第18話
研究所内に現れた輝械人形を破壊した後、幸太郎の導きで研究所から出てセクシー白衣が売っている店があるセントラルエリアに向かうアリスたち。
制輝軍が追って来ないのが幸いだったが、急がないとぞろぞろと彼らが集まるため、今いるイーストエリアを抜けるまでは狭い路地裏を全速力で走っていた。
イーストエリアを抜けて、もう少しでセントラルエリアの大通りに入ろうとする頃――
「このレオタードタイプの白衣、優輝さんは誰が似合うと思いますか?」
「え、えっと……サイズを考えなければ、アリスちゃんが似合うんじゃないかな」
「僕もそう思います。水月先輩ならどれが似合うと思いますか?」
「沙菜さんはもっと、全体的にスタイルを強調させた方が、その……いいと思うな――って、何を言わせるんだ、幸太郎君!」
先程の研究所からわざわざ持ってきた数着の白衣についての話で盛り上がる幸太郎と、戸惑いながらも付き合う優輝の会話が耳に入って、緊張感のなさにアリスは呆れていた。そして、幸太郎に女性陣の白い目が集まっていた。
「コータロー! そんなヤラシイものを持ってどうするというのだ!」
「何かに使えると思って」
「何に使うというのだ!」
「それはそうと、このスモックタイプの白衣、プリムちゃんに似合うと思う」
「このヘンタイめ!」
無邪気な表情で過激な白衣差し出す幸太郎に、プリムは怒るが幸太郎は特に気にしていない様子で「似合うのに」と不満そうに呟いた。
切羽詰まっている状況なのに、自分と違って幸太郎たちが呑気であるとアリスは改めて感じたアリスは、焦燥している心に不快感と苛立ちが芽生えはじめていた。
相手にするだけ無駄なので今まで無視をしていたが、いい加減能天気な幸太郎にウンザリしてきたアリスは、立ち止まって「七瀬」と幸太郎を棘が含んだ声で呼んで、睨んだ。
「無駄口叩いていないで案内に集中して」
「えーっと、次はどうするんだったけ」
「案内くらいしか役に立たないんだからしっかりして」
注意をしても呑気な態度を崩さない幸太郎に、忌々しく舌打ちをするアリス。
「こっちは必死なの。真面目に協力する気がないならこの場から消えて」
幸太郎と同じく、僅かに緊張感のない優輝やサラサたちを睨みながら、声を僅かに荒げるアリス。
「おいアリス! 言い過ぎだぞ! ユーキたちはお前のためを思って行動しているのだぞ!」
「……わかってる」
「お前らしくないぞ、アリス! 焦る気持ちは理解できるが、落ち着くのだ!」
八つ当たり気味に声を荒げるアリスに喝を入れ、落ち着かせるプリム。
プリムの厳しい言葉に不満気な表情を浮かべながらも、反論できない。
沈黙が流れて場の雰囲気が悪くなるが――「あ、あの!」と意を決したアリスが沈黙を破る。
「さ、先へ急ぎましょう、ね?」
場の雰囲気を変えるためにサラサが慌てて間に入り、アリスは軽く深呼吸をして自分を落ち着かせ、焦るあまり幸太郎たちに八つ当たりしてしまった自分を自戒した。
「幸太郎さん、案内、お願いします」
「ドンと任せて」
母性的な笑みを浮かべるサラサに頼られ、アリスに八つ当たりされても特に気にしていない様子の幸太郎が頼りないくらいに華奢な胸を張った。相変わらず呑気な幸太郎と、彼に対して若干甘いサラサに呆れながらも、何も言わずにアリスは幸太郎に案内を任せた。
さっそく案内しようとする幸太郎だったが――
「おー、見ーつけた! ほらほら、弟クン! アタシの考えはやっぱり正しかったよ!」
無邪気にはしゃいでいる声とともに、美咲とクロノが行く手に現れた。
幸太郎たちを見つけて自慢げな表情を浮かべる美咲と、相変わらず無表情のクロノの登場に、アリスは忌々しく舌打ちをしながら輝石を武輝に変化させる。
優輝とサラサも輝石を武輝に変化させ、幸太郎もショックガンを構え、臨戦態勢を整えた。
「オマエたちを導く七瀬の行動パターンは美咲が読んだ。それに加えて、風紀委員は制輝軍の管理下に置かれて、大道たちが助けに来ても実力行使で排除しろと教皇庁は指示を出した」
最悪――風紀委員の協力を得られたと思ったのに。
――それよりも、ノエルは本当に何を考えているの?
