第15話

 大道、沙菜のおかげで、目的地である愛くるしい牛のマスコットキャラクターがいる、イーストエリアの焼肉屋に到着するアリスたち。


 焼肉屋の裏の建物にヴィクターの秘密研究所があることに思い出したアリスはさっそく研究所に向かい、電子キーで閉ざされた重厚な扉を先程の研究所から持ってきたノートPCで解除して研究所内に入った。


 ガードロボットが複数置かれて、散らかり放題の研究所に入るや否や、力を使い過ぎて消耗していた優輝は倒れ込むようにしてソファに横になり、走り疲れた幸太郎もソファに深々と腰掛けて一息ついていた。そんな二人に、サラサは研究所内にある冷蔵庫から持ってきたミネラルウォーターを差し出した。


「それにしても、輝械人形が現れたということは、今回の事件にあのアルバートが関わっているということだな! あの男っ! 絶対に許すことはできーん!」


 走り疲れているのはプリムも同じだというのに、一か月前の事件で散々利用されて煮え湯を飲まされたアルバートに対しての怒りで疲れは吹き飛んでいる様子だった。


「でも、これでアリスさんのお父さんの無実が証明でき、ます」


「それに、風紀委員だけではなくキョウジやサナも動いているのだ! 確実にアルバートの悪事を白日の下に晒し、奴のお縄を頂戴することができるというわけだ!」


「そうとは限らない。今回の教皇庁はかなり本気。本気の教皇庁なら風紀委員たちを抑えることは簡単にできる。それに、私たちの動きは制輝軍に悟られているから、この場所もすぐに見つかる――正直な話、私たちは追い詰められている」


 ヴィクターの疑いが晴れると思っているサラサと、多くの協力者のおかげで順調であると思っているプリムに、アリスは口角を僅かに吊り上げて嘲笑を浮かべて二人の期待を否定した。


「それに、アルバートが関わっているのが確定しても、まだあの男の疑いが晴れていない」


「アリスよ! 娘であるオマエが父を信じないでどうするのだ! 仲が悪いのは理解しているが、こんな時くらい、家族のお前が真っ先にヴィクターを信じるべきではないのか!」


「余計なお世話」


 父を信じないアリスに苦言を呈するプリムだが、アリスの考えは変わらない。


 父の悪事を知っていて信用していないアリスには、背水の陣に追い込まれても父の無実を信じ、父のために傷つくサラサたちをアリスは心底呆れていた。


「どうしてそんなにあの男を信じるの? あの男は最低の人間、すべての元凶なのに……それなのに、立場が悪くなってもどうしてそんなに信じようとするの? バカみたい」


 苛立った様子で父の無実を信じるサラサたちを嘲るようにそう吐き捨てるアリスの表情は、罪悪感と父親への憎悪に満ちていた。


「あの男は自分勝手な研究欲のために数十年前に『祝福の日』を引き起こした張本人――世界中を混乱に陥れた、大罪人。他人を平気で危険な人体実験に利用するアルバートと同じ種類の人間。そんな男を信じられるはずがない」


 多くの輝石使いを生み、世界中に混乱を招いた『祝福の日』を引き起こした一因が父のヴィクターだというのを娘のアリスはよく知っているからこそ、父を信じられなかった。


「……正直、私はサラサや久住が羨ましい」


 変えられない現実を改めて思い知ったアリスは自虐気味な笑みを一度だけ浮かべて、心の中で思ったことを無意識に口に出したアリスは、ソファで横になっている優輝と、頑なな態度の自分を心配そうに見つめるサラサに羨望の眼差しを向けた。


「ドレイクは罪を犯してまでサラサのために頑張った。それに、久住の父親はあの伝説の聖輝士せいきし久住宗仁くすみ そうじん――あの男なんかよりも偉いし、すごい」


「アリスよ! お前の父親は祝負の日以降、アカデミーのために尽くしてきたのだぞ」


「責任から逃れるためにそうしただけ」


 ヴィクターをフォローするプリムを、アリスは素っ気なく突き放した。


 世界中を混乱に陥れた張本人であるヴィクターとは対照的に、重い心臓の病を抱えていたサラサのために罪を犯したサラサの父・ドレイク、そして、教皇庁に認められた『輝士きし』と呼ばれる輝石使いの中でも僅かな人間にしかなれない『聖輝士』の称号を持ち、数々の活躍譚を残す伝説の聖輝士である優輝の父・宗仁をアリスは心から羨んだ。


 ……どうしたんだろう。いつもはこんなことを口に出すはずないのに。

 追い詰められているから? ……バカみたい。


「ごめん、変なことを言った」


 追い詰められ、心身ともに疲弊している状況で、普段は決して言わないことを無意識に口に出した自分の弱さを思い知ったアリスは自嘲を浮かべて、無駄な会話をしたことを謝った。


