第24話

 風紀委員襲撃騒動が一段落して、風紀委員である麗華とサラサ、そして、状況報告するために巴が、大和が連れ去らわれた現場付近にある公園に集まっていた。


 普段の勝気で無駄に騒がしい麗華の態度は鳴りを潜め、巴からの報告を待っていた。


 幼馴染同士の二人であり、巴を姉のように慕うほどの仲が良い麗華と巴の関係だが――今の二人の空気は冷え切っていた。


 もちろん、その理由は連れ去らわれた大和のせいだった。


 一触即発の状態が静かに続いている両者の様子を、サラサはハラハラした様子で眺めていた。


「現場は落ち着きを取り戻したわ。でも、アルトマンたちに繋がる証拠は何もないわ」


「ええ。わかっていますわ、お姉様――セラは無事ですの?」


「病院に運ばれたけど問題ないそうよ」


 アルトマンに不意打ちを食らったセラが無事だったことを知り、麗華は小さく安堵の息を漏らすが、彼女から放たれる静かな怒りと苛立ちは更に上がっていた。


 更に空気が張り詰めるが、構わずに巴は淡々と報告を続ける。


「アカデミー上層部は詳しい状況報告をあなたの口から聞きたいそうよ」


「ええ、わかりましたわ――ですが、お姉様、サラサ。お父様たちの元へと向かう前に私に何か言っておくべきことがあるのではありませんか?」


 言い訳は許さない――そう言っているような鋭い目を巴とサラサに向ける麗華。


 そんな麗華に、今にも泣きだしそうな表情のサラサは「ごめんなさい、お嬢様!」と深々と頭を下げて謝った。


「ごめんなさい、ごめんなさい……大和さんの計画が危ないってずっと前から知っていたのに、アルトマンさんたちを捕まえるために、ずっとお嬢様に黙って騙し続けていました……ごめんなさい」


 震えた声で何度も謝るサラサに、麗華は小さくため息を漏らして僅かに毒気が削がれた様子で、頭を下げるサラサから巴に視線を向けた。


「お姉様、聞かせてもらいますわよ。あの大バカモノの計画を」


「はじまりは二週間前――煌石一般公開の騒動がある程度落ち着いてからよ。それ以降、何度か人気のない時間と場所を選んで大和と話をしていたの」


「そういえば、ここのところサラサは寝不足気味でしたわね……」


「そうね。大体集まる時は人気のない夜だったわ」


 有無を言わさぬ迫力を宿す麗華の言葉に、巴は淡々と大和の計画を話しはじめる。


「大和は二週間前の騒動でアルトマンには自分たち以外が目立つことの他にも目的があるって思っていたの」


「それが私、でしたのね」


「ええ。大和は煌石を操るためにプリムさんを連れ去ろうとしたのにもかかわらず、まだ煌石から力を引き出していないのに、目の前にいたアリシアさんやリクト君に目もくれずに、アルトマンがあなたに襲いかかったことに違和感を抱いたの」


「確かに言われてみればそうでしたわね……あの時、妙にアルトマンは私を集中して攻撃を仕掛けていましたわね……――なるほど、私は二週間前から狙われていましたのね」


 巴の説明を聞いて二週間前の騒動の時、アルトマンと対峙した時のことを思い出すとともに、彼から集中攻撃を受けていたことも思い出し、今になってあの時妙に自分が狙われていたことに気づいた。


「大和は二週間前に起こしたアルトマンたちの騒動の目的が自分たちの存在を世界中にアピールすることが目的だとわかった時、次はアルトマンにあなたが狙われるかもしれないと考えたわ」


「確かに、鳳グループトップの娘である私を手中に収めれば、大勢の注目を浴びることが間違いないないですわ」


「そう、そして大和はアルトマンたち相手に罠を張ることにした」


「そして、私は大和の意のままに動き、アルトマンたちが本気で私を狙おうとした寸前に、大和とサラサとお姉様の力で私をふん縛り、私に成り代わったということですわね」


「そういうことになるわ。大和はアルトマンたちが動き出すって確信を抱いているようだったわ。二週間前の騒動で、使命感、それ以上に焦りを感じたからこそ、彼らは再び派手に動くと考えた――結果は、大和の言う通りになったわ」


