第17話

 制輝軍本部内にある、一時的に制輝軍と協力関係を結んだ風紀委員が利用している小会議室が僅かにざわついているのが、扉の前にいるノエルの耳に届いた。


 アリスたちが輝械人形に襲われている情報を鳳グループか、教皇庁にいるリクトから聞いて、風紀委員は慌てているとノエルは推測していた。


 そして、大道や沙菜のように、自分たちもアリスたちの元へと向かうことをこれから話し合うであろうが――ノエルはそうさせなかった。


 淡々としたノックをして、ノエルは風紀委員たちがいる小会議室に入る。


 ホワイトボードの前に腕を組んで立っている苛立った様子の麗華は部屋に入ってきたノエルを厄介そうに、それでいて迷惑そうに睨んだ――彼女が話を進めていたとノエルは判断する。


 眠そうに机の上で突っ伏している大和は、入ってきたノエルを様々な思惑が込められた目で一瞥して、軽薄な笑みを浮かべて出迎えた――危険であるとノエルは判断した。


 セラとティアの二人は、ノエルが入ってきたことを一瞥して確認した後、すぐに麗華に視線を向けた――まるで、自分のことなど眼中にないようにノエルは感じた。


「制輝軍を率いるあなたが何の用ですの? 私たちが得た情報はそちらに行き届いていると思っているのですが? 非常事態なのでできれば早急に立ち去っていただきたいですわ」


「あなた方がまた我々の妨害を行う前に、話をつけに来ました」


 八つ当たり気味に苛立ちをぶつけてくる麗華をノエルは軽く受け流して話を進める。


「妨害行為をした覚えはありませんわ」


「それならば、先程の大道さんたちの件はどう説明しますか? 彼らは制輝軍の邪魔をして、アリスさんは逃しました。彼らが風紀委員に協力をしているのはわかっています」


「我々風紀委員はアリスさんたちが、ヴィクターさんの何らかの指示に従って動いていると思っています。大道さんたちには彼女たちの監視をお願いしているだけですわ。それに、臨機応変に動いてもらうために現場の判断は大道さんたちに一任していますわ。協力者であっても彼らの判断に風紀委員は関係ありませんわ」


「そう言い逃れしても、我々や教皇庁は認めません――先程、教皇庁から我々制輝軍があなた方風紀委員を管理下に置く許可をいただきました」


「ぬぁんですってぇ!」


 苛立ちを抑えて冷静に努めながらノエルと会話をしていた麗華は、ノエルの口から教皇庁の判断を聞いて、素に戻って無駄に大きな声で驚いていた。


 麗華の無駄にうるさい声に不快感を抱きながら、ノエルは話を進める。


「あなた方の指示で動く大道さんたちも、妨害行為を行うなら実力行使で排除しても構わないとの許可も得ました」


「大道さんたちは教皇庁側の人間のはずですわ!」


「アカデミー設立以来の大事件で妨害する人間は、教皇庁側の人間であっても容赦はしないという判断です――当然のことだと思いますが?」


「わ、私たちの動きを管理下に置けば、鳳グループとの協力は思うように得られませんわよ」


「教皇庁は鳳グループではなく、あなたが風紀委員に協力を要請しただけです」


 淡々と告げるノエルの言葉に、麗華は何も反論ができずに悔しそうな表情を浮かべていた。


 顔を真っ赤にさせて悔しさと怒りの表情を浮かべる麗華に、「ちょっといいかな」と大和が割って入って幼馴染のために助け舟を出す。


「君たちの管理下に置かれるってことは、僕らは一々そっちの命令を聞かないとダメで、見張られるってことかな?」


「自由に動いた方があなた方は効率的に動くので、一々口は出しません。しかし、裏方に徹してもらいます。あなた方が外部との連絡をする時は余計な情報を漏らさないために制輝軍を監視させます。そして、万が一のことを考えて、数人の見張りはつけさせていただきます」


「まあ、鳳グループの協力を得たいから一々口を出さないのは納得できるけど――こんな状況で無駄に僕たちの監視で人員を割くっているのは納得できないな」


 伊波大和――この人物はやはり危険である。


 嫌らしい笑みを浮かべながらも、隙のない目を向けて疑問を口にする大和に、頭の中の声が警鐘を鳴らしていたがノエルは焦ることなく彼女の疑問に答えた。


「無駄な人員を割くことになるますが、これ以上の混乱を招かないための処置です。今まであなた方風紀委員が関わった結果、かえって混乱することが多くなった経験があるので」