「……そうでもない、です」


 謝るアリスに、サラサは力の抜いた笑みを浮かべて優しく語りかけた。


「お父さん、最近鬱陶しい、です。まだ一緒にお風呂に入ろうって誘ってくるし、一緒に寝ようって誘ってくるし、ベタベタしてきて気持ち悪いし、男の子の友達について詳しく聞いてくるし、目の前でトレーニングをするから暑苦しいし、テレビを見てる途中でソファに座ったまま寝てイビキがうるさいし、お母さんと毎朝……そ、その……チュ、チューしてイチャついて、ます」


 柔らかい笑みを浮かべて次々と父のドレイクに対して容赦のない辛辣な言葉を並べるサラサに、ドレイクを憐れに思うとともに、普段感情を表に出さないドレイクが私生活では意外に普通の父親であることを知って微笑ましく思っていた。


「俺はアリスちゃんの気持ちはわかるかも」


 だいぶ体力を取り戻した優輝はソファから起き上がり、気恥ずかしそうな笑みを浮かべて父に嫌悪感を抱くアリスに同調した。伝説の聖輝士を父の持つ優輝が自分と同じ気持ちであることに、アリスは信じられなかった。


「周囲には『伝説の聖輝士』って持て囃されているけど、実際は口うるさくて、頑固で、古くさい、偏屈なおじさんだよ。俺はそんな父が苦手――というか、正直嫌いだった」


 意外。

 父親に反抗するタイプには見えなかった。


 優等生タイプな性格だと思っており、誰もが尊敬する伝説の聖輝士の息子でありながらも苦手意識と嫌悪感を持っていた優輝をアリスは意外そうに見つめていた。


「一々人の修行に口を出してきて鬱陶しかったし、それに、父親が伝説の聖輝士っだから無駄に周囲から期待されているのが本当に嫌だった。昔はそれが原因で父が苦手で嫌いだったんだ」


 プレッシャーに押し潰されていた自分を思い出して気恥ずかしそうに、そして、口うるさい父を思い出してウンザリしたような表情を優輝は浮かべていた。


「一度だけ、考え方の相違で父と激しく喧嘩したことがあってね。今まで父の息子として生きてきて抱いていた不満をたくさんぶち撒けたことがあったんだ。それで、色々あって最近ようやく仲直りできたかなって感じなんだ。まあ、苦手であることは変わりないんだけどね」


「ユーキよ! お前、昔はヤンチャをしていたのだな!」


「そこまではいかないけど……まあ、同じような感じかな?」


 昔の自分をヤンチャと評したプリムに、僅かに不満を抱きながらも、昔の自分を思い返したら何も反論できなかったので潔く認めた。


 激しくぶつかり合ったのに、どうして仲直りできるの?

 ……理解できない。


 ノエル、そして、ヴィクターのことを思い浮かべながら、父親と喧嘩してつい最近仲直りしたと言った優輝を不可解そうに、それ以上に興味を抱いている様子でアリスは見つめていた。


「……結局、今のあなたと久住宗仁の関係は良好なの?」


 心の中で気になったことを、無意識にアリスは口に出して優輝に尋ねた。


「昔と比べて俺も父さんもだいぶ角が取れたから、多分良好かな? それでも、今でも軽い口げんかみたいなことはするけどね。でも、それくらいするのは親子として当然だよ」


 ……やっぱり、羨ましい。

 私にはできない。

 あの男を許せないし、受け入れられない。


 優輝とサラサの父親について話を聞いて、改めてアリスは二人を羨むとともに、二人のように――普通の父子関係になれないと諦めがついた。


 過去に『祝福の日』の引き金を引いた大きな原因の一つであるヴィクターを許すことができないのはもちろん、今まで父を嫌悪して生きてきたのに今更普通の父子関係になれるはずがないとアリスは思っていた。


 父を赦せないと思う気持ち、父のせいで世界が変わってしまったことの罪悪感を抱いているアリスの心を見透かした、優しい目をした優輝は「アリスちゃん」と声をかけた。


「親子の関係は切ろうと思っても、中々崩れない厄介なものだ。だからアリスちゃんがどんなに拒絶して、否定しても、ヴィクター先生が君のお父さんである事実は変わらない――絶対に」


 アリスを励ますつもりで放った優輝の言葉だが、アリスにとっては改めて逃れられぬ現実を思い知らせる結果となったので心の中に重くのしかかった。


 だが、そうなることを見透かしている優輝は「だけど――」と話を続ける。


「時間はかかるけど、アリスちゃんがお父さんを赦して、受け入れる日は必ずやってくる。いつかはわからないし、アリスちゃんもありえないと思うけど絶対に来る。――だって、親子っていう関係は崩れない厄介なものだからね」


「……ウンザリする」


 私があの男を受け入れる?