 そう言って、一時間ほど前の事態を額に浮き出た青筋をぴくぴくとさせながら思い返す麗華。


 一時間ほど前――襲われていたセラを見つけて合流しようとした時、一緒に行動していたが急に謝ったと思ったら両手を手錠で拘束された。


 間髪入れずに叫ぶ間もなくどこからかともなくやってきた巴に口にテープを張られ、そのままニンマリとした邪悪な笑みを浮かべた大和に、「ちょっと我慢しててね」と道の隅に置かれていたゴミ箱に押し込まれた。


 自分と同じ一部の髪が癖でロールした金髪ロングヘアーのカツラを被った大和は、自分を狙いに来るアルトマンの到着を待った。


 セラが襲われているのならば、近くにアルトマンか、彼の協力者がいると思って。


 予想通り現れたアルトマンに大和は抵抗する演技をして、わざと連れ去らわれた。


 その一部始終をじたばたと狭いゴミ箱の中でもがいて麗華は見ていた。


「大和が過激な衣装を着ることを提案したのは、私の変装をしやすくするためですわね」


「面白おかしくしたいっていう本人の魂胆もあったみたいだけどね。衣装を用意したあなたの小母様は詳しいことは何も知らないけど、メイクを担当していた萌乃さんも協力者よ」


「萌乃さんまで……最後に、大和はどうやってアルトマンたちの元から脱出しますの?」


「後は大和次第。大和は何らかの方法を用いて捕まっている状態で私たちに連絡を取れる手段を用意しているみたいだったわ」


「なるほど……よくわかりましたわ」


「一応、大和のために言っておくけど、大和は囮にしたあなたを気遣って、あなたの変装をしたのよ。それだけはわかってちょうだい」


「ええ、それもよくわかっていますわ」


 巴の説明を聞き終わった麗華は震えていた。


 変なところで気遣う大和に感動したわけでもなく、巴やサラサが自分に何も言わずに好き勝手に動いていたことへの怒りでもなく――ただ、純粋に大和への怒りに震えていた。


 そして、それを一気に爆発させ――


「一体どういうつもりですの、あのアンポンタンの大バカモノは! 私に一言でも言えば、萌乃さんやサラサや巴お姉様に迷惑をかけず、面倒事に巻き込まずに済んだというのに! 気遣いもクソもありませんわ! 絶対に許しませんわ! アルトマンも! 大和も! 絶対に! ファックですわ! ファック!」


「……巴さん、『ふぁっく』ってどういう意味、ですか?」


「れ、麗華が良く使うお嬢様用語だから、知らなくていいのよ、サラサさんは」


 怒りに吠える麗華だが、そんな彼女を巴は冷めた目で見つめていた。


 漠然としなかったが、大和と麗華と長い付き合いである巴にはすべてお見通しだった。


 半年前にある事件で二人に踊らされたことがあるからこそ、漠然としないながらも確信を抱いていた。


「――でも、麗華。あなた、途中からある程度大和の魂胆に気づいていたわね?」


「え? そ、そうなんですか、お嬢様……」


 ため息交じりに放った巴の一言に驚くサラサと、当然だと言わんばかりに豪快に笑う麗華。


「当然ですわ。あの大和が妙にやる気に満ちていた時点で誰もが何かを疑いますわ」


「そうね……アリスさんも感づいていたみたいだったし」


「まあ、お姉様とサラサや萌乃さんを巻き込んでいたのまでは想像できませんでしたが、こちらもある程度は大和の行動を予測して、準備はしていましたわ――ドレイク」


 そう言って、麗華はパチンと指を鳴らして自身のボディガード兼使用人であり、サラサの父であるドレイクを呼ぶと、すぐにスキンヘッドの大男であるドレイク・デュールが現れた。


