最終章 うん、ついてる。
第38話
「いよいよ来月から新年度がはじまりますが、十数年前の祝福の日以降増え続けていた輝石使いの数が今年ではじめて減ったようです」
「それでも多いことには変わりはない。第二のアカデミー建設を急がなければ」
「だが、そう順調にはいかないだろう。連続して発生した騒動に加え、先月のアルトマンとの決闘でアカデミー外部からの風当たりが少々強くなっている。まずはそこから対応してきた方がいいのではないのだろうか」
「その前に一番の問題はヘルメスとファントムだ。それに、例の少年のこともある」
「あの少年はある程度放っておいてもいいとは思うが、アカデミーと国が全力を挙げてヘルメスとファントムを追跡している……見つけ出すのは容易だろう」
「アルトマンの知識を持つヘルメス、輝石使いとして誰よりも強い力を持つファントムだ。楽観視はできん」
「それ以前に、いまだにアルトマンの戦いで傷ついたアカデミー復旧工事が終わっていないのも問題だ」
セントラルエリアのホテル内の大宴会場、鳳グループ幹部と教皇庁幹部である枢機卿たちアカデミー上層部たちが集まって会議が開かれていた。
会議の内容は来月からはじまる新年度についてだったのだが――内容はアルトマンが起こした騒動の後始末、そして、ヘルメスとファントムの件についてだった。
煌石一般展示の際の騒動に加え、アルトマンと決着をつけるためにアカデミー都市内で大々的に決戦をしたのがマスコミたちに気づかれ、外部の人間が騒ぎ立てアカデミーの風当たりが強くなっていた。
無事に――古傷を塞ぐために二つの煌石の欠片と輝石の力を利用した装置で人知を超えた力を発動させ、その力に酔いしれ、より力を求めすぎたアルトマンが消滅してしまうという結末で今回の騒動は終わったが、それでもアルトマンの暴走を止められなかったアカデミー側の対応に問題があると外部は指摘してきた。
アルトマンの決着を急いだ結果、大勢の人間が傷ついた責任が外部にはあるので、あまりアカデミーに強く言ってこなかったのだが、あることないこと騒ぎだして周囲の不安を煽るマスコミだけは別で、彼らの対応にアカデミーは連日追われていた。
だがそれ以上にアカデミーが不安視して問題視しているのは、アルトマンが煌石と輝石の力で生み出したイミテーション・ヘルメスとファントムの一件だった。
元々、長年アカデミー都市内で暗躍を続けていたアルトマンを倒すために一時的に協力していただけであり、仲間意識を持ってはいなかったのだが、彼らもアルトマンと同じくアカデミー都市内を何度も混乱に陥れた危険人物であり、アルトマンを倒したら即刻監視対象になる存在だった。
しかし、そんな危険人物はアルトマンを倒すと同時に行方不明になってしまった。
迫る新年度、第二のアカデミー建設、マスコミと外部の対応、ヘルメスとファントム――解決すべき問題は山ほどあるのだが、上層部たちに加え、議長席に座るトップ二人の表情は無表情ながらも、どこか余裕が感じられていた。
上層部たちの会話を黙って聞いていた鳳グループトップの大悟は、ゆっくりと口を開く。
「アルトマンが消滅して半月ほど経過したが、いまだに我々はアルトマンが引き起こした騒動で様々な対応に追われて疲弊しきっている。ヘルメスとファントムにつけ入られる隙は十分にあるが、我々や国が総力を挙げて捜索を続けているのだ、今は身を隠すのに徹しているだろうし、あの二人も我々と同様アルトマンとの戦いの傷が癒えていないだろう。いくら我々が疲弊しきっているとはいえ、準備を怒ったってしまったら返り討ちにあうだけだ」
傷ついているが、教皇庁と鳳グループが強固な協力関係が築いた現状で、ヘルメスもファントムも迂闊に手は出せないと大悟は考えていた。
大悟の考えに隣に座る教皇エレナも静かに頷いて同意を示した。
「彼らと同様我々も準備する期間はたくさんあります。その間、我々も更に強固な関係となるべきです。今は我々も準備に徹しましょう」
これから起きる多くの困難に立ち向かうために、今は堪えるべきだというエレナの意見に、上層部たちは納得して頷いた――一部を除いて。
「準備期間が必要なのは同意だ。だがな、第二のアカデミー建設費用が国家予算並みに莫大に加えて、今回の騒動の修理費用もバカにならないっていうこともわかってるんだろうな。準備期間に徹することもいいが、期間が終わったら終わったで、無茶な真似をするのはしばらく禁物だ。もう少し慎重な判断をしてくれ」
「もう、克也さんったら相変わらずケチねぇ。もう少しドバーっと使わないと」