輝石を武輝に変化させながら淡々とクロノから告げられる自分たちにとって最悪な状況にアリスは苦々しく思うと同時に、制輝軍を動かしているノエルに対して明確な疑問が芽生えた。
「美咲さん、僕、どんな行動パターンなんですか?」
「逃げ道に必ず隠れた美味しい名店があるってことだよ☆ いやぁ、幸太郎ちゃん色んなお店を知ってるんだね♪ おねーさんにも色々と紹介してもらいたいなぁ❤」
一触即発の空気のクロノとアリスを放って、呑気に会話する幸太郎と美咲。
自分でも気づかなかったパターンを美咲に指摘され、幸太郎は感心していた。
「それじゃあ、今度一緒に食べ歩きをしましょうよ」
「お、突然デートのお誘いとは、幸太郎ちゃんは意外に大胆だねぇ♪」
「美咲さんみたいな美人な人とデートだなんて……何だか照れます」
「口が上手いなぁ、幸太郎ちゃんは❤ ――それじゃあ、デートの前にさっさと片付けようか?」
何気ない幸太郎の食事の誘いと言葉に、嬉しく思うととともに照れる美咲だが――覚悟を決めたような力強い表情を一瞬だけ浮かべると、輝石を武輝である斧に変化させた。
「一応、ウサギちゃんに穏便に済ませるようにって言われてるけど、もうアリスちゃんたちに何を言っても無駄だよね?」
美咲の言葉に応えるようにアリスたちは美咲を力強い目で睨んだ。
「悪いけど、今の制輝軍は信用できないから」
本心からの一言を口に出し、アリスはいっさいの迷いのない瞳と、武輝である大型の銃を突きつけて、美咲とクロノと対峙する。
仲間である制輝軍を信用していないアリスに、美咲は深々と嘆息した後、軽薄な笑みを消して今までにアリスたちが見たことがないほど真面目な顔を浮かべ、同時に圧倒的な威圧感が放たれる。
今までに感じたことがない美咲の迫力に、彼女が本気になったと悟ったアリスは気圧されるが、挫けそうになる心を堪え、引き金を引いて美咲とクロノに光弾を発射する。
それを合図に、優輝、サラサは美咲に飛びかかり、迫る光弾を武輝である剣で撃ち落としたクロノはアリスに一気に間合いを詰めてきた。
一方、幸太郎はカッコよくショックガンの引き金を引くが、無理な体勢で衝撃波を発射したせいで反動に耐え切れず、無様にも尻餅をついて転んでしまい、発射された衝撃波はあらぬ方向へ飛んだ。
強打した尻の痛みに悶絶している幸太郎に「何をしているのだ!」と怒声を上げて呆れるプリム――そんな呑気な二人のやり取りと無視して、アリスたちは激しくぶつかり合っていた。
サラサと優輝、二人がかりで美咲に攻撃を仕掛けているが、二人の動きを読み切っている美咲は苦戦することなく二人を圧倒していた。
二人を圧倒する本気の美咲の様子を一瞥したアリスは不安が残るが、今はクロノに集中する。
力強く大振りの一撃だが、鋭く、的確に隙を突いてくるクロノの攻撃に、アリスは冷静に回避に徹しながら、大きくバックステップをして彼から間合いを取りながら引き金を引く。
アリスの武輝から放たれた光弾は拡散して一斉にクロノに襲いかかる。
眼前に迫る複数の光弾を目の前にしてもクロノは動じることなく、得意な接近戦に持ち込むためにアリスとの間合いを詰める。
間合いに入ると同時に、両手持ちした武輝を一気に振り下ろすクロノ。
大振りだが素早いクロノの一撃に反応できなかったアリスは、武輝で彼の一撃を受け止めた。
重いクロノの一撃を受け止めた衝撃がアリスの華奢な全身に伝わって、苦悶の表情を浮かべるが意地でも武輝を手放そうとはしなかった。
自身の一撃を受け止められるが、クロノは力任せに押し出してアリスの体勢を崩そうとする。
腕力では圧倒的に不利なアリスは、クロノの押し出しに体勢を崩しそうになるが、アリスは一瞬だけ力を抜いてクロノの武輝を横に捌いた。
前のめりに体勢を崩そうとするクロノの鳩尾に膝をめり込ませて怯ませ、武輝である銃の銃口に装着された銃剣を怯んでいるクロノに向けて突き出した。
怯みながらも、クロノは身を捻ってアリスの攻撃を紙一重で回避しながら武輝を薙ぎ払う。
