第40話

 訓練場などが立ち並ぶウェストエリア内の中でも、比較的大きく、頑丈な作りの訓練場には、宗仁、優輝、ティア、セラの四人がいた。


 アルトマンを倒してからこれといって目立った騒動は起きず、鈍った身体を叩き直すためにセラ、優輝、ティアの三人は師匠である宗仁に実戦形式の訓練を受けていた。


 頑丈な訓練場内を揺るがすほどの激しい訓練を終えたセラたちは、息も絶えた絵といった様子で訓練場内に設置された椅子に座って一息ついていた。


「ひ、久しぶりに激しく動いたから、ちょっと疲れたかな……」


「師匠の言う通り、お前は少し力を使い過ぎている。あれでは消耗するだけだ。輝石の力に頼るだけではなく、己の肉体に頼るべきだと何度も忠告しているはずだ」


「よーくわかってるよ。でも、ティア。お前みたいに猪突猛進に突撃するのはどうかと思うぞ。真っ向勝負もいいけど、少しは搦め手を使うべきだって俺も毎回言っているぞ」


「ぐうの音が出ない……が、真剣勝負に小細工は無用だ」


 訓練を終えてお互いの動きを厳しく評価する優輝とティアの姿を見て、懐かしさが込み上げてきたセラはクスクスと楽しそうに笑っていた。


 そんなセラを見て、宗仁はやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。


「セラ、お前は体術、剣術、輝石の扱い方――ともに高水準で隙がないが、バランスがいいというだけであって、ティアの突出した接近戦、優輝の輝石を操る力には及ばない。昔から口を酸っぱく言っているが、バランスがいいだけではダメだ。自分の持ち味をもっと探して、戦術の幅を広げるべきだ」


「うぅ……もっと精進します」


「かくいう私もお前たちのことは言えない。優輝と同様自分の持ち味を生かし切った戦法しか取れていないのだからな。つまり、お前たちはもちろん、私も修行が足りないということだ……まだまだ、アルトマンには敵わないということか」


 弟子たちだけではなく、師匠の自分もまだまだ修行が足りていないということを、宗仁はアルトマンとの戦いを経て痛感してしまうと同時に、消えてしまったアルトマンへ、何か複雑な思いを抱いている様子で遠い目をしていた。


 同じ師匠の下で輝石使いとしての修行をしてきた長い付き合いだからこそ、消えてしまったアルトマンに何らかの思いを抱いている師匠に、セラは「師匠」と、思い切って聞いてみることにした。


「師匠にとって、アルトマンは一体どんな人物だったのでしょうか」


 長い間セラたちにとってアルトマン=敵であるという認識だったからこそ、アルトマンと長い付き合いの師匠に、彼について詳しく聞いてみたかった。


「誰よりも好奇心旺盛で、誰よりも優秀であり、誰よりも孤独な人間だったよ」


 アルトマンと修行をしてきた日々を思い出しながら、宗仁はゆっくりと兄弟子についての話をはじめる。


「輝石使いとしては私が知る限り、最も優秀な人物だった。その証拠に、アルトマンとの最後の戦いで我々に見せた、あの強さ――煌石の力を取り込んだのも原因だとしても、人間には制御できない力を取り込んで、あそこまでの圧倒的な力を見せたのはさすがはアルトマンだ。間違った強さだが、私では到底到達できない領域だ」


 大勢の人間に囲まれながらも、圧倒したアルトマンの実力を思い返しながら、宗仁は心の底からアルトマンの輝石使いとしての実力を認めていた。


「そして、物事のすべてを理解しなければ気が済まないほど好奇心旺盛だったからこそ、加えて優秀だったからこそアルトマンは先を見過ぎていたのだと思う……だから、彼は周囲に理解されずに孤独だった。本人は気にしていなかったようだが、誰も彼を理解しないで止める者がいなかったのが原因で自分勝手な暴走を続けたのだろう」