「大和の居場所は掴めましたの?」


「ああ、サウスエリアの研究所の地下にいるとヴィクターが報告してきた」


「上出来ですわ――さあ、お姉様、サラサ、さっそく準備をはじめますわよ! あの大バカモノにガツンと言ってやりますわ! そして、待っていなさいアルトマン・リートレイド! 年貢の納め時ですわよ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 アルトマン、何よりも大和たちの裏をかいて気分良さそうに笑う麗華。


 抜け目のない麗華に感心するとともに、改めて、麗華と大和、普段はそりが合わない二人の息があった時、周りは多大な迷惑をこうむることを思い知る巴。


 一方のサラサは父のことをじっとりと見つめていた。


「お父さん……もしかして、全部知ってたの? 昨日の夜の段階で全部」


「ああ、一応。麗華からの報告は受けていた」


 鋭く、じっとりとした目で睨まれながらの娘の問いに、申し訳なさそうに答えるドレイク。


 自分の行動をすべて知っていた上でアドバイスをしてきた昨夜の父の行動すべてが茶番だったということを知って、サラサは脱力したようにため息を漏らし、ちょっとムカッとするサラサだが――


「お互い様、だね」


「そういうことだな」


 お互い秘密裏に動いていていたから、お互い何も言う資格はないので、ただただ父娘は笑い合っていた。




――――――――――




 情けない――こんなところで悠長に待っている暇なんてないのに……

 すぐにみんなの応援に行かないと!


「まだ外でアリスさんたちが事態を収束させているのでしょう? だったら、僕も手伝います」


「いけません、リクト様。まだ外は危険の可能性があります」


「危険だからこそ、僕一人がこんなところで悠長に待っていられません」


「お気持ちは伝わりましたが、今は耐えてください」


「それなら、僕を守るよりも、騒動を収めることを優先させてください」


 アルトマンたちの襲撃騒動が取り敢えず一段落すると同時に教皇庁の輝石使い・輝士たちや、制輝軍たちによって、教皇庁と鳳グループの仮の本部があるホテルへと避難させられたリクト。


 エレナの息子、それ以上に次期教皇最有力候補だからこそ、守られている自分の状況に不満を抱いているリクトは、すぐに安全圏から出て、事態を収拾しているアリスたちの応援に向かいたかったが、それをリクトを守る輝士たちが止めた。


 それでも退かないリクトの態度に、護衛の輝士や制輝軍たちは困惑していたが、それ以上に彼の力強い意思と、自分以上に周りを心配する優しさ――そして、女装姿の彼に惹かれてしまっていた。


「落ち着くのだ、リクトよ」


 今にもこの場から飛び出そうとするリクトを、ジェリコとともに現れたプリムが制する。


 プリムの一言でリクトは僅かに落ち着きを取り戻すが、状況を焦る気持ちは変わらなかった。


「落ち着いていられませんよ、プリムさん。大和さんが攫われてしまったんですから」


「ああ、母様から聞いた」


「それだけではありません。あのファントムも蘇ったんです」


「それも母様から聞いた。我らの力で消滅させたと思っていたが、まさか蘇るとはな」


「だったら、こうして守られている場合じゃないってプリムさんならわかるでしょう」


「まだ何も状況を掴めていない状態で突っ走るのが得策だとは私には思えないぞ、リクト」


 想定外の事態の連続に焦るリクトの気持ちを理解しつつも、プリムは彼を一喝する。


 プリムの言葉が焦るばかりのリクトの心を一気に落ち着かせた。


「まずは状況を整理して落ち着くのだ――ヤマトのことなら何も心配はいらん。既に母様たちが手を打っているそうだ。そのための会議を今行っている」


「そう、ですか……」


 随分と早い対応だ……

 大悟さんにとっては麗華さんと同じく、娘も同然な大和さんを攫われたから当然だけど……

 ……もしかして、こうなることをある程度見越していたのだろうか?