「あ、それは耳が痛いなぁ。ね、麗華」


「わ、私の責任ではありませんわ!」


「別に君を咎めているわけじゃないんだけどねー」


「そ、それなら口を閉じていなさい!」


 自分の指摘に焦る麗華を見て、ケラケラ笑う大和――そんな幼馴染二人の緊張感のないやり取りなどいっさい興味がない様子で、「それと――」とノエルは淡々と話を進める。


「お互い事件を解決したい気持ちは同じであると思っているので」


 風紀委員たちを真っ直ぐと見据えながら放ったノエルの言葉に、麗華はもちろん、大和も反論できなくなってしまって降参の意を示すように深々と嘆息した。


 ノエルの言葉は、友達が関わっている事件を解決したい気持ちが強く存在している麗華たちにとって脅しのような言葉であり、自分たちが教皇庁の判断を従わなければ事態はさらに混乱することになり、事件解決が遠のくと思い知らせる一言だったからだ。


 ――何も、問題はない。


 厄介な存在であった大和を黙らせた次は、ノエルはセラとティアに視線を向けた。


 二人とも大和や麗華のように何も反論することはなかったが――妙に落ち着いている雰囲気を身に纏っているのがノエルの目に不自然に映った。


「お前と議論しても無駄な時間になるだけだ。事件解決のために私は風紀委員に力を貸す。もちろん、お前たち制輝軍にも。指示になんでも従うし、裏方にでも何でも徹してやる」


「ノエルさんたち制輝軍のやり方に文句を言うつもりは毛頭ありません」


 文句を言うことなく、大人しく自分たちに従うつもりの二人の態度に、意外そうに思うノエルだが、「ただ――」とセラの話はまだ終わっていなかった。


「幸太郎君たちをお願いします」


 自分の仲間たちをノエルに託すセラの表情は、今までノエルが見たことがないほど不安に押し潰されそうで弱々しいが、そんな表情とは対照的に有無を言わさぬ威圧感が放たれていた。


「わかりました」


 圧倒的なセラの威圧感を肌で感じ取りながらも、ノエルは心を乱すことなく頷いた。


 頷いたノエルに、セラは安堵の息を小さく漏らすと、身に纏っていた威圧感が和らいだ。


 言いたいことを言い終えたノエルは、自分の仕事をするために風紀委員の元から立ち去る。


 すべては順調である。

 ……何も、問題はない。


 思い通りに動いている状況に、ノエルは無表情ながらも満足気だったが――ノエルの頭にはずっとクロノの姿が浮かんでいた。


 唯一、白葉クロノの存在が不安だった。


 白葉クロノは使い物にならないと判断しておきながら、彼を使ってしまった自分の判断に戸惑いを覚え、彼に対して不安を抱いていた。


 しかし、自分の任務に集中するため、すぐにノエルはその戸惑いと不安を押し殺した。


 だが、胸の中にこびりつく不快感と不安感を完全に拭うことはできなかった。




――――――――――――




 ――厄介なことになったな。


 教皇庁本部前にある広場でベンチに座って憂鬱そうに深々とため息を漏らしているドレイクは現状に焦燥感を抱いていた。


 つい先程、麗華から連絡があり、風紀委員が制輝軍の管理下に置かれたこと、制輝軍の邪魔をする場合、制輝軍は実力行使で邪魔者を排除することを伝えてドレイクに注意を促した。


 外部との連絡も一々制輝軍に監視されているので、麗華はこれ以上ドレイクに情報を与えられないと言った。


 情報をもらえないのに加え、教皇庁関係者である大道と沙菜の二人も妨害した場合、排除対象になるということに、教皇庁が今回の事件に対して自分が思っている以上に本気であることを察したドレイクは、アリスと行動をともにする娘のサラサを心配した。


 今すぐサラサを助けに向かいたいドレイクだったが、自分が不用意な真似をすれば更なる混乱を招き、事件解決のために動いている多くの仲間に迷惑がかかると思って自制した。


 今は自分のできることをするためにドレイクは感情を押し殺して、とある人物を待っていた。


 教皇庁でボディガードとして働いていた頃の友人であり、もっとも付き合いが深かった人物――そして、今回の件について深く知っていそうな人物を。


 不審に思われるかもしれなかったので詳しいことを言わずに、指定した時刻にこの場所に来てくれと短い文章のメールを送っただけなので、相手が来るかどうかわからず、不安を募らせるドレイクだったが――約束の時刻の五分前にその人物は現れた。


「お待たせしました、ドレイクさん」


 感情の起伏が乏しいが、僅かに弾んでいる声でドレイクに話しかけるのは、教皇庁のボディガードとして働いているジェリコ・サーペンスだった。


「忙しい中、呼び出してすまない」


「ドレイクさんの頼みですから」


 今回の事件はボディガードも事件の捜査に当たっているため、忙しいジェリコを呼び出してしまったことを謝るドレイクだが、爬虫類を思わせる顔つきを僅かに柔らかくしてジェリコは気にしていなかった。しかし、長い前髪の合間から見えるジェリコの双眸は鋭い光を宿しており、ドレイクを注意深く観察していた。


