第二章 独擅場と茶番劇

第12話

「現在、ノエルさんはセラと幸太郎とともに逃亡中――最後に監視カメラに映ったのはノースエリアからイーストエリア付近に出たところですわ。追手の輝石使いを全員打ち倒したアルトマンとともに現在鋭意捜索中ですわ」


 倒壊の危機があって使用できない教皇庁本部と鳳グループ本社の代わりに使用されている、セントラルエリアにあるホテルのパーティー会場に集められた大勢の教皇庁幹部である枢機卿、鳳グループ幹部たちは麗華の状況説明を聞いて、深々とため息を漏らしていた。


 大勢のアカデミー上層部の人間たちが集められたのは、数十分前の騒動が原因だった。


 以前アルトマンが使用していた屋敷で、セラとアルトマンが交戦し、乱入したノエルとセラは共闘してアルトマンを追い詰めたが結局は逃げられる――ここまでは誰もがある程度予期していた展開だったが、この後が問題だった。


 拘束しようとしたアカデミー側が派遣した教皇庁の輝士からノエルは逃亡し、その逃亡を幸太郎とセラが手助けしたことが問題だった。


 事態を混乱させた風紀委員二名のせいで、説明責任を求められた麗華は勝手な真似をする幸太郎とセラへの苛立ちを堪えながら、上層部たちの風紀委員への失態を責める刺すような視線が集まる中、堂々とした態度で状況を説明した。


「二人がノエルさんに協力している原因については――おそらく、というか確実に、分不相応になんでも首をツッコむ幸太郎が原因であり、セラはそれに付き合っているだけですわ。二人がアルトマン側についている可能性は低いというのが私の出した結論ですわ。現在、制輝軍の協力を得て三人の行方を捜索中ですが、最後に監視カメラに映った近くにある公園に隠れているのではないかと思われますわ」


 二人がアルトマン側についたというのは麗華の希望的な推測だったが、アルトマンと同じく賢者の石をその身に秘めて過去に何度か狙われた幸太郎と、過去に多くの事件を解決してきた実績を持つセラの信頼で誰も異論は唱えなかったが、疑問は噴出した。


「七瀬幸太郎がコンビニに入ったという情報もあるのだが――これはどういうことかな? もしや、彼ら以外に逃亡を手助けする協力者がいるという可能性があるのではないか?」


「……それについては、現場も混乱していましたが、私の推測ではあのバカ――ではなく、幸太郎が能天気にも、逃亡生活が長丁場になると思って食料を買い占めただけですわ。事実、コンビニを出た後の彼の両手には食料が入った買い物袋を手に持っていましたわ」


「七瀬幸太郎が人通りの多い商店街に入ろうとしているのをセラ・ヴァイスハルトに止められたという情報も入っているのだが、もしや、これも何かの策だと?」


「ただ単に商店街から香る焼き鳥のにおいに幸太郎――ではなく、あのバカ――失礼、幸太郎が惹かれただけですわ。あの男の行動にはいっさい、何も意味がありませんので、考えるだけ時間の無駄考えれば考えるほど深みにはまり、すべてが無駄であると気づいた時には貴重な時間を無駄にした自身の愚かさに後悔してしまいますわ」


 枢機卿と鳳グループ幹部からの幸太郎の謎の行動についての質問に、追われている立場でありながらも目立つ行動ばかりする幸太郎への激情、それ以上にバカバカしく思ってすべてを投げ出したくなるのを必死に抑えて説明する麗華。


 そんな麗華から放たれる溢れ出んばかりの怒気に、幸太郎とセラの行動について質問をしようとする上層部の面々は圧倒されてしまっていた。


 だが、そんな中――「ちょっといいか」と、麗華に威圧されることなく、鋭い視線を彼女に向けて御柴克也は質問をする。


「目立つ行動ばかりしていても、運良く七瀬たちには逃げられているようだな。それも、制輝軍やアカデミーの人間の目から上手くかいくぐって」


「克也さんはもちろん、みなさんご存知の通りセラは風紀委員として数々の事件を解決に導いた実績を持ち、ノエルさんは元制輝軍のトップ――アカデミー都市内の地理を熟知するとともに、アカデミーの動きを把握している優秀な二人が揃っているからこそですわ」


「……まあ、今のところはそういうことにしておこう。だが、それでも白葉ノエルに対しての疑念は消えていない。どうしてアルトマンの居場所がわかったのかって疑問はあるんだからな」


 あらかじめ今の問いについての答えを用意していたかのように、淀みなく答えた麗華を克也は不審そうに見つめながらも、議長席に座る大悟とエレナに視線を向けた。


 克也の視線を受け、二人は会議のまとめに入る。


「白葉ノエル、セラ・ヴァイスハルト、七瀬幸太郎――三人の行動に翻弄されている状況で、白葉ノエルもいつ寝返るのかわからない状況で放っては置けないが、何よりも危険なのはアルトマンだ。賢者の石を持つ七瀬幸太郎を目の前にして、どうして見逃したのか疑問と不安が残る。目的が何も見えずに暴走する相手をこのまま放置しておくのはあまりにも危険だ」