「……あなたでも、止められなかったのですが?」


 敵であったアルトマンを若干憐れんでいるような息子の問いに、宗仁は若干の後悔を滲ませながら首を横に振った。


「私はそんなアルトマンを尊敬し、目標としていた人物の一人だった――長い付き合いであっても、彼と対等に接することができる理解者ではなかった。だから、私は彼を止めることができなかった」


「ですが、アルトマンの自業自得です」


「その通りだ。どんな理由があるにせよ、アルトマンは周りを考えないで暴走を続けた。そして、自分の身のことを考えずに煌石や輝石の力の限界を探求し、その好奇心で動き続けた結果、煌石の力を取り込み過ぎて消滅という自業自得の結果になってしまったのだ――自業自得以外の言葉はない」


 容赦のない一言を言い放つティアに同意するように、尊敬している人物であっても宗仁はアルトマンを断じた。


「これから先、アカデミーが大きくなり、輝石使いの数が増えるにつれて第二第三のアルトマンが登場することだろう。我々はそれを迎え撃つため――いや、アルトマンのようにさせないためには力で従わせるよりも、理解しなければならないのかもしれないな」


 アルトマンのような暴走を止めるために、力をつけるべきだと思っていた宗仁だが、彼との思い出を振り返り、それだけでは結局は彼のように孤独にさせてしまい、彼が辿った結末を繰り返させるだけだろうと気づいてしまった。


 そんな今思いついた宗仁の考えに、優輝たちは同意を示すように頷いた。


「だったら、今は第二第三のアルトマンを迎え撃つことを考えるよりも、ヘルメスやファントムについて考えるべきですね」


 理解することができるかもしれない第二第三のアルトマンのことよりも、目先の危険人物であるヘルメスやファントムについて考えるべきだという優輝の言葉に、宗仁は複雑な顔をして小さく頷いた。


 半年間一緒にいたヘルメス、少しの間一緒にいた煌石の力によって少女の姿となって復活したファントム――二人ともアルトマンを倒すまでの一時的な協力関係であり、危険人物であることには変わりなかった。


 だが――


「今すぐに騒動を起こすほど浅慮ではない。今回のアルトマンの騒動で、鳳グループと教皇庁が強固な協力関係を築き、騒動の対応に臨んだのを見て二人は生半可な準備ではアカデミーを崩せないと思っていた。動き出すにしても時間はかかる。それに、二人の狙いがアカデミーであるとは限らない……しばらくは大丈夫だろう」


「アルトマンのイミテーションであり、彼と同じく慎重なヘルメスならまだしも、勝手に暴走するファントムは危険です」


「今のファントムは何だかんだ文句を垂れつつも唯一無二の身体になれて喜んでいる。今までならまだしも、せっかくの唯一無二の身体を傷つけるような真似はしないだろう」


 確信もなければ、立場上ハッキリとは言えなかったし言わなかったが、半年間、同じ敵を倒すという目的の下で密度の濃い付き合いをしたからこそ宗仁は優輝にファントムの危険性を再確認されても、二人は問題ないと思っていた。