 まだ騒動が完全に鎮静化していない状況だというのに、会議をはじめているアカデミー上層部の対応の早さに感心しつつも、早すぎる彼らの動きにリクトは何か違和感を抱いた。


「問題はファントムだが……本当に、ユーキたちが出会った少女がファントムなのだろうか」


「目の当たりにした優輝さんたち、そして、同じイミテーションだからこそクロノ君とノエルさんは相手が正真正銘ファントムだと確信を持っているようでした」


「……クロノとノエルが確信を抱いているのならば、間違いはないのかもしれんな」


 少女の姿で蘇ったいうファントムにプリムは半信半疑だったが、同じイミテーションだからこそ、漠然としないながらもファントムが少女の姿で蘇ったと確信を抱いているノエルとクロノの意見を聞いて、プリムはファントムが復活したことに実感がわきはじめた。


「しかし、どうやって蘇ったのだ? イミテーション、それも、二度も消滅したファントムを完全に蘇らせるのには莫大なエネルギーが必要なはずだろう?」


「おそらく、二週間前、煌石一般公開の際に復活させたのでしょう」


 消滅したファントムがどうやって蘇ったのか、プリムはリクトの説明を聞いて納得するが、同時に疑問も多く生まれてしまう。


「だが、それでも二度も消滅した存在を蘇らせることができるのか?」


「それに加えて記憶も共有しているようだと言っていました……」


「フム……どうやら容姿以外は完全に我々の知るファントムだということか……イミテーションであるとはいえ人も同然の存在、アルトマンたちは人一人の存在を完全に蘇らせたことになる……まさしく神の御業、奇跡だ。まるでおとぎ話に出てくる賢者の石だな」


「……それを行ったのが七瀬幸太郎さんです」


「……にわかには信じられんな」


 二週間前の騒動で幸太郎が二つの煌石の力を拙いながらも扱い、強大な力を引き出したのを目の当たりにしたからこそ、リクトは幸太郎がファントムを完全に蘇らせたと思っていた。


 教皇エレナが幸太郎の持つ内に秘めた力は自分よりも遥かに上だと評価しているが、平凡な顔つきの幸太郎が神の御業のような輝石を引き起こせるとはプリムには思えなかったし、何よりも幸太郎の名前を口にした時にリクトが乙女のような表情になるのが気に入らなかった。


「……プリムさん、七瀬幸太郎さんの名前を聞いて、何か思いませんか?」


「さあな! 何もわからんな!」


 リクトの問いかけに、プリムは腕を組み、不機嫌そうに頬を僅かに膨らませる。


「不思議なんです……二週間前、初対面だったはずなのに僕は幸太郎さんのことを知っているような気がして……」


「……それは気のせいだろう」


「ジェリコさんは何か幸太郎さんの名前を聞いて、思うことはありませんか?」


「……多少は」


「じぇ、ジェリコ、お前もなのか? ――ええい、気のせいだ、気のせいに決まっている!」


 何だかんだ言って、プリムさんも僕やジェリコさん――いや、みんなと同じ気持ちか……


 リクトの言葉に同意を示すジェリコにプリムは驚きつつも、気のせいだと二人に、何よりも自分に言い聞かせるが、リクトにはプリムは自分たちと同じ気持ちであるとよくわかっていた。


 何なんだろう、この気持ちは……

 どうして、こんなにも幸太郎さんのことを思うと胸が熱くなるんだろう……

 どうして、こんなにも悲しくなってしまうんだろう。


「七瀬幸太郎さん……一体何者なんでしょうか」


「――フン! 何もわからんが、気に入らない奴ということだけは確かだな」


 恋する乙女のような表情で、突き動かされるままに幸太郎の名を口にし、興味を抱いているリクト。


 そんなリクトの様子を見て、プリムは不機嫌そうに鼻を鳴らして、幸太郎に対しての嫉妬心を募らせた

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