第37話

 アルトマンさん、どこに行っちゃったんだろう……

 消えちゃったのかな? ……悪いことをしたかも……

 でも、アルトマンさん、望んでいたみたいだし……

 というか、今はそれよりも――


「……疲れたぁ」


 光となったアルトマンが消えると同時に、膝をついて大きくため息を漏らす幸太郎。


 セラさんたち、眠ったままだけど大丈夫かな……

 やっぱり、記憶をなくしちゃったのかな……

 ……ちょっと後悔してるかも。

 最近、モテ期が到来した感じだったし……ハーレムが……

  

 消えてしまったアルトマンと、自分に関する記憶を失ったままであろう倒れたままのセラたちを思いながらも、力をすべて吸い出されてしまった幸太郎の全身に虚脱感とともに疲労感が襲いかかって考えるのが億劫になってしまっていた。


 しかし、嫌な疲れではなく、すべてが終わって安堵したことによって生まれた清々しい疲れだった。


 意識がぼんやりとしはじめ、今にも倒れているセラたちの傍で大の字になって倒れてしまいたい幸太郎だが――


 ……あれ?


 アルトマンが立っていた場所に火の玉のような赤い光が揺らめいていることに気づいた。


 その赤い光は儚げに揺らめきながらも、何かを探している様子でフラフラと周囲を動き回っていた。


「……アルトマンさん?」


 呑気にもアルトマンが光になってしまったのだと思っていたが――その力が幸太郎の声に反応して、徐々に近づいていくにつれてそれが違うことに気づいた。


 賢者の石の力をその身に宿していたからこそ幸太郎は直感で何となく気づいた。目の前にある赤い光がアルトマンとともに光となって消えた賢者の石の残光であると。


 そして、天変地異を起こせるまでの力を持っていた賢者の石の力がが、今にも消えてしまいそうなくらいに弱まってしまっていることも。


 賢者の石は生き延びるために自分を守ってくれる所有者を求めて彷徨い、幸太郎の――器の声に導かれて彼に近づいた。


 手を差し伸べればすぐにでも幸太郎は賢者の石の力を再び得ることができるのだが――


「ちょっと欲しいけど……やっぱり、もう、いらないかな」


 アルトマンによって改竄されたセラたちの記憶を修復したい――そんな衝動に駆られ、思わず手を差し伸べてしまいそうになってしまうが、すぐにその衝動は消えた。


 幸運も不幸もすべてを引き寄せ、大勢の人に迷惑をかける賢者の石は幸太郎には必要なかったし、賢者の石を必要ないと捨てたのは自分が決めたことだからだ。


 それに、賢者の石の力ではなく、セラたちを信じてアルトマンを倒したのに、ここで賢者の石の力を再び手にしてしまったら、信じたセラたちを裏切ることになってしまうと考えたからだ。


 だから、セラたちと巡り合わせてくれたことには感謝している幸太郎だが、賢者の石の力に何の未練はなかった。


 だが、幸太郎が受け入れなくとも、賢者の石は違った。


 自分を受け入れる、生きながらえるための器を目の前にして、賢者の石はまるで意志を持つように幸太郎に近づいた。


「い、いらないんだけどなぁ……」


 咄嗟に手にしていた壊れたショックガンを自分に近づく賢者の石の光に投げるが、壊れたショックガンは光をすり抜けてしまったので無意味に終わった。


「……どうしよう」


 今にも気絶してしまいそうな疲労感に襲われ、武器も何もない状況で賢者の石に詰め寄られる幸太郎に何も打つ手がなく、ただただ困惑していた。


 眼前にまで迫る賢者の石の光。


 何もできないながらも、幸太郎は諦めずに賢者の石から逃れるために後退するが、賢者の石は彼を追う。


 ギリギリまで追い詰められながらも、それでも信じるセラたちのために諦めない幸太郎。


 しかし、いよいよ追いつかれ、賢者の石は器である幸太郎の中に再び取り入ろうとする――だが、どこからかともなく降り注いだ一本の光の槍が賢者の石の光を串刺しにして動きを止めた。


 ――優輝さん?


 光の槍を放ったのがふらりと立ち上がった優輝であることに気づく幸太郎。


 しかし、動きが止まったのは一瞬で光の槍をすり抜けて再び幸太郎に接近する。


 ……ティアさんだ。


 今度はティアが飛びかかり、賢者の石の光を両断した。


 両断されても光は再び元の形に戻ろうとするが、間髪入れずにセラも飛びかかって今度は光を細切れにした。


 細切れにされた賢者の石の光は消えかけの蝋燭のようにゆらゆらと儚げに揺らめいた後、霧散した。


「……大丈夫ですか?」


 ……セラさん。

 ありがとう。


 賢者の石の光が消滅したことを確認したセラは、相変わらずの真っ直ぐな力強い光を宿した目を幸太郎に向けてそう問いかける。


 自分を必ず守る――そんな約束を守ってくれたセラたちに感謝と嬉しく思いながら、心からの安堵で気が抜け、体力の限界がついに訪れた幸太郎は倒れるように眠ってしまった。

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