回避から即座に反撃に転ずるクロノに、アリスは冷静に対応して身をそらして回避。
再びアリスはクロノとの間合いを開けようとするが、クロノは怒涛の連撃を仕掛けて自身のテリトリーから逃がさない。
自分との間合いを開けることを許さないクロノの素早い連撃に、防戦一方になり、徐々にクロノの一撃が掠りはじめるアリス。
追い詰められているが――アリスには僅かに余裕があった。
クロノの一撃一撃が的確に隙を突いてくるため、間合いを取る余裕がないアリスだが、彼の一撃を容易に先読みして回避できる余裕が存在していた。
……何かがおかしい。
クロノにしては、変な隙がある。
姉のノエルと同じく無表情で感情の起伏がいっさいないクロノだが、自身に攻撃を仕掛け続ける彼の異変をアリスは感じ取っていた。
クロノやノエルと訓練でぶつかり合ったことがあるアリスは、感情を宿さない攻撃を仕掛ける二人の戦法がもっとも厄介に感じていた。
戦いにおいて感情を表に出すことは、相手に動きを読み取られる可能性も十分にある。
しかし、どんなに感情を抑え込んでも、誰でも攻撃を仕掛ける時には僅かに感情を乗せてしまうのが普通であり、その僅かな感情を読み取るのが勝利への一歩であるとアリスは思っていたが――クロノとノエルは機械のように、攻撃を仕掛けても感情を乗せなかった。
だからこそ、二人の動きを先読みすることができずに苦戦していたが――今のクロノの攻撃には、僅かながらにも感情が乗せられており、それを読み取ってアリスは先読みできた。
感情と呼ぶには漠然としていないが、揺らぎのようなものを確かにアリスは感じていた。
姉と同様任務に忠実であることをアリスはよく理解していたが、任務を遂行するクロノから感情の揺らぎのようなものを感じ取ったアリスは内心驚いていた。
それに気を取られて余計な隙を生んでしまうことになり、勢いよく武輝を突き出したクロノの一撃を武輝で防いだが、衝撃に耐え切れずに尻餅をついて倒れてしまった。
すぐさま立ち上がろうとするアリスだが、クロノに武輝を突きつけられて動けなくなる。
武輝を突きつけて、冷ややかな目で自分を見下ろすクロノからは、先程感じた感情の揺らぎはなかったが、間違いなく先程のクロノは揺らいでいたことを確信するアリス。
同時に、クロノの微かな感情の起伏に気を取られて隙を生んでしまい、最悪な状況に陥れた自分にアリスは苛立っていた。
「投降しろ。もう終わりだ」
クロノは投降を促すが、アリスは決して受け入れない。
無言だが、アリスからは決して退かない意思を感じ取ったクロノは片手に持った剣を振り上げ、追い詰められても負けを認めないアリスに向けて振り下ろそうとするが――
乾いた破裂音とともに襲いかかってくる不可視の塊に気づいたクロノは、振り下ろすのを中断してバックステップでアリスから距離を取って不可視の塊を回避した。
「でかしたぞ、コータロー! よくやった!」
嬉々とした声を上げたプリムは尻餅をついているアリスに駆け寄り、クロノに向けてショックガンを放ってアリスから遠ざけた幸太郎は、アリスの前に庇うようにして立った。
アリスの前に立つ幸太郎は、ショックガンの銃口をクロノに向けたまま、迷いのない真っ直ぐとした目でクロノをジッと見つめていた。
……七瀬に助けられた。
少し、ムカつく――でも、一応感謝はする。
案内役にしか役に立たないと思っていた幸太郎に危機を救われてしまったことに不満と、救われてしまう状況を作ってしまった自分に苛立ちを募らせるアリスだったが、取り敢えずは感謝することにした。口には出さないが。
輝石を扱う資格を持ちながらも、輝石を武輝に変化させることができない一般人も同然な幸太郎を鋭い目で睨んで脅すクロノだが、幸太郎は一歩も退かない。
脅しが通用しない幸太郎に、クロノは自分は本気である証明を見せつけるため、武輝に変化した輝石から絞り出した力を自身の武輝である剣に纏わせると、剣の刀身に白い光が纏う。
「邪魔をするなら、輝石を扱えないお前でも容赦しない」
