第41話
「はぁー、最近おねーさん、欲求不満だよー♪ 楽しいことないし、ワクワクドキドキしないしー、もー、このままおねーさん、干からびちゃうよー、面白いことないのー? ねーねーねー!」
制輝軍本部内にあるアリスの仕事部屋に、美咲の退屈そうなため息が大きく響き渡ると、ソファの上でドンとうつぶせに倒れて足をバタバタさせて欲求不満を連呼して暇を大いに持て余している美咲を、アリスは呆れたように見つめていた。
「確かにアルトマンとの決着以降目立った事件は発生していないけど、平和そのもの」
「それが面白くないんだよねー、あーあ、早くヘルメスちゃんとファントムちゃん来ないかなぁ♪ おねーさん、もう、やる気濡れ濡れ満々だよ」
「意味がわからない」
「この際だからマッチポンプ的なことしてみる?」
「物騒なこと言わないで」
「冗談冗談、おねーさんのウィットに富んだジョーク❤」
「美咲の場合、本気でやりそうだから恐ろしい」
冗談とも本気ともとれる物騒なことをおどけたように言い放つ美咲に更に呆れるアリス。
美咲の言う通り、確かにアルトマンと決着をつけた先月から今まで、アカデミーの生徒同士の小競り合いはあっても目立った事件は起きていなかったので制輝軍は暇を持て余していた。
しかし、制輝軍が動かない=平和な証拠であるので、アリスは文句はなかった。
それに、アルトマンとの戦いの事後処理に追われて疲弊しきっている今のアカデミーで行方不明のヘルメスやファントムが動く大きな事件が起きれば、面倒なことになるのは間違いないので、美咲には悪いができればそうなってほしくないと制輝軍を束ねている身のアリスとしてはそう切に願っていた。
「あーあ、早くヘルメスちゃんと、ファントムちゃん、動いてくれないかな」
「そうなってほしくないけど……正直、二人はまだ動かないと思う。アルトマンとの戦いを経て更に強固な関係になったアカデミーに喧嘩を売るには相応の時間が必要」
「アタシは喧嘩する相手が大きければ大きいほど興奮するんだけどね♥ ウサギちゃんたちはどう思う? おとーさんたち、すぐに動くと思う?」
好戦的な笑みを浮かべながら、今までのアリスたちのやり取りを何も言わずに眺めていたノエルとクロノに視線を向ける美咲。ヘルメスに生み出されたイミテーションである二人ならば、父親も同然の存在の行動パターンを把握していると思って、美咲は質問をした。
「アリスさんの言う通りだと思います」
「同感だ」
アリスの意見を支持するノエルとクロノの答えを聞いて、再び退屈なため息を漏らす美咲。
「正直、いつ動くかさえも定かではありませんし、動くかどうかもわかりません」
「オレたちはどちらかと言えば、もう二人はアカデミーから手を引くのではないかと考えている……根拠はないがな」
「それは少し楽観的。特にファントムは自分の存在を誇示するために派手に動きそうな気がする。ファントムと比べて慎重なヘルメスも、準備を万端にして隙を見つければ何らかの行動に出そうな気もする」
さすがにファントムたちが表立って動かないであろうというのは、楽観的だとアリスは指摘するが、ノエルとクロノはアリスの厳しい意見を受け止めつつも、自分たちの考えを変えるつもりはなかった。
「アルトマンの呪縛から逃れたんだ。わざわざ、ヤツらがアカデミーを突け狙う理由はもうないだろう。もしも、アカデミーを再び狙うのだとしたら、それはそれで再びアルトマンの呪縛に囚われているということになる」
「もちろん、根拠はありません――だからこそ、私とクロノはこのままアカデミーに残り、アリスさんたち制輝軍に協力しながら、いつかまた現れるかもしれない二人を止めるつっもりでいます。それが同じイミテーションとしての私たちの責任です」
「だから、アリス。今後もオレたちはお前たちと一緒に過ごすつもりだ」
「……心強い」
自分と一緒にいてくれるということ、それ以上に、ヘルメスの人形として生きてきた時間が長かった二人が、人形としてではなく一人の人らしく明確な未来を口にしたことにアリスは、そして、美咲は喜んでいた。
「はぁ~、しばらくは退屈になりそう……いっそのこと、特区の看守長に戻ろうかなぁ?」
これから退屈な日々が続くと思い、憂鬱なため息を深々と漏らす美咲を、ノエルとクロノは感情のない、しかし、捨てられそうな子犬のような目で見つめた。
「美咲……オマエは制輝軍を去るのか?」
「残念です……私としては、美咲さんやアリスさんたちとともに未来を歩みたいと思っていたのですが……」
「ズッキューン❤」
子犬のような眼差しと、淡々と放たれながらも名残惜しそうな二人の言葉に、美咲はハートを射貫かれてキュンキュンしてしまう。
「仕方がないなぁ、おねーさん。ウサギちゃんたちのために張り切っちゃおうかな? うん、そうしよう! さあさあ、アリスちゃん! 明日からの制輝軍の活動も頑張ろうか!」
「……単純」
二人の一言でやる気を漲らせている単純な美咲に呆れながらも――彼女が制輝軍を去ることなく、自分たちと未来を歩んでくれることに若干喜んでいた。
