見ずに暴走しますからね」
「その通り! わかっているなら伊波大和が鳳麗華の変装にしていることを報告すべきだった! 彼女を好きにさせれば、こちらの準備が間に合わない可能性が大いにありえるのだ! だから鳳麗華を捕えるのを最優先にしたのだ! アカデミーとの取引も上手く行くのだからな! 我々の計画を察して、大胆な真似をした鳳麗華を捕えることができる絶好の機会と、今までの計画が無駄になったのだぞ!」
「大丈夫ですよ、麗華さんは大和君のこと大事に思ってますから、下手な真似はさすがにしないと思います……多分、おそらく、きっと」
「不安しかないぞ!」
相変わらず能天気でいられる幸太郎に、ヘルメスは更にパニックになってしまっていた。
どうやら誘き出していたのは、あちらも同じってことかな?
それにしても、何というか……随分、アットホームな感じだな。
もう少し、殺伐としていると思ったんだけど……
というか、『ヘルメス』? 目の前にいるのはアルトマンじゃないのか?
幸太郎を責めるヘルメスの口振りから、自分たちも彼らに誘き出されたことを悟る大和だが、それよりも気になっていたのは彼らの雰囲気と、『ヘルメス』と呼ばれる存在だった。
計画が失敗してパニックになりながらも幸太郎を中心として妙にアットホームな雰囲気を流れているこの場に違和感を抱きつつも、アルトマンの姿をしている『ヘルメス』という存在に疑問を抱く大和。
「ここからは想定外の事態が続くだろう。喚いているよりも準備をするべきだ」
「そ、そうだな、その通りだ……よし、準備を整えるぞ。事態は非常に切迫している」
落ち着きを取り戻したか――面白くないな。
さて、これから先どうなるのかな……
何か薬を打たれたせいでしばらくはまともに動けなさそうだし、今は待つしかないか……
麗華、期待しないで待ってるからね。
「大和君、寒くない?」
「え? あ、うん……ありがとう」
状況分析している大和に、不意に話しかけた幸太郎はバニーガールという薄着の格好をしている大和に、着ている上着を羽織らせた。
突然の幸太郎の行動に戸惑いながらも、寒かったの事実なので感謝の言葉は述べた大和だったが――幸太郎の上着から伝わる暖かさは体温だけではなく、胸の中の温度も高まらせていた。
「……大和君、かわいい」
「視線が露骨すぎるけど一応は感謝しておくよ。でも、僕としては迷惑な限りだし、こんな格好をするのは不本意だよ。さすがに恥ずかしいからね。麗華もよくやるよ、本当に」
麗華には及ばないが、普段はサラシに包まれて拝むことができない突き出た大和の両胸をジッと正直に見つめながらの幸太郎の一言に、大和は自虐気味な笑みを浮かべた。
「ごめんね、大和君。巻き込んじゃって」
「何を気にしているのか知らないけど、これは僕が決めたことだからね」
唐突に謝ってくる幸太郎を理解できないと思いながらも、不思議と胸が締めつけられる大和。
「麗華さんのため?」
「僕はただ真実が知りたかっただけさ。君たちの行動には僕の張った罠を見破られない焦りとともに、それでも突き進もうとする使命感を感じたからね」
二週間前に派手な騒動を起こした時から薄々感じていたが、ここに連れ去らわれて大和は確信した――この場にいる全員使命感を持って行動していると。
そして、その使命感の先には強大な何かがおり、それに立ち向かうための準備に焦っているのだと。
「それにしても、君は随分と麗華のことを知っているんだね」
「嫌っていうほど知ってます」
「正直だね、君は」
「ありがとう、大和君」
「別に褒めてないんだけどね」
相変わらず調子狂うなぁ……
――でも、頭も口も軽そうだしチャンスかも。
二週間前と同様、人の調子を狂わして自分のペースに持ってくる幸太郎に戸惑いながらも、大和は情報を収集するチャンスだと考えることにした。
「こうして縛られたままっていうのも暇だし、僕と喋らないかい?」
「もちろん。大和君も、僕たちの情報欲しいんだよね」
「そんなつもりは――あるんだけどね」
能天気な幸太郎ならばペラペラと自分の質問に答えてくれると思っていたが、想定以上、というか、人並程度の鋭さは持っていたことを悟り、こちらも正直に答えることにした。
「ヘルメスさん、大和君が状況を知りたがってるみたいなんですけど」
「勝手にしろ! ここまで来た以上、どうせ遅かれ早かれ知ることになるんだからな!」
……失敗したばかりだというのに、彼を放っておいていいのか?
いや、それよりも『遅かれ早かれ知ることになる』? ――どういうことだろう。
重要な情報を話すかもしれないというのにヘルメスは適当に幸太郎を流し、幸太郎に目もくれずに宗仁とともに話し合い、何らかの準備をはじめる。
様々な疑問が浮かぶが、「わかりましたー」と特に考えている様子なく話をはじめようとする幸太郎から話を聞くことに集中する大和だが――
「ハハッ! オイオイ、幸太郎。お前まさかまだ期待してるのか? 無駄だっての」
大和に状況説明しようとする幸太郎をせせら笑いながら邪魔をする少女・ファントム。
少女の正体についてはまだハッキリとしていなかったが、幸太郎たちの会話と、感じたことのある少女のどす黒い感情で、彼女が死神・ファントムであると大和は確証を得ていた。
「その性格の悪さ――……ノエルさんやセラさんの言っていた通り、やっぱり君はファントムなのかな?」
「ああ、久しぶりだな、伊波大和。それとも、
「できれば伊波大和って呼んでくれよ。元気に蘇って何よりだよ――随分かわいくなったじゃないか。誰かと思ったよ」
「……チッ、相変わらずいけ好かない奴だ」
「誉め言葉として受け取っておこうかな? それよりも、君何だかラーメンのにおいが……」
「う、うるさい、うるさい、うるさーい!」
――本当にファントムなのか?
……随分と雰囲気が変わったな。
かわいいし。
コンプレックスを突きそうになる大和の口を、子供のように騒いで止めるファントム。
そんなファントムの様子を微笑ましくも、意外そうに大和は見つめて、少女の姿になったファントムの雰囲気が明らかに変わったことを察していた。
自身を不思議そうに見つめる大和の視線を無視して、ファントムは「コホン!」とかわいらしく咳払いをして、話を元に戻す。
「だが、何を教えたところで無駄だ。幸太郎、お前の期待は無駄になるぞ」
「僕はそれでもいいよ。僕としては、危険な真似をして君たちの懐に入り込んだんだから、それに見合った報酬が欲しいところだからね――だから、頼むよ幸太郎君」
「じゃあ、まずはヘルメスさんのことだけど――」
ファントムからの横槍はあったが、大和の意思を聞いて幸太郎は話しはじめる。
自分たちの目的。
ヘルメスの正体。
賢者の石。
ファントムが蘇った理由。
そして――
大和たちが忘れ去っていた偽りの思いの中にある真実を。
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