第39話

 セントラルエリアの、アカデミーの中央に塔のように鳳グループ本社とともにそびえ立っていた教皇庁本部の跡地にある地下――ティアストーンが保管されている場所に、ジェリコに守られているプリムがいた。


 プリムは厳重に保管されている涙型の巨大な石――ティアストーンに意識を集中させると、ティアストーンは青白い神秘的な光を放ちはじめた。


「フム……相変わらず美しい光と力を放っているようだ」


「それはいいことですが、よろしいのですか? 教皇以外立ち入り禁止の場所に来て」


「エレナ様には許可をもらっているのだ。問題はない」


「あなただからこそ許可したのだと思いますが……お母様はご存知なので?」


「……まあ、後で言えば問題ないだろう!」


 そう言って豪快に笑い飛ばすプリムに、色々と仕事があるのに護衛としてここまで無理矢理連れてこられたジェリコは小さくため息を漏らす。これでエレナに一つ借りを作ったとアリシアは思い、彼女が不機嫌になるのがジェリコには目に見えてわかっていたからだ。


「とにかく、教皇以外目の当たりにすることができないティアストーンを一度ちゃんと眺めることができるいい機会だからな。この際、ちゃんと見ておきたかったのだ」


 そう言って青白い光を放つティアストーンに目を向けるプリム。


 ティアストーンを見つめるプリムの瞳は相変わらず力強く、何かの期待満ち溢れて輝いていたが、どこか寂しさを感じるものであった。


 しばらく無言でティアストーンを眺めるプリムを見守るジェリコだったが、ここでこの場所に二つの気配が近づいていることに気づく。


 咄嗟に警戒心を高めるジェリコだったが――それが杞憂であることに気づいた。


「ああ、やっぱりプリムさんだったんですね.。ジェリコさんもどうも」


 出入り口に現れて柔和な笑みを浮かべて挨拶をするリクトと、彼の傍に付き従っているクロノの姿を見て、ジェリコは緊張を解いた。


 プリムは淡い想いを抱いているリクトと、友であるクロノの登場に歓迎の笑みを浮かべて二人に近づいた。


「おお、リクトとクロノか! こんなところまでどうしたのだ? もしかして、リクトよ、私に会いに来たというのか?」


「いえ、そういうわけではないのですが」


「まったく……即答で否定することはないだろう」


 前に美咲や沙菜や母に教わった通り、少し攻めた態度でリクトと接するプリムだが、あえなく撃沈してしまう。そんなプリムの気持ちなど知る由もないリクトは話を進める。


「……多分、僕もプリムさんと同じ気持ちでここまで来たのだと思います」


 そう言って、リクトは青白い光を放つティアストーンに視線を向ける。ティアストーンを見るリクトの目はプリムと同じく期待に満ち溢れて輝き、同時に寂しさがあった。


「なあ、ジェリコよ……お前の目には、今のアカデミーはどう映る」


「……アルトマンという不穏因子が消滅し、今は疲弊しきっていますが、世界の流れがアカデミーを中心に動きはじめているように見えます。アカデミーが生み出した渦の中に、教皇庁と鳳グループが混ざり合っているようにも見えます」


 プリムの質問に、物事の流れを見極めることができるジェリコは淡々と今の世界の流れを教えると、プリムは「……そうか」と満足そうに頷いた。


「前にも言ったが、教皇庁は鳳グループと混ざり合った結果、教皇というものが存在しなくなるだろう。同時に、枢機卿という立場も、我らのような時期教皇候補という立場もなくなるに違いない……アルトマンの件を解決し、より一層教皇庁と鳳グループの結束が固くなったのだ。近い内にそうなるだろう」


 古くから存在する教皇庁が消滅するという未来を、次期教皇最優良候補という立場でありながらもプリムは他人事のように告げ、リクトも特に反論することなく頷いて同意した。


「でも、教皇庁がなくなってもティアストーンはなくなりません。だから、僕たちがやることは変わらないはずです。煌石を悪用させないために、僕たちが導き、次代に繋ぐ――教皇庁がなくなっても、そんな良い伝統は残るはずです」


 アルトマンに教皇庁がいずれなくなるだろうと突きつけられた時のことを思い浮かべながら、リクトは教皇という立場が、目標がなくなっても前へ進む覚悟を決めていた。


「教皇庁がなくなったことで、新たな争いの火種が生まれることになるだろうが、未来のために我らは進まなければならない――そうだな、リクトよ」


「もちろん、そのつもりです……だから、僕はティアストーンを見に来ました」


「フフン、それは私も同じだ……おそらく、次期教皇候補としてティアストーンと相まみえるのはこれで最後になりそうだからな」


 未来へ進むための道がいばらの道であっても、プリムはもちろんリクトも突き進む覚悟を決めており、その覚悟を改めて強固にするため、『次期教皇最優良候補』という立場と決別するために、二人は教皇庁の、教皇の象徴であるティアストーンの前に来ていた。


