第16話
「んー、多分、この道を行ったね」
「本当に正しいのか?」
「多分ねー」
キョロキョロと周囲を見回しながら歩いている美咲の背中を、無表情だが不安そうに、それ以上に疑いの眼差しで眺めているクロノが声をかけると、彼女は気のない返事を返した。
こうなったのは、つい数十分前――大道と沙菜と別れてすぐに、美咲は監視カメラを上手く避け、不規則に動くアリスたちの行動パターンを見切ったと豪語したからだった。
そんな美咲を当てにして、クロノは彼女の好きにさせているが――数十分間、周囲を見回しているだけで手がかり一つない状況に、期待したのが無駄であったと悟りはじめていた。
美咲に任せるのをやめようとしたが、念のために彼女がどんな考えで行動するのかをクロノは確認することにした。
「……アリスたちの行動を読んだらしいが、その根拠は何だ」
「アリスちゃんじゃないんだよね」
アリスたちの行動パターンを見切ったと豪語しておきながら、アリスの行動を読んだわけではないと言う美咲に、クロノは「どういうことだ」と尋ねる。
「幸太郎ちゃんの動きを読んでるんだよね――多分、あの子がアリスちゃんたちを導いてる。最近幸太郎ちゃんと仲の良い弟クンは知ってると思うけど、あの子は暇さえあればアカデミー都市を歩き回ってるから、裏道とかに詳しいんだよ♪」
「別に、仲良くはない」
美咲の言葉に、一か月前に幸太郎がアカデミー都市にはじめて訪れたプリムを案内したことを思い出したクロノは、改めてアカデミー都市中の監視カメラの位置を把握しているアリスと、裏道を把握している幸太郎が揃っていることに心底厄介に感じていた。
同時に、何を考えているのかわからない幸太郎の動きを読んだと豪語する美咲に僅かな興味がわいた。
「幸太郎ちゃんの案内する道にはあるパターンがあるんだよね――それは、美味しいお店☆」
「……どういうことだ」
「だーかーら、幸太郎ちゃんが案内する道には必ず美味しいものが食べられる隠れた名店があるんだよね♪ それから推測すると、この辺りかなーって思うんだ」
バーガーショップ、ファミリーレストラン、居酒屋、焼肉屋、定食屋――様々な種類の飲食店が多く立ち並ぶイーストエリアの大通りを見回しながら、美咲はそう答えた。
「この先に進むと商店街に出て、商店街内には監視カメラが複数台置かれて死角がないの☆ だから、必ず監視カメラに姿が映るハズなんだけど、そんな報告はまだない――ってことは、この辺りに潜んでるんじゃないかなーって思うんだ☆ それで、この辺りのお店周辺で監視カメラの設置台数が少ないのは、バーガーショップと焼肉屋の二つ。その内のどれかの周辺にアリスちゃんたちは潜んでるんじゃないかな?」
「『隠れた名店』とやらはその二つの内、どっちだ?」
「どっちも美味しいけど、どちらかというと焼肉屋かな? かわいいマスコット牛のキャラクターがいるんだけど、そのキャラクターの愛くるしさのせいで、お肉を食べるのに躊躇っちゃう人がたくさんいたんだ。その試練を乗り越えて、食べるお肉は絶品なんだ♪ まさに食育、弱肉強食、食物連鎖だね☆ まあ、確証はないんだけどさ」
「だが、大いに納得できる推測だ。さっそく、周辺を探そう」
確証は何一つないが、豪語した通り幸太郎の動きを読みきっていて、理に適っている美咲の説明を聞いたクロノは納得して、さっそく焼肉屋に向かうことにした。
しかし――アリスたちの居場所かもしれない場所が判明し、その場所に向かうと自分で決めておきながら、クロノは自分の足取りが重いことに気づいた。
そして、頭の中にはアリスたちを守れと言ったリクト、そして、アリスの姿が浮かんでいた。
……何だ、これは。