 セラ、幸太郎がノエルとともに逃亡しているという情報だけで、緊急会議が開かれたわけではなく、アルトマンが制輝軍、教皇庁の輝士、鳳グループに所属する輝石使い――合わせて百人以上いる猛者たち全員を一人で、それも短時間で一網打尽にしたことが今回の緊急会議を開いた大きな理由だった。


 目立った被害を及ぼしていないノエルよりも、アルトマンの方が危険であるという火を見るよりも明らかな大悟の言葉に全員頷き、異論はなかった。


「白葉ノエルはできるだけ最小限の人員で穏便に解決するように心がけ、アルトマンを止めることに集中する――そのための人員はどうなっている、克也」


「アルトマン相手に教皇庁の輝士や聖輝士も出動を渋ったが、自ら進んで斬り込むのを立候補した奴らに向かわせた。だが、無理はするなと伝えてるから期待はするな」


「わかっている。責任感や功名心よりも自らの身を大切にしろと、現場には伝えてくれ」


 言われるまでもなくアルトマンを止めるための準備を整えている克也に、無表情ながらも満足そうに大悟は頷く。


「現場は克也に任せ、他は協力して住民たちの避難を促し、外部への対応をしてもらう。今回の件でアカデミーは戦場となり、騒ぎは世界中へと拡散されるだろう。混乱を防ぐためにも諸君らに力を借りたい――頼んだ」


 騒動解決のために力を借りたいと懇願した大悟は立ち上がって頭を下げ、そんな彼に続いてエレナも「お願いします」と頭を下げた。


 大勢の輝石使いたち相手に一騎当千し、連日アカデミーで騒ぎを起こしたアルトマンの行動は世界中から注目されているため、大悟の言葉が誇張ではないと痛感しているアカデミー上層部の面々は気を引き締め、力を借りたいと懇願する大悟のために動きはじめる。


 大悟の言葉一つだけで気合を入れ直した単純なアカデミー上層部を、克也の隣で怠そうに座っている椅子に深く座って、スカートから伸びる艶めかしい脚を組んでいるアリシアは小馬鹿にするように眺め、大悟の隣に座っているエレナに視線を向けた。


「上手くアルトマンに話題をそらしたみたいだけど……随分白葉ノエルに甘い判断ね」


「妥当な判断です」


「教皇としては失格ね。厳しくあるべきだわ」


 最小限の人員かつ、できるだけ穏便にノエルの件を解決しようとするトップ二人の判断を曖昧と評価して小馬鹿にするアリシアだが、エレナは特に気にしている様子はなかった。


「白葉ノエルの傍にはあの二人がいます。二人がいるのであれば、何も問題はないでしょう」


「随分あの二人を信頼しているのね。一人は納得できるけど、もう一人はわけのわからない力を持った、役立たずなのに。というか、最近アンタ、妙にあのガキの味方をするわね」


「別にそんなつもりはないのですが――そうですね、あなたよりは信頼できます」


「余計なお世話よ」


 チクリとくるエレナの反撃に、忌々し気に舌打ちをするアリシアを、エレナは感情を感じさせない目でじっと見つめながら――


「アリシア、もしも時の場合はお願いします」


「……フン! アンタらの骨なら拾うよりも犬に咥えさせた方がマシね」


 感情が読み取れないながらも、不安を感じさせるエレナの言葉にアリシアはいつものように悪態をつきながら、自分の仕事をするために会議室から出た。




 ――――――――




 ノエルが追手を振り切って幸太郎とともに逃亡した状況で、クロノは制輝軍本部でアカデミーの人間から事情聴取を受けていた。


 姉であるノエルとクロノが共謀していないかと疑われたためだ。


 しかし、制輝軍の仲間、アリスのフォローがあって事情聴取は短い時間で終了し、そのままクロノは逃亡中のノエルを追うことになった。


 ノエルを拘束するため、実力行使をしても構わない――仕方がないことだ。

 勝手な真似をした――だから、仕方がないことだ。

 傍にセラがいるとはいえ、アルトマンが狙う幸太郎と一緒にいる以上、アルトマンに寝返った場合、幸太郎を差し出す可能性があるならば――仕方がないことだ。


 ――そう、仕方がないことなんだ。

 