「前にも言ったが、何度も言ってやろう……オマエたちの立場が変わろうとも、オレとの関係は何も変わらない。オマエたちに降り注ぐ火の粉はオレが振り払おう」


「ありがとう、クロノ君」


「フン! 当然だな! お前は私の友達なのだからな!」


 リクトとプリムの覚悟を目の当たりにしたクロノは、友として二人にできる限りのことをするつもりでいた。


 どんな未来が待っていようとも絶望せず、希望を抱いて前へ進もうとする次代を担うであろう三人の姿を、ジェリコはどこか眩しそうに眺めていた。


 そして、口には出さなかったがジェリコは三人が作る未来を間近で見たい――そう思ってしまっていた、




―――――――――




 イーストエリアの裏通り付近にある、刈谷行きつけのステーキハウス――


 ステーキハウスで、刈谷は久しぶりに一人も欠けることなく集まることができた友人たちとともにガッツリとした昼食を食べていた。


「娑婆で食べる飯は最高だね♪ 相変わらず、最高のステーキですよ、マスター」


「そう言っておきながら、外で食事はしていたのだろう?」


「いやぁ、こういうセリフってやっぱり言ってみたいじゃない。特区に入れられていた身としてはさ。それに、先月のアルトマンさんの一件からずっと今日までずっと働きっぱなしで休みなくて、まともに美味しいご飯を食べられなかったんだから」


「特区の件に関しては何も言うな。お前は一応、外に出てはならない身なのだ」


「大丈夫大丈夫。みんなお肉の味と、ショウの相変わらずのセンスに集中しちゃってるから、何も問題はないよ」


「どういうことだコラぁっ!」


 肉汁が滴るステーキを食べながら、刈谷を茶化す嵯峨。そんな嵯峨の一言に激しく反応し、呆れる大道――三人にとって久しぶりの光景だった。


「そういえば、知ってる? 村雨むらさめ君って今ラブラブな彼女がいるんだよね」


「あの大道以上に頭が固い、巴のお嬢さん一直線の村雨宗太むらさめ そうたに彼女が? ありえねぇ……」


「いやぁ、僕としてはショウがいまだに彼女いない歴を貫いているのがありえないね」


「はぁ? お前にだけは言われたくねぇよ! お前だってモテないだろうが!」


「……さあ、どうだろう?」


「なんだ、その含みのある態度……すげぇ腹立つ……」


「あ、そうだ。キョウさん結婚おめでとう」


「まだ結婚はしていないがな」


「式には呼んでよね。ショウと僕とで盛大に祝うからさ」


「……不安しかないのだが」


 嵯峨隼士――過去に大きな事件を引き起こして、輝石使いの犯罪者や輝石に関わる事件を引き起こした犯罪者たちの牢獄・特区に収容され、二度とアカデミーや輝石に関われなくなるようにさせる永久追放処分を言い渡された身だったのだが、嵯峨はこうしてお日様の元で呑気にステーキを食べながら、友人たちと談笑をしていた。


 先月ぶりに三人は集まり、先月はアルトマンの件で忙しくてまともに話す機会がなかったので積もる話をするつもりだったのだが――本題を忘れて三人は久しぶりの会話で盛り上がっていた。


「まったく、薫ネエさんも焼きが回ったんじゃねぇのか? 普通に考えて、こいつを裏方にするのはあまりに信用できないだろうが」


「それほどでも」


「褒めてねぇっての! まったく……」


 相変わらず呑気な嵯峨の態度に苛立たしく、それ以上に嬉しいと思ってしまう刈谷。


 アルトマンの決戦の際、特区に収容されて永久追放処分を受けた嵯峨が刈谷と大道の前に現れた理由は、主にアカデミーの校医を務めるとともに鳳グループ上層部である萌乃薫の力によるものだった。


 鳳グループには世界各地に輝石使いたちを派遣させて情報収集や、不穏因子の調査などを行っており、その一部の人間を萌乃は克也とともに率いていた。その中に嵯峨がいて、萌乃は彼を直属の部下にしていた。


「そういえば、ショウたちは僕が特区から出てたことにあんまり驚いていないみたいだったけど、どうしてなの? もしかして薫さんから聞いてた? 薫さん、サプライズを用意したって言ってたのに、自分からばらしちゃったのかな」