 アルトマンという自分たちを縛っていた存在が消滅したからこそ、二人は別の道を歩むのではないかと。


 ファントムとヘルメスに対してどこか柔和に感じられる父の様子を怪訝に思いながらも、「そうだといいんですけど……」と優輝は父の言葉に納得することにした。


「というか、どうしてファントムは少女の身体になったんでしょう。本人はかなり不満を抱いている様子でしたが」


 ヘルメスがティアストーンと無窮の勾玉で少女となって蘇ったファントムについて、不意に抱いた疑問をセラは口にした。


 頭のどこかでこびりついているような何かに、突き動かされるままに。


「煌石の力というのは人知を超えているのだ。時に、我々の想像もつかない展開になる」


「まあ、確かにそうですけど……いい歳のオジサン二人が少女を連れ回す姿は少々危険に思えたので……」


「娘は欲しいと思ったことはあるが、そういう趣味はない」


「でも、母さんは年下ですよね。それも、結構」


「……勘弁してくれ」


 自分の年齢よりもだいぶ離れている妻がいるために、あらぬ疑いをかけてくる息子に、宗仁は降参と言わんばかりにため息を漏らした。


「それよりも、師匠、アカデミーの教官になるという話が麗華たちからあったそうですが、どうするんですか?」


「丁重に断った。そろそろアカデミーから離れて元の生活に戻るつもりだ」


 話を替えてくれたセラに心の中で感謝しつつ、宗仁は淡々と答えた。


 再び隠居生活に戻る宗仁に、優輝は呆れたようにため息を漏らす。


「また隠居生活で見て見ぬ振りを続けるつもりですか?」


「母との仲を修復しろと言ったのは、誰だ?」


「そ、それは、確かにそうですが……」


 父の言葉に何も反論できなくなるが、それ以上にただただ周囲を隔絶して隠居生活を送るつもりではないことに少しだけ安堵する。


「それに、未来を築くのはいつだってお前たち次代の若人だ。私のような老人ではない」


「老人、ですか……よく言いますよ。若人三人を相手に大立ち回りするくせに」


「まだまだ歳を言い訳にして負けるつもりはない、が――私のような旧世代の人間に頼ってばかりでは、お前たちだけの未来には進めないだろう?」


「隠居生活をするための言い訳にしか聞こえませんが――確かに、あなたの言う通りです。いいでしょう、あなたの力に頼らなくても、自分の未来を掴んで見せますよ」


「それでいい――旧世代の人間ができることは、次代のお前たちを支援し、繋げるだけ。表に出て暴れる役割はもう終わっているのだ」


 未来に進むための師匠――父のアドバイスに、アルトマンを倒して未来を掴んだ息子、そして、弟子のセラとティアは身を引き締めた。


 このまま未来へ進むため、訓練を続けようとするセラたちだったが――「そういえば、ティア」と、ふいに宗仁はティアを呼び止めた。


「お前の父から――デュラルからまた連絡があったぞ」


「どうせ、また見合いのことでしょう」


「その通りだ」


 重要なことかと思ったら、興味のない見合い話にティアは小さくため息を漏らして心底呆れている様子だった。


「いい加減鬱陶しく、師匠にも迷惑をかけているようなので、一度厳しく言っておきます」


「だが、デュラルたちの思いも察してやれ。お前が心配なんだ――親として、その気持ちはよくわかる」


「ど、どうして、そこでこっちを見るんですか!」


 お節介な両親の思いを迷惑そうにするティアを、恋人と清い関係を貫ているだけで中々進歩しない自身の息子を一瞥する宗仁。


「だけど、デュラルさんたちが心配する気持ちはわかる。お前は昔から訓練ばかりで、そういう色恋のことを真面目に考えたことがないからな」


「余計なお世話だ」


「実際、ティアはどんな人が好みなんだ?」


 優輝の言葉を心底鬱陶しく思いながらも、彼の言うことはもっともなので、少しだけティアは自分が思い描く理想の男性を考えてみる――滅多にそんなことを考えたことがないはずなのに、不思議と頭の中で漠然としたイメージが沸いてしまった。


「強い人だ」


「ティアよりも強いって、だいぶ限られてくるんじゃ……」


 あまりにも漠然とし過ぎているティアの答えと、ティアよりも強い人間など滅諦にないことを知っている優輝は呆れるが――


「単純に強いというわけではない……肉体が強くとも、肝心の心が強くなければ意味がない。心は人を映し出す鏡のようなもの、それが曇ってしまっても、いくら肉体が強くとも宝の持ち腐れになるだけだ……だから私は肉体ではなく、心が強い――私が認めるほど強い人が良いと思っている」


「……それ、すごくわかるかもしれない」


 少し熱に浮かされた表情を浮かべているティアの答えに、セラも強く同意を示した。


 そんな二人の様子を見て、優輝は憂鬱そうにため息を漏らして縋るように父を見る。


「……そういう人、見つかると思う?」


「心が強い人は大勢いるが、ティアが認めるかどうかは……まあ、希望はあるはずだ……多分」


 まず、自他ともに厳しいティアに認められるまでがいばらの道だと思っている父の意見に激しく同意する優輝。


 ティアの、そして、セラも色恋の進展はまだまだ先であると二人は確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る