 そんなジェリコの視線に気づいたドレイクは、さっそく本題に入る。


「単刀直入に聞こう。今回の事件にアリシア・ルーベリアは関わっているのか?」


 ストレートなドレイクの質問に、不意を突かれながらもジェリコは意味深な微笑を浮かべる。


 ジェリコ・サーペンス――前回のプリム誘拐事件の犯人であった枢機卿セイウス・オルレリアルの護衛を務めていたが、同時に疑惑の多いアリシアの護衛も務めていたので、ドレイクは友人であっても一連の事件に関わっているかもしれないという疑念を隠すことをしなかった。


「私はアリシアの警護を務めているだけなので、それ以外は何もわかりません」


 わからないと答えるジェリコの態度で、確証はないがアリシアが事件に関わっていることはドレイクには何となく気づいたので、これ以上追及はしなかった。


「それよりも、ドレイクさん。あなたは今非常に良くない立場にいることを理解していますか?」


 不安そうでありながらも、軽蔑を宿す双眸を向けて、ジェリコはドレイクに話しかけた。


「あなたが教皇庁にいる昔の同僚の方々に今回の事件についての情報を聞き回っていることはもう調べがついています。教皇庁は大道共慈や水月沙菜のように、いつかあなたが事件の邪魔をするかもしれないと思っている。そして、邪魔をした場合は実力行使で排除せよとの命令も出ています」


 ドレイクが危うい立場にいることを説得するように説明するジェリコだが、娘が関わっているので我が身かわいさで退く気はないドレイクは「そうか」と軽く受け流した。


 自分の身が危ういというのに一歩も退かないドレイクの様子を、ジェリコは憧れを抱いているように見つめていたが、それ以上に彼を見る目は苛立ちと軽蔑に満ち溢れていた。


「あなたには恩があるので今は見逃しますが、この件に関わるべきではない」


「お前の気遣いには感謝をするが、娘が関わっているんだ。父として退く気はない」


「……ドレイクさん、あなたも少しは流れを読むべきだ」


 娘のために退かないドレイクにジェリコは呆れたようにため息を小さく漏らし、ドレイクに助言をするが、ドレイクは小さく鼻で笑って受け流した。


 自分の助言を嘲る態度のドレイクに、ジェリコは無表情だが激しい苛立ちを感じていた。


「ドレイクさん、流れを読まないからあなたは落ちぶれてしまったんだ」


「……そうだな。私はお前のように要領が良くないからな」


 落胆のため息とともに放たれるジェリコの言葉を、自虐気味な笑みを浮かべて受け入れるドレイクだが、彼の表情に後悔はなかった。


「流れを読めない私にはお前のようにセイウスやアリシアにつくことはできない。だが、流れが読めなくとも私は今の自分に後悔はしていないし、自分の居場所を気に入っている」


 一度底に落ちて、手を差し伸べられて這い上がった場所で見てきた多くの友人たちに囲まれた光景を頭の中で思い浮かべながら、ドレイクは強面の表情を柔らくさせた。


 長い付き合いだが、今までに見たことのない優しげな表情を浮かべるドレイクを、ジェリコはハッキリとした軽蔑を瞳に宿して睨むように見つめた。


「だから――私の居場所に、友人に手を出すのなら、お前でも容赦はしない」


「ドレイクさん、あなたには失望しました――そっくりそのままあなたの言葉をお返ししましょう。邪魔をするなら、恩のあるあなたでも容赦はしない」


 お互い睨み合いながら、宣戦布告をするドレイクとジェリコ。


 友人同士であるが、二人の間には埋めることのできない大きな溝が開いてしまっていた。


 二人は別れの言葉を言わずに、お互い同時に背を向けて、お互いの目的のために動き出す。


 別々の道を歩むことになった二人の歩みに、いっさいの迷いはなかった。


「――有益な情報は得られなかったみたいですね」


 ある程度ジェリコから離れたドレイクに、二人の話を聞いていた大道共慈が話しかけた。大道の傍には焦燥感を滲ませた面持ちの沙菜がいた。


 大道に声をかけられ、僅かに沈んだ面持ちで「すまない」と謝った。


 麗華たちからの情報がもらえなくなった大道と沙菜は、ドレイクとジェリコの会話から有益な情報を得られるかもしれないと思って話を聞いていたが――それが無駄に終わってしまった。


「でも、ジェリコさんのあの態度――アリシアさんが関わっている可能性が高いです」


「だが、相手は枢機卿――それも、アリシアだ。簡単に手は出せない」


 アリシアに関して思わせぶりだったジェリコの態度に、アリシアが今回の事件に関わっていると確信する沙菜にドレイクも同感だが――それに気づいても、今回の事件を指揮して、枢機卿という立場のアリシアには簡単に手は出せなかった。


「だけど、これで我々がどう行動するべきなのかわかった。私と沙菜はこのままアリスさんたちを追い、ドレイクさんは教皇庁内部――特にアリシアさんの動きを監視する――今は焦らないで、自分のやるべきことをしましょう」


 大道の言葉に力強く頷くドレイクと沙菜――自分たちのやるべきことのために、三人は再び動きはじめる。


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