「薫ネエさん、最近新しく情報屋を雇ったって言ってたから、何となくそう思っただけだよ。まあ、確証はなかったし、その件を聞くために煌石一般公開の警備に協力したのはいいけど、そこからの急転直下の展開でなあなあになっちまったからな」


「私も刈谷と同じく、確証はなかったが薄々は感じていた」


「面白くないなぁ。もっと二人が驚く顔が見たかったのにさ――でも、確証はないのに僕の存在に気づいてくれたなんて嬉しいなぁ。これぞまさしく、友情かな?」


「ほざいてろ。そのお友達に容赦なく襲いかかってくせによ――ほら、罰として没収だ」


「ああぁ! 僕のお肉がぁああ!」


「騒々しいぞ。他の人の迷惑になるだろう」


 刈谷に肉一切れ奪われ、特区に収容された時には上げなかった絶望の声を上げる嵯峨に、店を騒がしくしてしまって二人に喝を入れ、周囲にぺこぺこと頭を下げる大道。


 久しぶりに集まったと思ったら客の迷惑も考えずに騒がしい三人に強面マスターは鋭い視線を送るが、三人集まった姿を見てグッと堪えて何も言わないことにした。


「――それで、これからお前はどうするつもりだ?」


「僕は薫さんに従って動くつもりだよ。これが一応、僕なりの贖罪ってやつかもね」


 話を本筋に戻すために、大道はこれからのことを嵯峨に尋ねる。


 元々、大道と刈谷は嵯峨にこれからのことを尋ねるために、ここに集まった。


 前のように嵯峨が暴走する気配を見せるかどうか、不安な二人だったが――迷いなく平然と、それでいて、若干の後悔を滲ませて答えた嵯峨に、二人は自分たちの不安が杞憂だったことを悟った。


「というか、二人とも聞いてよ。薫さん、結構人遣い荒いんだよね。克也さんの下で働いている村雨君が羨ましいよ」


「自業自得だな」


「相変わらずひどいなぁ、キョウさんは――ところで、二人はこれからどうするのさ」


 雑談を交えながら、嵯峨は刈谷と大道にこれからのことを尋ねる。


 強大な敵であるアルトマンを倒す前は漠然としていなかったが、彼を倒してしばらく経ったからこそ、大道と刈谷には少しずつだが自分がどう進もうとしているのか見えてきていた。


「まずは祝言を無事に挙げることに集中しよう……それからしばらくは、アカデミーから離れて新婚生活を満喫しようと思う」


「大胆な子作り宣言とは、さすがはキョウさん」


「ケッ、お熱いことで。ぶっ飛ばすぞ」


「な、ち、違う! いや、間違ってはいないが! 祝言を挙げたからといって、節操のない交流を図るつもりはない!」


「それで、ショウはどうするつもりなの?」


 茹でタコのように顔を真っ赤にして反論する大道を軽くスルーして、今度は刈谷に視線を向けて嵯峨は質問する。


 嵯峨の質問に待っていましたと言わんばかりに、カッコつけた、しかし、カッコつけすぎて逆に不格好になってしまっている笑みを浮かべる刈谷。


「俺はアカデミーに残るつもりだ。いくらアルトマンがいなくなったっていっても、まだまだこれからもアカデミーはトラブルに巻き込まれ続けるんだろうし、第二のアカデミー建設で、アカデミーは更に広くなるんだ。そうなると、アカデミー内で起きるトラブルは更に多くなるってことだ」


「フム……確かに、間違ってはいない」


「ショウにしては、随分と知的な感じだね」


 これからのアカデミーについて語る刈谷の考えに同意する大道と、正直に失礼な感想を述べる嵯峨。


「だから、俺はアカデミー都市内のトラブルを解決する何でも屋――いや、何でも屋って名乗るよりも、探偵って名乗った方が様になるし、ハードボイルド感が出るかな? まあ、そんな感じになるよ」


「探偵ね……確かにカッコいいけど、純情チェリーなショウにハードボイルドな探偵が務まるのかな」


「う、うるせぇーバカ!」


 人が真面目に将来を語っているというのに、横槍を入れる嵯峨に怒る刈谷。


「……お前ら、いい加減にしろ」


 再び騒がしくなる刈谷たち三人に、今まで三人の友情を思って何も言ってこなかったマスターがいよいよ介入してきた。


 マスターの介入に刈谷たちは「すみません」と即座に謝罪して大人しくするのだが――すぐに再び騒がしくなった。

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