――――――――
「おはよう、セラ」
「よお、セラ! おはよーさん!」
「おはようございます、セラさん!」
朝、教室に入ると同時に大勢のクラスメイトたちから挨拶されるセラ。そんな彼ら一人一人にセラはしっかり目を合わせて、「おはようございます」と挨拶を返していた。
「学期末のテストも終わったし、今日は午前中に帰れるんでしょ? ねえ、セラ、久しぶりに一緒にお昼でもどう? 最近イーストエリアで美味しいお店を見つけたんだよね」
「それなら、こっちだって見つけたぞ。場所は何とサウスエリアだ。研究に疲れた研究員たちが、甘いもの欲しさに買う店があるんだ」
「へぇー、それは興味あるわ。セラ、どうかな? 久しぶりにみんなで食べ歩かない?」
「いいですね。今日の風紀委員の活動は夕方からなので、それまでは一緒に遊びましょう」
「おお、いいねいいね。それじゃあ、行こうぜ行こうぜ。この間の事件で大活躍したんだから、今日は俺たちの奢りだ! だから、たくさん楽しんでくれよな!」
「そうそう、たくさん食べていいんだからね、セラ!」
「そ、それは悪いですから、私も払いますよ」
「いいのいいの、遠慮しないで。たーんと、食べさせてあげるからさ」
セラが昼食に付き合ってくれるということで、クラスメイトたちは沸いていた。
奢られるということで若干セラは申し訳なさそうにしていたが、クラスメイトたちはそんな彼女の気持ちなどお構いなしに盛り上がっていた。
「……フン、くだらんな」
セラの迷惑も考えずに盛り上がるクラスメイトたちを遠巻きで眺めている貴原は、不快そうに呟いた。
「いいのか、貴原。セラと急接近できるチャンスだぞ。お前も遊びに行けよ」
「こういうセラが困ってる時にフォローしてやるのが、点数アップに繋がるんだぞ」
「来月から新年度がはじまって大学部に進むんだから、その前にセラとの関係をステップアップするべきなんじゃないのか? 行けよ、行っちまえ! 骨は拾う!」
「ええい! いつもいつも、馴れ馴れしいぞ!」
遠巻きで憧れのセラを眺めているだけの貴原を囃し立てながらも、応援する貴原の数少ない三人の友人たち。
余計なお節介の友人たちに貴原は怒りの声を上げるが、そんな貴原のいつも通りの態度を見て三人は楽しそうに笑っていた。
「というか、最近貴原、おかしくないか? ……何というか、落ち着いたのか?」
「そうだな。お前らしくないというか何というか……いつものお前ならセラの迷惑を考えないで、セラにダイブして玉砕するってのに」
「何つーか、お前ちょっと大人になった? ……ま、まさか! 俺たちという固い友情で結ばれた心の友がいるにもかかわらず、抜け駆けを? 貴様ぁあ!」
「ええい、うるさい! 黙れ! 何を勘違いしているのかはわからんが! 僕は今でもセラさん一筋だ! そのことに間違いない……そのはずだ」
最近自分の様子が変わってきたことを友人たちに指摘されながらも、貴原は相変わらずセラ一筋であると豪語するのだが――貴原は複雑な表情を浮かべていた。
もちろん、今でも貴原にとってセラは最愛最強最美最優最熱の輝石使いであることには変わりなかった。
だが、セラに猛アタックしようとすると客観的な自分が現れ、熱を上げそうになる自分を抑えてしまっていた。
説明できない思いに戸惑いながらも、客観的な自分が現れたおかげで自分が求めているセラの理想像と、セラが追い求めているものが決定的に違うと貴原は感じはじめていた――ようやく。
憧れのセラに対しての思いを抱きながらも、余裕を感じられるほどの落ち着きを得た貴原を見た三人の友人は、素直に感心していた。
「初恋は実らないとはよく言うが、その通りだったか……いや、貴原。俺はお前のことはこれからも応援するよ。ただな、諦めたらそこで恋愛は終了するんだぜ」
「そうだ。恋愛は臆病になっちゃいけないって、この間読んだ雑誌に書いてあった。大人の余裕を得たお前なら、できる! 骨は拾ってやるから突撃して来い!」
「いつものお前の姿を見せてくれよ、貴原! 無様に、そして、勇敢にセラに立ち向かう、お前の姿を!」
「有象無象の存在で、この僕に偉そうにフォローをするとは一々余計なお世話だ! というか、さっきから応援しているのかしていないのか、よくわからないぞ!」
友人たちのフォローに再び怒りの声を上げる貴原。有象無象と言って怒りつつも、貴原は貴重な三人の友人たちと離れることはしなかった。
いつもの調子に戻りながらも、貴原はいつものようにセラに猛アタックをすることはなくなっていた。
セラと貴原――貴原の一方的な想いに、セラが気づかぬまま変化が訪れていた。
しかし――
「あ、あの……貴原君……」
一人のクラスメイトの少女が、意を決した様子で貴原に声をかける。
セラを目の前にした貴原のように情熱的な雰囲気を身に纏い、ほんの僅かに頬を染めた一人の少女の存在が、これからの貴原を変える存在に――
なるかもしれなかった。
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