「ドバーっと使い過ぎてる結果が、今回の騒動で傷ついたアカデミー都市の修理が遅れている原因になってるんだよ!」
隣で甘えた声を出して茶化してくる萌乃に、アルトマンの騒動が一段落しても事後処理やら、今後のことで色々と忙しくて休める時間がない克也は心底苛立っていた。
勘定方で苦労している克也の気持ちを理解しているからこそ、彼の意見に無表情ながらも耳が痛いと言った様子で大悟とエレナは素直に頷いた。
「それと、問題なのはアルトマンと一緒にいたあのガキのことよ」
克也の文句の次は相変わらず厳粛な会議の場で過激な服を着ているアリシアだった。
アリシアがいうガキ――それは、アルトマンと一緒にいたある少年のことだった。
七瀬幸太郎――アルトマンが適当に身繕った憐れな一般人の人質であり、彼がいたおかげでアカデミーは容易にアルトマンに手を出すことができなかった。
しかし、決戦の際、根性を見せてアルトマンの元から逃げてくれたおかげでアルトマンに一斉攻撃ができて、彼を倒すことができた。
決戦後、アカデミーに保護された幸太郎は、人質生活が長かったために疲弊しきっている様子で一週間近く眠り、目が覚めた彼は手厚くアカデミー外部にある自宅へと送られた。
取調べにも素直に応じる幸太郎だが――彼については謎が多かった。
どうして力も何もない一般人である幸太郎をわざわざアルトマンが人質に選ばれてしまったのか、どこでアルトマンと出会ったのか、取調べ中それらの点について尋ねると妙にしどろもどろに説明し、それ以上に妙にアカデミーの内情に詳しい幸太郎に大きな謎が残った。
「何か隠しているに違いないわね。間違いなく」
「でも、悪い子じゃないわよ。むしろ、良い子ね。ちょっと能天気なところがあるけど。でも、良い子よ……それに何だか、親しみも感じるしね」
「随分呑気な意見ね。アンタ、あのガキの監視役だったんでしょ?」
「監視役だったからこそ、あの子の性格をよく理解しているわよ」
「気に入ったから、色眼鏡を使って見てるんじゃないでしょうね」
「あら、私はそんなに尻軽じゃないわよ? アンタと違って」
「私だって違うわよ!」
幸太郎に対して疑念を抱いているアリシアだが、対照的に幸太郎の主治医件監視役を務めて、彼と接する機会が多かった萌乃は、能天気だが優しい彼の人柄に触れて多少の疑念は持っていても、アリシアのような警戒心は抱いていなかった。
厳粛な会議の場だというのに口論をしそうな雰囲気の萌乃とアリシアに、エレナは軽く「オホン」と咳払いをして、二人の間に割って入った。
「七瀬さんについては大悟や、他の方々と相談して対応はもう考えています」
「随分と早い対応ね」
「あなたと同じく、七瀬さんについて少々疑念はあるのは確かなので」
七瀬幸太郎について軽く揉めているアリシアと萌乃に、エレナはそう告げた。
随分幸太郎に関して早い対応をするエレナを意外に思いつつも、アリシアはこれ以上文句は言わなかった――幸太郎に関して疑念と警戒を抱いているのは事実だが、不思議とそれ以上の敵意は不思議と抱かなかったからだ。
「今、我々の前には解決すべき問題が数多くある、同時に、この先我々に――いや、これからを生きる人に、数多くの問題が立ちはだかるだろう」
話が一段落して落ち着いた室内に、大悟の淡々とした声が響いた。
「アルトマンの妨害で我々の歩みは止まりましたが、彼がいなくなった今こそ未来へと歩を進める絶好の機会。彼との戦いで疲弊しきってしまっていますが、立ち止まっている暇はありません。我々が立ち止まっていたら、一気に足元を掬われ、未来の希望を閉ざしてしまうことになります」
「我々ができることは未来に立ちはだかる問題をできる限り解決して次代に繋ぐことだ」
「大悟の言う通り、我々のできることは明るい未来の希望を次代に繋げることです」
「そのためにも疲弊しきったアカデミーを早急に立て直し、未来を閉ざす大きな懸念に立ち向かう――それが我々にできることだ」
未来を繋げる――淡々としながらも情熱を感じさせる二人の言葉と意思に上層部たちは神妙な面持ちで聞き入り、深々と頷いた。
一方のアリシアは不満げな表情を浮かべながらも、心の中では二人の意見に賛成した。
トップ二人の意志を中心にして、更に鳳グループと教皇庁の結束が盤石なものになる。
アルトマンがいなくなりアカデミーはすでに前へと歩みを進めていた。
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