逃亡中のノエルを実力行使で捕らえても構わない、というアカデミーからの指示を受けたクロノは、ノエルを追うために制輝軍本部から出ようとしていた。


 仕方がないことだと、何度も自分に言い聞かせながら。


「これからノエルを追うのか? クロノよ」


「……そのつもりだ」


「本気なのか?」


「仕方がないことだ」


 制輝軍本部から出たクロノを呼び止めたのはプリムであり、その隣にはリクトもいた。


 鋭く、厳しい目を向けながら問いかけてくるプリムから視線を僅かにそらしながら、クロノは必死に感情を押し殺した声で彼女の問いかけに答えた。


「今のノエルは非常に危うい立場だとオマエたちなら理解できるはずだ。アカデミーの人間ととともにノエルを捕えるために制輝軍の半分以上が動いている」


「クロノ君、制輝軍はノエルさんやアルトマンさんに対して具体的にどう動くつもりですか?」


「アルトマンは美咲に任せ、今回の騒動に無関係であるとアカデミー側に証明するために、ノエルの行動をある程度把握できているオレと、アルトマンを目の前にすれば何をするのかわからないアリスとともに、制輝軍の半分以上の人員を使ってこれからノエルを追うつもりでいる」


 そうだ……だから、仕方がないことなんだ。


 縋るような目で見つめてくるリクトの質問に、クロノは機械的に淡々と答えた。


「アカデミーに反旗を翻したノエルをセラとコータローが協力しているという疑念もあるが、ノエルがコータローを人質にとってセラを利用していると判断している声もある。ノエルを信じようとする声は少ないのが現状だ――だというのに、お前はそれでいいのか?」


「仕方がないことだ」


「『仕方がない』――そう思っているのは自分の意志か? 周りからの意志に流されてそう思っているだけなのではないのか? お前の本心は何だ、クロノよ」


 仕方がないことだというのに、どうしてわからない。

 全部、仕方がないんだ。


 プリムに本心を尋ねられるが、クロノは軽く俯いて何も答えることができない。


 そんなクロノの様子に、プリムは仰々しくため息を漏らして失望の目を向けた。


「情けないぞ、クロノ!」


 同感だ。

 だが、仕方がないんだ。


 喝を入れるようなプリムの怒声を受けて、反論できないクロノは心の中で自嘲した。


「こういう時に自分の本心を口に出さず、それに従うこともできないお前は以前と変わらぬ操り人形のままだ! それでは、アルトマンの呪縛から逃れた意味がない!」


「仕方がないことだと言っている」


 アルトマンの言葉に従い、リクトやプリム、アリスや美咲という大事な仲間を利用して裏切り続けていた頃と同じだとプリムに指摘され、クロノは若干ムキになって反論した。


「本心を曝け出し、そのままに行動すればノエルのように混乱を招くだけだ」


「確かにそうかもしれないがな、そんなノエルの行動には何か理由があるとは考えないのか? ノエルにとって何か大切な、譲れないものがあるのだと思わないのか?」


「そんなこと何度も考えた。だが、状況が状況だ……仕方がない」


「仕方がないと自分に言い聞かして、周囲に気遣うためにお前は自分の本心を押さえるのか? そんなものは気遣いなどではない! ただ、逃げに回っているだけだ!」


「オマエはこれ以上被害が拡散し、関係のない人間が巻き込まれても構わないというのか?」


「そうは言っていないぞ! 私はお前が無理して本心を隠していることを指摘しているのだ!」


「同じことだ。ノエルに続いてオレが勝手な真似をすれば、事態は更に混沌と化す」


「そういう現実的で融通が利かないところが、以前のお前だと言っているのだ」


「――もうやめましょう」


 ヒートアップするクロノとプリムの間に、リクトが割って入る。


 リクトが間に入ったおかげで二人の口論は落ち着いたが、不機嫌そうに口をへの字に曲げて腕を組んでプリムはそっぽを向いてクロノから視線を外し、そんな彼女の子供っぽい癪に障る態度にクロノは小さく鼻を不機嫌そうに鳴らした。


「ノエルの弟であるお前が、ノエルを信じようとしないのなら、私たちが代わりにノエルを信じ、味方であり続けよう――行くぞ、リクトよ」


「ちょ、ちょっと待ってください、プリムさん。どうするつもりなんですか」


「決まっているだろう! アカデミー側が早まった真似をしないようにするのだ」


 そう宣言するとともに、さっそく行動を開始するプリムは鳳グループと教皇庁の人間が活動しているホテルへと向かう。


 制止を振り切って有言即実行のプリムを追おうとするリクトだが、その前に「クロノ君」と堂々とプリムがノエルの味方をすると宣言しておきながら止めないクロノに声をかけた。


「僕もプリムさんとともに行動するよ」


「勝手にしろ。邪魔をするなら容赦はしない」


「もちろんわかってるけど、そっちも忘れないでね。プリムさんの言う通り、僕たちはノエルさんの味方であり――クロノ君の味方だってことも」


 慈しむような笑みをクロノに見せた後、リクトは小走りでプリムの後を追う。


 ――そうだったな。

 忘れていた――ノエルだけではなく、オレの味方でもあったんだな。


 一人残されたクロノは、不測の事態の連続で、リクト、プリム、そして、幸太郎に昼休みに言われたばかりのことを忘れていた自分の愚かさに、ただただ自嘲を浮かべていた。

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