胸がざわつく、足が重い、身体がだるい……
身体に何も問題はないのに……
身体には何も異常はないのに、様子がおかしい自分にクロノは戸惑っていた。
そんなクロノに喝を入れるように自分の携帯が震える。すぐに携帯を出るとノエルからだった。
輝械人形がこれから目指そうとしていた焼肉屋付近で暴れているという情報などをノエルは無駄なく淡々と伝えると、通話が切れた。
「ウサギちゃん、何だって?」
「オマエの判断が正しいようだ」
確証はなかったが、自分の判断が正しいと認められて、「やったぁ!」と子供のようにはしゃいで喜ぶ美咲。年甲斐もなく無邪気にはしゃぐ彼女に呆れて脱力しながらも、クロノは自分の身体の異変を少しだけ忘れることができた。
「いつもはサボっているくせに、今回は随分とやる気なんだな」
「あー、ひどいなぁ! おねーさんだって、真面目に仕事してるんだからね!」
「そう言っている奴が巡回をサボったのを何回も知っている」
「むー、何も言い返せないぃいい!」
普段は制輝軍の仕事をサボっているのに、今日の美咲はかなり真面目に事件に取り組んでいることをクロノは心底意外に思っていた。
容赦ないクロノを恨みがましく睨み、かわいらしく頬を膨らませて何も反論できない美咲。
しばらく不機嫌な表情を浮かべていたが、大きくため息を漏らして、美咲は力を抜いた。
「アタシはおねーさんだからね。……だから、アタシがしっかりしなくちゃダメなんだ」
自分に言い聞かせるようにそう言った美咲は、いつものように軽薄な笑みを浮かべながらも、目だけは真剣な光を宿していた。そんな美咲の目を見たクロノは胸がざわつき、咄嗟に目をそらした。
「正直、アタシはヴィクターちゃんが犯人だと思えないし、アリスちゃんの行動もちゃんと理由があってのことだと思ってる」
「……それなら、どうして制輝軍に――いや、ノエルの指示に従う」
「言ったでしょ? アタシはおねーさんだからね♪」
力強い笑みを浮かべて、クロノの質問に答える美咲。
ヴィクターやアリスを信じていながらも、二人を捕えようとする美咲がクロノには理解できず、胸のざわつきがひどくなり、苛立ちを募らせていると――「ねえ、弟クン」と何気ない調子で美咲が話しかけてきた。
苛立ちを抑えるために数瞬の間を置いて、「何だ」とクロノは反応した。
「ウサギちゃんの指示に従うこと、もしかして迷ってる?」
「……そんなわけがない」
否定しながらも、妙に美咲の言葉がクロノの耳にこびりついた。
そんなわけがない――オレが迷いを抱くはずはない。
問題はない……問題はあるわけがない。
それなのに――
問題ないとクロノは自分自身に言い聞かせながらも、頭の中にはリクトの言葉と、アリスの姿が何度も浮かんでは消えていた。
そして、耳にこびりついた美咲の言葉が妙にしっくりきている自分がいることに、クロノは戸惑いを覚えていた。
「弟クン、君が迷いを抱いたとしても何の問題もないし、心のままに動いたとしても何も問題はないよ――周りがどう思うが、アタシは君の味方になるからさ」
クロノの心の内を見透かしたような言葉をかける美咲は大きく口を開けて優しくも豪快な笑みを浮かべた。
美咲の言葉を聞いたクロノは、今度は耳ではなく、胸に彼女の言葉が染み渡ったような気がして、僅かにだが確かな心強さを感じた。
オレは迷いを抱くことは許されない。
迷いを抱かずに任務を遂行することが、オレの存在意義だ。
だが――
ずっと味方でい続けてくれると言ってくれた美咲のおかげで、クロノは自分自身に立ち向かうことにした――たとえ、それが自分の存在を否定しても。
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