「やっぱり、ちょっと手加減してくれない?」
「それなら退け」
「それは無理」
「話にならんな」
……また、クロノが揺らいでいる。
――この機を利用する。
離れていても十分に伝わるクロノの力を感じ取ると同時に、先程のようにクロノから僅かに感情の揺らぎをアリスは感じ取ることができた。
目の前に立つ幸太郎を危険なので退かせようとしたが、これは逆に好機だと判断したアリスは彼をクロノの気をそらせるために利用することにした。
強めの不意打ちをクロノに与えた後に、美咲にも攻撃を仕掛けて、二人の不意をついて、目的地へと目指すことにアリスは決めた。
運が悪ければ協力者である優輝たちを置いて行くことになるかもしれないが、それでも追い詰められたこの状況を切り抜けるためには必要な犠牲だとアリスは考えることにした。
尻餅をついたままのアリスは、クロノの注意が幸太郎に向いている間に手に持った武輝である銃の引き金に指をかけ、誰にも悟られないように指に力を込める。
「アリス! 何を考えているのだ! 目の前にコータローがいるのだぞ!」
不意打ちを仕掛けようとするアリスだったが、彼女の武輝から強い輝石の力を感じ取ったプリムが怒声を張り上げて制止させる。
幸太郎の脇を狙ってクロノに不意打ちを仕掛けるつもりだったが――その声に驚いたアリスはギリギリまで引いていた引き金を引いてしまうと同時に、クロノも反応する。
アリスが放った光弾は幸太郎の頬を掠めてクロノに向かって飛んで行き、アリスの怒声に反応したクロノは光を纏っている武輝から衝撃波を放った。
二つの攻撃がぶつかり合い、競り合っていたが、事前に幸太郎を脅すために力をためていたクロノの武輝から放たれた衝撃波が、アリスが撃ち出した光弾をかき消した。
衝撃波は風を切るほどの凄まじい速度で幸太郎たちに襲いかかるが、アリスの光弾とぶつかり合ったせいで軌道が僅かにそれ、近くにあった街路樹を薙ぎ倒した。
「何を考えているのだ! コータローに当たったらどうするつもりだったのだ!」
「計算してるから問題ない」
「それでも危険であることに変わりはない!」
これで全部水の泡……もう、何もかもが終わり。
自分の中でしっかり計算したのに、喚いてせっかくのチャンスを無駄にしたプリムに、平静を装いながらも内心忌々しく思うアリスだが、今は何も言い返す気力はなかった。
すべてが上手く行くはずだったのに、プリムの邪魔のせいで台無しになってしまい、もう降伏するしか手がなくなったアリスは俯いて、大人しく輝石を武輝に戻そうとする。
「大丈夫か、コータロー……こ、コータロー……?」
幸太郎を心配するプリムの必死な声が、作戦に失敗して呆然自失状態のアリスの耳に届くが――その声の様子が途中から変化したことに気づいた。
不審に思ったアリスは俯いていた顔を上げると、目の前にいる幸太郎に寄り添うプリムの顔は驚愕に染まり、幸太郎と対峙しているクロノも無表情ながらも僅かに目を見開いて驚いている様子だった。
嫌な予感が過ったアリスは幸太郎に視線を移すと――彼の肩から血が流れていた。
クロノの衝撃波が幸太郎の右肩を掠めたのだろうと判断するアリスだったが――真っ赤な血を裾口から流す幸太郎の姿を見て、それ以上のことは頭が真っ白になって何も浮かばなかった。
それは、アリスだけではなく、この場にいる全員が同じだった。
「みんな、逃げよう!」
水を打ったように静まり返っている中、怪我を負ったばかりだというのに幸太郎は力強い笑みを浮かべて目的地へと走りながら、アリスたちに逃げるようにと促した。
真っ白になっている頭で、美咲とクロノが幸太郎の怪我に気を取られていることを察したアリスは幸太郎の指示に従い、遅れて反応した優輝たちも幸太郎の後に続く。
この場から逃げる幸太郎たちを美咲とクロノは追うことなく、その場に立ち尽くしていた。
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