 ……そんなこと絶対にありえない。


 力強い笑みを浮かべる優輝の言葉に、アリスはウンザリした様子で深々とため息を漏らした。


 優輝が言うような、父を赦して受け入れる日は絶対に訪れない――いや、絶対に訪れさせないと心に誓い、意地を張るアリス。


「意地っ張りな奴だな、お前は」


「うるさい」


 深々と嘆息しながらのプリムの指摘に、噛みつくアリス。


 本人は気づいていないが、僅かにアリスの雰囲気が柔らかくなったことを感じ取った優輝とサラサは安堵したような笑みを浮かべていた。


「そんなことよりも、制輝軍がこの場所を気づく前に、ヒントを探す」


 制輝軍が全力で自分を追っている状況を思い出したアリスは、したくもない父の話で盛り上がってしまったことを心の中で恥じて、すぐに何らかのヒントを探そうとしていると――


「見て、みんな。博士、こんなの好きみたい」


 今まで話に混ざることなく、走り疲れた体を休めた後は、一人でゴソゴソと研究所内を漁っていた幸太郎が声を上げて、男の欲望に満ちたニヤニヤした気色の悪い笑みを浮かべて、自分が見つけたものを優輝たちに見せびらかした。


 幸太郎が見せつけたものに女性陣は言葉を失い、優輝は「……参ったな」照れたように顔を染めて、女性陣が多くいる状況でどう反応するべきか戸惑っていた。


 一方の女性陣は固まった後、顔を真っ赤にして幸太郎に軽蔑の目を向けた。


 幸太郎が研究所内で見つけたもの、それは――白衣と呼ぶにはあまりにも過激なものだった。


 扇情的なピンク色のワンピース型の白衣は、妖艶にも胸元が大きく開いており、スカート丈は短く、少し屈んだら神秘的な何かが垣間見える作りになっていた。


 シンプルさ故に情欲を掻きたてられるデザインは、最早白衣――ではなく、男たちの欲望を具現化した宝物と呼んでも過言ではない代物だった。


「あ、白衣と対になってる黒のボンテージもある。ビキニタイプの白衣もある……あ、これって脱がしやすいような作りになってるんだ……へぇー」


 一人、卑猥な白衣で盛り上がっている幸太郎に女性陣の白い目が集まるが――白衣としての意味をなさないヤラシイ白衣にアリスは見覚えがあった。 興味のないことで頭にはとどめておかなかったが、確かに頭の中には記憶の片隅に幸太郎の持つ白衣が存在していた。


 同時に、こんな研究に不必要なものを置くヴィクターに違和感を覚えた。


「博士、誰に着せるつもりだったのかな。アリスちゃん――にしては、胸がぶかぶか過ぎるね」


 うるさい!

 美咲やノエルみたいに大きくない分動きやすいからそれで――……


 思考の邪魔をする幸太郎の一言に心の中で噛みつくアリスだが――時折自分のスタイルを自慢してくる小賢しい美咲の姿を思い出し、幸太郎の持つ白衣の正体を思い出した。


「……『月刊背伸びガールズ三月号』、『サイエンスガールに贈るセクシー白衣特集』」


 つい昨日、美咲から貰った雑誌の中にあった、特集を思い出し、その特集の中で同じような白衣の写真が乗せられていたことを思い出すアリス。


 流し読みしながらも、生地の内容もその白衣がどこで売っているのもすべて思い出すとともに、ヴィクターの研究室に似つかわしくない白衣の存在がヒントであるかもしれないと。


「それ、もしかしたら次のヒントかもしれない」


 神妙な面持ちでおもむろに言い放ったアリスの言葉に、エッチな白衣に目を奪われている幸太郎以外のサラサたちが驚いていた。


「あの男の研究室に無駄なものを置くはずが――」


 驚くサラサたちにアリスは説明をしようととした瞬間――突然、研究所の分厚い扉が轟音を立てて吹き飛んだ。


 破壊された扉から現れたのは無機質な殺気を放っている輝械人形だった。


 ――また輝械人形。

 どうして、いつも制輝軍の先回りを……

 そんなことよりも――


 輝械人形の登場に驚き、不審に思いながらもアリスは輝石を武輝に変化させる。


 アリスに続いて優輝、サラサも武輝を輝石に変化させる。幸太郎もショックガンを、自分が思い描くカッコイイ構えを披露するが、誰も見ていなかった。


「突然の事態で驚いたが、皆の衆! 曲者であるぞ! 出合え! 出合うのだ!」


 相変わらず偉そうなプリムの号令とともに、アリスたちは輝械人形とぶつかり合った。


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